5の16「グリッドと尋問」



 闇ギルドのアジトの一つ。



 その1室。



 実行部隊リーダーであるグリッドの私室に、部下のオッチーが駆け込んできた。



「リーダー! 大変です!」



「何だいきなり。夜中だぞ?」



 グリッドはソファの上から、オッチーを睨みつけた。



「それが……例のガキが……!」



「例のガキって、例のクソガキか?」



 グリッドは、苦々しい顔で尋ねた。



 彼らはついこのあいだ、手痛い敗北を味わっている。



 一生忘れられないほどの、痛烈な体験だった。



 そのおかげで、例のガキなどという言葉で、意味が通じてしまうのだった。



「はい。例のクソガキです」



 オッチーはグリッドに、想像通りの言葉を返した。



「……どうしたんだ?」



 グリッドは苦い顔を保ったまま尋ねた。



「それが、リーダーに会わせろって……」



「今、どこに居る?」



「応接室で待ってもらってます。


 飲み物に、毒でも入れましょうか?」



「やめろ。すぐ行く」



「はい」



「…………」



(何だってんだ……?)



 グリッドは立ち上がり、私室を出た。



 そして早足で応接室へと向かった。



 オッチーもグリッドのあとに続いた。



 二人が応接室に入ると、ソファにヨークの姿が見えた。



 グリッドは、その向かいのソファに腰かけた。



 オッチーは、ソファの横側に立った。



「よう。ガキ」



 グリッドはヨークに、憎々しげな視線を向けた。



「よう。オッサン」



「……どうして俺の居場所が分かった?」



「木鼠だ。


 俺には、あの日あの場所に居た、全員の居場所が分かる」



「……はぁ」



 グリッドはため息をついて、床の方を見た。



 ちょろちょろと、木で出来たネズミがうろついていた。



 あの日以来、どこまでもついてくる。



 逃げたり何かに閉じ込めたりしても、全てが徒労に終わる。



 ヨーク襲撃に参加した全員が、木のネズミに見張られ続けていた。



(どんだけなんだよ。このネズ公は)



「それで、何の用だ?」



「分からねえか?」



 ヨークはそう言ったが、グリッドには、特に心当たりが無かった。



 グリッド自身は、ヨークたちからは完全に手を引いたつもりだった。



「部下が何かしたか?」



 グリッドは部下たちに対し、ヨークへの攻撃をかたく禁じていた。



 命令がきちんと守られていれば、何も起きないはずだが……。



 部下の勝手な暴走は、起こりうることだ。



 グリッドはそう考えて、ヨークに尋ねた。



「…………」



 ヨークはグリッドの質問に答えなかった。



 その代わりに、別の質問を投げかけてきた。



「裏カジノってのを知ってるか?」



「知ってるもなにも……」



 それくらい、裏の世界で生きる人間なら、誰でも知っていることだ。



 おぼっちゃんは、そんなことも知らないのか。



 グリッドは内心でそう思いつつ、説明を始めた。



 このおぼっちゃんに逆らっても、ロクなことにはならないからだ。



「この王都に、非合法のカジノはいくつも有る。


 さらにその何割かは、ウチの経営だ」



「闇ギルド以外にも、でかい非合法組織が有るのか?」



「有るさ。


 一番目立ってんのが、俺たち闇ギルドってだけだ。


 もっとヤバい組織が、俺たちをデコイにして活動してやがる。


 ……で? 裏カジノがどうした?」



「少し前、マレル公爵が、裏カジノのカモにされた。


 それにおまえたちは関わってるのか?」



「いや。アレは俺たちじゃない」



 グリッドは断言した。



 グリッドは、マレル公爵が利用したカジノを把握している。



 使用されたカジノは、闇ギルド運営のものではなかった。



「何が起きたかは知ってるんだな?」



「そりゃな。公爵家絡みともなれば、嫌でも耳に入ってくるさ」



「公爵をハメたのは誰だ?」



「それは話せない」



「どうして?」



「ウチを潰せるのは、おまえだけじゃないってことだ」



「弱気だな。


 舐められたら終わりじゃなかったのか?」



「相手が悪い」



「俺よりもか?」



「その通りだ」



 グリッドは断言した。



「…………」



 対するヨークは、内心で驚いていた。



 ヨークはグリッドたちを、完膚無きまでに叩きのめした。



 もし殺そうと思えば、1秒あれば全員を始末できる。



 それほどの実力差が有る。



 それはグリッドたちも自覚しているはずだ。



 だというのに、こうもハッキリと言い切られるとは、思っていなかった。



「なあ、ガキ」



 ヨークが何か言う前に、グリッドの方が口を開いた。



「本当に情報が欲しいんならな、


 おまえはまず、俺たちを拷問にかけるべきなんだよ。


 それを思いつかない。思いついてもやろうともしない。


 人畜無害すぎるんだ。おまえは。


 だから俺は、連中の方が怖い」



「拷問して欲しいのか? Mかよ」



「やってみろよ」



 そう言って、グリッドは皮肉めいた笑みを浮かべた。



「…………。


 止めとく。俺は変態じゃねえからな」



 ヨークはソファから立ち上がって言った。



「悪かったな。妙な疑いをかけて」



「いや。


 裏の組織同士には、少なからず関係がある。


 同盟だったり、敵対してたり、上下関係だったりな。


 だから、全くの冤罪ってわけでも無いんだ」



「そうか。


 ……邪魔をした。またな」



「もう来ないでくれ」



 ヨークは応接室から出た。



 そして廊下を歩き、闇ギルドのアジトから出た。



 道に出ると地面を蹴り、近くの建物の屋上に飛び乗った。



(無駄足だったか……。


 けど、良かった。


 俺の呪文が破られたってわけじゃ無かった。それに……。


 もし誓いを破ったのなら、殺さなきゃいけなかった。


 良かった……)



「さて……問題はユーリアの弟だな」



(虱潰しに探してみるか)



「木鼠、万連」



 ヨークは呪文を唱えた。



 ヨークの周囲に次々と、木の鼠が出現した。



「ユーリを探せ」



 ヨークが命じると、鼠は町中に散らばっていった。



 ヨークは屋根の上で、鼠が何かを見つけるのを待った。



 そして30分が経過した。



(……見つからねえな)



 鼠には、可能な限りの捜索をさせたつもりだった。



 だが、ユーリアの弟らしき人物は、まるで見つからなかった。



(王都にはいねえのか? それとも……)



 鼠では潜入できない場所に、匿われているのか。



(普通にやっても、見つけるのは無理かもしれねーな)




 ……。




 ユーリアの寝室。



「入るわよ~」



 廊下から声をかけた後、アヤが入室してきた。



 ユーリアは、丸テーブル隣の椅子に腰掛けていた。



「……何でしょう?」



 疲れを感じさせる声音で、ユーリアが尋ねた。



「次の作戦が決まったわ。来なさい」



「分かりました。ですが……」



「その前に、ひとめだけ弟に会わせて下さい」



「はぁ~」



 アヤは芝居がかったため息をついた。



「まだ分かって無かったの?


 あなたはそんなこと、頼める立場じゃないのよ」



「…………。


 殺したんですか?」



 ユーリアの表情が一変した。



 さきほどまでの、疲れた様子とは違う。



 見開かれた目からは、殺意すら感じられるほどだった。



「は?」



「あなたたちは、ユーリを殺してしまったんでしょう!


 だから会わせられないんだ! この人殺し!」



 ユーリアは鬼のような形相で、アヤに掴みかかった。



「ちょ……!」



 アヤはつかみかかって来たユーリアの腕をひねった。



 そして地面へとねじ伏せた。



 手慣れている。



 戦闘用の訓練を積んでいるらしかった。



「うぁ……!」



 アヤによって制圧され、ユーリアはうめき声を上げた。



「返して……ユーリを返してよ……。


 ああぁぁあぁぁ……」



 さきほどまで怒りを見せていたユーリアが、弱々しく泣き出した。



「限界か……」



 情緒不安定なユーリアを見て、アヤはそう呟いた。



 壊れかかっているのかもしれない。



 さすがに、ここまで心が弱っていては、作戦に使うのは難しい。



「良いわ。弟に会わせてあげる」



「生きてるんですか……?」



「あなたが勝手に殺しただけでしょ」



 アヤは呆れたように言った。



「連れて行ってあげる。


 ただしあなたには、薬で1度眠ってもらう。


 人質の居場所を、知られるわけにはいかないからね」



「分かりました」



 アヤが出した条件を、ユーリアはあっさりとのんだ。



「ちょっとそこで待ってなさい」



 アヤは寝室から退出した。



 ユーリアは立ち上がり、椅子に座り直した。



 アヤはすぐに帰ってきた。



 彼女の手には、紫色の液が入った小瓶が見えた。



 アヤはその瓶を、テーブル上に置いた。



「さあ、飲みなさい」



「…………」



 ユーリアは小瓶を手に取り、蓋を開けた。



 そして、恐る恐る口に近付け……。



「んくっ」



 一気に飲み干した。



「……苦いです」



「文句を言わないの」



「んぅ……」



 薬が効いてきたのだろう。



 ユーリアの体から力が抜けた。



 目を閉じてぐったりと、椅子に体をもたれさせた。



 そしてすぅすぅと、寝息を立てはじめた。



 アヤは眠ったユーリアの体を抱え上げた。



「あ~。面倒臭い」



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