6の7「イジューと糾弾」



「取ってくるって……ドロップアイテムなんて簡単に手に入る物じゃ無いだろう?」



「いや。そうでも無いんだが……」



「…………?」



 具体的な話をするには、ヨークのスキルについて教える必要が有った。



 あまりスキルについてベラベラと喋るべきではない。



 ヨークは幼馴染から、そう警告を受けていた。



 だがヨークの目には、クリスティーナたちは、悪い人間では無いように見えた。



 エボンに対しても、ヨークは同様に評価していた。



 彼女たちになら、話しても構わないだろうか。



 ヨークはそう考えて口を開いた。



「一応は、ここだけの話にしといてくれるか?」



 そう言ってヨークは、ちらりとミツキを見た。



「…………」



 ミツキには、ヨークを止める素振りは無かった。



「うん? ああ」



 微妙な表情のまま、クリスティーナは頷いた。



「エボンさんも黙っといてくれよ」



「分かった」



「私は……?」



 マリーがヨークにそう尋ねた。



「頼む」



 ヨークがそう言うと、マリーはほんのりと微笑んだ。



「うん……頼まれた……」



「それじゃあ言うけどさ。


 俺のスキルは、アイテムドロップを強化できるんだ。


 ドロップの確率は増えるし、品質も良くなる。


 だから、魔光銀を手に入れるのも、そんなに難しいことじゃ無いんだ」



「っ……! そんなスキル聞いたことも無いよ……!?」



「レアスキル持ちなんだ。俺は」



「なるほどなあ」



 大きな驚きを見せたクリスティーナに比べ、エボンの反応は穏やかだった。



 年齢によるものか。



 それとも、生まれ持った本人の性格か。



 とにかくエボンはすんなりと、ヨークの言葉を受け入れた様子だった。



「信じるのかい?」



 自分と温度差の有るエボンを見て、クリスティーナがそう尋ねた。



「俺に嘘ついて、誰が得すんだよ」



「…………」



 周囲が動じていないのを見て、クリスティーナも平静さを取り戻したようだ。



 それで落ち着いた口調でこう言った。 



「それじゃあ……お願いしても良いかな?」



「分かった」



「むぅ……」



 ヨークがクリスティーナに味方すると知って、リホはつまらなさそうな顔を見せた。



「それで、結局どうするんだ?」



 エボンは開発する魔導器について尋ねた。



「魔光銀で作っちまって良いのか?」



「ああ。良いよな?」



 ヨークはミツキに意見を求めた。



「はい。よろしくお願いします」



「…………」



 驚きが去った後、クリスティーナの表情は固くなっていた。



 魔弾銃に高級素材を使うことに、クリスティーナにはまだ、思うところが有るようだった。



 だが用意された魔光銀は、ヨークたちの所有物だ。



 強く口出しすることもできなかった。




 ……。




 一行はエボンの店を出た。



 クリスティーナとマリーは、ヨークたちとは別行動することになった。



「……それじゃ、また夜に」



「またね」



「ああ」



 姉妹とヨークが別れの挨拶を済ませたとき、リホが口を開いた。



「えっ? 夜って何すか?」



「日が沈んだ時間帯のことだ」



「そういう意味じゃ無いっス!?」



「彼女の家の晩餐に、招待されているのですよ」



 ヨークの代わりに、ミツキがリホの疑問に答えた。



「正気っスか?」



「じゃあおまえ留守番な」



「えっ?」



「俺とミツキの二人で行くけど良いか?」



 ヨークはそう言ってクリスティーナの方を見た。



「うん。構わないよ」



 そんな二人のやり取りを見て、リホは慌てた様子を見せた。



「待つっス! ウチも行くっス!」



「正気か?」



「むしろ天才っス」



「良いか?」



 ヨークは再びクリスティーナに質問した。



「え? うん。別に、構わないよ?」



 クリスティーナは、少し挙動不審になって言った。



 ヨークはそれを妙に思ったが、あえて言及することは無かった。



「待ち合わせはどうするんだ?」



 ヨークは別の疑問を口にした。



「夕方になったら、キミたちの宿まで迎えに行くよ」



「分かった。それじゃ」



「うん」



 クリスティーナは、マリーの車椅子を押しながら、ヨークから遠ざかっていった。



 二人の姿が小さくなると、ヨークはリホに声をかけた。



「これからどうする?」



「ウチは魔石の刻印をしないといけないっス」



「そうか。じゃあ俺たちは迷宮に行くかな」



「はい」




 ……。




 クリスティーナは、マリーと一緒に家に帰った。



 それから一人で家を出て、勤め先であるドミニ工房に向かった。



 彼女は早足で、正面から工房に入った。



 そして最短ルートで社長室へ向かった。



 ノックも無しに、クリスティーナは社長室の扉を開いた。



 そして無遠慮に、社長室へと入っていった。



 社長室には、イジュー=ドミニの姿が有った。



 イジューは革張りの椅子に腰かけ、何かの書類に目を通していた。



「社長」



 クリスティーナに呼ばれ、イジューは書類から顔を上げた。



 そして意外そうにクリスティーナを見た。



「どうした? 何か問題でも起きたか?」



「そうですね。非常に重大な問題が」



 クリスティーナは責めるような声音で言った。



「対応する。早く言え」



「ミラストックさんのことです」



「あいつがどうした?」



「とぼけないで下さい!」



 クリスティーナは声を荒らげた。



「彼女が工房を辞めたと言って、本当はクビにしていたんですね……!?」



「そうだな」



 表情一つ変えず、イジューは肯定した。



「っ……!」



 ふてぶてしいイジューの態度に、クリスティーナの気勢が削がれた。



「どうしてそんなことを……?」



「おまえに話す必要が有るか?」



「彼女を失ったことは、工房にとって大きな損害です。


 私だけではなく、


 社員全員に話す義務が有ると思いますが」



「ミラストックを解雇したのは、政治的判断によるものだ。


 一見損失のように見えても、全体で見ればプラスになっている。


 だが、それを馬鹿正直に話せば、社員に動揺が走る。


 だから伏せた。以上だ」



「政治的判断……? 何ですかそれは?」



「おまえが知る必要は無い」



「そんな物言いで、納得しろと言うのですか……?」



「出来ないか?」



「当たり前です……!」



「ならばどうする?


 おまえには、内定が決まった時から目をかけてやった。


 私が居なければ、おまえの研究は半分も進んではいなかっただろう」



「恩は返しているはずです!


 ボクが開発した魔導器は……この会社に十分な利益をもたらしている……!」



「……十分に恩は返したか。なるほど。そう考えているわけだ。


 ならば、私を糾弾するか?」



「それは……」



「私の弱みを知っているおまえなら可能だ。


 どうする? 私をこの社長の椅子から引きずりおろすか?」



「そんな……


 そんなこと……出来るわけが無い……。


 分かっているくせに……!」



「ならば、話は終わりだ。


 さっさと業務に戻れ。サザーランド」



「十分に働いていますよ。ボクは」



 わざと不機嫌さを振りまくような仕草で、クリスティーナはイジューに背を向けた。



「……待て」



 社長室を去ろうとした彼女を、イジューが呼び止めた。



「何か?」



 クリスティーナは、振り返らずに尋ねた。



「会ったのか? ミラストックに」



「はい。偶然町で。それが何か?」



「どうだった? 彼女の様子は?」



「イケメンに、おんぶされてましたよ」



「うん? ……どういうことだ?」



「失礼します」



 クリスティーナは出入り口のドアノブに手をかけた。



「あっ、おい」



 イジューはさらに、クリスティーナを呼び止めようとした。



 だがクリスティーナはそれを無視し、ドアから廊下へと去っていった。



 ドアが閉じられ、社長室に居るのは、イジュー一人になった。



「むう……」



 何を思ってか、イジューはうめき声を漏らした。




 ……。




 ヨークたちは迷宮で、ドロップアイテムを収集した。



 そして宿屋に戻ると、シャワーを浴び、身綺麗にして、別の服に着替えた。



 着替えが終わったヨークは、バニの部屋へと向かった。



 部屋の前に立つと、ヨークは扉をノックした。



「どうぞ~」



 部屋の中から、バニの声が聞こえてきた。



 ヨークは扉を開き、部屋の中へと入っていった。



 ベッドの上に、バニがごろごろと転がっているのが見えた。



 隣のベッドには、キュレーの姿も見えた。



「あっ、ヨーク」



 客人がヨークだと分かると、バニは起き上がり、微笑みを見せた。



「あのさ……。


 今日、俺たち三人は、外でメシ食うことになったから。


 一応報告しとく」



「どこで食べるの?」



 キュレーがそう尋ねた。



「クリスティーナの家」



「えっ? クリスティーナって誰?」



 聞き慣れない女の名に、バニの笑みが引っ込んだ。



「友だちかな。んじゃ」



 報告だけ済ませると、ヨークはさっさと退出していった。



 残されたバニは、キュレーの方を見た。



「クリスティーナって誰?」



「友だちかな」




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