5の23「不法侵入者とデイリーモンスター」
「別におまえは、金貨が欲しいだけなんだろ?
俺に人を殺させたり、危ない目に遭わせたいわけじゃない。
そうだよな?」
ヨークは少女のことを、強欲ではあっても、邪悪では無いと思っていた。
それにいざとなれば、ミツキが助けてくれるはずだ。
そういう信頼が有った。
なのでヨークは現状について、特に心配はしていなかった。
「……ええ。そうね。
あなたには、血を流させるつもりは無いわ」
少女はヨークの考えを、部分的に肯定した。
「ほらミツキ。こう言ってるぞ」
ヨークは表情を緩めてミツキに声をかけた。
対するミツキはずっと渋い顔をしていた。
「甘いですよヨーク。
人を罠にはめる女です。信用して良いわけが有りません」
「そうかな?」
本当に信用できる相手なら、罠のような契約書など使わない。
ミツキはそう考えているようだ。
だが、ミツキが忠告をしても、ヨークはのほほんとしていた。
ミツキはヨークの耳に、口を近付けて言った。
「あの女がヨークの力に気付けば、
悪用される可能性が有ります。
手遅れになる前に、あの女を始末させて下さい」
「いや。それはダメだろ」
「しかし……」
「あいつとは偶然出会った。
それに魔族なら、神の手先じゃない。そうだろ?」
ヨークは悪い神が相手なら、命を賭けて戦うつもりだった。
あるいは、仲間の命を脅かす連中が相手なら、命を奪うのも仕方が無いと思っていた。
だが、ここに居る少女は、ただの商人だ。
レアスキルを持っている以外には、特に力が有るわけでも無い。
ミツキが本気で拳を振るえば、次の瞬間には肉片になっていることだろう。
か弱い一般人の少女だ。
それを殺すなど、ヨークにとってはありえないことだった。
「それはそうですが……」
「けど……。
もしバジルたちやエルに、危害が及びそうになったら、その時は頼む」
ヨークはミツキにそう頼んだが、そんな事にはならないだろうとも思っていた。
「はい。了解しました」
「ちょっと、私を差し置いて、何をコソコソ話してるのよ?」
二人が小声で話しているのを見て、少女は不機嫌そうになった。
「ちょっとプライベートな話だ」
あなたを殺す話をしていました……などとは言えない。
ヨークは話をごまかしてみせた。
「…………」
自分を出し抜く相談をしていたのかもしれない。
そんなふうに考えたのだろうか。
少女は怪しむような視線をヨークへと向けた。
「まさか、召使いは秘密を持っちゃいけないなんて言わないよな?」
スキルの力で白状することになっては困る。
そう思い、ヨークは牽制を入れた。
「別に良いわ。
私だって、あなたの尊厳を奪いたいわけでは無いもの。
けど、私に危害を加えるようなことは、あなたには出来ないわよ。
契約書に、そう記させてもらったから。
奴隷が私を襲うように、命令することも出来ない。
それは覚えておくことね」
それを聞いたヨークは、ミツキに声をかけた。
「命令できないんだってさ。困ったな」
「とても困りましたねえ」
そう言ったミツキは、ちっとも困っていない感じだった。
「さ、それじゃあ行きましょうか」
少女がヨークに言った。
「どこに?」
「お仕事よ」
……。
「それで、センリの召使いをやってるわけだ」
ユーリアの私室で、ヨークは今までの成り行きについて話を終えた。
「……はぁ」
ユーリアはため息をついた。
「お人好しというかなんというか……」
「…………」
そのときシュウがやってきて、ジュース入りのコップをテーブルに置いた。
「どうも」
ヨークは会釈をして、コップを手に取った。
そして軽く唇を湿らせた。
ユーリアもコップに口をつけた。
コップをテーブルに戻すと、ユーリアは口を開いた。
「キミにはメイルブーケの後ろ楯も有るだろう?
もう少し、うまく立ち回れたんじゃないのかな?」
「権力を使ったり、金借りたりすんのも、なんだかな。
性に合わねー。
フルーレたちには魔剣も貰ってるしな。
……これ、高いんだってさ」
ヨークはそう言って、腰の鞘を撫でた。
「そうだね。
メイルブーケの魔剣には、お城1つ買えるくらいの価値は有る」
「そんなにか。
えらいもん貰っちまったな」
「それだけの働きはしていると思うけどね。キミは」
「だと良いけどな」
「その魔剣を、奴隷の料金にしたらどうかな?」
「いや。これは要る」
ヨークは断言した。
この先に、戦いが迫っている。
きっと厳しい戦いになる。
強力な武器を手放すことなど、ありえないことだった。
「そう?
キミだったら、素手でも戦いには困らない気がするけどね」
ユーリアは、ヨークが背負った宿命を知らない。
彼が苦戦するところなど、想像もできないらしかった。
「いや。俺より強い奴は居るからな。
そいつと戦うのに、素手じゃきついさ」
「何者かな? キミより強い人というのは」
「さあ? 神様かな」
ヨークは冗談めかした口調で、さらりと真実を口にした。
それがまさか本当のことを言っているとは、ユーリアには思えなかったらしい。
「はぐらかすんだ?」
「言っても信じねえだろ」
「決め付けないで欲しいけど」
「信じねえさ」
「むう……」
可能な限り、ヨークの理解者でありたい。
そう思っているユーリアは、ヨークの言葉を聞いて、不機嫌そうにしてみせた。
そのとき。
コツコツと、窓の方から音が聞こえた。
「…………?」
前にも同じようなことが有った。
そんなふうに思いながら、ユーリアは窓の方へと向かった。
窓にカーテンはかけられていなかった。
おかげで音の正体は、すぐにわかった。
「こんにちは」
窓の外には、ミツキの姿が有った。
平然とした顔で、壁にぶら下がっている様子だった。
しかも片手で。
「気のせいかな。ヨークの奴隷が見える」
ユーリアは、眉間を押さえながら言った。
「ミツキです」
ミツキは真顔でユーリアの言葉を訂正した。
それにヨークがこう付け加えた。
「奴隷じゃないぞ。友だちだぞ」
「…………。
ここは4階のはずだけど」
「テクニックが有れば、4階くらいならどうにでもなります」
「パワーだよね? どう考えても」
「あの、開けていただけませんか?
ガラス片が飛び散ると、片付けが面倒でしょう?」
「家の窓を破壊するのを、当然の権利みたいに言うの止めてもらえるかな?」
「ですが、待つのに飽きてきました」
「うん。自業自得だよね?」
「あと30秒くらいしか辛抱できないかもしれません」
「良いけど、ウチを壊したら牢屋にブチ込むからね」
「できるものならやってみてください」
「本当にふてぶてしいなキミたちは!?」
ユーリアは、しぶしぶと窓を開けた。
30秒で窓をブチ破るというミツキの言葉を、真に受けたわけでは無い。
あと90秒くらいは我慢してくれるだろうと思っていた。
軽い身のこなしで、ミツキが中へ滑り込んできた。
彼女は左手に、謎の布包みを抱えていた。
「ありがとうございます」
室内に立つと、ミツキはユーリアに頭を下げた。
「……キミが暗殺者じゃなくて良かったよ」
「どうもどうも」
「どうして窓から?」
「時短です。見張りに見つかると面倒ですから」
「完全に不法侵入者のセリフだね」
「奴隷の身分では、身元を証明するのも一苦労ですからね」
「それはそうかもしれないけどさ。
……というか、何の用?」
「ヨーク。例のブツです」
ミツキは手に持っていた包みを、ヨークに渡した。
「くるしゅうない」
ヨークは特に疑問も見せず、素直に包みを受け取った。
中身が何なのか、予想ができているらしい。
「何それ?」
ユーリアがヨークに尋ねた。
「魔獣」
「うん?」
「デイリーモンスターだ」
「うん。さらに意味不明になったね」
「行商のせいで、レベル上げが出来ませんからね」
ミツキが口を挟んだ。
「私が新鮮な魔獣を捕獲して、配達しているというわけです」
「魔獣1匹くらいじゃ、レベルは上がらないと思うけど」
「はぁ。これだから素人は」
ミツキはわざとらしくため息をついた。
「何か間違ったこと言ったかな私!?
……しかし大変だね。
いちいち魔獣を捕まえてくるなんて」
「別に苦痛ではありませんから」
「そうなんだ?」
「はい。ですが、この状況が続くというのも困りますね。
私たちにも、予定というものが有りますから」
レベル上げだけをしていれば良いというものでは無い。
望んだ結末にたどり着くには、他にも色々とやる必要が有る。
元の運命を知るミツキは、そう考えていた。
「小金貨1万枚だっけ? 私が立て替えても良いよ」
ユーリアがそう提案した。
それに対し、ヨークは気乗りしない様子を見せた。
「いや……。
大金を出してもらう理由がねえだろ」
「逆に理由しか無いと思うけど?」
「そうか?」
「忘れたのかな? キミは私たちの恩人なのだけど」
ユーリアからすれば、ヨークは家族の命を救ってくれた人だ。
何もしないという事の方がありえなかった。
「そういえばそうだったか」
「……はぁ」
ユーリアはため息をついた。
「だいじょうぶなのですか?
家のゴタゴタで、あまり余裕が無いのでは?」
ミツキは公爵家の懐事情を、気遣ってみせた。
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