6の21「ドミニ工房と試作品」



「そう極端に考えるな。


 才能とは、多面的なものだ。


 この難解な回路を考え出したおまえには、何かしらの才能は有る。


 ただそれが、物を売るということと


 合致しなかったというだけの話だ」



「だけど……。


 売れる物を作れないと……次に繋がらない……。


 ボクが作りたい魔導器に辿りつけない……」



「通過点のつもりだったというわけか。この車椅子は」



「…………」



 クリスティーナの無言が、イジューの言葉を肯定した。



 彼女の図面は、今すぐ商売になるようなものではない。



 だが、彼女に才気が有るということには、イジューはすぐに気付いていた。



 彼女はどこを目指しているのか。



 いったいどんな風景が見えているのか。



 それが気になって、イジューは質問をした。



「本当は何を作りたいのだ? おまえは」



「手足が動かない人が、立てるようになる魔導器です」



「前代未聞だな。それは」



 少なくともイジューには、そんな魔導器は造れない。



 イジューに限らず、王都の全ての設計技師が、不可能事だと言うだろう。



 クリスティーナの夢は、現代の技術レベルからは遥かに隔絶していた。



 もし実現できれば、神の御業と称えられるほどのものだ。



「分かっています。


 けど、それがボクの夢なんです」



「動く義手義足を作りたいというわけか?」



「考えてはいます。ですが、それもボクにとっては通過点です」



「ふむ?」



「妹は、首から下が動きません。


 つまり、腹筋や背筋すら動かせないということです。


 義手の力では、車椅子は動かせても、立って歩くことは困難でしょう。


 ボクは義手義足の先に有る物を作りたい。そう思っています」



「なるほど。


 ……おまえに投資してやっても良い」



「本当ですか!?」



 絶望しかかっていたところに、チャンスが降って湧いた。



 喜びよりも驚きが勝った顔で、クリスティーナはイジューを見た。



「ただし……。


 この車椅子が理論通りに動くことが、証明出来ればだ」



「ですけど……そんなお金は……」



「試作にかかる費用は、俺が出してやろう。


 ただし、これが期待外れだったなら、それまでだ」



「分かりました! 必ずご期待に答えて見せます!」



 クリスティーナは気合のこもった声で、イジューにやる気をアピールした。



 このチャンスを逃せば、次は無いかもしれない。



 絶対に失敗するわけにはいかなかった。



「そうか。


 だが、その図面はまだ細部が甘い。


 デザインの面でも、機能面でもだ」



「…………」



「車椅子の専門家を紹介してやる。


 そいつと協力して、細部を詰めると良い」



「ありがとうございます!」



 クリスティーナとのやり取りの後も、イジューの講習は続いた。





「無難にまとめようとしすぎているな。


 過ぎた個性は毒だが、


 没個性すぎても周囲の商品に埋もれてしまう。


 何か一つ、ひとめで分かる特徴を入れてみろ」






「回路は凡庸だな。


 だが、このデザインには新しさが有る。


 デザインに見合った新しい機能を付加出来れば、ヒットするかもしれんな」





 イジューは生徒たちに助言を与えていった。



 彼の存在は生徒たちにとって、大きな刺激になった。



 リホとクリスティーナがチャンスを掴んだことも、みんなのやる気を刺激した。



 今までにない熱意と集中力で、生徒たちは自身を磨いていった。



 そして七日目。



 できあがった図面の講評会をして、講習は終了となった。



「これで講習は終わりだ」



 イジューは黒板の前に立ち、生徒たちと向き合った。



 生徒たちは背筋を正し、彼の言葉に耳を傾けた。



「とっくに気付いているだろうが、才能というものは不平等だ。


 天才が居れば、その影に隠れる凡才も居る。


 目が眩むような才能を前に、


 心折れそうになることもあるだろう。


 凡才は天才には勝てない。


 それでも、己の才能を磨くのを止めるな。


 腐ったら、そいつは終わりだ。


 天才に、一矢突き立てる。


 その可能性が有るのは、たゆまぬ努力を続けた者だけだ。


 連綿と続く魔導器の歴史に、爪痕を遺してみせろ。


 ……以上だ」



 手向けの言葉を終えると、イジューは教室を出た。



「「「ありがとうございました!」」」



 生徒たちが廊下まで追ってきて、彼に頭を下げた。



 その中には、クリスティーナの姿も有った。



 イジューはちらと後ろを顧みて、何も答えずに歩いていった。



「私ごときに、大げさなことをするな」



 彼の小さな呟きは、生徒たちには届かなかった。




 ……。




 講習の後、クリスティーナは図書室に寄った。



 書架の前をうろうろとして、目当ての本を探した。



(あれ……? 無いな……)



 有るべきはずの場所に、目当ての本は見当たらなかった。



(仕方ない。また今度だね)



 クリスティーナはそう考え、書架から離れていった。



 彼女は図書室から出る途中で、リホの姿を見つけた。



(夏休みも図書室がよいなんだ。


 ……ボクも頑張らないと)



 クリスティーナは図書室を出て行った。



 一方リホは、熱心に1冊の本を読み込んでいた。



 題名は『魔導器デザイン入門』。





 その著者は、イジュー=ドミニだった。





 ……。




 イジューとの出会いは、クリスティーナに飛躍をもたらした。



 カネにコネ、そして膨大なノウハウ。



 イジューが持つパワーが、彼女の欠けていた部分を、みるみると埋めていった。



 クリスティーナは得られた知識を元に、車椅子の図面を改良した。



 できあがった図面は、すぐさま工房の製造部門に回された。



 ドミニ工房の社員たちは、百戦錬磨の猛者ばかりだ。



 彼らの動きは手早かった。



 クリスティーナとイジューが出会ってからニヵ月後。



 ドミニ魔導器工房の空き部屋。



「完成です」



 工房の製造技師が、車椅子の試作品を運んできた。



「やった……!」



 自分の図面が、産まれて初めて明確な形を成した。



 それも、王都最高の工房の、最も優れた技師たちの手で。



 夢のような事実に、クリスティーナは瞳を輝かせた。



「浮かれるな。まだ試作品が出来ただけだ」



 イジューはニコリともせずに言った。



 魔導器造りとは、そう甘いものではない。



 彼はこれまでの経験で、その事実を知っていた。



「アッハイ」



 イジューの厳しい言葉が、クリスティーナの気持ちを引き締めた。



「何度も試運転や耐久テストを繰り返して、


 ようやく世の中に出せるようになる。


 この試作品は、そのための叩き台に過ぎん」



「耐久テストというのは、どうやるのですか?」



「一つは単純な長距離走行だ。


 ひたすらに走らせて、異常が無いか調べる。


 もう一つは、専用の機械を使ったテストだ。


 一定の負荷を加え続けて、破損が起きないか調べる。


 だが、これは俺たちがやるようなことでは無い。


 品質係という部署が有るので、


 そこの連中に任せておけば良い」



「分かりました」



「さて、まずは正常に走行するか、試さねばならんな」



「はい!」



 クリスティーナは気合をみなぎらせ、車椅子に乗ろうとした。



「阿呆」



 イジューの悪口が、クリスティーナを引き止めた。



「はい?」



 何を間違えたのかわからず、クリスティーナは戸惑いを見せた。



「試作品に、その格好で乗るやつがあるか。


 試運転の時は、事故に備えて防具を付けるものだ」



 イジューはそう言うと、室内のロッカーに向かった。



 そしてそこから、ヘルメットとサポーターを取り出した。



「それとおまえ、加護は?」



 防具を両手に持ちながら、イジューはクリスティーナに尋ねた。



「有ります。魔術学校の生徒なので」



 その言葉は、イジューが聞きたかったものでは無かった。



 イジューはピクリと眉根を下げ、短く言った。



「レベル」



「あっ、1です」



「迷宮実習は受けていないのか」



「はい。怖いので」



 魔術学校の生徒の多くは、教師とともに迷宮に潜る。



 魔術をマジメに学ぶなら、クラスレベルは必要なものだからだ。



 だがクリスティーナの専門は、魔導刻印だ。



 通常の魔術を極めるつもりは無かった。



 そんな自分が、わざわざ危険な目に遭う必要はない。



 そう考えた彼女は、迷宮関連の授業はパスしていた。



 クリスティーナの言葉を聞いたイジューは、車椅子を運んできた社員に声をかけた。



「……品質係を呼べ」



「はい!」



 その社員はすぐ、部屋から駆け出していった。



「こういう時は、レベルの有る奴に任せるものだ」



 試作品に事故はつきものだ。



 そして事故が起きた時、体が頑丈でなくては、大怪我をすることになる。



 レベル1の人間をいきなり試作品に乗せるなど、ありえないことだった。



「なるほど。そうなんですね」



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