5の17「再会と首輪」



「すぅ……すぅ……」



 アヤはユーリアを抱きかかえたまま、寝室を出た。



 そして2階廊下を歩き、階段へと向かった。



 1階に降りると、廊下に有るドアを開いた。



 ドアをくぐると、そこには小さな書庫が有った。



「…………」



 アヤは無言で、ユーリアを床に下ろした。



 そして、壁際の本棚の前に立った。



 アヤは本に手を伸ばし、何冊かを手中におさめた。



 そして、元とは別の位置に、本を戻していった。



 全ての本を本棚におさめると、本棚が振動した。



 本棚は地面の方へと埋もれていった。



 本棚が有った場所の先に、地下への階段が現れていた。



 アヤはユーリアを再び抱え、階段を降りていった。



 階段を降りると、その先には廊下が有った。



 廊下を進むと、突き当りに扉が有った。



 金属の扉だ。



 アヤはユーリアの体を、また地面へと下ろした。



 そしてポケットから薬瓶を取り出し、中身をユーリアに飲ませた。



「起きなさい」



 アヤはユーリアの頬を、ぺちぺちと叩いた。



「ん……」



 ユーリアは目を開いた。



 すぐに自分が床に寝転がっているのに気付き、すっと立ち上がった。



「ここは……」



 ユーリアは周囲を見た。



 アヤは前方の扉を指差した。



 そしてこう言った。



「あそこ。


 あの扉の向こうに、あなたの弟が居るわ」



「っ……!」



 ユーリアは、ドアノブに飛びついた。



 そしてノブを回そうとしたが、音が鳴るばかりで、ドアは開かなかった。



「落ち着きなさい。鍵はここよ」



 アヤはポケットから、鍵を取り出した。



 ユーリアは一瞬、鍵に飛びかかりそうな様子を見せた。



 だが、さきほどアヤに抑え込まれたのを、覚えているのだろう。



 ぐっとこらえ、アヤに道を譲った。



 ユーリアがどくと、アヤは扉の正面に立った。



 そして鍵穴に鍵を差し込み、回した。



 かちりと音が鳴った。



 鍵は無事に開いたらしい。



 アヤは鍵穴から、鍵を引き抜いた。



 そしてドアノブを回すと、扉は開いた。



「ユーリ!」



 ユーリアは、扉の向こうに駆け込んでいった。



 アヤも彼女の後に続いた。



 扉の向こう側は、寝室になっているようだった。



 部屋の中には、ユーリアに良く似た顔の少年と、猫耳メイドの姿が有った。



 メイドの首には、奴隷の首輪が見えた。



「あっ……」



 ユーリア似の少年が声を漏らした。



「…………」



 猫耳のメイドが、黙ってユーリアを見た。



「ユーリ、だいじょうぶ? 怪我は無い?」



 ユーリアは心配そうに、少年に声をかけた。



「うん……」



 少年は元気が無い様子で頷いた。



「気は済んだかしら?」



 アヤがユーリアに尋ねた。



 そのとき。



「そうだな」



 男の声が聞こえた。



「…………!」



 アヤは驚きと共に扉へと振り返った。



 そこにはヨークの姿が有った。



「案内ご苦労さん」



「あなたは……!」



「フフフ……」



 ユーリアの口から笑い声が漏れた。



「ユーリを返してもらうよ。アヤ」



 見事にしてやった。



 そんな勝ち誇った顔で、ユーリアはアヤに言った。



「…………。ぷっ」



 アヤは少し黙っていたが、突然にふきだした。



「あははははははははははっ!」



 盛大な笑い声が、地下室を満たした。



「えっ? えっ?」



 いったい何の笑いなのか。



 ユーリアは、困惑した様子を見せた。



「…………」



 ヨークは特に表情も変えず、じっとアヤを見ていた。



 笑いが収まると、アヤがユーリアにこう言った。



「ごめんなさい。我慢出来なくって」



 アヤは目を軽くこすった。



 笑いすぎたせいで、彼女は涙目になっていた。



 彼女は愉快さが収まらない様子で言葉を続けた。



「けど、忘れたの? 私の能力を。


 私は人を、他人の姿に『変化』させる」



 アヤがスキル名を口にしたとき……。



 ユーリの体が光に包まれた。



 いや、その人物は、実際にはユーリでは無かった。



 彼の姿は、見知らぬ男のものに変貌していた。



「…………」



 現れた男は、美少年のユーリとは似ても似つかない、ごつい男だった。



「そんな……!」



 罠にはめたつもりが、全てはアヤの手のひらの上だったのか。



 ユーリアは愕然とし、地面に座り込んでしまった。



「依然として、あなたの弟は、私の手の内に有る。


 私に何か有ったと分かれば、ただでは済まないでしょうね」



「あ……あぁ……」



 さきほどの勝ち誇った様子は、どこへ行ったのか。



 ユーリアの表情は、か弱い少女のそれに戻っていた。



「さて、ヨーク=ブラッドロード」



 もはや負け犬でしか無いユーリアに、関心を無くしたのだろう。



 アヤは視線をヨークへと移した。



「あなた……ユーリアの手駒だったのね。


 いきなりパーティに現れて、何者かと思ったけど……。


 こんな強力な駒を隠してるなんて、公爵家も意外とやるじゃない」



「違うが」



「何をいまさら。


 どう取り繕ったって、


 あなたたちが私を裏切ろうとした事実は変わらない。


 償ってもらうわ。


 そうね……。人質の指1本くらいは、覚悟してもらおうかしら」



「いや……! 止めて……!」



 ユーリアが、悲痛な声を漏らした。



 そして地面に這いつくばって懇願した。



「止めて下さい……! お願いします……!」



「ふふっ。そうね。私も鬼では無いから……」



 アヤは、室内の戸棚に歩み寄った。



 そこから首輪を取り出し、ヨークの方へ放った。



 首輪がカラカラと、ヨークの足元に転がった。



 ヨークは首輪を見下ろした。



 彼はその首輪に、よく見覚えが有った。



「奴隷の首輪か」



 首輪はミツキの首にはめられている物と、同じデザインをしていた。



「ええ。そういえばあなたも、奴隷を連れていたわね。


 公爵家の奴隷?


 あの奴隷を売れば、借金のいくらかは返せたんじゃないの?


 公爵家は子供を売ってまで、


 奴隷を手放したくなかったのかしら?


 ま、どうでも良いけど。


 ……さあ、首輪をはめなさい。ヨーク。


 あなたが私の所有物になるのなら、今回のことは許してあげるわ」



「第三種族以外を奴隷にするのは、違法じゃないのか?」



 ヨークは実際は、第三種族の血をひいている。



 そんなこと、アヤは知らないだろうと思い、ヨークはそう尋ねた。



「そんなもの、どうとだってなるわ。


 何よりあなたには、法を犯しても手に入れるだけの価値が有る」



「腕っ節には自信が有るがな」



「……何を言っているの? 強さなんてどうでも良いわ」



「…………?」



 何か話が噛み合わない。



 そう思って、ヨークは微妙な顔になった。



 対するアヤは、喜悦の笑みを浮かべながら、ヨークにこう命じた。



「さあ、早く私の物になりなさい」



「…………」



 ヨークは姿勢を低くして、首輪を床から拾い上げた。



「分かった。首輪をはめる」



 ヨークはアヤに逆らわず、首輪を装着した。



「ふふっ。ふふふふふふっ。


 すぐに主人の登録をしてあげるわね」



 アヤは人差し指の爪を使い、器用に親指を傷つけた。



 血がポタポタと地面に垂れた。



「その前に……。


 一つだけ聞かせてもらっても良いか?」



「何かしら?」



「おまえたちは何者で、いったいどうしてこんなことをするんだ?」



「それを知ってどうするの? どうせ私の所有物になるのに」



「これから長い付き合いになるのなら、なおさら教えてくれても良いだろう?」



「登録が先よ」



「好きにしてくれ」



 アヤの親指が、ヨークの首輪中央の皿に触れた。



 首輪が赤い光に包まれた。



 魔導器が作動した証だ。



「ふふ……。


 これであなたは私のモノ」



 アヤはヨークの後頭部に手を回した。



 そしてヨークの口へ、自らの唇を近付けていった。



「ヨーク……」



 ユーリアの口から、ヨークの名前がこぼれた。



 頼みにしていた彼が、あっさりと敵の手中に堕ちた。



 ユーリアの表情は、絶望に染まっていた。



「登録を済ませたら、話を聞かせてくれるんだろう?」



 ヨークはアヤの口に人差し指を当てて、彼女を追い返した。



「そうね。焦ることは無いわ。夜は長いんだもの。


 私たちは『真珠の輪』という秘密結社よ」



 アヤはそう言って、自身の手首を見せた。



 そこにはゴールデンパール色の、真珠の腕輪がはめられていた。



「闇ギルドじゃ無かったんだな」



「闇ギルド? アレは私たちにとって、使いっぱしりのようなものよ。


 フルーレ=メイルブーケを襲わせたけど、


 見事に失敗してくれちゃって。


 おかげでこんな大掛かりなことを、するハメになったってワケ」



「どうしてメイルブーケを狙う?」



「必要なのは、メイルブーケの後継者の証よ。


 慰謝料だのなんだのは、


 家宝を巻き上げるための布石にすぎない。


 あの首飾りが有れば……」



「ラビュリントスの扉が開く……か?」



「そこまで調べがついていたの?


 本当に有能ね。あなた。


 まあ、最後の詰めが甘かったようだけど」



「真珠の輪のトップは誰だ?」



「神様よ」



「…………」



「ふざけてるって思ってる?」



「……人間のトップは誰だ」



「今は居ないわ」



「どういうことだ?」



「私が輪に入る前は、大賢者って人が、組織を束ねてたらしいわ。


 けど、その人が一線を退いて、


 組織のあり方も変わってきたみたいね。


 今の真珠の輪は、同じ志を持つ者が集まった、互助組織なの。


 だから、明確なリーダーは存在しない」



「それで上手く行くのか?」



「真珠の輪の構成員は、


 ひとりひとりが大組織の長や幹部なの。


 一人でも物事を為遂げるだけの力を、持っているのよ。


 だから緩い組織体系でも、上手く機能することが出来る」



「そういうもんか。


 ……志ってのは何だ?」



「それはね……。


 この世界を、人族のものにすることよ」



「……そうか」



「さあ、もう良いでしょう? 早く続きをしましょう」



「お断りだ」



「え……?」



 ヨークの右手が、首輪へと伸びた。



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