5の15「ユーリアとヨーク」



「そう凄むなよ」



 ヨークは余裕の笑みと共に言った。



「そんなおっぱいで凄まれても、怖くねえぜ」



「あっ……」



 ユーリアは、自分の胸を見下ろした。



 そこでようやく、変身が解けていることに気付いたようだ。



 体つきだけでなく、彼女の服装も、決闘の時とは違っていた。



 決闘で地面に転がり、服が汚れた。



 おかげでユーリアは、ネグリジェに着替えさせられていた。



 ネグリジェは薄桃色で、生地は薄い。



 体のラインが透けて見えた。



 それは少女のパジャマというよりは、男を誘うための道具だった。



 ユーリアの趣味では無い。



 自分の格好を正しく認識し、ユーリアの顔に血がのぼった。



「邪魔するぞ」



 鍵はどうしたのか。



 ヨークは外側から窓を開いた。



 そして、女性の部屋であることなど気にもせず、強引に中に入ってきた。



「っ……!」



 淑女としての教育を受けていたユーリアは、急いでベッドに駆け戻った。



 そして布団で体を隠した。



 ヨークはマイペースを崩さずに、ベッドに腰かけた。



 そして日常会話でもするかのように、ユーリアに声をかけた。



「良いベッドだな」



 ヨークはそう言うと、ベッドの上をポンポンと叩いた。



「どうしてここに居るんだよ……!」



 ユーリアは、鎖骨から下を隠した状態で、ヨークを睨みつけた。



 必死な様子のユーリアに対し、ヨークはヘラヘラと答えた。



「どうして? こっちのセリフだろうが。


 ケンカしてた相手が、急に女に化けたんだぜ?


 気になって、つい追いかけて来ちまったよ。


 ……いったいどういうことなんだ?」



「……話せないよ。こっちにも事情が有るんだ」



「家族を人質に取られたか?」



「どうして……!?」



 どうやら図星を突かれたらしい。



 ユーリアは驚きを隠せない様子で、そう問いかけてきた。



「べつに、あの女との話を聞いてたら、大体の想像はつくさ。


 俺が人質を助けてやる」



「本当……?」



「ああ。人質がどこに居るか分かるか?」



「……分からない。


 ずっと会わせてもらえないから……」



「そうか。


 ……人質になってるのは弟か?」



「うん。本物のユーリ=マレルさ」



「しかしおまえら、偉い貴族なんだよな? そう簡単にさらえるもんなのか?」



「弟は……ただ誘拐されたんじゃ無いんだ。


 借金のカタに、連れて行かれた」



「貴族も借金とかすんのか」



「そう珍しい話でも無いよ。


 領地が貧しかったりすると、特にね。


 けど……ウチの場合は最悪だ」



 ユーリアの家、マレル公爵家は、由緒ある家柄だ。



 恵まれた領地を持ち、その経営も安定している。



 そこいらの貧乏貴族とは違う。



 そのはずだったのに……。



「お父様が、ギャンブルにハマったんだ。


 そのせいでユーリは……」



「ギャンブルって……。


 博打に負けたくらいで、人さらっても良いのかよ?」



「良いわけ無いよね? 普通は。


 だけど、お父様が出入りしてたのは、


 違法の裏カジノだったんだ。


 そこに出入りすること自体が犯罪。


 由緒有る公爵家の人間が、そんなことをして、許されるはずが無い。


 とんでもない醜聞だ。


 だからお父様も、取り立てに対して強く出られないのさ」



「最低だな」



「……うん」



 父を貶すヨークの言葉を、娘のユーリアは否定できなかった。



「ユーリを連れて行ってすぐに、連中は、計画を持ちかけてきた。


 メイルブーケを狙い撃ちにした、卑劣な策略だ。


 その策略を成功させるには、


 フルーレと婚約したユーリが必要だった。


 最初から……お父様はターゲットにされていたんだろうね」



「計画ねぇ。


 写真は、どこから持ってきたんだ? あのエロいやつ」



「っ……」



 ヨークが疑問を口にすると、ユーリアの全身が強張りをみせた。



「あれに写ってるのは……私だよ」



 少し間を置いて、ユーリアは言いにくそうに答えた。



「アヤって女のスキルか」



「……うん。


 スキルでフルーレに化けて……間男の方には、アヤが化けてた」



「おまえ……自分のエロい写真バラまいて、イキってたのかよ」



 思わぬ真実に、ヨークは呆れ顔を見せた。



「っ……」



 気取りの無い素の反応が、ユーリアの心を揺らした。



 ユーリアの顔に、羞恥の色が増した。



 耳まで真っ赤にしたユーリアは、布団に顔をうずめ、か細い声で言った。



「言わないでよ……死にたくなる……」



「……すまん」



 予想以上の反応に、ヨークは気まずげな表情を見せた。



 このまま固まっているわけにもいかない。



 ヨークは話を先に進めることにした。



「そもそも何がしたかったんだ? あの婚約がどうとかってのは」



「婚約に関して、フルーレの側が悪かったのだと認めさせる。


 そうしてメイルブーケに、


 払いきれないだけの慰謝料を請求する。


 メイルブーケの財産の、全てを吸い上げる。


 そういう計画だったはずさ」



「たかが婚約で、財産全部って……」



「普通は無理だね。


 だから裁判ではなく、決闘に誘い込んだ。


 お互いが合意した決闘なら、多少理不尽でも、周りは口を出せない。


 特にメイルブーケは、武門の家柄としての誇りが有る。


 決闘の結果に、異議を申し立てるなんてことは、出来ないだろうね」



「なるほど。完璧な計画だな。


 負けた時のことを、1ミリも考えてねえってこと以外はな」



「一応、勝つための布石は打ってあったんだよ?


 メイルブーケの主力は、迷宮への遠征で、本邸には居なかった。


 だから、あの場で決闘に応じるのは、フルーレのはずだった」



「デレーナが居ただろ」



「彼女は事情が有って、剣を持てない」



「いや。おまえを倒した後で、いきなり決闘を仕掛けてきやがったんだが」



「そうなの?」



「まあ俺が勝ったけどな」



「……………………本当?」



 ヨークに向けられたユーリアの視線には、多大な驚きが含まれていた。



「嘘ついてどうすんだよ」



(まあ、引くほど強かったけどな。あいつは)



「とても凄いね」



 ユーリアは、ヨークの言葉を真実として受け入れたらしい。



 そして素直にヨークを称賛した。



「おう。ありがと」



「そうか……。彼女が剣を……」



 そう呟いたユーリアの口元が、微かに緩んだ。



「嬉しそうだな?」



「うん。友だちだし」



「友だちの妹に、なにやってんだよ」



「それは……


 家族の命には代えられないよ」



「…………。


 いったい何者なんだ?


 こんな馬鹿げたこと仕出かした連中ってのは」



「私も、詳細を掴んでるわけじゃないよ。


 反撃の体勢を整える間もなく、


 こんな目に遭ってしまったからね。


 ユーリが人質に取られてる状態じゃ、無理な調査も出来なかった。


 王都の非合法組織と言うと、


 闇ギルドって連中が有名みたいだけど……」



「は……?」



「知らないかな?」



「知ってはいるが……あいつらが……?」



「何でもやる連中だって噂だよ。


 違法カジノの運営くらいはやってるだろうね」



(この計画のターゲットはフルーレだった……。連中……)



「まさか……誓いを破ったのか?」



「えっ?」



 ヨークは闇ギルドの実働部隊に、自分たちに危害を加えないことを約束させた。



 パーティ会場にヨークが居合わせたのは、偶然にすぎない。



 だが、ヨークの言う仲間には、フルーレたちも含まれる。



 彼女を害しようとすれば、連中に張り付けたネズミが動くはずだ。



 ネズミが闇ギルドの人間を殺せば、それはヨークに伝わる。



 そういうふうに術を編んであった。



 だが今までに、ネズミが仕事をした痕跡は無い。



 普通に考えれば、連中が今回の事件に加担するのは不可能だが……。



(俺の術に、裏の連中なら分かるような、抜け道が有った?


 俺が甘かったのか……?)



 もし抜け道が有るのなら、バジルたちも安全とは言えない。



 これ以上、仲間の身が脅かされるなど、あってはならない。



 至急確かめなければならないと、ヨークは思った。



 そのとき。



 入り口のドアノブが回された。



「!」



 ドアが開き、メイドが入ってきた。



 メイドは両手にお盆を持っていた。



「お夜食をお持ちしました」



「あ、ありがとう」



 メイドは室内の丸テーブルに、お盆を置いて去っていった。



「…………もう良いよ」



 ユーリアは、下半身を覆っていた布団をめくった。



 ユーリアの足の間に、ヨークの姿が有った。



「悪い」



 ヨークは体を起こした。



「……こっちこそごめんね。見苦しいもの見せちゃって」



「いや。眼福だったぜ」



 美女の色香を嫌がる男など、そう多くはない。



 ヨークは多数派に属していた。



「あはは……」



 反応に困り、ユーリアは苦笑した。



「さて……」



 ヨークはベッドから降りた。



 そして、自身が入ってきた窓へと向かった。



「……もう行っちゃうの?」



 ユーリアは、心細そうに、ヨークの背中に声をかけた。



「やる事が出来た」



「そっか……」



「すぐ戻る。


 だから、大人しく待ってろ」



「あっ……


 うん。待ってる」



 絶望の中に有ったユーリアの心が、少し落ち着いていた。



 ユーリアは微笑みながら、ヨークが去るのを見送った。



 銀の長髪が、窓枠から飛び出していった。



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