6の2「デートとベンチ」



 迷宮の深層。



 73層。



 ヨークとミツキは、リホのための素材の採取を終えていた。



 だがミツキの剣の素材を得るために、さらに狩りを続けていた。



 ヨークの魔剣が、ダークゴーレムを切り裂いた。



 前の運命の時は、ヨークの剣にこれほどの威力は無かった。



 いま彼の剣は、ゴーレムを一蹴するほどの成長を遂げていた。



 体を二つに分けられ、ゴーレムは活動を終えた。



 ゴーレムが消滅すると、後には魔石と金属塊が残された。



「これで十分でしょう」



 そう言って、ミツキは魔石と金属塊を拾い上げた。



 そしてそれらをスキルで『収納』すると、ヨークに声をかけた。



「リホさんがナンパされる前に帰りますよ」



「え? あいつ宿屋だろ?


 最近のナンパは宿屋にも湧くのかよ」



「良いから、走りますよ」



「あいよ」



 ミツキは走り出した。



 ヨークもその後に続いた。



 二人は目にも留まらぬ走りで、迷宮から脱出していった。



 迷宮を出た二人は、大階段の上の広場に立った。



 空を見上げると、既に夕方になっていた。



「ん?」



 ヨークが何かに気付いた様子を見せた。



「何でしょう」



 特に疑問と思っていない表情で、ミツキがそう訪ねた。



「あいつ、リホじゃないか?」



 ヨークはそう言って、広場の一点を指さした。



 そこにリホらしき少女が立っていた。



「そうですね」



「おーい。リホ」



 ヨークはリホの名を呼びながら、彼女に駆け寄った。



「何してるんだ? こんな所で」



「ブラッドロード……?」



「何だよその疑問系は。宿に戻ったんじゃないのか」



「なんとなく……気になって……」



「素材なら、活きの良いのが獲れたぜ」



「魚?」



「何言ってんだお前」



「えっ?」




 ……。




 ヨークたちは、三人で宿に帰還した。



 そして翌朝を迎えた。



「ヨーク。朝ですよ」



 ベッドで目を閉じるヨークに、ミツキが声をかけた。



「ん……」



 眠気は残っていたが、ヨークは素直に目を開いた。



 ヨークの瞳にミツキの微笑みと、窓からさしこむ日光が見えた。



 彼女の穏やかな笑みを見ると、些細な眠気などは、どこかへ飛んでいってしまう。



「おはよう。ミツキ」



 ヨークはミツキに微笑みを返した。



「はい。おはようございます」



 朝の挨拶を終えると、ミツキはヨークから視線を外した。



 そして自分のベッドの方へと向き直った。



 ミツキのベッドの上では、同居人となったリホが寝息を立てていた。



「リホさん。起きて下さい」



 ミツキはリホに声をかけた。



 それでも起きる様子が無かったので、ミツキはリホの肩に手をかけた。



「う……」



 ゆさゆさと体を揺さぶられると、リホは眠そうに目を開いた。



 そして体を起こし、ミツキに朝の挨拶をした。



「おはようっス」



「はい。おはようございます」



 ミツキとの挨拶が終わると、リホは上体を横へと向けた。



 そして、ヨークの方を見て言った。



「ブラッドロードもおはようっス」



「ああ。おはよう」



 それから三人は、朝の身支度を済ませた。



 そして食堂で朝食を済ませると、一度部屋に戻った。



 ヨークは着替えを持って、洗面所に向かった。



「あれっ? また着替えるんスか?」



 リホが疑問を口にした。



 朝食に向かう時、ヨークは既に普段着に着替えていた。



 なのにまた着替えるつもりらしい。



「ああ。今日はデートの約束が有るんだ」



「えっ? ブラッドロード、恋人が居るんスか?」



「いや。あいつは妹みたいなもんだ」



 ヨークはエルのことを、妹そのものだとは言わなかった。



 事情を説明するのが面倒だし、100%妹だという証拠も無いからだ。



 ヨークの言葉を聞いて、リホはほっとした様子を見せた。



「……そうっスか」



 ヨークは洗面所の方で着替えると、寝室に戻ってきた。



 彼の格好は、いつもの冒険者スタイルとは違う、小洒落た服装になっていた。



 ヨークは腕を広げて、ベッドに座るミツキとリホに、自分の姿を見せた。



「どうだ? 初めて着るんだが」



「素敵ですよ」



「まあ……似合わなくは無いっスね」



「良かった」



 それぞれの感想を聞き、自信を持ったらしいヨークは、部屋の出口へと向き直った。



「それじゃ、行ってくる」



「もう行くんスか?」



 リホが尋ねた。



 時刻はまだ、朝の8時前だった。



 デートの待ち合わせとしては、少し早いのではないか。



 リホはそう思ったらしい。



「ああ。朝型なんだろうな。エルは」



「……そうですね」



 ミツキはつまらなさそうに言った。



 それに対し、ヨークは楽しそうにこう言った。



「何か土産買ってくるか?」



「甘いものが良いっス」



「ミツキは?」



「同じで良いですよ」



「分かった。じゃ」



 ヨークは寝室を去った。



 ミツキはリホと二人きりになった。



「私も少し外出しますね」



 ミツキはリホにそう言うと、ベッドから立ち上がった。



「どこに行くんスか?」



 リホはベッドに座ったまま尋ねた。



「武器屋へ。


 今まで使っていた剣が、そろそろ折れてしまうので」



「了解っス」



「行ってきます」



「行ってらっしゃいっス」



 リホに見送られ、ミツキは寝室を出た。



 そして宿屋を出て、まっすぐに武器屋に向かった。



 武器屋に入ると、そこにはエボンの姿が有った。



 ミツキは自分からエボンに話しかけた。



「おはようございます。エボンさん」



「おう。今日は早いな。ボウズ」



 エボンは気の良い笑みで、ミツキを出迎えた。



「そうですね。


 今日はヨークが、友人と健全な遊びに行ってしまったので」



「逆に不健全みたいじゃねえか。その言い方」



「それより、お願いしたいことが有るのですが」



「何でも言ってくれ」



「それでは……」



 ミツキはスキルを使い、金属塊を取り出した。



 先日迷宮で集めたものだ。



 ミツキはそれを、空いているテーブルに置いた。



 ずしりと重そうな音が聞こえた。



「こいつは……!」



 金属塊の正体を知ったエボンが驚きを見せた。



 エボンの反応は無視して、ミツキは要望を口にした。



「これで頑丈な剣を作って欲しいのです」



「頑丈って……。


 前に売ったやつで十分だろ?」



「あれはもうすぐ折れる予定なので」



「えぇ……売ったばっかだろ。


 あの剣を、どんな使い方したら折れるんだよ」



 呆れた様子のエボンを見て、ミツキは大剣を取り出した。



 そして言った。



「今、折りましょうか?」



 エボンには、そのときのミツキの声が、とても冗談には聞こえなかった。



「止めてくれ。


 がんばって造ってんだぞ? それでも」



「それは……すいません」



 ミツキはエボンに謝罪すると、剣を収納した。



「ですが、私には剣が必要なのです。


 決して折れない頑強な剣が」



「ドラゴンとでも戦うのか?」



「いえ。


 蜘蛛ですかね。大きい」



「うぇ……」



 どんな魔獣を想像したのか、エボンは気持ち悪そうにしてみせた。



「蜘蛛苦手なんだ。俺」



「奇遇ですね。私もです」




 ……。




 ヨークは、エルとの待ち合わせ場所である噴水広場に向かった。



「やあ。ヨーク」



 噴水に近付くと、フルーレがヨークに声をかけてきた。



 フルーレの隣には、エルの姿も有った。



「ヨークさま」



 エルがヨークの名を呼んだ。



「お待たせ」



 ヨークはそう言って、エルに微笑みかけた。



「いえ。今来たところです」



(こういう場合の『今』っていつだろうな? ん……?)



 ヨークはエルが、ピクニックバスケットを持っていることに気付いた。



 それでこう尋ねた。



「その鞄は?」



「お弁当です」



「俺が持つよ」



「いえ。あっ……」



 エルの身分は奴隷だ。



 主人の友人であるヨークに、荷物を持たせるわけにはいかない。



 そんなエルの考えなど一顧だにせず、ヨークは強引にバスケットをもった。



 自分はエルのお兄ちゃんだ。



 お兄ちゃんが妹の荷物を持つのは、当然のことだ。



 そう考えていた。



「それで、どこに行こうか?」



 今日のデートに関し、ヨークはノープランだった。



 二人の行きたい場所に行けば良い。



 そう思っていた。



「ヨーク。こういう時は、男の方がデートプランを考えてくるものだぞ?」



 フルーレが微笑ましげにそう言った。



「そうなのか」



「そうなのだ」



「悪いな。今考えるから……」



「だが、こんなこともあろうかと!」



 フルーレはどこからともなく、3枚のチケットを取り出した。



「観劇のチケットを用意してきた。感謝するが良い」



「プランは男が考えるんじゃ無かったのか?」



「見たかったんだ。私が」



「それなら仕方ないな」



「うむ」



「何時からだ?」



「9時半だな」



「まだちょっと有るな。何かしても良いが……」



 ヨークは、噴水の周囲に有るベンチに目をやった。



「たまにはゆっくりするか」



 ヨークはベンチの中央に座った。



 そして自分の両隣を、ポンポンと叩いた。



「座れよ」



「あ、ああ」



 ヨークに誘われたフルーレは、たじろいだ様子を見せた。



「……行くぞ。エル」



「ですが……!」



「臆するな! それでもメイルブーケに仕える者か!」



「……はい!」



(……何やってんだ?)



 フルーレはのっしのっしと歩いてきて、ヨークの左に座った。



 エルはちょこちょこと走ってきて、フルーレとは逆側に座った。



 二人の少女の体が、ヨークと密着した。



「あ……あぅ……」



「ん……。ちょっと狭いか」



 エルの居心地が悪そうだ。



 このベンチは、三人で座るには狭かったかもしれない。



 そう思ったヨークは立ち上がろうとした。



「俺が立って……」



 そのとき。



 立とうとしたヨークの腕を、フルーレが掴んだ。



「待て。早まるな」



「……何を?」




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