6の11「奴隷と洗礼」



「ちょっと今までは精神統一してただけっス。今やるっス」



「そうかい」



「とっととどくっス。作業の邪魔っス」



「うん」



 リホの命令を、クリスティーナは素直に受け入れた。



 クリスティーナは、作業台の椅子から立ち上がった。



 入れ代わりで、リホが椅子に腰かけた。



 彼女は刻印用の針を手に取り、顕微鏡を覗き込んだ。



 クリスティーナはベッドに座り、リホの様子を眺めた。



「……行くっス」



 リホはそう言うと、針を魔石に突き立てた。



 魔石に小さな刻印が走った。



「っ……!」



 もう後戻りはできない。



 そう思ったリホの表情が、真剣さを増した。



 それを見たクリスティーナが、ユルい声で言った。



「なんだがえらい緊張感だねぇ」



「べつに……こんなの簡単っス。


 ウチは天才っスから」



「そうだね」



 驕ったようなリホの言葉を、クリスティーナは否定しなかった。



 二人は口を閉ざした。



「…………」



「…………」



 リホの作業の音だけが、小さく部屋に響いていた。



 リホの作業がある程度すすんだ所で、クリスティーナが口を開いた。



「ところで、ブラッドロードさんはまだかな?」



「夕方頃じゃないっスか?」



「そう……」



 まだ午前中だ。



 夕方まで無為に時間を潰すのは、得策では無い。



 そう考えたのだろう。



 クリスティーナはベッドから立ち上がり、部屋の出口へと向かった。



「ちょっと外を見回ってみるよ」



 出入り口のドアを開くと、彼女はリホに声をかけた。



「ブラッドロードさんが帰ってきたら、ネフィリムのことを伝えて欲しい」



「ういういっス」



「それじゃ」



 クリスティーナは部屋を出ていった。



 それからしばらくして、リホの手が止まった。



「…………」



 いつの間にか、魔弾銃用の刻印が完成していた。



 リホは出口の方へ振り返ると、独り言を口にした。



「周りがうるさい方が、刻印って捗るものなんスね」




 ……。




 冒険者たちの広場。



 ヨークたちは、ネフィリムの土下座と直面していた。



「とりあえず頭を上げてくれ」



 ヨークは困り顔でそう言った。



「はいであります」



 ネフィリムは立ち上がった。



 周囲の冒険者たちの視線が、ヨークたちへと向けられていた。



 悪いベテランが新人をシメているとでも思われているのかもしれない。



(目立ってんな……)



 べつに今すぐ実害が有るわけではない。



 だが、居心地の悪さを感じたヨークは、ネフィリムにこう言った。



「ラビュリントスで話そう」



 ヨークの提案で、三人は大階段を下りた。



 そしてラビュリントスの第一層に着くと、人の居ない小部屋に入った。



 ようやく三人だけになると、ヨークはネフィリムに尋ねた。



「それで? 弟子って?」



「それはモチロン、冒険者の弟子であります」



「冒険者になりたいのか? どうして?」



「……自分が用済みだからであります」



「用済みって……どういうことだよ?」



 穏やかではない物言いに、ヨークの表情が固くなった。



 ネフィリムは言葉を続けた。



「自分はマリーさまのために生かされていた


 奴隷なのであります。


 マリーさまが歩けるようになった今、


 存在価値は無いのであります」



「あいつらが、オマエにそう言ったのかよ?」



「違うのであります!


 皆様はお優しいので、そんなことは言わないのであります!


 けど……自分が役立たずなのには、


 変わりが無いのであります……。


 自分の面倒くらい、


 自分で見られるようになりたいのであります」



 特にクリスティーナたちに問題が有るわけでは無い。



 単にネフィリムが突っ走っているだけのようだ。



 そう察したヨークの表情が、柔らかくなった。



 彼は微笑んで、ネフィリムにこう言った。



「立派なココロザシだな。良いぜ。


 師匠として、おまえを鍛えてやるよ」



「ありがとうであります!」



「……良いのですか?」



 ミツキが口を挟んだ。



「まあ良いだろ。それより……」



 ヨークとミツキは、少しの時間、視線を合わせた。



「分かりました」



 ミツキは頷いて、小部屋の出口へと足を向けた。



「ミツキさま?」



 ネフィリムは、ミツキの背中に疑問符をぶつけた。



 ミツキの代わりにヨークが口を開いた。



「ひよっこを鍛えるのに、二人は必要無いからな。


 ミツキには、別の仕事をやってもらうことにした」



「なるほどであります」



 ネフィリムは素直に納得を見せた。



「それじゃあ、今からおまえを、


 1人前の冒険者に鍛えてやる」



「よろしくお願いするのであります!」



「まずは、オマエのクラスレベルとスキルを、教えてもらえるか?」



「レベルは無いのであります」



「え……?」



 意外なネフィリムの言葉に、ヨークは一瞬戸惑いを見せた。



 だがすぐに気を取り直し、スキルを使い、言葉の真偽を確認した。



(『戦力評価』)




______________________________




ネフィリム=ハイゴ



クラス なし レベル0



スキル なし レベル0



SP 1065


______________________________





「ああ。


 成人式に出てないのか。第三種族だから」



 奴隷だからという言葉を飲み込んで、ヨークはそう口にした。



「レベルが無いと、冒険者にはなれないのでありますか?」



 ネフィリムは、そう尋ねてきた。



 仮面で顔は見えないが、その下には、きっと困り顔が有るに違いない。



「そりゃ、レベルを上げなきゃ、強い魔獣には敵わないからな」



「そうなのでありますか……。どうしたら……」



「普通に神殿に行けば良いだろう」



「けど、自分は第三種族で……」



「奴隷っていうのは、


 主人が望めばいつでも洗礼を受けられるんだよ。


 まあ、寄付金は取られるけどな。


 ミツキが洗礼を受けた時だって、簡単なもんだったぞ」



「そうなのでありますね」



「んじゃ、神殿に行くか」



 そう言って、ヨークは歩きだした。



 ネフィリムもそれに続いた。



 二人は迷宮の出口へと歩いていった。



「……大神殿でありますか?」



 ネフィリムが、ヨークの行き先を予想して、そう尋ねた。



「広場の近くに小さい神殿が有る。そこで良いだろ」



「了解であります」



「神殿に着くまでに、何のクラスにするか決めとけよ」



「えっ? 急に言われても、わからないのであります」



「一人で冒険者を始めるなら、前衛職を選ぶべきだな。


 体力に優れた前衛職は、逆境に強く、生存しやすい。


 後衛職は、型にはまってる時は強いが、


 ちょっと崩されると簡単に死んでしまう。


 主な前衛職は、


 戦士、重戦士、暗黒騎士、聖騎士、ニンジャの五つだ。


 けど、暗黒騎士は装備に金がかかるからダメだ」



「装備?」



「こういうな、魔剣が要るんだ」



 ヨークはネフィリムに見えるように、腰の魔剣を抜刀した。



「綺麗であります」



 赤く輝く剣を見て、ネフィリムはそんな感想を漏らした。



「そうだな。けど、高いんだ」



「その剣は、いくらしたのでありますか?」



「実はこれは、タダで貰ったんだよな」



「さすが師匠であります」



「え……? 今さすがポイント有ったか?」



「普通に買うと、いくらするのでありますか?」



「大金貨百枚じゃ足りんらしいぞ」



「ひゃ……!?」



「冷静に考えると、やべーもん貰ったな……。


 まあ良いや。話の続きな」



「ウッスであります」



「一人で戦うなら、重戦士もオススメ出来ない」



「どうしてでありますか?」



「重戦士は、戦士より生命力が上がる代わりに、足回りが悪くなるんだ。


 敵に囲まれるのは致命的だからな。


 味方からの十分な援護が受けられないなら、重戦士は止めておくべきだ。


 だから、戦士、聖騎士、ニンジャの三つから選べば良い。


 聖騎士は治癒術を使うのにアミュレットが必要になるが、


 杖や魔剣と比べたら簡単に手に入る」



「了解であります」



 迷宮を出た二人は、小神殿に移動した。



 入ってすぐの所に、狭い礼拝堂が有った。



 礼拝堂の一番奥には祭壇が有り、手前には、信者のための長椅子が並べられていた。



 ヨークは祭壇に近付いていった。



 祭壇では、30歳ほどの女神官が、熱心に書物に目を通していた。



 それは聖典では無く、はやりの恋愛小説だった。



 ヨークは神官に声をかけた。



「奴隷に洗礼を受けさせたい」



 神官の視線が、ヨークへと向けられた。



 彼女はヨークの美貌に対し、一瞬の驚きを見せた。



 だがすぐに表情を整え、ヨークに言葉を返してきた。



「はい。まずは寄付金をお支払いいただきますが、よろしいですか?」



「ああ」



 ヨークは銀貨10枚を、祭壇に置いた。



 それを見て、ネフィリムが驚きの声を上げた。



「えっ……?」



「何か?」



 神官がネフィリムにそう尋ねた。



 それに対し、ヨークがこう言った。



「何でもない。聖水を持ってきてくれ」



「はい。クラスは何にいたしますか?」



「ニンジャが良いのであります」



「承りました。少々お待ちください」



 神官は、礼拝堂の奥にある扉へ引っ込んでいった。



 神官の姿が消えると、ネフィリムが口を開いた。



「師匠……!」



「何だ?」



「あんな大金が要るなんて聞いていないのであります……!」



「稼げよ。あれくらい」



「えっ……」



「俺の弟子だろ?」



「…………!


 はいであります!」



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