5の18「猫耳メイドと猫耳メイド」
ヨークは首輪を掴んだ。
そして握力によって、首輪を握り砕いた。
首輪の残骸が、地面へと落ちた。
「な……!? 何をやったの……!?」
常軌を逸した光景に、アヤは驚きを見せた。
対するヨークにとっては、この程度はなんということもない。
のんびりとこう答えた。
「何って、首輪を外しただけだが」
「レアスキル……?」
アヤは推測を口にした。
奴隷の首輪は頑丈だ。
たとえレベル100の戦士であっても、素手で破壊できる物では無い。
アヤはヨークが、特別なスキルを使ったと判断したらしい。
「いや……」
ただの深読みだ。
ヨークはレアスキル持ちだが、腕輪を砕いたのは、ただの握力だ。
ヨークはアヤの言葉を、否定しようとした。
だがそれより先に、アヤの方が口を開いた。
「だけど! ……忘れたの?
ユーリはまだ、私たちの手中に有る。
逆らったらどうなるか、分からないのかしら?」
「どうなるんだ?」
平然とした様子で、ヨークは尋ねた。
「どうって……」
予想通りの反応を得られず、アヤはかすかな戸惑いを見せた。
だがすぐに気を取り直して、言葉を続けた。
「痛めつけてやるわ。回復呪文でも治せないくらいに」
そう言ったアヤの顔には、嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
「そうか。やってみせてくれよ」
アヤの脅しを受けても、ヨークは相変わらず平然としていた。
「え?」
「ヨーク! 何を言ってるんだ!」
慌てたのはユーリアの方だった。
当然だ。
弟の命がかかっているのだから。
「おまえは黙ってろ」
「っ……」
ヨークに冷たく言われて、ユーリアは口を閉じた。
次にアヤがこう言った。
「……出来ないとでも思ってるわけ? ただの脅しだとでも?」
「さあ?」
ヨークは首をかしげた。
「良いから、やってみせろよ」
「馬鹿なこと言ってないで、服従しなさい。
もう一度首輪を嵌めて、私にキスをするのなら、
許してあげても良いわよ?」
「やれよ」
「ひょっとして、私をここで始末したらだいじょうぶ……
だなんて思ってるのかしら?
私に何かあったら、仲間が黙っちゃいないわよ?
いくらあなたが強くても、ユーリの居場所まではわからないでしょう?」
「クッハハハッ!」
ヨークは突然に、あざ笑うような声を吐き出した。
「…………?」
笑いの意味がわからず、アヤはぽかんとヨークを見た。
ヨークは笑みを浮かべたままこう言った。
「実はな。俺は……
スキルで人の名前が分かるんだよ」
「ッ!」
アヤの顔色が変わった。
アヤはスカートの下から、素早くナイフを取り出した。
そしてそのままヨークへと斬りかかった。
「おっと危ない」
二人の戦闘能力は、隔絶している。
苦し紛れのような一撃が、ヨークに通じるわけが無かった。
ヨークは人差し指と中指で、ナイフを挟んで止めた。
そしてアヤの腕を掴むと、地面へとねじ伏せた。
「アヤさま!」
ユーリに化けていた男が、アヤを助けようと動いた。
「フッ!」
「ぐああっ!」
ヨークは男の腹に、軽く蹴りを入れた。
男は吹き飛ばされ、壁にぶつかり、ダウンしてしまった。
そしてそのまま動けなくなった。
「どういうことなんだ……?」
ユーリアが口を開いた。
「こんなことをして……ユーリは……」
「弟ならだいじょうぶだ。
なにせ……そこに居るからな」
「えっ?」
「そこの猫耳のメイドが、ユーリ=マレルだ」
ヨークはそう言って、室内に居るメイドを見た。
「…………」
メイドは何も答えなかった。
それでヨークは、アヤの方へ視線を向けた。
「そうだろう? アヤ=クレイン」
「…………」
アヤは悔しそうな顔をしながら、押し黙っていた。
「いまさら黙るなよ。種は割れてるんだ」
「っ……。そうよ」
しぶしぶと、アヤはヨークの言葉を肯定した。
アヤの言葉を聞いて、ユーリアは真実に気付いた様子を見せた。
「っ……! アヤのスキルか……!」
「スキルを解け」
ヨークはアヤに命じた。
「…………」
アヤは苦い顔で沈黙を続けた。
「このまま拷問してやっても良いんだぞ?」
黙りこくったアヤに、ヨークがそう告げた。
ヨークには、人を拷問する趣味など無い。
だが、そういうことをする人間だと思われた方が、うまく行くことも有るらしい。
ヨークは闇ギルドで受けた忠告を活かし、自分を怖く見せることにした。
もしヨークの人柄を知っている者が居れば、笑い飛ばされていただろう。
ヨークに拷問など出来るわけが無いと。
だがアヤは、今日初めてヨークと出会った。
美しく、謎めいた、恐ろしく強い少年。
それがアヤにとってのヨークの全てだった。
そのおかげで、ヘタな脅しも無事に機能したようだ。
「っ……」
怖気づいたアヤが、スキルを解除したらしい。
猫耳メイドが光に包まれた。
光が収まった時、そこにはメイド服のユーリが立っていた。
ユーリアが化けていたユーリの姿と、瓜二つだった。
(服はそのままなのか)
女装が似合う少年を見て、ヨークは苦笑した。
「ユーリ!」
ユーリアにとっては、とても笑い事では無いようだ。
弟との再会を喜び、ユーリに抱きついていった。
「…………」
姉の抱擁を受けても、ユーリは無言のままだった。
ふしぎに思い、ユーリアはユーリに問いかけた。
「ユーリ……? 喋れないのか……?」
「首輪の命令だろう」
ヨークはそう推察し、ユーリの側面に立った。
そして首輪に手を伸ばし、握力でそれを破壊した。
粉々になった首輪の破片が、地面に落ちていった。
「あ……」
首輪の力が失われたおかげだろう。
ユーリの口が開いた。
「姉さん……」
ユーリは姉を呼んだ。
ユーリアは、弟を強く抱きしめた。
「良かった……! ユーリ……良かった……!」
「良かったですって?」
「アヤ……」
「忘れたの? あなたは、違法賭博の借金のカタに売られたの。
公爵家の醜聞は、何ひとつ無くなってはいないのよ?」
「……公表すれば良い」
今までに無いきっぱりとした態度で、ユーリアが言った。
「え……?」
三人の中で、ユーリアに反撃されるとは思っていなかったのだろう。
アヤの表情に、驚きが浮かんだ。
「醜聞を隠そうと足掻いて……キミたちの言いなりになって……
結局、事態は良いようになんてならなかった。
醜聞を隠すだけで救われるなんて、間違いだ。
一時しのぎの嘘に、誇りなんて無い。
私は……
父であるギャブル=マレルを断罪する。
闇賭博に溺れた罪を、世間に公表し、弾劾する。
そして領主として不適格な父から当主の座を奪い、私が当主になる。
跡継ぎである私が、自ら当主を放逐すれば、
公爵家の取り潰しは免れるはずだ。
取立ては、好きにすると良いよ。
貴族でもなんでも無くなった、ギャブル=マレル個人からね」
「そんなこと……」
「次に弟を害するというのなら……
マレル公爵家の全軍をもって、キミたちの相手をする。
戦場で会おう。アヤ=クレイン」
「あ……」
ユーリアが本気だと悟ってしまったのか。
アヤはそれ以上、言い返すことはできなかった。
アヤが黙ると、ユーリアは弟に声をかけた。
「さあ、行こう。ユーリ」
「ああ。姉さん」
ユーリアとユーリは、地下室から去ろうと、扉の方へ歩いた。
ヨークもその後に続いた。
「待って……!」
去ろうとする三人の背に、アヤは縋るような声をかけた。
「何だよ?」
ヨークがアヤに振り返って尋ねた。
「私を匿って! このままだと私……消されてしまう……」
「真珠の輪にか?」
「ええ。
彼らは裏切り者と弱者を許さない……。
この失態を知られたら……確実に始末されるわ……」
「田舎にでも逃げろよ」
「無理よ。この私が村民になるなんて……」
(犯罪計画のリーダーをするより、敷居は低いと思うが?)
「あのなぁ……。
おまえのせいで、俺の仲間は死にかけたんだ。
どうしておまえなんかを、守ってやらなきゃなんねーんだよ」
アヤの話によれば、フルーレが襲われたのは、アヤたちの差し金だ。
おかげでバジルたちが、闇ギルドと対立することになった。
ミツキが居なければ、バジルたちは死んでいた。
なのに助けてもらおうなどと、勝手が過ぎる。
ヨークは腹を立てていた。
「お願い……! お願いします……!」
アヤからすれば、自分の命がかかっている。
少し拒絶されたくらいで、諦めることはできないようだった。
「こいつ……」
ヨークは顔を歪めてアヤを睨んだ。
そのときユーリアがこう言った。
「良いよ」
「本当に……!?」
「うん。だけど一つ条件が有るかな」
「条件……?」
……。
5分後。
ユーリアの前に、猫耳メイド服の少女が立っていた。
アヤがスキルで変化したものだ。
「うぅ……」
慣れない格好なのだろう。
アヤが恥ずかしそうに呻いた。
それを見て、ユーリアは満足げな様子を見せた。
「似合ってるよ。アヤ。
いや。これからはミヤと呼ぼうかな?
それじゃ、この首輪をつけて」
ユーリアは、棚に有った奴隷の首輪を、アヤに渡した。
「…………」
指輪を受け取ったアヤは、躊躇した様子を見せた。
それに対してユーリアはこう言った。
「その首輪を付けないのなら、キミを匿うことは出来ない。
キミみたいな人を傍に置いていたら、
いつ寝首をかかれるか分からないからね」
「わかってるわよ……」
アヤはしぶしぶ、奴隷の首輪を装着した。
ユーリアはナイフで親指を切り、首輪の皿に当てた。
首輪が輝いた。
「うん。これで登録完了だね。
命令する。今後私とユーリに危害を加える、一切の行為を禁ずる」
ユーリアの命令を受け、首輪が再び輝いた。
「んっ……」
アヤが軽く呻いた。
首輪の輝きが収まると、ユーリアが口を開いた。
「良し。行こうか」
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