6の1「リホとまた」



「はあああっ!」



「…………!」



 気合と共に、デレーナの斬撃がミツキへと向かった。



 メイルブーケ家の庭で、デレーナとミツキが剣を合わせていた。



 戦いでは無い。



 訓練だった。



 とはいえ、手を抜いたイイカゲンなモノでは無い。



 実戦さながらの迫力で、デレーナの剣がミツキにせまった。



 デレーナの剣技は、ヨークすら追い詰めるものだ。



 常人では、それを視認することすら叶わない。



 ミツキはレベルによって得た身体能力によって、なんとかその剣を防いでいた。



「やっぱりお姉様は凄い……!」



 二人の稽古を見学していたフルーレが、感嘆の声を上げた。



 その後ろにはエルの姿も見えた。



「うん……。それに彼女も……」



 フルーレの隣で、彼女の叔父であるシュウが頷いた。



 そしてこう続けた。



「フルーレ。キミは嫌にならないか?


 あんな天才たちを見上げながら、剣の道を歩むというのは」



「なるべく楽しんでやろうと思っています」



「そうか。


 俺はダメだったな。


 年長としての、叔父としてのプライドが有って、うまく行かなかった。


 デレーナを素直に尊敬できるキミなら、


 うまく行くかもしれないな」



 二人の会話中も、デレーナとミツキは稽古を続けていた。



 やがてデレーナの剣が、ミツキの剣を弾いた。



「っ……!」



 剣が地面に転がり、ミツキは丸腰になった。



 これが殺し合いなら、スキルを使えば、予備の剣を取り出すことは出来る。



 だが、これは稽古だ。



 剣を飛ばされた時点で、ミツキの負けだった。



「参りました」



 ミツキは負けを認めると、弾き飛ばされた剣を拾い上げた。



 そしてデレーナにこう尋ねた。



「あの……。


 デレーナさんは魔導抜刀の時に、どのような魔術を使っているのですか?」



 デレーナの剣は、シュウたちが使うものと比べ、あまりにも鋭い。



 その違いが気になって、ミツキは尋ねた。



「魔導抜刀?」



 ミツキの問いに、デレーナは首をかしげてみせた。



「…………?」



「私の剣は、魔導抜刀では有りませんけど」



「えっ?」



「えっ?」



「えっ?」



 ミツキ、フルーレ、シュウ。



 剣を嗜む三人が、驚きの声を上げた。



 次にミツキはこう尋ねた。



「まさか、ただ剣を振っているだけであの速さなのですか?」



「いいえ。


 人の中心に有る、白い力。


 それを漲らせることで、


 肉体の力に頼るより、


 遥かに速く剣を振るうことが出来るのですわ」



「白い力……?」



 聞いたことの無い概念に、ミツキは疑問符を浮かべた。



 まさかそんな反応をされるとは思っていなかった。



 そう思っている様子で、デレーナは周囲を見た。



「えっ? 有りますわよね? 皆様にも」



「……………………?」



 そんなふうに言われても、やはりミツキには、そのような概念はわからない。



 フルーレやシュウも同様らしかった。



「あの、ヨークさまならお分かりになられますわよね?」



 助けを求めるかのように、エルの隣に立っていたヨークに、デレーナが声をかけた。



「……さっぱり分からん」



「え……」



 頼みの綱のヨークにまでそう言われて、デレーナは固まってしまった。



「嫌になるよな。フルーレ」



 シュウが姪に言った。



「……少し」




 ……。




 ヨークはミツキと二人で、迷宮の中層を探索していた。



「お……」



 戦闘を終えたヨークが、何かに気付いた様子を見せた。



「おや? ひょっとしてスキルに変化が有りましたか?」



 ミツキがそう言った。



「なんで分かるんだよ」



「スキルの力です」



「スキルやべーな」



「これからヨークが、何のスキルを覚えたか当てますね?」



「ああ」



「当てたら何か下さい。フローラルヨーク」



「俺そんなにフローラル?」



「いいえ」



「…………?


 それじゃ、当たったらお菓子でも買ってやるよ」



「はい。


 入手したスキルはズバリ、『アイテムドロップ強化』ですね」



「ん~。残念。違います」



 そう言って、ヨークは渋い顔を見せた。



「えっ?」



「嘘だが」



 ヨークはにやりと笑った。



「……どっちなんですか」



 子供のようなやり方に、ミツキは呆れ顔を見せた。



「菓子おごってやるよ」



「はい。それでですね、ヨーク」



「何だ?」



「こんど私と、深層まで潜って下さい」



「いきなり何だ?」



「剣が欲しいのです」



「うん。それで?」



「剣の材料を手に入れるのに、


 深層の敵から手に入るドロップアイテムが必要なのです」



「深層か~。だいじょうぶかな。いじめられない?」



「自分の強さ分かってます?」



「って言うか、剣なんて要るのか?


 おまえ素手で魔獣とか倒すじゃん」



「私だけゴリラみたいに言うの止めてもらえます?


 ヨークの方がパワーは上だと思うんですけど」



「そうですね」



 前の運命では、ヨークはミツキに対して、パワーでは勝てなかった。



 魔術師と聖騎士、クラスの差によるものだ。



 だが、今のヨークのクラスは暗黒騎士だ。



 クラスが持つパワーは聖騎士と互角だ。



 素の身体能力なら、ヨークはミツキに負けなかった。



「だいたい、ヨークだけ良い剣もってるのズルいですよ」



「それもそうか」



 ヨークはフルーレから貰った魔剣をちらりと見た。



「んじゃ、行ってみるか? 深層」



「いえ。今日は良いんです」



「……? なあ」



「はい」



「『アイテムドロップ強化』って強いのか?」



「はい。もちろんです」



「そうか」



「ヨークのスキルですから」



「お、おう……」



「ふふふ」



 期待通りの反応を見せてくれた。



 それが嬉しくて、ミツキは笑った。



「そろそろ……宿に帰る時間だな」



「はい」



 二人は走り、1層まで移動した。



 そしてそのまま、迷宮の出口である大階段を目指した。



「段々と、往復が面倒になってくるよな?」



「そうですね」



 二人が大階段に近付いた、そのとき……。



「ひいいぃやあああぃやぁぁああああぁぁぁっ!」



 どこかから、マヌケな悲鳴が聞こえてきた。



「初心者だな」



「はい」



 のんきな口調で言いつつ、ヨークは声の方向へと走った。



 ミツキもヨークに併走した。



 二人は小部屋へと駆け込んでいった。



「やぁぁぁあぁぁ……!」



 ヨークの瞳が、声のヌシを捉えた。



 小柄な女の子、リホが、スライムにまとわりつかれていた。



 スライムは、倒れたリホの胸にのしかかっていた。



「あーあー。魔術師居ないとスライムはキツイか」



「早く助けてあげて下さい。早く」



「焼くかな」



 ヨークは魔剣をリホに向けた。



 そして呪文を唱えようとしたところで、ミツキがそれを止めた。



「ダメですよ。優しくはがしてあげて下さい」



「分かった」



「それと、これを着せてあげて下さい」



 ミツキはスキルでローブを取り出して、ヨークに渡した。



 ヨークはリホに近付いていった。



 そしてスライムを素手で掴み、ぶんと投げ捨てた。



「んうぅ……」



 強引にスライムを剥がされたショックで、リホは喘ぎ声を上げた。



 壁にぶつかったスライムは、四散して消えた。



 ヨークは服の胸部が溶けたリホに、ローブを着せてやった。



「だいじょうぶか?」



 ヨークはリホに、優しく声をかけた。



「あっ……。ありがとうっス。


 野蛮な冒険者にも、紳士は居るんスね」



「は? 野蛮?


 つーか、おまえも冒険者だろうが」



「チッチッチッ」



 リホは人差し指を、左右に揺らして言った。



「ウチは魔術学校を主席で卒業した、言わばエリートっス。


 将来を約束された、選ばれし存在。


 脳味噌が筋肉でできてる冒険者とは、存在の格が違うんスよ」



 そう言って、リホは鼻で笑ってみせた。



「フフン」



「うぜぇ……」



 こいつ素直にうぜぇな。



 そう思ったヨークはしかめっ面を見せた。



「まあまあ。抑えて下さい」



「別にキレてねーし。


 ……もう行こうぜ?」



 こんなえらっそうなメスガキは、放っておけば良い。



 そう思ったヨークは、リホから離れようとした。



 だがそんなヨークを、ミツキが呼び止めた。



「待ってください。


 彼女は何やらワケアリの様子。


 ちょっと事情を聞いてみませんか?」



「……分かったよ」



 ヨークはリホに向き直った。



 話を聞こうというヨークの姿勢を見て、リホがこう言った。



「話しても良いっスけど……。


 下等な冒険者に、ウチの話が理解出来るんスか?」



「……帰る」



「待って。待って下さい」



 ミツキは慌ててヨークを呼び止めた。



 そしてリホに声をかけた。



「事情を話していただけますね?」



「分かったっス」




 ……。




 リホは事情を話し終えた。



 リホの境遇は、ヨークの同情心を誘うには十分なものだった。



「……決めた。


 おまえに協力してやる」



 今までの態度はどこへやら。



 ヨークはリホに感情移入してしまったようだ。



「良いんスか?」



「ああ。俺はヨーク=ブラッドロードだ。よろしく。それでこっちはミツキ」



「…………」



 ミツキは軽く頭を下げた。



「リホ=ミラストックっス。よろしくっス」



 リホはにこりと笑った。



 そしてヨークと握手を交わした。




 ……。




 三人は迷宮を出て、一緒に宿へ向かった。



 一階の食堂に入ると、そこにはバジルたちの姿が有った。



「お帰りなさい。ヨーク」



 真っ先にヨークに気付いたバニが出迎えの挨拶をした。



「ただいま」



 ヨークが挨拶を返すと、バニはリホの方を見た。



「……その子は?」



「リホって言って、駆け出しの冒険者だ」



「冒険者じゃ無いっス」



「じゃあ何なんだよ」



「無職っス」



「おまえの中で冒険者って無職より下なん?」



「その子、いったいどうしたの?」



 キュレーが尋ねた。



「危なっかしい感じだったからな。ちょっと手助けすることにした」



「物好きだな」



 バジルが言った。



「かもな」



「迷宮の様子はどうだった?」



 ドスが尋ねた。



「変な連中も減って、もうだいぶいつも通りだな」



 メイルブーケの家宝を探す連中によって、迷宮の中は殺気立っていた。



 だが、いつまでも続くものでは無い。



 今日ヨークが見た限りでは、迷宮の雰囲気は、元に戻りかけているようだった。



「探索を再開しても、問題無さそうか?」



「ああ。良いと思うぜ。


 ただ、俺はリホと潜るから、そっちは四人に任せる」



 ヨークがそう言うと、バニがこう返した。



「ヨークが居ないと、エルがガッカリするわよ」



「別に、ちょくちょく会ってるだろ」



「はぁ~。乙女心が分かんないのよね~。ヨークは」



 嘆息したバニを見て、キュレーが強く頷いた。



「うんうん。ヨークくんはバジルくんを見習った方が良いよ」



「えっ?」



 ヨークはバジルを見た。



「は?」



 バジルはギロリとキュレーを睨んだ。



 そんなバジルの様子は無視し、バニがヨークにこう言った。



「ノロケは置いといて、今度デートにでも誘ってあげなさい」



「分かったよ。


 んじゃ、俺ら、向こうで食うから」




 ……。




 翌日。



 迷宮に、ヨークとミツキとリホ、三人の姿が有った。



 その日のリホのレベリングは、順調とは言えなかった。



「もうやだあああああぁぁぁぁあぁあぁっ」



 戦いで失敗をしたリホは、泣き出してしまっていた。



「うーん……」



 ダメダメすぎるリホの有り様のせいで、ヨークの顔は渋くなっていた。



「だいじょうぶ」



 ミツキが言った。



「なんとかなりますよ」



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