5の21「商人と荷運び」
「…………」
「…………」
ユーリアとシュウが、ぴたりと足を止めた。
それから少しの間を置いて、ユーリアは口を開いた。
「それでキミは……」
「えっほ、えっほ」
「いったい何をやっているのかな?」
「えっほ……。
えっ……?」
えっほえっほ言っていた男、ヨークがユーリアを見た。
「やあ」
ユーリアはヨークに向かって片手を上げた。
マレル公爵領の大都市、リヨ。
公爵邸の倉庫で、ヨークは木箱を抱えていた。
物資の到着を見に来たユーリアは、そこでヨークと出くわしたのだった。
「やあ」
ヨークはユーリアに挨拶を返した。
「質問」
「何だっけ?」
「だから、いったいキミは、何をしているの?」
「荷物運びだが?」
見てわからないのだろうかコイツは。
ヨークはそんな様子で疑問符を浮かべた。
「『だが?』って、もう……。
キミは冒険者のはずだろう?」
「ここ最近、色々とあってな」
「つまり?」
「少し長くなるぞ」
「分かったから、納得がいくように説明してね」
「まず、俺とミツキの関係だが……」
「そこから?」
「ちょっと! ヨーク!」
怒ったような声が聞こえた。
若い女の声だった。
ユーリアは声の方を見た。
魔族の女子が、ヨークたちの方へやって来るのが見えた。
「サボって何をやっているのよ!」
髪をツインテールにした少女が、ヨークを叱りつけた。
少女の格好は、商人のように見えた。
「いや。知り合いが居たからさ」
「知り合い……?」
ヨークの言葉を受けて、少女はユーリアの方を見た。
「…………」
ユーリアは、黙って少女に視線を返した。
「あの……ひょっとしてあなたは……」
ユーリアの格好は、いかにも貴族といった感じだった。
それを見て、少女はユーリアの正体に勘付いたようだ。
少し顔を引きつらせて、ユーリアに質問をした。
「ユーリア=マレルだ」
ユーリアは、真顔で名乗った。
「ももも申し訳有りません!」
少女は自分の頭を下げながら、ヨークの頭を押さえた。
そしてヨークにも頭を下げさせた。
「ウチの召使いが、何か失礼なことをしてしまったのでしょうか……!?」
ユーリアの眉が、ぴくりと動いた。
頭を深く下げていた少女は、そのことに気付かなかった。
「召使い? ヨークが?」
「あの……?」
少女は恐る恐る顔を上げ、ユーリアの表情をうかがった。
そこに、家族に向けるような温かさは無かった。
「そもそも、キミは誰かな?」
「っ……」
雲の上の人物に、冷たい視線を向けられ、少女の体がこわばった。
だが彼女は商人だ。
貴人を恐れてばかりいては、商売などできない。
少女は背筋を伸ばし、まっすぐにユーリアを見た。
「私は、センリ=ハーケンと申します。
この度は、商会からの物資の輸送を、
担当させていただいております」
「そう。それでどうして、彼は荷物運びなんかしているのかな?」
「実は……。
この男は、薄汚いコソ泥なのです」
「シュウ。この雌豚を殺せ」
ユーリアは、そばに控えていたシュウに、即座にそう命じた。
「はい」
シュウは抜刀し、センリに斬りかかった。
「ちょっと待てよ」
ヨークの魔剣が、シュウの魔剣を受けた。
シュウの剣は、センリの頭から10センチほどの所で止まった。
「えっ? えっ?」
武人では無いセンリには、シュウの動きは見えなかった。
自分を庇ったヨークの動きも同様だ。
いつの間にか、眼前に剣が出現している。
困惑し、頭の上に疑問符を、大量に浮かべていた。
「いきなり何やってんだ」
公爵が殺しを命じるなど、笑い事では済まない。
ヨークは真剣な顔で、ユーリアを睨みつけた。
「……ふっ」
ユーリアは笑い声を漏らした。
「軽い冗談だよ。
いくら私でも、商会の関係者をいきなり殺したら、デメリットが大きい。
キミが止めてくれることくらい、折り込み済みさ」
「止めなかったらどうしてたんだよ?」
「ははは。寸止めしたに決まってるだろ?」
「……だよな?
本気かと思って、ビビったぜ」
ヨークは気を緩め、剣をおさめた。
もし命令が本気なら、タダで済ませるつもりは無かった。
戦いにならず、ヨークはほっとしていた。
「って言うか、冗談でも剣なんか抜くな」
人殺しのサプライズなど、面白くもない。
自分とユーリアとでは、笑いのセンスが合わない。
貴族の笑いはわからない。
ヨークはそう思わざるをえなかった。
「ごめんね」
ユーリアは苦笑してわびた。
「ヨーク……。マレル公爵さまとお知り合いなの?」
そう尋ねたセンリの顔色は、少し悪くなっていた。
彼女もまた、ユーリアの『冗談』など、理解できない人間だった。
「ああ。一応な」
「一応って、つれないね」
「おまえとマトモに話したのって、あの晩くらいだろ」
「一晩の仲だね」
「えっ……!?」
事情を知らないセンリが、ぎょっとした顔をヨークに向けた。
「妙な言い方すんな」
「それで? 彼女とはどういう仲なのかな?
私が納得出来るように、説明して欲しいね。
ここで長話というのもどうかと思う。私の部屋にでも行こうか」
「……センリ。荷物は後で良いか?」
「え? ええ。そうね」
「それじゃ、行くか」
四人でユーリアの私室へと向かった。
部屋に入ると、ヨークは室内を見回した。
公爵の部屋というだけあって、ヨークの家とは比べ物にならない豪華さだった。
室内にベッドは無い。
私室と寝室とは、別になっているようだ。
部屋の中央辺りに、立派な丸テーブルが見えた。
シュウ以外の三人は、丸テーブル脇の椅子に腰かけた。
「何か飲み物でもどうかな?」
腰を下ろすと、ユーリアがヨークに尋ねた。
「ああ。頼む」
「シュウ。お酒を持ってきて」
それをヨークが咎めた。
「昼間だぞ」
「それじゃ、ジュースで」
「はい」
シュウは部屋を出て行った。
ユーリアはヨークに向かい、ニッコリと微笑んだ。
「さあ、話を聞かせてもらおうか」
……。
1週間ほど前。
メイルブーケの事件が解決し、ヨークは久々に、ミツキと二人になっていた。
二人はぶらぶらと、王都を歩いていた。
「ようやく一区切りだな」
歩きながら、ヨークはミツキに声をかけた。
「そうですね」
「それじゃ、レベル上げでもするか」
神と戦うため、強くなる必要が有る。
ヨークはその目的を、忘れてはいなかった。
「ヨーク。
一頑張りしたのですから、少し休みませんか?」
「それじゃ、宿でゴロゴロするか」
「いえ。遊びに行きましょう」
「どこに」
「猫牧場なんていかがですか? ヨーク、猫好きですよね?」
「猫か。良いな」
王都の猫には一度乗ってみたいと思っていた。
そんなヨークなので、ミツキの提案には大賛成だった。
「はい」
ミツキは幸せそうに微笑んだ。
「それじゃ、エルも誘って」
ミツキの笑みがひゅんと引っ込んだ。
「ヨーク」
「何?」
「シスコン」
「違うし」
(妹を可愛がるのは兄の義務であって、妙な意味は無いし)
「それなら、私と二人でも猫牧場に行けますね?」
「……良いけどさ」
「なんですか? やはりシスコンですか?」
「おまえ、俺と二人きりになりたいのか?」
「…………。
いけませんか?」
「…………。
良いけどさ」
……。
「ちょっと待って。嫌がらせ?」
ヨークの話を聞いていたユーリアが、困惑した顔で言った。
「えっ? 何が?」
急に話を断ち切られ、ヨークは戸惑いを見せた。
「ひょっとして、私の脳を破壊したいのかな? キミは」
「意味分からん」
「キミが他の女とイチャコラしている様子を、詳細に説明する必要有る?」
「イチャコラしてないし、言うほど詳細でも無いが」
「そうかな? 本当に?」
「女子だったら、他人の恋バナなんて、面白がるもんじゃ無いのかよ?」
「私には、ちょっと刺激が強いようだね」
ユーリアはそう言って眉間を押さえた。
「頭が割れそうだ。視界が赤く染まってきた。
世間の女子は逞しいね」
「ウブなんだな」
「……そのようだ」
「続けて良いか?」
「良いけど、イチャコラ部分は飛ばしてもらっても構わないかな?
脳に来るよ。これは」
「慌てなくても、すぐに本筋に入る」
「だと良いけどね」
ヨークは説明を再開した。
……。
さきほど話した通りに、ヨークとミツキは王都を歩いていた。
「猫牧場でどっちだっけ?」
「あちらですよ」
二人は猫牧場へ向かおうとしていた。
そのとき……。
「見つけたっ!」
女の声が聞こえた。
大声だ。
道行く人々が、声の方を見た。
ヨークたち二人も、同じ方向を見た。
そこに魔族の少女の姿が有った。
彼女がセンリという名前であることを、ヨークは知らなかった。
少女の視線はヨークに向かっていた。
「俺?」
声をかけられたのは、自分なのだろうか。
ヨークはそう思い、センリに尋ねてみた。
「あっ……」
センリはヨークの美貌を、このとき初めて見た。
センリはヨークに見惚れ、動けなくなった。
「…………」
「…………?」
何も言ってこない少女を、ヨークはふしぎに思った。
それで強めに声をかけた。
「おい、俺に声かけたのか?」
「っ! 当然よ!」
センリはとろんとした表情を引き締め、ヨークを睨みつけた。
「まさか、この私が分からないなんてことは無いわよね?
この泥棒っ!」
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