6の18「優等生といじめられっ子」


 クリスティーナは魔術学校に通い続けることになった。



 ユリリカのおかげだ。



 そしてマリーのためでもある。



 これまでよりも心身を引き締めて、クリスティーナは勉学に励んだ。



 魔術学校の授業は、選択式になっている。



 選択によっては、授業と授業の間に空き時間が発生することになる。



 そんなときクリスティーナは、図書室で自習をすると決めていた。



 習慣に従い、クリスティーナは図書室に入った。



 そして、いつも使っている席へと歩いていった。



 1番奥の席。



 あまり人が近付かないので、勉強に集中できる。



 お気に入りの席だ。



 だが、いつもは空いているその席に、誰かが座っているのが見えた。



 クリスティーナはムッとした気分で、その人物に近付いていった。



「その席は、ボクがふだん使っている席なんだけど」



 特に権利が有るわけでもない。



 だが、嫌な気分になったので、クリスティーナはそう抗議した。



 すると相手の少女は、見下したような表情で答えてきた。



「関係無いっスね。


 おまえに許可取らなきゃ、


 座っちゃいけないって法律でも有るんスか?」



 その少女は、小柄でハーフの、青髪の少女だった。



 リホ=ミラストックだ。



 彼女は校則に従い、学校の制服を身にまとっていた。



「キミ、13歳だろう? ボクは14だ」



 クリスティーナはそう決めつけた。



 体格が小柄だから、おそらくは年下だ。



 だが、それだけではない。



 クリスティーナは、この生意気な生徒を、この日はじめて見た。



 同級生や上級生であれば、以前にも1度くらいは見たことが有るはずだ。



 ハーフの学生は珍しい。



 記憶に残りやすいはずだ。



 それを忘れるなど、自分の記憶力ではありえない。



 つまり、彼女は新入生だ。



 クリスティーナはそう考えた。



「年上にそんな態度取ってると、いつか痛い目を見るよ」



「知ったこっちゃ無いっス。


 どうせ、この学校の連中は、


 ハーフのウチが気に食わないみたいっスから。


 自分のことを嫌いな連中に、媚を売ろうとは思えないっス」



「キミなりの信念が有るみたいだね。けど……」



 クリスティーナは、リホの真隣に移動し、腰を低くした。



 そして自身の体の側面を、リホに密着させた。



 クリスティーナは体格差を利用して、リホを押しのけようとした。



「ぬぬぬ……!?」



 リホは驚きながらも、突然の暴力に抗おうとした。



「ぐぐぐ……!」



 クリスティーナはさらにリホを押した。



 リホの小さな体では、とてもクリスティーナには抗えなかった。



 クリスティーナは容赦なく、リホから席を奪い取った。



「この席はボクのものだ」



 完全に席を制圧すると、クリスティーナは勝ち誇ってみせた。



「ずるいっすよ! ウチが座ってたっス!」



「席を奪っちゃいけないっていう法律でも有るのかな?」



「ぐううぅ~! 嫌な奴っス!」



「図書室では、静かにしないと追い出されるよ」



「…………!」



 クリスティーナに忠告され、リホはぎくりとした様子を見せた。



 リホがおとなしくなると、クリスティーナは彼女に疑問を向けた。



「そもそも、1年がこんな時間に何をしているんだい?


 ちゃんと単位を取らないと、卒業出来ないよ」



「……授業のレベルが低すぎるっス。


 あんな授業に出てたら頭が悪くなるっス。時間の無駄っス」



「そう思うなら、なおさら単位は取った方が良いよ」



「どうしてっスか?」



「この学校は、一定の単位を取ると、


 飛び級が出来るようになってるんだ。


 単位認定の試験を受けるには、


 出席日数を満たす必要が有るからね。


 早く学校を出たいなら、いろんな授業に出席した方が良い。


 それと、夏期休暇中の特別講習に出るのも良いね。


 1週間の講習に出るだけで、4単位貰えるからね」



「そうなんスね。


 ありがとうっス。その、先輩」



「礼には及ばないよ。うん。


 なにせ、ボクは先輩だからね」



 さきほどの暴挙を忘れたのか。



 クリスティーナは平然と先輩ヅラをしてみせた。




 ……。




 翌日。



 クリスティーナが教室に居ると、そこにリホが現れた。



「あっ、先輩」



 リホは小走りで、クリスティーナの方へ駆け寄って来た。



「キミは昨日の……」



「リホ=ミラストックっス。よろしくっス」



「クリスティーナ=サザーランドだよ。よろしく」



「ウチ、この授業の単位を取ることにしたっス」



「そう。やる気が出たのなら良いことだね。


 この科目は3年生推奨だけど、だいじょうぶかな?」



「余裕っス」



「それなら良いけど」



 それから二人は、しばしば同じ授業に出席することになった。



 同学年に友人が居なかったリホは、クリスティーナに良くなついた。




 ……。




 ある日の昼。



 授業を終えたクリスティーナの前に、リホが姿を現した。



「先輩、その、一緒に学食に行かないっスか?」



「うん。良いよ」



 クリスティーナは頷いた。


 この時期、二人の仲は良好だった。



「ほっぺた、どうしたの?」



 クリスティーナが、リホの顔を見て尋ねた。



 リホの頬は、どこかにぶつけたのか、軽く腫れていた。



「ちょっと転んだっス」



「ちょっとって、気をつけないとダメだよ?」



「ういういっス」



 クリスティーナは、リホの頬に手を伸ばした。



 そして、呪文を唱えた。



「風癒」



「あっ……」



 クリスティーナの呪文が、リホの頬を癒やしていった。



「ボクはレベルが高くないから、効き目は薄いと思うけど……」



「そんなこと無いっス。しっかり効いたっス」



 リホはそう言うと、にっこりと笑った。



 ……それからしばらくの間、日々はゆったりと過ぎていった。




 ……。




 ある日の休み時間。



「先輩、ここの理論っスけど」



「うん。ここはね……」



 クリスティーナは快く、後輩の質問に答えた。


 その関係は、長くは続かなかった。




 ……。




 ……ある日の放課後。



「この論文、せんぱいはどう思うっスか」



 難解な論文を話題にして、リホはクリスティーナに話しかけた。



「それは……。


 まだ……読んでないんだ。ごめんね」



「そうなんスか? ウチの考えだと……」



 いつの間にかリホの学力は、先輩であるクリスティーナを超越していた。



 クリスティーナは、リホが人智を超えた天才であることに気付きつつあった。




 ……。




 そして、ある日の図書館。



(出来た……)



 クリスティーナの前には、自らが出がけた設計図が有った。



(これで人の思念を、魔導器の物理的挙動と


 連動させられるはずだ……。


 マリーが歩けるようになるための、第一歩。


 だけど……これで正しいんだろうか?


 もう1度、基礎の理論から見直してみよう)



 クリスティーナは席から立ち、書架へと向かった。



 それと入れ替わりに、リホが姿を現した。



 リホはお気に入りの席に歩いていった。



 クリスティーナの隣の席だ。



 そしてテーブルの上に、クリスティーナの設計図を発見した。



「…………?


 せんぱいの図面っスよね……。


 何なんスか? これ」







「……意味わかんないっスね」







「…………ッ!」



 書架から戻ってきたクリスティーナが、両手でリホを突き飛ばした。



「あうっ……!」



 突き飛ばされたリホは、椅子に背中を打ちつけられた。



「う……ぅ……」



 理不尽に痛みを受け、リホは呻いた。



「っ……」



 可愛い後輩が苦しむ姿を見て、クリスティーナは罪悪感に襲われた。



 だがこの時、焦りのような感情が、彼女の罪悪感を上回った。



「ひ……人の図面を勝手に見るなんて……失礼じゃないか……!」



 謝罪もできず、クリスティーナはリホを責めた。



「……………………」



 ……リホの表情が、すっと温度を下げた。



「先輩もウチを殴るんスね」



「え……?」



「……失礼します」



 リホは立ち上がり、クリスティーナに背を向けた。



 そしてよろよろと去っていった。



 クリスティーナは震えながら呟いた。



「ボクの……。


 ボクの図面は……。


 意味わからなくなんか……無い……」



 ……そのとき。



『先輩もウチを殴るんスね』



 ふと、リホが残した言葉が、クリスティーナの心に浮かんだ。



「先輩『も』……?


 ミラストックさん……君は……」




 ……。




 ある日の午後。



 授業が終わり、リホは立ち上がった。



 教室の扉を抜け、廊下へと出た。



 そのとき。



「おい、ミラストック」



「ちょっと付き合えよ」



 ベージュとスリバ。



 同学年の二人が、リホに声をかけてきた。



 どちらも人族の少年で、リホよりも体が大きい。



「…………」



 リホは無言で立ち去ろうとした。



「待てよ」



 ベージュがリホの腕を掴んだ。



「……なんスか?」



「来い」



 リホは強引に、腕をひかれていった。



 廊下に居る生徒たちは、それを見て見ぬふりをした。



 そんな生徒たちの中に、ハーフは一人も居なかった。



 リホは屋上に連れ出された。



「オラッ!」



 ベージュがリホを殴りつけた。



 後ろから、スリバがリホを羽交い絞めにしていた。



 リホは逃れることが出来なかった。



 ベージュの拳が、リホの腹に突き刺さった。



「ぐぉ……うぇ……っ」



 みぞおちを打たれたリホは、吐き気に襲われて呻いた。



「思い知ったか」



 ベージュは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。



「ウチが……何を……」



「最近2年の先輩と、仲良くしてるみたいじゃねえか。


 あんまり調子に乗ってんじゃねえぞ」



「別に……調子に……なんか……」



「反省してないよ。こいつ」



 リホの反論を見て、スリバがそう言った。



 ベージュはそれに頷いた。



「そうだな。よし……。


 もっと自分の立場ってのを、分からせてやらねえとな」



 ベージュの手が、リホのスカートへと伸びた。



「えっ……えっ……?」



 今までのいじめとは違う。



 リホは困惑の声を上げた。



「へへへ」



 ベージュが下衆な笑みを浮かべた。



 リホの背筋に、ぞくりとした寒気が走った。



「いやああああああああぁぁぁっ!」



 リホは叫び、全力で暴れはじめた。



 リホの足が、ベージュの腕を蹴った。



「いてっ……! こいつ……!


 スリバ! おとなしくさせろ!」



「うん」



 スリバの腕が、リホの首にかかった。



 リホの頸動脈が締められた。



 脳への血流を断たれ、リホの四肢から力が抜けていった。



「か……は……」



 やがてリホは気絶した。



 ぐったりとして、スリバに体重を預けることしかできなくなってしまった。



 スリバはリホの体を、屋上の床に横たえた。



「良くやった」



 ベージュは、リホのスカートの中に手を入れた。



 そして下着を掴み、引きずりおろしていった。



 そのとき……。



「やめろっ! ミラストックさんを放せっ!」



 スリバの視線の先に、クリスティーナが立っていた。



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