6の13「修理とケンカ」



「キミはボクを責めて良いんだよ」



「そんな……!


 ティーナさまが居なかったら自分は……!」



「待ってて。


 黒蜘蛛は、必ず完成させてみせるから」



「ティーナさま……」



(黒蜘蛛……?)



 聞き慣れない単語が、ヨークの耳に入った。



 だが、自分には関係の無いことだろうと思い、すぐに頭の片隅に追いやった。



「…………」



 ヨークは口を開かないまま、クリスティーナの隣に立った。



 そして彼女の耳に口を近付けた。



「ちょっと良いか?」



 ヨークの囁き声が、クリスティーナの耳に届いた。



「ひうっ!?」



 耳をくすぐられたクリスティーナは、びくりと震えを見せた。



 そして耳を赤くして、ヨークに尋ねた。



「ななな何だい急に?」



(耳が敏感なのか? まあ良い)



 クリスティーナの反応は、ヨークには大げさすぎるように感じられた。



 だが大したことでは無いと思い、話を進めることにした。



「ネフィリムの腕が取れた」



 ヨークは端的に本題を口にした。



「っ……!」



 ヨークの言葉を聞いて、クリスティーナの顔色が変わった。



 彼女は真剣な顔で、ヨークにこう言った。



「ちょっと……家に来てもらえるかな?」



「ああ。ミツキは?」



「キミだけで……いや。


 ミツキさんには、一緒に来てもらおうかな」



「分かった。ミツキ。これ」



 ヨークは黒光りした棍棒を、ミツキに握らせた。



 ネフィリムに買った物だが、彼女が片腕になったので、ヨークが運んできていた。



「棍棒……?」



「しまっといて。それと、今からクリスティーナの家に行く」



「分かりました」



 ミツキは棍棒を『収納』した。



 一行は、サザーランド邸へと向かった。



 クリスティーナは家に入ると、ヨークたちを居間に案内した。



 ネフィリムは、外れた腕をローテーブルに置き、ローブと仮面を外した。



「えっ?」



 マリーが驚きを見せた。



 ネフィリムの腕のことは、仲間内での秘密だったからだ。



 ネフィリムはマリーに向かって、申し訳なさそうに言った。



「バレてしまったのであります」



「そう……」



「ユリリカ。工具箱を持ってきて」



「了解」



 姉の頼みを受けて、ユリリカが居間から退出した。



 次にクリスティーナは、ヨークたちに声をかけた。



「座って」



「ああ」



 ヨークとミツキはソファに座った。



 クリスティーナはその対面のソファの、中央に座った。



 マリーはぎこちなく車椅子から立ち、よろよろと、ソファの方へと向かった。



 クリスティーナとネフィリムは、それを手伝わず、ただじっと見守った。



 やがてマリーは、クリスティーナの左隣に座った。



 するとクリスティーナが口を開いた。



「さて……。


 まずはお礼を言わせて貰おうかな。


 ネフィリムを保護してくれてありがとう。それと……。


 二人とも、ネフィリムの腕のことは、内密にして欲しい」



「良いぜ」



「はい」



 二人は素直に頷いた。



「……あっさりしてるね」



「逆に、バラして俺に何の得が有るんだよ」



「純朴だね。キミは」



 クリスティーナはヨークを眩しそうに、あるいは妬ましそうに見た。



「とにかく、俺は黙っときゃ良いんだろ?」



「そうだけどね」



「ありがとう。ヨーク」



 ユリリカが、居間に戻ってきた。



 彼女は手に、金属の箱を持っていた。



 重そうな箱だったが、ユリリカは軽々とそれを運んでいた。



「お姉ちゃん。はい」



 ユリリカは、箱をローテーブルに置いた。



 がしゃりと音が鳴った。



「ありがとう」



 クリスティーナは箱を開いた。



 箱の中には、様々な工具が詰まっていた。



 彼女は工具を選びながら、ユリリカにこう言った。



「それと、二人にお茶とお菓子を頼むよ」



「はいはーい」



 まったく面倒とも思っていないのだろうか。



 ユリリカは再び、陽気に部屋を出て行った。



 キッチンに向かったのだろう。



「ネフィリム、おいで」



「はいであります」



 ネフィリムは、クリスティーナの右隣に座った。



 クリスティーナは彼女に手を伸ばした。



「服を脱がせるよ」



「えっ、おい」



 男の自分が居るのに、女性の服を脱がせるというのか。



 ヨークは焦った様子を見せた。



 それを見て、クリスティーナはくすりと笑った。



「心配しなくても、シャツは着ているよ」



「…………」



 ヨークは慌てて反らした視線を、クリスティーナたちの方に戻した。



 クリスティーナは、ネフィリムの服を脱がせていった。



 ネフィリムは、黒のタンクトップ姿になった。



(普通にエロい気がするが……)



 ヨークは内心でそう考えた。



 ネフィリムは、立派に女性的な肉付きをしている。



 彼女のタンクトップ姿は、ヨークには性的に見えた。



 それを自分が見守っていても良いのだろうか。



 ヨークは少し迷った。



(本人が気にしてないなら、まあ良いか)



 ヨークがそう開き直った瞬間、ミツキが口を開いた。



「ヨーク」



「……何でしょう?」



「女性の胸ばかり見るのは失礼ですよ」



「えっ!?」



 ネフィリムが驚いてヨークを見た。



「言うほど見てませんが?」



「えっち……」



 マリーがヨークにジト目を向けた。



「女子の力で包囲するの止めてくれ」



「ははは。分かっているよ」



 クリスティーナは朗らかに笑った。



 そしてこう言葉を続けた。



「ブラッドロードさんほどの人が、


 そんな汚らわしい真似を、するはずが無いってね」



「アッハイ」



 ヨークは縮こまった。



 そこへユリリカが戻ってきた。



 ユリリカの手には、お盆が乗せられていた。



 その上には、湯気を立てたティーカップが、人数分のせられていた。



 ユリリカはティーカップを、ヨークたちの前に置いた。



「はい。お茶をどうぞ」



「ありがとうございます」



 ミツキが礼を言った。



 次にユリリカが、ヨークにこう尋ねた。



「あの、となり良いですか?」



「ああ。良いぞ」



 ソファは三人がけだ。



 クリスティーナの側のソファは、満席になっていた。



 それでユリリカは、ヨークの隣に座った。



「…………。


 左腕も作り物なんだな」



 ヨークがネフィリムを見て言った。



 彼女の右腕は、今は外れてしまって存在しない。



 もう片方の腕も、その二の腕の途中から、金属の義手になっていた。



 ネフィリムには、生身の腕は存在しない。



 ヨークの言葉を受けて、クリスティーナがこう言った。



「うん。両脚もね


 ミンナニ、ナイショダヨ?」



「ネフィリムが怪我してたのを、保護したんだって?


 よっぽどの事故に合ったんだな」



「……………………。


 まあね」



 クリスティーナは、言葉少なになった。



 彼女は黙々と、ネフィリムの右腕をくっつけていった。



「動かしてみて」



 義手の接合作業が終わると、クリスティーナがネフィリムに言った。



「……………………」



 ネフィリムは、腕をゆっくりと動かしていった。



 ただの機械の塊であるはずの腕が、生身の腕のように、なめらかに動いていった。



「どう?」



「問題無いのであります」



「うん。良かった」



「その腕は、よく外れるのか?」



 ヨークが尋ねた。



「まさか。逆に聞きたいね。


 いったい何をしたら、腕が外れたんだい?」



 その問いにネフィリムが答えた。



「師匠を思いっきり殴ったら、外れたのであります」



「……うん?」



 クリスティーナがぽやんと疑問符を浮かべた。



 うまく伝わっていない。



 そう思ったネフィリムは、言葉を繋げて補足をした。



「師匠とは、ブラッドロードさまの事なのであります」



「うんなるほど?」



 疑問符は消えなかった。



「どうしてブラッドロードさんを、全力で殴る必要が有るのかな?」



「どれくらいケンカが出来るか、見てやろうと思って」



 ヨークがそう答えた。



「何やってるの!? ネフィリムはケンカなんてしないよ!?」



「…………」



 叱りつけるようなクリスティーナの言葉を受けて、ネフィリムは俯いた。



「結局、やめるのか? 冒険者は」



 ヨークがネフィリムに尋ねた。



 すると本人に代わり、クリスティーナがこう言った。



「冒険者だって? 当たり前だろう?


 そんな怖い仕事、ネフィリムには向いてないよ」



「…………」



 まだ本人の意思を確かめていない。



 そう思ったヨークは、黙ってネフィリムの答えを待った。



 やがてネフィリムが口を開いた。



「自分は……。


 師匠……。


 冒険者には……向いてないのでありますよね……?」



「知るかよ」



 ヨークは突き放すように言った。



「えっ……」



「会ったばっかりの奴が、何に向いてるかなんて、分かるかよ。


 死ぬ気でブチ当たって、ようやく見えてくるのが才能だろ?


 けどまあ、良いんじゃねえか?


 リホと違って、面倒を見てくれる家族が居るんだ。


 冒険者なんかにならなくても、


 おまえは幸せに暮らせるだろうさ」



 ヨークは立ち上がった。



 ヨークはソファから離れ、居間の出口へと足を向けた。



「んじゃ。帰るわ」



「師匠……!」



 背中を向けたヨークを、ネフィリムが呼び止めた。



「自分は強くなりたいのであります……!」



「そうか」



 ヨークはネフィリムへと振り向いた。



 だがクリスティーナは、ネフィリムの言葉に怒りを見せた。



「ダメだよ! 冒険者なんて許さないからね!」



「…………。


 俺は家の問題に、口を挟むつもりはねえ。


 もし話がついたら、明日の朝9時に、大階段に来い」



 ヨークはそう言い残すと、居間から出ていった。



 ミツキもソファから立ち上がり、ヨークの後を追っていった。



「…………。


 ティーナさま……自分は……」



「ボクは反対だ。絶対に認めないぞ」



 クリスティーナは不機嫌そうにしたまま、ネフィリムの反対を向いた。



 そのとき、ユリリカが口を開いた。



「私は……。


 ネフィリムが頑張りたいのなら、応援したいわ」


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