5の19「ユーリアと遠い星」
ヨークはユーリアたちと共に、家の外に出た。
玄関扉の向こうには、広い庭が有った。
庭のあちこちに、見張りの兵が倒れていた。
みな意識を失っている様子だった。
それに気付いたユーリアが、声を漏らした。
「この人たちは……」
「アウトドア派なんだろうな」
ヨークはそう答えた。
ヨークは見張りたちを無視し、庭を歩いた。
ユーリアは、少しおっかなびっくりといった感じで、ヨークの後に続いた。
見張りが起き上がって来ないかと、心配しているのだろう。
ユーリは姉の隣を歩き、そのあとにアヤが続いた。
庭の出口の辺りまで来ると、ユーリアは屋敷へと振り返った。
そして弟に声をかけた。
「私たち、一緒の家に居たんだね。気付かなかったよ」
「そうだな」
「さて……。改めて礼を言うよ。
ヨーク。ありがとう」
「感謝する」
姉に続いてユーリは感謝を述べたが、無表情だった。
ヨークに何か思う所が有るのか、それとも単に、そういうタイプの人間なのか。
「どういたしまして」
ユーリの無愛想を気にせず、ヨークは微笑を浮かべた。
「……ねえ。
私に仕える気は無いかな? 給金は弾むよ」
突然に、ユーリアはヨークを誘った。
「止めとく」
考えるまでも無く、ヨークの答えは決まっていた。
「……そっか。
キミには私なんかより、
デレーナのような英雄の方が、ふさわしいのかもしれないね」
「別にあいつに仕えてるわけでもねーけど」
「そう?
だけど、彼女とのダンスは、とても素敵だった」
「ええと……ありがとさん?」
「ふふっ。
私とも、1度踊ってもらえるかな?」
ユーリアはそう言って、ヨークに手を伸ばした。
「良いぜ」
ヨークはユーリアの手を取り、彼女を抱き寄せた。
ユーリは少し目を細めたが、何も言わずに二人を見ていた。
二人は曲も無しに踊った。
踊りが終わるとユーリアは、ヨークの胸に頭を預けた。
「……ありがとう」
そう言ったユーリアの表情は、ヨークからは見えなかった。
少しするとユーリアは、ヨークから離れていった。
ヨークとある程度の距離ができると、ユーリアはヨークに別れを告げた。
「じゃあね。ヨーク」
「ああ。またな」
「帰ろう。ユーリ。ミヤ」
「ああ」
「…………」
上機嫌なユーリアと、無愛想なユーリと、不機嫌そうなアヤ。
三人は、庭から通りに出て、ヨークから遠ざかっていった。
「さて、俺も帰るか」
ヨークは地面を蹴り、高く跳んだ。
どこか屋根の上にでも跳び乗ったのだろう。
地上からヨークの姿が消えた。
ユーリはヨークが居た方へ振り返って、姉に話しかけた。
「彼は何者なんだ?」
「さあ? スーパーヒーローかな?」
「姉さんは、彼のことが好きなのか?」
「いや。好きじゃないよ。釣り合わないからね」
「姉さんが納得してるなら良いが」
「月には手が届かないものさ」
ユーリアは月を見上げた。
彼女はまっすぐに、月に手を伸ばした。
彼女自身の手の甲によって、月は見えなくなった。
彼女の手のひらの先に、その星は、たしかに存在しているはずだった。
ユーリアは手をぎゅっと握った。
そして胸に引き寄せてみた。
ちくりと、小さな痛みが胸に走った。
月は変わらずに空に在った。
ユーリアの手の中には無い。
「それより、キミの方が心配だよ。ユーリ」
ユーリアは、おどけたような笑顔で言った。
「私が? どういうことだ?」
見当がつかないらしく、ユーリはきょとんとした様子を見せた。
そんな弟に、ユーリアはこう言った。
「今のキミはさ……
性欲優先で婚約者を捨て、
不埒な写真で脅迫した挙句、
決闘に無様に敗れたクズ野郎だからね」
「……………………」
ユーリは固まった。
今までは窮地に置かれていて、自分の立場など考える余裕が無かったのだろう。
「大体ミヤが悪いよ」
笑みを浮かべながら、ユーリアはアヤを見た。
「この女……!」
ユーリは怒りを隠せない様子でアヤを睨みつけた。
「ひいいいいぃっ!?」
……。
ヨークはメイルブーケ邸に帰還した。
庭の正門前に、エルの姿が有った。
「エル」
ヨークは彼女に声をかけた。
「ヨークさま」
「何やってんだ? こんな所で」
「ヨークさまを、お待ちしておりました」
「ずっと立ってたのか?」
「お気になさらないで下さい。好きでやっていたことですので」
「……そうか。ミツキは?」
「お部屋でお休みです」
「寝てる?」
時間はそろそろ、真夜中と言っても良い。
いつものミツキであれば、寝息を立てていてもおかしくない時間だった。
「いえ。ヨークさまをお待ちですよ」
「だいぶ待たせちまったなぁ」
自分のせいで夜更かしをさせてしまったか。
ヨークは心苦しく思った。
「ヨーク」
突然に側方から、ミツキの声が聞こえた。
「うおっ!?」
驚いたヨークは、バッと彼女から距離を取った。
少し遅れて、エルもミツキに反応した。
「あっ。ミツキさま」
「遅かったですね。いったいどこまで行っていたのですか?」
ミツキが質問をしてきた。
責めるようなセリフに思えなくもないが、彼女の声音は落ち着いていた。
「あちこち寄り道をな」
「それで、何が有ったのですか?」
「その前に、フルーレは?」
ヨークはミツキの質問には答えず、エルにそう尋ねた。
「お部屋にいらっしゃると思いますけど」
「あいつらにも話しておきたい。どこかに集めてくれるか?」
「分かりました」
……。
居間に皆で集合することになった。
伯爵家の邸宅というだけあって、居間の広さも並では無かった。
ヨーク、ミツキ、エル、フルーレ、デレーナの五人が、居間の大きなソファに座った。
エルとミツキがヨークの隣に座り、フルーレとデレーナは向かい側に座った。
エルは最初は立っていたが、ヨークが強引に、隣に座らせた。
五人全員が着席すると、ヨークは事情の説明を始めた。
「そういうわけで、ユーリアがしたことは、全部アヤの差し金だったんだ。
だから、あいつらがしたことは、許してやって欲しい」
「……どうしてヨークが、彼女の許しを請うているんだ?」
フルーレが、釈然としない様子で言った。
「……なんでだろ?
まあ良いや。
とにかく、真珠の輪って連中は、首飾りを狙ってるみたいだから。
何か手を打った方が良いかもな」
ヨークがそう言うと、デレーナが口を開いた。
「考えておきますわ」
「それじゃ、宿に帰るわ」
ヨークはソファから立ち上がった。
それを見て、ミツキもソファから立った。
「お休み。ヨーク」
フルーレがヨークに声をかけた。
「お休み。ああ、それと……」
ヨークはデレーナに視線を向けた。
「何ですの?」
「今度、剣を教えてもらっても良いか?」
「私の強さは、あなたよりも下なのですけど」
「そりゃ、勝ち負けならそうだが。
おまえの剣、綺麗だったからさ。
良かったら教えてくれよ」
「……承りましたわ」
デレーナは少し頬を染めて、ヨークの申し出を了承した。
……。
ヨークはミツキと共に、メイルブーケ邸を出た。
猫で送ってくれるという話も有ったが辞退した。
2本の脚を使い、二人は宿屋へと帰った。
すると、宿屋の入り口の前に、誰かがしゃがみ込んでいるのが見えた。
「あっ……」
その人物が、ヨークを見て声を漏らした。
「バニ?」
人影の正体は、幼馴染のバニだった。
バニは立ち上がり、ヨークたちの前まで歩いてきた。
「お帰り。ヨーク。ミツキ」
「はい。ただいま帰りました」
「何してたんだ? そんなところで」
「何って、ヨークを待ってたのよ」
「そうか。待たせて悪い」
「……朝帰りかと思った」
「ミツキも居るのに、そんなことするかよ」
「そっか。……お土産は?」
「あ……」
バニに言われて、ヨークは土産のことが頭から抜け落ちていたことに気付いた。
そのとき。
「有りますよ。はい」
ミツキはスキルを使い、小包みを四つ取り出した。
「フルーレさんから、皆さんへの贈り物です」
ミツキは小包みを四つまとめて、バニへと手渡した。
「わっ。本格的っぽい?
なんだか悪いわね」
「護衛料金の一部だと思えば良いのでは?」
「それは……。う~ん……」
「それと、ヨークにはこれを」
ミツキは立派な鞘に収まった剣をヨークに渡した。
「あの時の剣か」
ヨークが受け取った剣は、デレーナとの決闘で使った物のようだった。
「良い剣なんだろ? 貰っても良いのか?」
「素直に貰っておきましょう。
ヨークには、その剣が似合いますから」
「そうか?」
「はい」
「ねえ、パーティはどうだった?
……色んな女の子と踊ってきたの?」
「いや。踊ったのは1回だけだな」
「そっか。ミツキとね?」
(デレーナとだが)
「けど、1回しか踊らなかったのなら、今まで何してたの?」
「色々あったんだよ。決闘とか」
「決闘!?
どういうこと? 詳しく聞かせなさいよね」
「良いけどさ。
もう遅いし、風呂入って寝たいんだが。
後でどうせ、バジルたちにも話すと思うし」
「今聞きたいの」
「分かったよ。風呂出るまで待ってろ」
「うん!」
バニは宿へ駆け込んでいった。
「ははっ。元気なやつだな」
ヨークはそう言って、ミツキに笑いかけた。
「嬉しいのでしょう。ヨークが無事に帰ってきたことが」
「パーティを何だと思ってるんだ。あいつは」
「婚約者をめぐって、決闘をする所でしょうね」
「…………」
ヨークは何も言えなくなった。
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