6の3「車椅子の少女とナンパ」
結局ベンチに居座ることになった。
フルーレとエルは、なぜか緊張したように固まっていた。
口を開く様子も見えない。
ずっと黙っているのもいかがなものか。
そう思ったヨークは、二人に話題を振ってみることにした。
「迷宮の方はどうだ?」
ヨークは迷宮周りについて、聞いてみることにした。
普通であれば、年頃の少女に振るような話題では無い。
だが、フルーレはメイルブーケの女だ。
彼女にとっては無難な話題だろう。
ヨークはそう考えていた。
「どうというのは?」
漠然とした質問を受けて、フルーレはそう尋ねた。
「レベルとか」
「先日、レベル30になりました」
エルがそう答えた。
「すると、大分バジルたちに追いついてきた感じだな」
「そうですね」
ヨークは王都に来てから、バジルたちのレベルを聞いたことが有る。
彼等のレベルは、30の中ほどだった。
フルーレたちとの差は、5つ程度ということになる。
レベルだけを見れば、もうフルーレたちも、立派な中級冒険者だと言えるだろう。
もうバジルたちでは、フルーレたちのレベルを急増させるのは難しいはずだ。
「パワーレベリングって感じでも無くなってきた気がするが、どうするんだ?」
ヨークはフルーレにそう訪ねた。
「私は……。
みんなと迷宮に潜るのは楽しい。
このままみんなと一緒が良いな……」
「マジメに攻略するってことか。頑張れ」
距離のある物言いを見て、エルがこう尋ねた。
「ヨークさまは、一緒に来ては下さらないのですか?」
「……嫌な言い方になるけどさ。
俺は強すぎる。
工夫も用心も要らない。ただ捻り潰すだけで良い。
俺が居たら、『冒険』にはならねえんだよ。
だから……バジルたちと冒険がしたいなら、俺は居ない方が良い」
「そう……ですか……」
エルは少しだけ俯いた。
「ヨークさまにお会い出来る機会が減ってしまうのは……残念です」
「そうだな。
けど、いつでもこうして会えるさ」
「……はい」
話を続けていると、劇の時間が近付いてきた。
三人は噴水広場を出て、劇場へと向かった。
劇場に入ると、3階のボックス席に案内された。
ヨークは劇場について詳しくは無かった。
だが、貴族のフルーレが手配した席だ。
おそらくは良い席なのだろう。
そう考えた。
三人は、2時間ほどの劇を鑑賞して劇場を出た。
「うぅ……」
劇場前の通りで、エルはぽろぽろと涙をこぼしていた。
劇の内容が、心の琴線に触れたらしい。
「だいじょうぶか?」
「すいません……。涙もろくて……」
ヨークは泣き虫な妹のことを、可愛いなと思っていた。
そのとき。
「そんなに泣ける話だったか?」
フルーレは真顔で言った。
彼女の目には、1滴の涙も見られなかった。
「…………」
ヨークは『マジかよコイツ……』といった感じの目を、フルーレに向けた。
「おまえだって泣いてないじゃないか!?」
居心地の悪さを感じたフルーレは、それを散らすように声を張った。
「何も言ってないが」
「……どうなんだ? 楽しめたのか?」
「ああ。本格的な劇を見るのは初めてだったが……。
思ったより迫力が有ったな。考えさせられる場面も有ったし」
「そうか」
「エル、大丈夫か?」
「……はい」
エルは涙を拭ったハンカチを、ポケットにしまった。
「落ち着いてまいりました」
エルの目は赤くなっていたが、涙はもう止まっていた。
「弁当、作ってきてくれたんだよな?」
「はい」
「どこか静かな所に行くか」
「そうだな」
フルーレが頷いた。
三人は公園へと向かった。
公園の通路は、石畳になっていた。
その脇には芝生が植えられていた。
エルが芝生の上にシートを敷いた。
三人はシートの上に座った。
エルが作ってきたお弁当で、昼食を済ませることになった。
「やっぱりエルが作る弁当は美味いな」
手作りの料理を口に運んで、ヨークは幸せそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
「私もちょっと手伝ったんだぞ?
ちょっとだけ……」
「ああ。美味いよ」
「そうか。ふふふ……」
ヨークはモリモリと、弁当を消化していった。
「ん……」
ふと、ヨークの手が止まった。
「ヨークさま?」
エルが疑問符を浮かべた。
「ちょっと行ってくる」
ヨークはそう言うと、シートから立ち上がった。
「どうした?」
「あれ」
ヨークは道の方を指差した。
フルーレたちは、ヨークが指さした方を見た。
「ああ……」
フルーレは、納得した様子を見せた。
「行ってこい」
「ん」
ヨークは歩き出した。
公園の道で、車椅子の少女に、二人の男が言い寄っていた。
どうやらナンパのようだ。
「ねえねえ、この椅子何? なんで動いてるの?」
「これは……魔導車椅子……」
「何それ? 初めて見たんだけど、ヤバくね?」
「どこで買ったの?」
「姉さんが……作ってくれた……」
「作った? マジ? ヤバくね?」
「やっべー。マジやっべーよ」
「姉さんは……凄い……天才」
「うんうん。凄いね。
それはそうとして、俺たちとどこか遊びに行かね?」
「ダメ……。
姉さん……待ってるから……」
「ちょっとくらい良いじゃん?
俺たちと楽しいことしよ」
ナンパ男の片割れが、車椅子に手をかけた。
そして、強引に押して行こうとした。
「あっ……待って……」
少女が困り顔を見せた。
そのとき。
「止めとけよ」
いつの間にそこに居たのか。
ヨークは男の隣に立ち、彼の腕を掴んでいた。
「えっ?」
車椅子の少女が、驚きの声を漏らした。
「何だてめぇ!? いてて……!」
ヨークは手に軽く力をこめた。
ナンパ男をこらしめるには、それで十分だった。
「ラオくんから手ぇ離せよ!」
もう片方のナンパ男が、ヨークを怒鳴りつけた。
「ほらよ」
ヨークは手を離した。
「っ……」
開放されたナンパ男が、掴まれていた腕をさすった。
もう片方の男は、警戒心に満ちた目をヨークへと向けた。
「何なんだよ……?」
「頭数そろえなきゃ、ナンパも出来ないってのは、
ちょっとダセェんじゃねえか?」
「うるせえよイケメン!」
ヨークの説教めいた言葉に、ナンパ男は反発を見せた。
「ナンパってのはなぁ……やる方もノーダメージじゃねえんだよ!
声かけた女の子に相手されないってのは、心が傷つくんだよ!
友だちと助け合って、何が悪いってんだ!
イケメンには俺たちの気持ちなんざ、分からねえだろうがなぁ!」
「えっ……。なんかごめんなさい」
モテない男の心の叫びを受けて、ヨークは気の毒そうな顔を見せた。
「けど、その子嫌がってるだろ?」
「ちょっと嫌がってるくらいで退いてたら、ナンパなんて成功しねえんだよ。
犯罪ギリギリ。犯罪っぽいけどギリで犯罪じゃない。
それがナンパを成功させるためのセオリーだ」
「セオリーねえ……。
ちなみに今までの成功率は?」
「よくそんな残酷なこと聞けるな!?」
「えぇ……。
それでどうすんの? 俺と喧嘩する?」
「えっ? 喧嘩? なんで?」
「ナンパ男って『よくもナンパの邪魔しやがったな』って
殴りかかってくるんじゃないのか?」
「えっ……何その発想こわい……。どんだけ喧嘩に飢えてんの?」
「行こうぜ。コイツやばい奴だ」
村民にドン引きしたナンパ男たちは、ヨークから遠ざかっていった。
「…………」
後には虚しさだけが残った。
ヨークは気を取り直して、車椅子の方へ向き直った。
車椅子に座る少女は、桃色の髪をしていた。
少女の髪は、肩の上でさっぱりと切り揃えられていた。
服装の色合いは淡く、清潔さが感じられた。
ヨークの目には、少女の年齢は、10代の前半に見えた。
「だいじょうぶか?」
ヨークは少女に声をかけた。
「どうして……?」
少女は疑問の声を漏らした。
「どうしてって……。困ってるかと思ったんだが。
ナンパ待ちしてたんなら、悪かったな」
「ナンパ待ちは……してない。
助けてくれて……ありがとう……」
「どういたしまして。
……ここで何してたんだ?」
「多分……あなたと同じ……」
「弁当食いに来たのか?」
「……違う。
お散歩」
「その変な椅子でか?」
ヨークがそう言うと、少女はムッとした様子を見せた。
「……変じゃない。格好良い」
「悪かった」
少女の機嫌に気付いたヨークは、即座に謝罪をした。
そしてこう尋ねた。
「その格好良い椅子で、散歩に来たのか?」
「……そう。
私……体が……動かないから……」
「大変だな」
「……うん。
けど、だいじょうぶ。
私には、姉さんが居るから」
「そうか」
「マリー!」
ヨークの背後から、女の声が聞こえてきた。
ヨークは声の方を見た。
車椅子の少女と同じ髪色の少女が、ヨークを睨みつけていた。
女性にしては身長が高い、すらりとした体型の少女だった。
「姉さん」
車椅子の少女が、そう口にした。
姉さんと呼ばれた少女は、ヨークと車椅子の間に、強引に割って入った。
そして警戒心に満ちた口調でこう言った。
「キミ……。
申し訳ないけど、ナンパは遠慮してもらおうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます