6の20「加熱箱と車椅子」


「どうって、もう教えてもらえることは無いんスね?」



「設計で悩む部分が有れば、答えてやる」



「それなんスけど……。


 ウチ、デザインとか興味ないんスよね。


 技術的な魅力の無いモノを作るのに、興味を感じないんス。


 いや、別に物の外見が、


 全く気にならないってわけじゃ無いんスよ?


 ただ、わざわざウチがやる必要を感じないというか……。


 そういうのはウチ以外の連中が、


 がんばれば良いと思うっス」



「おまえの好みなど知ったことか。


 図面を提出しなければ、評価はやれん。落第だ。


 ……つまり、単位もやれんということだ」



「……そうっスか。


 これじゃあダメっスかね?」



 リホは自身の通学用カバンを開いた。



 そして中から、折りたたまれた製図用紙を取り出した。



「それは?」



「ウチが考えた魔導器っス」



 そう言われ、イジューは顔をしかめた。



 製図用紙というものは、通学カバンに入れるモノでは無い。



 専用の図面入れに保管しなくては、折り目がついてしまう。



 魔導技師たるもの、図面は大切に扱うものだ。



 そんな基本の心得すら、この娘は教わっていないというのか。



「見せてみろ」



 イジューは苦々しい顔で、リホにそう命じた。



「ういっス」



 リホは製図用紙を広げた。



 そして折り目だらけの図面を、机の上に広げた。



 イジューはリホの後ろに立ち、図面を覗き込んだ。



「む……」



 学生レベルを遥かに超えた複雑な機構が、そこには有った。



「どうっスか?」



「ちょっと……待て……。


 ……………………」



 イジューは食い入るように、1時間ほど図面を見つめた。



 その間、彼は一言も発さなかった。



 いったい何事なのか。



 周りの生徒たちが不安そうに、チラチラとイジューの方を見た。



「これは……」



 図面を読み終え、イジューは口を開いた。



「酷いな」



「えっ? どうしてっスか?」



 自慢の図面を否定され、リホは驚きの声を発した。



「デザインが酷すぎる。ただの四角い箱だ。


 売れる形をしていない」



 イジューは商売人としての視点から、そう発言した。



 その言葉を聞いて、リホの表情から興味が消え去った。



「……見た目はどうでも良いっス。


 どうなんスか? ウチが考えた回路は」



 リホの関心は、デザインなどより高度な技術に向けられている。



 見た目より、魔導刻印の方を評価して欲しいと思っていた。



「この魔導器の名前は?」



 イジューはリホの言葉には答えず、そう質問してきた。



 リホは素直に答えることにした。



「加熱箱っス」



「なるほど……。


 この図面、言い値で買おう」



「えっ?」



「この魔導器は金になる。新しくかつ、有用だ。


 ……見た目さえ、なんとかすればの話だがな」



「ええと……。


 イジュー=ドミニが、ウチの図面を買うって言ってるんスか?」



 リホは天才だ。



 そしてそれを、自覚してもいる。



 だがそれでも、彼女はただの学生にすぎない。



 対するイジューは、業界のトップだ。



 そんな人物が、リホの図面に金を出すと言っている。



 リホの内面に、ふわふわとした驚きが生じた。



「そうだ。いくら欲しい?」



「ええと……」



 リホは技術者としては一流だが、商売の素質は無い。



 自分の発明に、いくら値をつけるのが正解なのか。



 それがさっぱり分かっていない様子だった。



「ドミニさん」



 リホが迷っていると、遠くの席から、クリスティーナが口を開いた。



「ん?」



 イジューの視線が彼女へと向けられた。



「お金の話なんて、教室ですることじゃ無いと思いますけど」



 クリスティーナは、キツめの口調でそう言った。



 ただでさえ、リホは学校での立場が弱い。



 大金を手にしたと分かれば、目をつけられる可能性が高い。



 リホに危険が及ぶような話は、して欲しくないと思っていた。



 そんなクリスティーナに、リホは冷めた感情を向けた。



(ハッ。嫉妬っスか)



 リホは内心で笑った。



 尊敬していた先輩に嫉妬されている。



 その妄想は、リホに暗い喜びをもたらした。



 一方、イジューはクリスティーナの意見に同意した。



「そうか。そうだな」



 カネの話は、そこでおしまいになった。



 ……なんだつまらない。



 提示された金額によっては、先輩をもっと悔しがらせることができたかもしれないのに。



 リホはそう思ったが、それを表に出せるほどには、気が強くは無かった。



「あと何年で卒業出来る?」



 話題を切り替えて、イジューはそう質問してきた。



「分からないっス。まだ1年なんで」



「卒業したら、うちの工房に来い」



「……良いっスよ」



 どうにもトントン拍子すぎる。



 リホはそのことに若干の疑念を抱きつつ、イジューのオファーを承諾した。



 魔導技師にとって、ドミニ工房を超える就職先は存在しない。



 それ以上の成果を得る手段は、起業くらいしか無いだろう。



 そしてリホは、社長業には興味が無かった。



 自分の能力が、経営に向いているとも思っていなかった。



「A評価をやる。帰って良いぞ」



「そうっスか」



 お墨付きをもらったリホは、ニヤつくのを我慢しながら椅子から立ち上がった。



「お先に失礼っス」



 リホはそう言い残すと、すまし顔で教室から去っていった。



「どうした? 手が止まっているぞ?」



 イジューは生徒たちに、厳しい視線を向けた。



 様子をうかがっていた生徒たちが、慌てて作業を再開した。



 その直後、クリスティーナが口を開いた。



「あの……ドミニさん」



「どうした?」



「ボクの図面も見てもらえませんか?」



「見せてみろ」



 イジューはクリスティーナに近付いていった。



 クリスティーナは、図面をケースから取り出した。



 リホの図面と違い、彼女の図面は、折り目ひとつ無い綺麗なものだった。



 イジューはリホの時と同様に、後ろから図面を覗き込んだ。



 クリスティーナはドキドキしながら、イジューが口を開くのを待った。



「これは……車椅子か?」



 魔導器の外見だけを咀嚼して、イジューはそう尋ねた。



「はい」



「回路が難解だな……。


 車椅子を動かすのに、こんな複雑な魔石が必要なのか?」



「はい。これは……。


 手を使わなくても、イシだけで走る車椅子なんです」



「ふむ……。それが本当なら大したものだが……。


 売り物にはならんな。これは」



「えっ……。


 見た目ですか? デザインが……」



 リホと同様にクリスティーナも、魔導器のデザインは重要視していない。



 だから酷評されたのがデザインであれば構わない。



 機能面さえ評価してもらえればそれで良い。



 彼女はそう思っていた。



 だが……。 



「見た目は後で直せば良い。


 ただ、需要が無いから売れん」



 イジューは商売人としての視点で、きっぱりとそう断言した。



「需要……ですか?」



「おまえはこの車椅子を、誰に売るつもりだ?」



 イジューは答えを与える代わりに、クリスティーナに疑問を投げかけた。



「それはもちろん……両脚が不自由な人に……」



「まず、その両脚が不自由な人というのが少ない。


 そして手が元気なら、自分で車椅子を走らせることは出来る。


 この車椅子は、それすら出来ない限られた人たちを、


 ターゲットにしているわけだ」



「それは……はい……」



「そして、1番の問題はだ。


 手足が不自由な人の保護者が、この車椅子を欲しがるかどうかだ」



「保護者……ですか? 本人では無く」



「分からんか?


 手足が動かない者には、それを介護する人たちが居る。


 そういった人たちの支持を得られなければ、


 これを売ることは出来ん」



「……分かりません。


 どうしてボクの車椅子は、支持を得ることが出来ないのですか」



「心配だからだ」



「心配……?」



「この車椅子を必要とするような人間は、


 一人では危機に対処出来ない。


 中には頭がボケた老人だって居る。


 そんな連中が、フラフラと自分の意思で動き回ることを、


 周囲の人間は歓迎しない。


 自分の目に見える所に、留め置ける方が安心するのだ。


 普通に、補助動力付きの車椅子でも作った方が、よっぽど売れるだろうな」



「だけど……。


 人は……自分の意思で動きたいんです……!


 介護する人たちだってきっと……


 家族が自分の意思で動ける所を、見たいと思うんです……!」



「家族か。なるほどな。


 おまえの家族に、全身不随を患った者が居るのだな?」



「……はい」



「だが、介護をする者の何割かは、家族などでは無い。


 専門の職についた者が、患者の面倒を見ているのだ。


 おまえも……


 家族を誰かに任せているから、学校に通えているのだろう?」



「あ…………」



「商品にはならん。


 だが、技術としては目を見張るものがある。A評価をやろう」



「う……うぅ……」



 業界のトップに、自分の図面を否定された。



 その事実が、クリスティーナの心に深く食い込んだ。



 彼女は人目もはばからず、泣き出してしまった。



「泣くな。鬱陶しい」



「ボクには……魔導技師の才能は……無かったんですね……」



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