6の14「家族会議と新戦術」


「ユリリカ……!?


 キミはネフィリムが、死んでも良いって言うのか……!?」



 迷宮の危険さは、王都に居る人間なら、誰もが聞き知っている。



 たいせつな家族を行かせるような所では無い。



 だというのに、なんてことを言うのか。



 ……信じられない。



 そんな気持ちをあらわにして、クリスティーナが問うた。



 対するユリリカは平静だった。



 クリスティーナは背が高い。



 人としての迫力は、ユリリカを上回っていると言えるだろう。



 そんな姉に強い感情をぶつけられても、ユリリカに揺らいだ様子は無かった。



「私だって、ネフィリムが傷つくのは嫌よ。


 けど、負担になってばっかりじゃ嫌だっていう気持ちも分かるもの」



「負担になんか思ってない!」



 ユリリカの言葉を、クリスティーナは大声で否定した。



 ネフィリムを絶対に、迷宮になんか行かせてたまるものか。



 そんな気迫が感じられた。



「ボクには十分な稼ぎが有る! 皆をきちんと養っていける!」



「そうね」



 ユリリカは静かに頷いた。



 そしてこう言葉を続けた。



「けどそれは、負担になっていないだけで、力にもなってない」



「そんなの……。


 傍に居てくれるだけで……十分なのに……」



 クリスティーナにとって、家族とは生きていくための希望だ。



 活力だ。



 必要不可欠であり、かけがえのないものだ。



 金銭や労働力よりも必要なものだ。



 負担などでは無い。



 プラスの存在だ。



 だが結局それは、クリスティーナ個人の物の見方でしかない。



「お姉ちゃんが、


 私たちを大切に想ってくれているのは嬉しいわ。


 けどね、人って生かされているだけでは、


 苦しいって感じてしまうのよ。


 自分の足で立ちたいって、そう感じてしまうの。だから……。


 冒険者になることがネフィリムにとって、


 自分で立つということなら……。


 私には止められないわ。


 それは私が、聖女候補になりたいと思ったのと、同じことだから」



 心に一片の気高さが有れば、ただ守られるだけではいられない。



 守る側がどう思っていようが、それは関係が無い。



 誇りを守るためには、戦わなくはならない。



 そして、サザーランド家の少女たちは、皆が心に、仄かな誇りを抱いていた。



「だけど……冒険者だなんて……」



「確かに、冒険者は危険な職業かもしれない。


 私だって普通なら、


 そんな事させたいとは思わないわ。


 だけど、ヨークさんが面倒を見てくれるんでしょう?


 第三種族のネフィリムにとっては、


 ヘタな職場より安全かもしれないわよ?」



「けど……」



「言っておくけどね、お姉ちゃん。


 私は聖女教育で、


 とっくにラビュリントスで戦ってるのよ?」



「ええっ!?」



 クリスティーナは驚きの声を上げた。



「そんなこと、一言も言ってなかったじゃないか……!」



「言ったわよ。マリーには」



「……うん」



 マリーが無表情で頷いた。



「…………」



 がーんといった表情で、クリスティーナは固まった。



 だが少しすると、再起動してこう言った。



「迷宮は……話に聞くよりも安全なのかい?」



 クリスティーナが知る迷宮の怖さは、しょせんは伝聞によるものだ。



 実際に迷宮に潜ったユリリカは、べつの印象を抱いたのかもしれない。



 そんなふうに考えて、クリスティーナはユリリカに尋ねた。



「いいえ。危険な所よ。噂通りに。


 けど、聖女候補をやめようと思ったことは無いわ。


 そして私は、自分がやってきたことを、


 人にやるなとは言えない。


 ネフィリムの意志を尊重するわ」



 自分が何を言っても、ユリリカの意見は変わらない。



 それを感じたクリスティーナは、マリーの方を見た。



「……マリーはどう思ってるんだい?」



「私は……ネフィリムが冒険者をするのは反対。


 ネフィリムが危ない目に遭うのは嫌だし、とっても怖い」



「マリーさま……」



 結局じぶんを後押ししてくれるのは、ユリリカ一人だけなのだろうか。



 そう思ったのか、ネフィリムの表情が固くなった。



 クリスティーナは黙ってマリーを待った。



 妹はまだ、本心の全てを語ってはいない。



 その事に気付いていたからだ。



「だけど、それは私の気持ち。


 気持ちを強制したら、ネフィリムは家族じゃなくて、


 奴隷になってしまう。


 だから……最後はネフィリムが決めないといけないと思う」



「……………………。


 マリーはいつの間にか……


 そんなふうに物事を考えられるようになってたんだね。


 3対1……か。


 皆を守ってるつもりだったけど……」



 悲しさと嬉しさが混じったような表情で、クリスティーナは天井を見上げた。



「ボクだけが……ずっと子供のままだったのかなあ」



「そんなことない。


 ずっとずっと、ありがとう。姉さん」




 ……。




 サザーランド邸を出たヨークたちは、宿へと戻っていった。



 寝室に入ると、リホの姿が有った。



 彼女は作業台の椅子ではなく、ミツキのベッドに腰かけていた。



 ヨークはリホに声をかけた。



「ただいま~」



「お帰りっス」



 リホはヨークたちに、余裕に満ちた笑顔を向けた。



「今日は早かったっスね? 何かあったっスか?」



「色々有ったな」



「聞いてやっても良いっスよ」



「ああ。それで……。


 そっちこそ何かあったか?」



 リホの雰囲気が、なにやら今朝とは異なる。



 そう感じたヨークが、リホに疑問符を向けた。



「別に何も無いっスけど」



「そうか? なんか朝よりも元気そうな気がするが」



「……別にっス」



「今は休憩中か? 作業の調子はどうだ?」



「ヨーク。あまり急かしては……」



「バッチリっスよ」



「えっ?」



 ミツキが声を漏らした。



「刻印は、もう完成したっス」



「おー。ぱちぱちぱち」



 ヨークはあまり音が鳴らない控えめな拍手をした。



 次にミツキがこう尋ねた。



「……随分と手が早いですね?」



「魔弾銃の刻印は、簡単な部類っスからね。


 天才のウチにかかれば、こんなモンっス」



「そうか。凄いな」



「ひょっとして……クリスティーナさんに何か言われましたか?」



「あいつはジャマしてきただけっスよ。


 天才のウチには、大した妨害にはならなかったっスけどね」



 リホはそう言って、ニコニコと笑った。



 そしてこう続けた。



「しかし、フレームの完成よりも、


 だいぶ早く完成してしまったっスね。


 まあ、ウチが天才なので仕方ないんスけど」



「そうだな。明日からどうするんだ?」



「売り物になりそうな図面でも引いておくっス。


 あくまでも魔弾銃は、素材集め用の手段っスからね」



「そうか。


 ……まだ日が高いな。


 ちょっとレベル上げてくるわ」



「了解っス」



 ヨークとミツキは、迷宮の魔獣と死闘をくりひろげ、再び宿に戻った。



 それから後は、のんびりと過ごすことになった。




 ……。




 翌朝。



 ヨークとミツキは、大階段が有る広場に向かった。



 そこでくだらないジョークの応酬をしながら、ネフィリムを待った。



「…………」



 少しすると、ヨークは広場の時計を見た。



 時刻は午前9時になろうとしていた。



(来ないか)



 ヨークがそう考えた、そのとき……。



「ブラッドロードさん!」



 ネフィリムとは別の少女の声が、ヨークの耳に届いた。



 ヨークは声の方を見た。



 そこにクリスティーナが立っているのが見えた。



 目が合うと、彼女はヨークの方へと駆け寄ってきた。



「どうしておまえが?」



「その……。


 今日、ネフィリムは来られない」



「……そうか」



 何事かと思ったが、ただの連絡役だったか。



 そう思ったヨークは、クリスティーナに背を向けようとした。



「ちょ、待って。話を聞いておくれよ」



 クリスティーナは、慌ててヨークを呼び止めた。



「何だよ?」



「ネフィリムは……いつもはマリーと学校に行くんだ。


 だから……。


 休みの日に、鍛えてやってもらえないかな?


 その……。マリーがちゃんと歩けるようになるまでだけど……」



「わかった」



「ありがとう」



 クリスティーナは、深く頭を下げた。



「ネフィリムのこと、どうかよろしくお願いします」



「ああ」




 ……。




 次の休日。



 ヨークとミツキは、ネフィリムと共に迷宮に入った。



 第1層の通路。



 ネフィリムは、ヨークとミツキよりも前に出て構えた。



 彼女の手中に有るのは、前に買った棍棒では無かった。



 その手には、魔術の杖が握られていた。



 彼女の眼前には、2体の赤狼の姿が有った。



 赤狼が、ネフィリムめがけて駆けて来た。



 ネフィリムは、赤狼に杖の先端を向けた。



「氷礫!」



 ネフィリムが放った呪文が、赤狼の片方に命中した。



 赤狼は絶命し、消滅した。



 ネフィリムの呪文の隙に、残った方の赤狼が、接近してきた。



「ッ!」



 ネフィリムは、素早く後ろへステップした。



 ネフィリムが回避したことで、赤狼の牙が空を切った。



 軽やかに距離を取ったネフィリムは、すぐに杖を、残りの赤狼に向けた。



 そして唱えた。



「氷礫!」



 再び放たれた魔術が、赤狼に命中した。



 赤狼は倒れ、消滅した。



 敵はすべて倒された。



 ネフィリムの勝利だった。



「師匠! やったのであります!」



 ネフィリムは、ヨークの方へと振り返ると、嬉々としてそう言った。



「ああ。


 上々だな。今のところは」



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