6の12「ネフィリムと秘密」



 やがて神官が、2本の瓶を運んできた。



 神官は瓶を、祭壇の上に置いた。



 ネフィリムは恐る恐る、聖水の瓶を手に取った。



 そして仮面をはずすと、両方の聖水を飲み込んだ。



「んっ……」



 ネフィリムは自分自身に、熱い力が宿るのを実感した。



 クラスとスキルの加護を得ると、ネフィリムは、ヨークと共に神殿を出た。



 神殿の外で、ヨークはネフィリムに話しかけた。



「ちゃんとクラスとスキルが身に付いたか、自分で確認してみろ」



「どうやるのでありますか?」



「目を閉じりゃ良い」



「分かったのであります」



 ヨークに言われるままに、ネフィリムは仮面の下で目を閉じた。



 すぐにネフィリムの知覚が、自身の加護を認識した。



「あっ、クラスが見えるのであります」



「ちゃんとニンジャになってるか?」



「はいであります」



「スキルは?」



「『見切り』となっているのであります」



「戦闘用のノーマルスキルだな。悪くない」



 スキルの中には、戦闘に向かないモノも有る。



 ネフィリムは、スキルという点においては、冒険者の適正は十分のようだった。



 何にせよ、クラスとスキルの入手は、無事に終了したようだ。



 次はどうするべきかと、ヨークは考えた。



「おまえ、武器は使えるか?」



「いいえであります」



「そうか。とりあえず武器屋に行ってみるか」



 二人は通りを歩き、エボンの店へと向かった。



「いらっしゃいませ」



 店に入ると、若い男性店員がヨークたちを出迎えた。



 店内にエボンの姿は見えない。



「エボンさんは?」



 ヨークは店員に尋ねた。



「奥で金型つくってますけど。お呼びしましょうか?」



「いや。忙しいんなら良いよ。


 適当に、迷宮初心者向けの武器を、見繕ってくれるか?」



「それでしたら、こちらの棍棒がオススメですよ」



 店員はそう言うと、長さ70センチほどの棍棒を指し示した。



 黒光りした、金属製の棍棒だった。



 先端が尖っていて、突きにも使えるようだ。



「刃が有る武器は、扱いに慣れていないと、怪我をしやすいですからね」



「じゃあそれで」



 店員のオススメは、ヨークから見ても妥当なように思えた。



 それで素直に、その棍棒を買うことに決めた。



「値段は?」



「銀貨3枚になります」



「えっ……」



 寄付金の額を聞いた時と同様に、ネフィリムが声を漏らした。



 ヨークは財布から銀貨を取り出し、カウンターテーブルに置いた。



「お買い上げありがとうございます」



 ヨークは棍棒を受け取った。



 そしてそれを、ネフィリムに差し出した。



「ほい」



「あ、ありがとうであります」



 金銭に関しては、神殿で話をつけてある。



 ネフィリムはそれを蒸し返す気は無いようだった。



 装備が整うと、二人は再び迷宮へと向かった。



 通りを歩き、広場に入り、大階段を下った。



 二人は迷宮の第1層に立った。



 そしてそれから、さらに少し歩いた。



 魔獣が居ない安全な部屋に入ると、ヨークがネフィリムに言った。



「まずは適当に振ってみろよ」



「…………。


 はっ!」



 ネフィリムは上段の構えから、棍棒を振り下ろそうとした。



 だが……。



 棍棒は、ネフィリムの手からすっぽぬけた。



 それはヨークの顔の真横を通り、迷宮の壁に突き刺さった。



「は?」



 壁に刺さった棍棒は、迷宮の自己修復効果によって地面に落ちた。



「えっと……俺、おまえに何かしたっけ……?」



「申し訳ないのであります!」



 ネフィリムは慌てて土下座をした。



「いや。土下座はせんで良い。っていうかするな」



「はい……」



 ネフィリムは立ち上がった。



 そして、地面に転がった棍棒を拾った。



「自分は、細かい動作は苦手なのであります……」



(細かいか?


 つーか、いま壁に刺さったよな?


 レベル1で迷宮の壁を壊すとか……)



「おまえ、力は有るんだな?」



「そうでありますね」



「それならいっそ、ナックル系の武器を使うのも悪くないか……?」



「ナックル……でありますか?」



「ああ。拳を保護して、パンチ力を上げる武器だ。


 リーチも威力も無いから、


 一部の物好きしか使わねーが……。


 あれならすっぽ抜ける事も無いしな。


 1回試してみるのも良いかもな。


 ちょっと俺に、パンチしてきてみろよ」



 ヨークはネフィリムに、手のひらを向けた。



「こうでありますか?」



 ネフィリムは、そこをめがけて、軽くパンチを放った。



 ヨークは軽々と、そのパンチを受け止めた。



 威力の無いパンチだった。



 気が引けて、全力を出せていないのだろう。



 ヨークはそう思い、ネフィリムを叱咤することにした。



「そんなパンチで魔獣を殺せるかよ。


 加減すんな。全力で来い」



「けど……そんなことをしたら……」



「ん? 俺が心配か?


 おまえのヘナチョコパンチで、俺が怪我なんかするかよ。


 遠慮してねーで、本気でやれ」



「……分かったのであります」



 覚悟が決まったのだろうか、ネフィリムの表情が引き締まった。



 彼女はぐっと腰を落とし、構えた。



 シロウトの構えだが、気合は感じられる。



 そんな構えだった。



「はあああああああああああああぁぁぁっ!」



 ネフィリムの全力のパンチが、ヨークへと迫った。



 ヨークはその拳を、右手で受け止めた。



 そして……。



「はあああああああああああああぁぁぁっ!?」



 ヨークは思わず叫んだ。



 ネフィリムの右腕が、宙を舞っていた。



 胴体から離れた腕が、彼女の後方へと飛んでいった。



「あっ……!」



 ネフィリムの腕が、地面を転がっていった。



「あうっ……!」



 ネフィリムは、慌てて腕に駆け寄った。



 そしてそれを拾い、ローブの下に隠した。



「……見たでありますか?」



 ネフィリムは気まずそうに、ヨークの方を見て言った。



「そりゃ見たよ。バッチリ」



(義手……。けど、普通の腕みたいに動いてたよな?)



「うぅ……。


 このことは、自分たちだけの秘密にして欲しいのであります……」



「クリスティーナたちは、このことを知ってるんだよな?」



「はい。この腕を作ったのは、ティーナさまでありますから」



「周りにバレると不味いのか?」



「…………」



 ネフィリムは黙って俯いた。



 ヨークはそれを、肯定として受け取った。



「その腕、くっつくのか?」



「工具さえ有れば」



「なら続きは無理だな。帰るか」



「自分は……。


 冒険者にも向いてないのでありますね……」



 ネフィリムはしょんぼりと言った。



 なに一つ成せず、引き返すことになった。



 そのことにショックを受けているらしかった。



「簡単に諦めんな。捻り潰すぞ」



 ヨークはそう言って、ネフィリムを睨みつけた。



「励ましてるのか脅してるのか、どっちでありますか!?」



「脅してる」



「えぇ……」



「行くぞ」



 二人は迷宮を出て、通りを歩いた。



 やがて宿が見えてきた。



 すると……。



「あっ……」



 ネフィリムは声を漏らした。



 宿の前に、サザーランド姉妹とミツキの姿が見えた。



「…………」



 ミツキの視線はヨークへと向けられていた。



 ヨークとミツキの目が合った。



 ヨークはネフィリムの方に視線をずらした。



 そして戸惑うネフィリムにこう言った。



「ミツキにはあいつらの所に、連絡に行ってもらってたんだ」



「ネフィリム!」



 クリスティーナとユリリカが、ネフィリムに駆け寄ってきた。



 少し遅れて、マリーの車椅子も近付いてきた。



「無事で良かった……」



 クリスティーナは、ネフィリムに抱きついた。



「ティーナさま……お仕事は……?」



 ネフィリムは、呆けたような声でそう尋ねた。



 クリスティーナは、ネフィリムから体を離して言った。



「しばらく有休だよ」



「ユリリカさま……マリーさま……学校は……?」



「ネフィリムが行方不明なのに、そんなこと言ってられないわよ」



 ユリリカがそう言った。



 次にマリーが口を開いた。



「ネフィリム。


 私はまだ……あなたが居ないと……教室の扉も満足に開けられない……」



「あっ……。


 ……申し訳ないのであります。だけど……。


 扉を開けるのは……別に自分じゃなくても出来るのであります」



「それがどうしたんだい?」



 クリスティーナが口を開いた。



「え……?」



「この世の仕事の多くは、


 適切な訓練さえすれば、大半の人に出来るんだよ。


 替えが効かないのは、極一部の天才だけ。


 ミラストックさんのようなね。


 みんな、誰でも出来るような仕事をして、


 それでお金を稼いで生きていく。


 それで良いんだよ。ネフィリム。


 キミだって本来は、そうじゃないといけなかったんだ」



「けど……自分は扉を開けるのも、上手くないのであります……。


 前もドアを壊して、先生に怒られたのであります……」



「ネフィリム……。


 それはボクのせいだ」


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