6の22「車椅子と試運転」
「品質係のガンジ=ヨブです! よろしくお願いします!」
がっしりとした体格の男が、クリスティーナたちに自己紹介をした。
男は作業着を身にまとい、その上には防具を身につけていた。
彼の髪色は黒で、短くさっぱりと刈られていた。
眉が太く、顎は四角い。
反面、目はほっそりとした垂れ目だった。
「ああ。
おまえには、そこの車椅子のテストをしてもらう」
イジューは視線で車椅子を指し示した。
ガンジの視線が、車椅子へと向かった。
「車椅子……ですか?」
ドミニ工房には珍しい作品を見て、ガンジは困惑を見せた。
あまり売れるような物でも無いだろうに。
いったいどんな目論見が有るのだろうか。
「時間を無駄にするな」
「すいません。ええと、座るんですか? 押すんですか?」
「座れ」
「わかりました」
イジューの命令どおり、ガンジは車椅子に座った。
「座りました」
「サザーランド。指示を出せ」
「アッハイ。
手すりに有る魔石に手を当てて、
車輪が回るようにイメージして下さい」
「イメージですね。……行きます」
ガンジは指示どおり、腕を手すりに乗せた。
ガンジの手が、手すりの魔石に触れた。
次に彼は、車輪の回転をイメージした。
「ぬわーっ!?」
車椅子は急発進し、壁に衝突した。
派手な音を立てて、車椅子は倒れた。
ガンジの体も床に転がった。
「あっ……」
大変なことになった。
そう思ったクリスティーナは、慌ててガンジに駆け寄った。
そして彼に声をかけた。
「だいじょうぶですか……!?」
「平気です。鍛えてますから」
ガンジは平然と立ち上がった。
強がっている様子は無い。
本当に平気らしい。
彼の頑丈な体には、傷一つ無いようだった。
「ごめんなさい……」
自分の不手際のせいで、ガンジを危険な目に遭わせてしまった。
そう思ったクリスティーナは、彼に頭を下げた。
だがそれを見て、イジューはこう言った。
「謝るな」
「けど……」
「それはオマエの職分では無い」
「…………」
心中に割り切れないものを残しつつ、クリスティーナは沈黙した。
次にイジューはガンジに声をかけた。
「ヨブ。思ったことを言え」
「思った以上に動いた感じですね。
自分のイメージに対して、
10倍くらいのパワーが出た気がします」
「10倍か……。
よし。5番の魔石に替えろ」
「はい」
控えていた作業員が、イジューの声に答えた。
彼は魔石の換装作業に入った。
この程度の失敗、イジューは当然に予期していた。
そのため、テストのための魔石も、何通りも用意してあった。
やがて換装作業が終わった。
またガンジが車椅子に乗った。
前回と同様に、手すりの魔石に手を乗せ、車輪が動くように念じた。
車椅子が前進をはじめた。
今度は壁にぶつかることも無い。
人が歩くような速度で、スルスルと前に進んでいった。
あるていど前に出ると、ガンジは車椅子を止めた。
そして、車輪が逆回転するように念じた。
車椅子は後退し、元の位置に戻ってきた。
クリスティーナの近くにまで来ると、彼はこう尋ねた。
「これ、曲がるのはどうするんですか?」
「車輪の片方だけが回るようにして下さい」
「了解です」
ガンジは指示通りに、片方の車輪だけを回転させた。
すると車椅子は、その場でぐるぐると回った。
回転に慣れたガンジは、室内を縦横無尽に走り回ってみせた。
ある程度走らせると、また元の位置に戻った。
「慣れると楽しいですね。コレ。
けど……もうちょっと遅くても良いかもしれません。
お年寄りが、あまり速い乗り物に乗ってると、周りの人は心配でしょうし」
「かもしれんな」
イジューがガンジに同意した。
「それと、いきなりグンって加速するのがちょっと怖いですね。
走り出しを、もうちょっと緩やかに出来ないでしょうか?」
「どうだ?」
イジューがクリスティーナに尋ねた。
「……やってみます」
「あと、凄く気になったんですけど……。
車輪を回すイメージって、個人差とか無いんですかね?
誰が乗っても、自分と同じように動くんでしょうか?」
「試す必要が有るな。
特に、年寄りが乗って問題が起きないかは、
確かめなくてはならない」
……。
試行錯誤と共に、三ヵ月が経過した。
工房の外で、ガンジが車椅子の試運転をしていた。
わざと砂利道の上を走らせているが、問題なく進んでいる。
ガンジは車椅子に乗ったまま、イジューとクリスティーナの方へ帰ってきた。
「自分としては、もう文句はほとんど無いですね。
自分の体格だとサイズが……とか、多少の思うところは有りますけど」
「そうか」
「完成……ですか?」
クリスティーナがイジューに尋ねた。
「いや。
問題が無いと言うのは、ふだん車椅子を必要としない者の意見だ。
これからは、実際に顧客の使用に耐えるかを、調査する必要が有る。
病院にでも持ち込んで、テスターを募るとしよう」
「それなら……。
最初のテスターは、ボクの妹でも構いませんか?」
クリスティーナはそう提案した。
少しでも早く、マリーに新しい世界を見せてあげたい。
彼女はそう考えていた。
だが、そんなクリスティーナの意見に、イジューは難色を示した。
「妹を乗せるのは、完成してからでも良いだろう」
「もう問題らしい問題は無いんでしょう?
妹に、ちょっとでも希望をあげたいんです。お願いします」
妹が絡んでいなければ、クリスティーナは素直に引き下がっていただろう。
妹に早く希望を見せてやりたい。
そう思っていた彼女は、珍しくイジューの意見に反対した。
「…………」
クリスティーナの意見に対し、イジューはいっしゅん悩んだ様子を見せた。
だがすぐに答えが出たようで、彼女に対してこう言った。
「私とヨブも同行する。それでも構わんな?」
「はい。もちろんです」
……。
クリスティーナ、イジュー、ガンジの三人で、マリーの居る病院に向かった。
クリスティーナを先頭にして、三人はマリーの病室に入った。
そして、マリーの視界に入る位置にまで移動した。
「マリー」
「姉さん……」
マリーは姉の名を呼びながら、見知らぬ二人の男を見た。
「その人たちは……?」
そう尋ねたマリーの声音に、不安の色は無かった。
二人の前に立つクリスティーナが堂々としていたからだろう。
「この人はね、あのイジュー=ドミニさんだよ。
それと、ドミニ魔導器工房のヨブさん」
どこか誇らしげに、クリスティーナは二人を紹介した。
「どうも。品質係のガンジ=ヨブです」
ガンジはぺこりと頭を下げた。
「……どうも。姉さんが……お世話になってます」
体を動かせないマリーは、首を軽く動かして、二人に挨拶をした。
「……別に。才能に投資しているだけだ」
イジューは無愛想に言った。
マリーは特に気分を害した様子も無く、姉にこう尋ねた。
「どうして病院に?」
「これを見て。マリー。……よっと」
クリスティーナは、マリーに見えやすいよう、車椅子を持ち上げてみせた。
クリスティーナの筋力では、この車椅子は少し重い。
彼女はぷるぷると震えながら、マリーに見えやすい位置に車椅子を保持した。
「車椅子……?」
「ただの車椅子じゃないよ。これは人の意思で動く、最新の車椅子なんだ」
「…………?」
「試しに乗ってみると良いよ」
クリスティーナは、車椅子を地面に下ろした。
「その前に……」
クリスティーナは、マリーのすぐそばまで近寄った。
そして、囁くように尋ねた。
「おむつは大丈夫?」
「お願い……」
「うん。
ドミニさん。マリーを着替えさせるので、
外で待っていてもらえますか?」
「分かった」
イジューとガンジは病室から退出した。
そして通路脇の椅子に座りこんだ。
「あんな若い子が、寝たきりですか……」
ガンジが口を開いた。
「ままならないものですね」
「そうだな。
だが、よくあることだ。
特に、ラビュリントスが有るこの街ではな」
「…………」
15分ほどが経過した。
病室からクリスティーナたちが出てきた。
クリスティーナは車椅子を押していた。
車椅子のシートの上には、マリーの姿が有った。
「用意が出来ました。行きましょう。ドミニさん」
四人は建物から出た。
そして病院の庭の、開けた場所へと移動した。
足を止めると、クリスティーナがマリーに声をかけた。
「それじゃあ、車輪が回るようにイメージしてみて」
「……分かった」
マリーの念が、車椅子に伝わった。
車椅子が動き出した。
ほんの少し前進すると、マリーは車椅子を止めた。
そして呟いた。
「……動いた」
小さな呟きだった。
だがその声音には、たしかに驚きの色が含まれていた。
そしてあるいは、感動の色も。
「うん。動くんだ」
「ティーナちゃんが考えたんだよ。この車椅子は」
ガンジがニコニコと笑って言った。
「姉さん、凄い」
「うん。ティーナちゃんは凄いんだよ」
「……ヨブさん。あんまり言わないでよ」
クリスティーナは、他の三人から顔を逸らした。
「照れなくても良いのに」
ガンジはそう言って、微笑ましげにクリスティーナを見た。
「外に行くぞ」
イジューが仏頂面で言った。
「データを取るなら、色んな場所に行った方が良い」
「はい」
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