5の11「ダンスと成功」
「首輪付きの私が、立ち入っても良いものなのですかね?」
「エルだって奴隷だが、会場には出入りするぞ。
ヨークの召使いという立ち位置なら、
問題無いと思うが」
それを聞いて、ヨークが眉をひそめた。
「ミツキは仲間だ。召使いじゃない」
「……そうか」
自分ひとりの影響力で、ミツキへの扱いを改めさせられるわけが無い。
それを知ってるフルーレは、ヨークに向かってこう言った。
「それじゃあ、ヨークだけでも来てくれるか?」
「分かった」
ミツキが妙な扱いを受けるよりは、自分ひとりで行った方が良い。
ヨークはそう考えて、そのように返事をしたのだが……。
「私も行きましょう」
突然にミツキがそう言った。
「ミツキ?」
ヨークはミツキに驚きの表情を向けた。
ヨークに視線を返しながら、ミツキはこう言った。
「一度、召使いのフリをしてみるのも、おもしろそうです。
よろしくお願いしますね。ご主人様」
……。
パーティ当日になった。
前の運命と同様に、エルが宿屋まで迎えに来た。
ヨークの見送りのため、バジルたちは通りまで出た。
「んじゃ、行ってくる」
ヨークが猫車の隣に立って言った。
ヨークとミツキは、パーティ用の正装に着替えていた。
今回の衣装は、フルーレの側が用意したものだ。
ヨークたちの事情を聞かされていたため、そこまで気を回すことができた。
「舐められンじゃねえぞ。貴族どもによ。
一発かまして来い」
バジルがヨークに激励(?)の言葉をかけた。
「何をだよ」
「…………」
ドスは沈黙していた。
次にキュレーとバニが口を開いた。
「後でお話聞かせてね」
「おみやげよろしく」
「みやげ?」
貴族のパーティにみやげなど有るのだろうか。
ヨークはそう思い、バニに疑問符を向けた。
するとエルが口を開いた。
「任せておいて下さい」
「そうか?」
「はい。猫車へどうぞ」
ヨークとミツキは、エルと共に猫車に乗りこんだ。
中には向かい合うようにして、椅子が二つ設置されていた。
ヨークの隣にミツキが、向かいにエルが座った。
エルとヨークの目が合った。
「ぁ……」
エルが短く声を漏らした。
「どうした?」
「こんなふうに座るのは、初めてだと思いまして」
「そうだな」
ヨークは柔らかく微笑んだ。
メイルブーケ本邸に向かい、猫が走りだした。
「……何か話してくれ」
「話……ですか?」
「普段はフルーレに遠慮して、あんまり話さないだろ?
エルの話を聞かせてくれよ」
「……はい。それでは……」
エルはぽつぽつと、自分のことを話しはじめた。
最初はぎこちなかったが、じょじょに打ち解け、柔らかい空気になっていった。
「それでブゴウさまが、私に立派な羽猫を下さったのです。
私はその猫にポチと名付け、大切に育てました」
「そっか。
俺、羽猫って乗ったこと無いんだよな」
「よろしければ、私のポチに乗ってみませんか?」
「良いのか?」
「はい。もちろんです」
「……着いたみたいですよ」
ミツキが外を見て言った。
猫車が、立派な邸宅の前で停車していた。
「あっ……。
もう着いてしまったのですね」
エルが残念そうに言った。
「また今度、話を聞かせてくれ」
「はい」
「ゆっくり猫に乗りながらっていうのも良いな」
「はいっ!」
三人は、猫車を降りた。
門をくぐり、庭を歩き、邸宅の玄関へと向かった。
そこから中に入ると、大広間が見えた。
そこでは楽団が、優美な音楽を奏でていた。
着飾った貴族たちが、談笑しているのも見えた。
何人かの視線が、ヨークへと向かった。
ヨークはそれを気にせず、自由に周りを見ていた。
エルは視線を巡らせ、主人であるフルーレの姿を探した。
「……お嬢様のお姿が、見当たりませんね」
「ああ」
「ヨークさまのご到着を、お知らせしたいと思います。
お嬢様をお連れするまで、
こちらでお待ちいただけますか?」
「分かった」
そのとき、ボワイヤがエルに近付いてきた。
「そこのメイド」
「はい。何でしょうか?」
エルは前の運命で、ボワイヤとどうなったのかを知らない。
無警戒に、ボワイヤに返事をした。
「なかなかの見た目を……」
「えいや」
ミツキは一瞬でボワイヤの背後にまわった。
そして、首筋に手刀を打ち込んだ。
「う……!?」
ミツキの一撃で、ボワイヤは気を失った。
ミツキは崩れるボワイヤの体を、支えながら言った。
「おや。この殿方、どうも具合が悪そうですね。
どこか空き部屋で、休ませてあげてください」
「は、はぁ……」
エルはボワイヤを運んでいった。
エルのレベルは、もう2桁になっている。
人を一人抱えるくらい、簡単なことだった。
エルが居なくなり、ヨークたちは広間に残された。
知り合いが居なくなってしまったが、ミツキが隣に居る。
ヨークは今の状況に、特に不安は感じなかった。
「何だったんだ?」
さきほどの事に関して、ヨークがミツキに尋ねた。
「必要なことです」
「ふ~ん……?」
ミツキが言うのならそうなのだろう。
そう考えたヨークは、それ以上は聞かなかった。
「ミツキ」
「何ですか? ご主人さま?」
「ご主人て……」
ヨークは顔をしかめた。
だが、すぐにその表情を引っ込めて、こう提案した。
「なあ、試しに踊ってみるか?」
「遠慮しておきます。
今日の私は、付き人ですからね」
「…………」
ヨークは残念そうな顔を見せた。
そこへデレーナが声をかけてきた。
「そこのあなた」
「俺か?」
今のヨークにとって、デレーナは初対面の相手だ。
いったい何の用事かと、ふしぎそうに彼女を見た。
「見ないお顔ですけど、
ここに来るのは初めてですの?」
「ああ。
珍しいのか? 常連以外の客が招かれるのは」
「それはそうでしょう?」
「ふ~ん……?」
「申し遅れましたわ。
わたくしはデレーナ=メイルブーケ。
メイルブーケ迷宮伯家の長女ですの」
「ヨークだ。ヨーク=ブラッドロード。こっちはミツキ」
「ブラッドロード? 商会の関係者ですの?」
「商会? 違うが……。
メイルブーケってことは、フルーレの姉貴か?」
「姉貴……? ええ。
私のことは知らないのに、
妹のことは御存知ですのね」
「ここにはフルーレに呼ばれて来た」
「そう……。あなたでしたのね。
フルーレが招待したいと言っていたのは」
「フルーレはどこに?」
「お色直し中ですわ。
珍しく着飾っているようでしたけど……
そういうことでしたのね。
あの子……婚約者が居ますのに……」
「え?」
「いえ。
美しい方。よろしければ、私と踊って下さらない?」
「踊りか……。
良いぞ。ただ、パーティに来るのはこれが始めてでな。
お手柔らかに頼む」
「承りましたわ」
「行ってくる」
「はい」
ヨークはデレーナの手を取って、広間の中央へと向かった。
見目麗しい少年少女だ。
二人の美貌が、参加者たちの目を引いた。
歩きながら、ヨークは周囲を観察した。
みんなが踊っている踊りを、確認するためだった。
(こういうやつか……。
ミツキに教わった通りだな)
貴族たちの踊りは、ミツキに教わった踊りと同じものに見えた。
これなら練習通りにすれば良い。
そう思い、ヨークは踊り始めた。
デレーナの方は、この踊りに慣れているようだった。
ヨークのリードにそつなくついて来た。
そして目に見える失敗も無く、見事に踊りきった。
二人は参加者たちの視線を浴びながら、ミツキのところへ戻った。
「ただいま」
「はい」
「どうだった? 俺のダンス」
「ご立派でしたよ。ご主人さま」
(ご主人さまて。楽しいのか? 召使いごっこ)
「あの……」
控えめな声音で、デレーナがヨークを呼んだ。
彼女の頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
「ん?」
「またお会い出来ますか? 素敵なお方」
「ああ」
「……はい」
デレーナは嬉しそうに微笑んだ。
そのとき。
「ヨーク」
フルーレの声が聞こえた。
ヨークは声の方を見た。
フルーレが、ヨークに近付いてきていた。
「フルーレ」
デレーナが、フルーレの名を口にした。
ヨークはフルーレの全身を見た。
(着飾ってんな。別人みたいだ)
フルーレの格好は、迷宮に潜る時とは大違いだった。
優美なドレスを身にまとい、まさに良家の御令嬢だった。
「…………」
フルーレの斜め後ろには、エルの姿が見えた。
ヨークがエルを見ると、彼女と視線が重なった。
「…………」
ヨークは無言で小さく手を振った。
「…………」
それに対し、エルは微笑みを返した。
「お姉様。見事な踊りでした」
フルーレがそう言った。
ヨークとデレーナの踊りを見ていたらしい。
「ありがとう。
……それでフルーレ。ヨークはあなたが招待したんですの?」
「はい。その通りです」
「こんな素敵な方と、いったいどこで知り合ったんですの?」
「私が冒険者と、迷宮に潜っているのは御存知でしょう?」
「ええ」
「ヨークは私が行動を共にする、冒険者パーティの一員です」
「冒険者……?」
デレーナは、意外そうな視線をヨークへと向けた。
「全くそうは見えませんわ」
「確かに、ちょっと綺麗すぎますね。ヨークは」
そのとき……。
「フルーレ」
フルーレに声がかけられた。
「ユーリ?」
フルーレは声のぬしを見た。
「大事な話が有る。
あの素敵なダンスの後でこのような話、
無作法だと分かってはいるが……」
「ユーリ。いったい何だというんだ?」
ユーリと呼ばれた人物は、場の華やかさとは正反対の、厳しい顔つきになった。
そしてこう言った。
「フルーレ……とても残念だ」
「はい?」
フルーレの戸惑いを無視して、ユーリは言葉を続けた。
「フルーレ=メイルブーケ。
おまえとの婚約を解消させてもらう」
「な……!」
驚愕の表情を浮かべるフルーレを、ヨークは他人事のように見ていた。
(何か始まったんだ?)
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