6の4「出会いと誤解」



「違うけど?」



 自分はナンパ男などでは無い。



 ヨークは簡潔な言葉で弁解した。



 ヨークがそう言っても、少女から警戒の気配が消えることは無かった。



「だったら、ボクの可愛い妹と、何をしていたというのかな?」



 ケンノンな雰囲気を見て、車椅子の少女、マリーが口を開いた。



「聞いて。姉さん」



「うん。何だい? マリー」



「その人は……ナンパの人から助けてくれた。良い人」



 マリーがそう言うと、ヨークを睨んでいた少女の表情が和らいだ。



「そうなのかい?」



 その少女はヨークを睨むのを止めると、そう尋ねてきた。



「まあな」



 ヨークはまた短い言葉で答えた。



「……そうか。疑って悪かったね」



「分かってくれたなら良い」



「妹を守ってくれてありがとう。


 ボクはクリスティーナ=サザーランド。秀才魔導技師だ」



 クリスティーナと名乗った少女は、ヨークに微笑みかけた。



「秀才って。そこは天才って言うところじゃ無いのかよ」



「そこまで自惚れちゃいない」



「しっかし、魔導技師か」



「何だい?」



「ついこの前も、魔導技師と知り合ってな。


 偶然ってのは続くもんだな」



「ふ~ん?」



「その車椅子、おまえが作ったのか?」



「まあね」



「凄いな」



「えっ? ありがとう」



 ヨークの素直な称賛を受けて、クリスティーナは照れた様子を見せた。



「姉さん」



 マリーが口を開いた。



「マリー?」



「姉さんだけ自己紹介して……ずるい……」



 彼女もヨークと話をしたいと思っていたのか。



 マリーは拗ねた表情を見せた。



「ああ。ごめんよ」



 クリスティーナは、車椅子の後ろに移動した。



 そして妹の肩に手をかけて言った。



「さあ、思う存分自己紹介するんだ」



「…………」



 姉のお膳立てに対して、マリーは居心地悪そうにしてみせた。



 だが少しすると口を開き、自己紹介を始めた。



「私は……マリー=サザーランド……。


 まだ学生」



「そうか。俺はヨーク=ブラッドロード。


 冒険者だ」



「冒険者……」



「商会の人かい?」



 突然に、クリスティーナがそう尋ねてきた。



 いきなりの質問に戸惑いながら、ヨークはこう答えた。



「商会? いや。違うが」



「そうなんだ?」



「…………?」



 どうしてそんな質問をしてきたのか。



 ヨークは逆に尋ねてみようかとも思った。



 そのとき。



「ヨーク!」



 シートの方から、フルーレが声をかけてきた。



「いつまでナンパしてるんだ!?」



 フルーレは大きめの声で、責めるようにそう言った。



 クリスティーナはそれを見て、ヨークにジト目を向けた。



「……やっぱりナンパだったのかい?」



「女連れでナンパするかよ。アホ」



「あ……あほ……?」



 秀才を自称する彼女は、人にアホと言われることはあまり無いのかもしれない。



 ヨークの歯に衣着せぬ言い方に、愕然とした様子を見せた。



 それを気にしていない様子で、ヨークはクリスティーナに背を向けた。



「連れが呼んでるから、もう行くぞ。


 じゃあな」



 ヨークは二人から離れていった。



「……失礼なやつだな」



 自分をアホ呼ばわりしたヨークに、クリスティーナはそんな感想を漏らした。



「姉さんも失礼だったと思うけど」



 恩人を、いきなりナンパ呼ばわりしている。



 マリーからすれば、お互い様に見えたようだった。



「ぐ……」



 妹に責められて、クリスティーナは苦しげな顔を見せた。



「あれはマリーが絡まれてると思って……」



 ヨークはシートへと帰還した。



 そこへエルが声をかけてきた。



「お帰りなさいませ」



「ただいま」



 ヨークはエルに微笑んだ。



 次にフルーレが口を開いた。



「女が二人に増えた時は、もう帰ってこないかと思ったぞ」



「なんでだよ」



「何事も無くて良かったですね」



 エルがそう言った。



 次にフルーレがこう言った。



「私は、ヨークが戦う所が見られるかと思ったんだが」



「戦いにはなんねーよ」



 ヨークはそう断言した。



 ヨークの戦闘能力は、人間の域を超えている。



 ただのナンパ男に襲いかかられても、小指で撃退できる。



 いや……。



 もし屈強な冒険者が相手でも、結果は大差無いだろう。



 ヨークはそう考えていた。



「ガッカリだ」



「どんだけ喧嘩に飢えてんの? やばい奴だな」



「えっ」



 固まるフルーレを尻目に、エルはお弁当に手を伸ばした。



 そして、肉料理にフォークを刺すと、ヨークの口へと運んだ。



「はい、どうぞ」



「うん。美味い」



 ヨークは妹が用意したランチを堪能した。



 食事を終えると、三人で町を回った。



 楽しい時間を過ごしていると、やがて日暮れ時になった。



 ヨークは二人をメイルブーケ邸まで送り届けた。



「わざわざ送り届けて下さり、ありがとうございます」



 メイルブーケ邸の庭の前で、エルは丁寧に頭を下げた。



「気にすんなよ。それじゃ」



「ああ。また遊ぼう」



 ヨークはフルーレたちに背を向けた。



 途中でお土産にお菓子を買い、宿に帰還すると、ミツキたちと一緒に夕食をとった。



 だらだらと過ごしていると、辺りはすっかり暗くなった。



 ヨークはのんびりとベッドに寝転がった。



「なあ、リホ」



 ヨークはリホに声をかけた。



 くつろぐヨークやミツキと違い、彼女だけは作業台と向き合っていた。



 リホはヨークには視線を向けず、前を向いたまま答えた。



「何スか?」



「今日公園で、魔導技師に会ったよ」



「別に魔導技師なんて、珍しく無いと思うっスけど」



「それが、俺と同い年くらいの女の子なのに、もう自分の作品を作ってるんだ」



「ウチはヨークより若いっスけど。


 ……ちなみに、そいつは何作ってるんスか?」



「車椅子を作ったっぽいな」



「車椅子?」



「手で動かさなくても、勝手に走るんだ。凄いだろ?」



「…………」



 作業台の方を向いていたリホが、初めてヨークを見た。



「どうした?」



 ヨークはリホと目を合わせながら尋ねた。



「別に。何でもないっス」



 リホはヨークから目を逸らし、再び作業台に向き直った。



 そして言った。



「ウチだったら、車椅子なんかより、人気が出る物を作れるっスよ」



「そうか。リホも凄いな」



「……そうっスね」



「……そろそろ寝るわ」



 ヨークはそう言って布団をかぶった。



「お休みっス」



「リホもあんま夜更かしすんなよ?」



「眠くなったら寝るっス」



「ん……。ミツキもおやすみ」



「はい。おやすみなさい」



 ヨークは目を閉じた。



 リホが作業用の明かりをつけている。



 おかげで少し、寝付きにくいような気がしていた。



 だがそれは杞憂だったようで、やがてヨークは眠りへと落ちていった。




 ……。




「ブラッドロード……起きるっス……」



 ベッドで目を閉じるヨークに、リホが声をかけた。



「ん~……」



 ヨークは眠そうに目を開いた。



 そして窓の方を見た。



 朝日が差し込んでくる気配は無かった。



 まだ日の出どきではないようだ。



「まだ暗いぞ……今何時だよ?」



「知らないっス……」



 リホは眠そうに言った。



「何かあったのか?」



「図面……出来たっス……」



「もう出来たのか」



「フ……フフ……。


 ウチの方が……凄いっス……」



 リホはそう言って、ヨークの上に倒れこんだ。



 そして寝息を立て始めた。



「すぴ~……」



「コイツ一瞬で寝やがった」



 どれだけ眠かったのか。



 とっとと寝れば良かったものをと、ヨークは呆れた。



 それからヨークは布団から抜け出した。



「ほれ、ちゃんとベッドで寝ろ」



 ヨークはリホを抱え上げると、ミツキのベッドに運んだ。



 ミツキの隣にリホを寝かせると、布団をかけて、自分のベッドに戻った。



「お休み」



 ヨークは眠り直そうとした。



 だが……。



「んぅ……」



 リホはベッドから起き出すと、ヨークのベッドに入ってきた。



 そしてすぅすぅと眠ってしまった。



「おまえ起きてるのか寝てるのかどっちだよ」



「……………………」



 ヨークの言葉にリホが反応を返すことは無かった。



(……まあ良い。寝るか)



 ヨークは目を閉じた。



 隣からは、リホの体温が感じられた。



 やがて夜明けになった。



「ん……」



 ミツキは起床した。



 ベッドから起き出したミツキは、まずは部屋のカーテンを開けた。



 それからヨークを起こすべく、彼のベッドに向かった。



「ヨーク……」



 ミツキがヨークに声をかけた、そのとき……。



「んゃ……」



 ミツキはヨークのベッドで、リホが寝ているのに気付いた。



「ヨーク。起きて下さいヨーク」



 ミツキはヨークの体を、がしがしと揺さぶった。



 強めに。



 するとヨークが目を開いた。



「ん……。おはよう」



「はい。おはようございます」



「どうしてリホさんが、そちらのベッドで寝ているのですか?」



「さあ? 甘えん坊だからだろ?」



「なるほど?


 リホさん。リホさん」



 ミツキはリホを揺り起こそうとした。



 それをヨークが止めた。



「寝かしといてやってくれ。


 なんか夜更かししてたみたいだしな」



「夜更かし? 何故?」



「作業の区切りが悪かったんだろ。


 寝る前に、図面が出来たって言ってたぞ」



「もう出来たのですか?」



「そう言ってた」



「前の運命よりも1日早い……」



「まずいのか?」



「……いえ。


 リホさんの件で、防がなくてはならない出来事は、二つだけです」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る