6の17「エクストラマキナ」
クリスティーナがイジューに捕らえられた翌日。
ヨークたちの部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
ベッドの上のミツキが、ノックに返事をした。
すると扉が開き、一人の少女が入室してきた。
「失礼するのであります」
ネフィリムだった。
入室してきたネフィリムの服装は、いつものメイド服とは異なっていた。
今日の彼女は、体にピッタリとフィットした、動きやすそうな服装をしていた。
「何の御用でしょうか?」
ミツキは怪しむような視線を、ネフィリムに向けた。
今日は、ヨークが彼女を鍛える日では無いはずだ。
それに彼女は……。
「ティーナさまが、お話が有るらしいのであります。
ミツキさまお一人で、来ていただきたいのであります」
「私一人……ですか?」
「はいであります」
「わかりました。……ヨーク。
私が留守の間、リホさんから、目を離さないようお願いします」
「えっ? 何スか?」
急に名前を出され、リホはきょとんとした表情を浮かべた。
「分かった」
ヨークがミツキに頷いた。
「ウチは分からないんスけど」
困惑したリホを放置し、ミツキは立ち上がった。
そして、ネフィリムの方へ歩み寄っていった。
「それでは行きましょうか」
「…………」
ミツキとネフィリムが、寝室から退室した。
二人は宿を出て、街路を歩いた。
そして高級住宅街を歩き、大邸宅の庭へと入っていった。
(ここは……)
広い庭を歩き、二人は玄関前に立った。
ネフィリムが玄関扉を開いた。
二人は建物の中へと入っていった。
玄関トビラの先は、広間になっていた。
そして……。
広間の階段の上、2階通路に、イジューの姿が見えた。
イジューの隣には、クリスティーナの姿が有った。
彼女の首には、奴隷の首輪が嵌められていた。
「…………!」
クリスティーナがミツキに気付いた。
誘い込まれたミツキを見て、クリスティーナは苦しげな表情を浮かべた。
「おはようございます」
ミツキは平然と、館のあるじに挨拶をした。
のんびりとした口調だが、その四肢に油断は無い。
いつでも敵を殺せるように、気を充溢させてあった。
「おまえがサザーランドの妹を治したという娘か」
ミツキの戦意に、気づいているのかいないのか。
傲然たる様子で、イジューはそう尋ねた。
「さあ? どうでしょうね?
どうしてリホさんでは無く、私をここに呼んだのですか?」
「おまえに頼みたいことが有る」
「頼み……?」
ミツキは疑問符を浮かべた。
ミツキには、前回の運命に関する情報がある。
だが、全てを知っているわけでは無い。
イジューが問答無用の襲撃ではなく、頼みごとをしてくるとは。
ミツキには意外に思えた。
「受けてもらえるのなら、出来る限りの礼はしよう」
「礼……ですか。
それなら、リホさんから手を引いていただけますか?」
「それは出来ん相談だ」
「狂ったことを言っている。そう理解していますか?
私たちは、潰しあいをしている敵同士です。
頼みごとなど、通るはずも無いでしょうに」
「どうしてミラストックに肩入れする?
才能か? あの娘が金になると見通しているのか?
金が欲しいならくれてやる」
「友だちだからですよ。
私たちは、彼女のことが好きなんです」
「金よりも、友情とやらが大切か?」
「そうですね。そもそも……。
ご主人様のお力が有れば、
お金ごときに困ることは無いので。
たやすく手に入る物に、執着する理由は無いでしょう?」
「大した男らしいな。おまえの主人とやらは」
「はい。それはもう」
「ミラストックを私のモノにするには、おまえたちを潰さねばならんらしい」
「そうですね。不可能ですけど」
「命令する。
その娘を捕らえろ。黒蜘蛛」
イジューはネフィリムに向かって、篭手を放り投げた。
金属製の、黒光りした篭手だ。
ネフィリムはそれを受け取ると、自らの左腕にはめた。
「…………。
魔導外骨格-エクストラマキナ-黒蜘蛛」
ネフィリムのコマンドに従い、篭手が輝いた。
ネフィリムの全身が、光に包まれた。
そして光が収まった、そのとき……。
ネフィリムの全身を、黒い甲冑が包み込んでいた。
意思に従って動く全身鎧、エクストラマキナ。
マリーのために開発された、外付けの体。
クリスティーナの理想が、ここに顕現していた。
「…………。
はじめまして。黒蜘蛛」
初めて出会う怨敵を前に、ミツキは一礼をした。
(ミツキさん……! ネフィリム……!)
声を封じられたクリスティーナは、心の声で二人の名を叫んだ。
……。
失われるのは簡単だった。
ユリリカが魔術学校に入学し、クリスティーナが2年に進級してすぐの頃。
サザーランド夫妻は、娘のマリーと共に、町に買い物に来ていた。
目当てはマリーの服だった。
楽しげに歩く三人に、暴走した猫車が突っ込んできた。
強盗が、猫を脅かしたのが原因だった。
夫妻は死亡。
サザーランド姉妹は、両親を失った。
マリーはかろうじて一命を取り留めた。
だが、首から下が動かなくなった。
夫妻を死なせた猫は、元気が無くなってしまい、すぐに飢えて死んだ。
「……学校をやめて、働こうと思う」
自宅の居間で、クリスティーナがユリリカにそう言った。
今までのサザーランド家は、それなりに裕福な家庭だった。
だが、両親が居ない今、この家に一切の収入は無い。
貯金は目減りしていくばかりだった。
両親が居なくなった今、長女である自分が一家のあるじだ。
自分が働いて、収入を得なくてはならない。
クリスティーナはそう決断した。
「そんなのダメよ」
ユリリカがクリスティーナの意見を否定した。
「けど……。
パパが残してくれたお金だけじゃ……卒業まではもたないよ」
「それなら、私がやめるわ。
お姉ちゃんの方が成績が良いし、私よりも早く卒業出来る。
お姉ちゃんが学校に残った方が、家のためになるわ」
「だけど……」
「私、聖女候補になろうと思うの」
「え?」
「知ってるでしょう?
入学式の日に、私が『聖域』のスキルを授かったこと」
上級学校の学生は、国家の将来を担うものとして、一足先にスキルを授かることが出来る。
エリートの特権だった。
クリスティーナもユリリカも、成人になる前に加護を授かっている。
ユリリカのスキルは、レアスキルである『聖域』だった。
「このスキルが有れば、聖女候補になれるの。
大神殿での衣食住が保証されて、
国からの補助金も出る。
馬鹿にならない額よ。
補助金さえ有れば、お姉ちゃんは十分に学校を卒業出来る」
「それは……だけど……。
ユリリカだって……魔導技師になりたかったんじゃないか……」
ユリリカの提案は、それなりに合理的では有る。
だがそれは、自分のためにユリリカが犠牲になる選択肢ではないのか。
そう考えてしまったクリスティーナは、首を縦には振れなかった。
「別に、完全に夢を諦めたわけじゃないわよ?
休学届けを出そうと思うの。
魔術学校は、4年までは留年しても許されるから。
その間にお姉ちゃんには、飛び級で学校を卒業してもらう。
そして、聖女の試練が終わったら、
私も魔術学校に復学するの。
休学中も勉強して、すぐに元の学年に追いついてみせる。
ね? 完璧な作戦でしょう?」
「…………。
少し考えさせて欲しい」
ユリリカの提案は、そこまで悪いものではない。
そのはずだ。
……ただ学校の卒業だけを目的とするのであれば。
だが、もし休学すれば、ユリリカは友人たちと疎遠になるに違いない。
それに聖女教育というのは、果たして楽しいものなのだろうか。
金銭と引き換えに、彼女の青春は失われるのではないか。
それに就職も不利になるかもしれない。
諸手を挙げて賛成することなどできなかった。
……。
クリスティーナは、マリーの病室を訪れた。
ベッドの上のマリーは、いつものように、ただ天井を見つめていた。
「おいっちにー、おいっちにー。
こうやってね、手足を動かすんだ」
クリスティーナは動けないマリーの代わりに、彼女の手足を持ち、動かした。
「こうするとね、何もしないより、体力が衰え辛くなるんだって。
次は左足。おいっちにー、おいっちにー」
「……姉さん」
「何だい? マリー」
「殺して」
クリスティーナの手が止まった。
「マリー……。
何を……何を言っているんだい……?」
「私はもう……一人じゃ何も出来ない……。
ただ皆に迷惑をかけているだけ……。
悲しい……苦しい……悔しい……。
死んでしまいたい」
「マリー……!」
クリスティーナは、マリーをぎゅっと抱きしめた。
「ボクがもう一度……キミを立てるようにしてみせる……!」
「そんなの……無理……」
「出来る!
ボクが凄い魔導器を作って、なんとかしてみせる!
だから……。
死ぬなんて言わないでよ……マリー……」
クリスティーナは、ぼろぼろと涙をこぼした。
マリーはその涙を、拭いてあげたいと思った。
だが今の彼女には、指先ひとつ、動かすことはできなかった。
彼女にできたのは、こう口にすることだけだった。
「…………うん。
姉さんを、信じる」
……。
クリスティーナは家に帰った。
そして居間に入った。
「…………」
ユリリカがソファに座り、何かの書類とにらめっこしているのが見えた。
「それは?」
「聖女関係の書類。それより、マリーはどうだった?」
「……………………元気だったよ」
「良かった」
「ねえ、ユリリカ」
「ええ」
「ボク、学校に行くよ。
そして世界一の魔導技師になるんだ」
「うん。がんばって。お姉ちゃん」
犠牲など存在しない。
そう思わせるような笑顔で、ユリリカはクリスティーナに微笑みかけた。
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