5の24「金貨と銅貨」



「腐っても公爵だよ私は。腐ってはいるけどね。


 金貨1万枚くらい、どうとでもなるさ」



「そうなのですか?」



「けどな、そんな大金、ポンと出してもらうわけには……」



「頼むよ。


 キミに恩返しをさせて欲しいんだ」



 ユーリアは、真剣な顔を作って言った。



 どうにも断りづらい。



 ヨークはそんなふうに感じてしまった。



「…………」



 どうしたものか。



 少しの間、ヨークは思案した。



「それじゃ、こういうのはどうだ?」



 思案が終わったヨークが口を開いた。



「おまえは俺に、金貨1万枚を貸す。


 ただし、期限とか罰則は無しだ。


 俺はその金貨を、倍にして返す」



「それだと結局、こっちが得をすることになると思うけど」



 無期限とはいえ、元金が倍になって返ってくるのなら、かなりの利息だと言える。



 そしてユーリアにとって、ヨークは約束を守る男だ。



 踏み倒されるリスクは低い。



 ヨークの提案は、ユーリアの側から見て、割の良い儲け話だと言えた。



「手早くゴタゴタを解決出来たら、俺たちにだって得になる。


 どっちかが損をするより、お互いが得をした方が良いだろ」



「……分かった。


 キミは少し頑固なようだし、この辺りで手を打とうか」



「ありがとよ」



「それじゃ、センリさんと話をするから、


 キミたちは別室で待機していてもらえるかな?」



「いや。荷物運びが残ってるからな。


 仕事の続きとさせてもらうさ」



「そんなこと、ウチの連中にやらせれば良い」



「どうせ暇だし」



「……キミが良いのなら、それでも良いけど」



 ユーリアから見れば、ヨークは対等以上の存在だ。



 公爵ごときですらしない仕事を、ヨークがする必要は無い。



 そう考えていた。



 とはいえ、彼が自由を愛する平民であることは、ユーリアも理解している。



 貴族としての感覚を、無理に押し付けるつもりも無かった。



「ああ。それじゃ」



 ヨークが部屋を出ようとすると、ミツキが口を開いた。



「私も手伝いましょう。


 今日で話が片付くのであれば、


 魔獣を探しに行く必要も有りませんからね」



「そういえば、まだ今日の分を倒してなかったな」



 ヨークはそう言って、ミツキが運んできた包みを見た。



 そしてユーリアに視線を向けた。



「ちょっと庭を借りて良いか?」



「どうぞ」



「ヨーク」



 ミツキが口を開いた。



「念のため、街から離れた方が良いのでは?」



「そっか」



 ミツキの疑問にヨークは納得した様子を見せた。



「えっ? 何するの?」



 不安げなユーリアの質問に、ヨークは答えなかった。



「それじゃ、話がついたら、倉庫の方まで来てくれ」



 ヨークはそう言うと、ミツキと共に部屋から出て行った。




 ……。




 ヨークが去ってから、少しの時間が経過した。



 センリはテーブルを挟み、ユーリアと向き合っていた。



 二人の間には、大量の貨幣が積まれていた。



 全ての貨幣は黄金色に、きらきらと輝いていた。



「小金貨1万枚だ。


 これでヨークは開放してもらえる。そうだね?」



 堂々たる様子で、ユーリアがセンリにそう言った。



「……そうですね」



 センリは商人だが、大金持ちというほどでも無い。



 内心では、高く積まれた貨幣の圧に、心を乱されていた。



 とはいえ、商人がそう簡単に、本心を見せるものではない。



 黄金など慣れている。



 そんな感じの澄ました表情を、ユーリアへと向けていた。



「さあ、持っていってくれ」



 この程度の黄金、少しも惜しくはない。



 まるでそう思っているかのように、ユーリアの表情には余裕が有った。



 ケチな商人と公爵では、格が違う。



 センリはそう思わざるをえなかったが、やはり表情は崩さなかった。



「これほどの金貨は、運びきれません。


 銀行の私の口座に、振り込んでおいて下さい」



「分かった。


 ひとつき以内には、振り込むことを約束するよ」



「はい」



 センリは頷き、そして尋ねた。



「公爵様ともあろうものが、どうしてそこまでされるのですか?」



「惚れた弱みというやつかな。


 いや。ガチ恋では無いよ? ギリギリで踏みとどまったからね。


 本気になってもさ、勝ち目は無さそうな感じだったから。


 ファン……。そう。ファンだね。


 私はヨークのファンなんだ」



「…………?」



 ヨークは美しい。



 容姿だけを見れば、高嶺の花だとも言える。



 だがヨークは平民で、ユーリアは公爵だ。



 手を伸ばせば、届くものなのでは無いのか。



 センリはそう考えたが、口には出さなかった。



「まあ、お金さえいただければ、私としては文句はありません。


 それでは、仕事の方に戻らせていただきます」



「うん。よろしくね」



 センリはユーリアの部屋を出た。



 そして廊下を歩き階段を下り、倉庫へと向かった。



 倉庫に入ると、全ての荷物が運び終わっている様子だった。



「あれ? もう運び終わったの?」



 予想よりもずっと早い。



 そう思ったセンリは、意外そうな顔を見せた。



 それに対し、ミツキが答えた。



「私は『収納』持ちですからね」



「えっ!? どうしてもっと早く言わなかったの!?」



 『収納』スキル持ちは、荷運びの神だ。



 彼女の協力が有れば、この仕事だってずっと早くに終わったはずだ。



 なのにどうして黙っていたのか。



 センリは驚きながらミツキを責めた。



 それに対し、ミツキはしれっとこう答えた。



「言いたくなかったので」



「…………」



「それで、ユーリアさんとのお話は、どうなりましたか?」



「……ヨーク。


 あなたの借金は完済されたわ」



 そう言ったセンリの表情は、冷めているように見えた。



 とても大儲けした人間の顔には見えなかった。



 それを見てヨークがこう言った。



「大金持ちじゃねえか。もっと喜べよ」



「……喜んでるわよ」



 センリはスキルで『契約書』を取り出した。



 『契約書』は、ひとりでに燃え上がった。



 後には燃えカスすら残らなかった。



「これであなたは自由よ。好きにしなさい」



「そっか。


 まあ、王都に帰るまでは、護衛してやるよ」



「……ありがと」



 センリはうつむいて礼を言った。



 開放感を得たヨークは、楽しげにミツキに声をかけた。



「さて、帰ったらのんびりするか」



「またすぐに、忙しくなりますよ」



「そうか。


 けど、猫牧場には行かないとな」



「はい」




 ……。




「ユーリア様」



 ユーリアの部屋で、シュウがあるじに声をかけた。



「何かな?」



 微笑を浮かべながら、ユーリアはシュウに尋ねた。



「公爵家の金庫に、これほどの余裕が有ったとは、初耳ですが」



「はっはっは。有るワケ無いよね。そんな余裕」



 ユーリアは、乾いた笑い声を上げた。



「え……?」



 そのとき……。



 隣の部屋から、二人の人物が入ってきた。



 二人とも、シュウが見知った人物だった。



 一人はユーリ。



 そしてもう一人は、猫耳メイドに扮したアヤだった。



「…………」



 ユーリはなぜだか渋い顔をしていた。



「それで……」



 アヤは指を鳴らした。



 部屋中に積まれた金貨が、光に包まれた。



 光が消えた時、金貨だったはずのそれらは、くすんだ銅貨に変わっていた。



「金貨1万枚も、どうやって用意するつもりなのかしら?」



「これは……」



 シュウが驚きの表情をアヤへと向けた。



「私のスキル。典型的な詐欺の手口ね」



 全てはスキルによる錯覚だった。



 今の公爵家に、金貨1万枚をポンと出せる財力など無い。



「……公爵家が、実際に動かせるお金は?」



 眉間に深いシワを刻みながら、シュウが尋ねた。



 ユーリアの代わりに、ユーリがその質問に答えた。



「小金貨2000枚といったところだ。


 それも、少なからぬ無理をしてな」



「…………。


 見栄を張ったわけですか」



 シュウはユーリアにジト目を向けた。



「だってほら、私はヨークのファンだし……。


 お金くらい、ぽーんと出してあげたいじゃないか」



「はぁ」



 シュウはため息をついた。



「なるほど。これが都合の良い女というやつね。


 ユーリ。あなたはああなってはダメよ」



 アヤが楽しげにユーリにそう言った。



「なってたまるか」



 ユーリは渋い顔で吐き捨てた。



「あーどうしよう……」



 ユーリアはぐったりと椅子に体重を預けた。



 そこへアヤがこう提案した。



「あの女を始末するのが手っ取り早いんじゃないの?」



「ダメだよ。ヨークにバレたら嫌われちゃうよ。


 ……ねえシュウ。


 何か良い儲け話、無いかなあ?」



「実家に問い合わせてみましょう。


 ですが、さすがに金貨1万は厳しいと思いますが」



「ミヤはどう?」



「あなたを娼館に売れば、


 金貨500枚くらいにはなるんじゃないかしら?」



「えっ? 私の価値、低すぎ?」



「あら? 自分の美貌にどれだけ夢を見てるのかしら?」



「…………」



 ユーリアはしかめっ面で固まった。



 それから少しすると、弟に顔を向けた。



「ユーリは?」



「自分がしでかした事だろう。人に頼るな。


 ……まあ一応、ツテを当たってはみるが」



 ユーリアの弟は、姉に少し甘かった。



「ありがとう」



「まったく……」



 ユーリアに笑顔を向けられると、ユーリはそっぽを向いた。



「借金の踏み倒しが知れたら、今度こそ、公爵家はおしまいでしょうね」



 アヤがユーリアに言った。



「うん。けどさ。


 こういう追い込まれた状況って、なんだかワクワクしない?」



「姉さん……。


 最近、父上に似て来たんじゃないか?」



「えっ…………………………………………」



 ユーリアは、しばらく言葉を話せなかった。



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