5の12「決闘と決闘」
それからの流れは、前回の運命と大差が無かった。
ユーリはフルーレをやり込めようとしたが、ヨークたちから反撃を受けた。
そして強引に、決闘による決着を提案してきた。
ヨークはフルーレのために、ユーリと決闘することになった。
当事者たちは、観衆を引き連れ、邸宅の前庭へと移動した。
ヨークとユーリは、決闘に用いる指輪を自分の指にはめた。
「それじゃ、始めるか」
ヨークは素手のまま、ユーリの方を見た。
ヨークの格好は、パーティのための正装だ。
武具はいっさい身につけてはいない。
近くにミツキが居るので、武器に困るわけでは無い。
だがヨークは、ミツキに声をかける必要性を、感じてはいなかった。
ユーリの側は、自前の剣を腰に帯びていた。
普通、パーティ会場に剣は持ち込まない。
決闘のため、あらかじめ準備をしていたらしい。
「待ってくれ。今武器が届く」
フルーレがそう言った。
素手のヨークのために手配をしているらしい。
だがヨークはこう答えた。
「要らねえよ。こんなモヤシ。この拳で十分だ」
ヨークの挑発的な言葉を受けて、ユーリは眉をピクリと動かした。
「私を侮辱するのか」
「されねえと思うのかよ」
「…………」
ユーリは苦い顔をして黙った。
それから間を置かず、エルが細長い包みを持ってやってきた。
エルは包みを差し出そうとしたが、ヨークは手を伸ばさなかった。
「あの……?」
困惑するエルに、フルーレが言葉をかけた。
「必要ないそうだ。後で渡そう」
「……はい」
「それで? どうやるんだ?」
ヨークがユーリに尋ねた。
「お互いの指輪の石を、突きあわせる。それが決闘開始の合図だ」
「分かった」
「待って下さい」
ユーリに歩み寄ろうとしたヨークを、ミツキが留めた。
「どうした?」
「ユーリさま」
ミツキはヨークではなく、ユーリの方へ声をかけた。
「決闘が開始される前に、一つ約束していただきたいのですが」
「約束? 奴隷とか?」
「いえ。ご主人様とあなたのです」
「何だ? 言って見ろ」
「ご主人様は、大層優れたお方ですが、平民です。
平民が、貴族の問題に口を出すということは、
あまり好まれるものではありません。
そのことを、後々まで問題になされないよう、
お願いいたします」
ミツキは以前の運命で、ヨークが復讐されたということを知っていた。
それを防ぐための牽制だった。
「そんなことか。構わん」
「ありがとうございます」
ミツキは礼を述べた。
とはいえ、このような口約束に、そこまでの力が有るとは思っていない。
以前と同じ暴挙に出るなら、叩き潰すだけだ。
公爵家ていど、神との前哨戦としては物足りない。
ミツキは内心でそう考えながら、一歩下がった。
「…………」
ヨークはユーリの方へ歩いていった。
そして、指輪を嵌めた拳を突き出した。
ユーリも同様に、拳を突き出した。
指輪の石と石が、ぶつかりあった。
魔導器の効果が発動した。
対峙する二人の周辺に、障壁が展開された。
決闘開始だ。
「行くぞ」
ヨークは素手で構えた。
そのとき……。
「…………?」
ヨークは体に若干の違和感をおぼえた。
ほんの小さな、肩に軽く手を置かれるていどの違和感だった。
3兄弟のスキルによる妨害だと、今のヨークは気付かない。
攻撃だと認識するには、それはあまりにも矮小だった。
(まあ良いか)
微小な違和感を、ヨークは無視した。
そして軽く地面を蹴った。
ヨークにとっての軽くだ。
地面がどっと揺れた。
ヨークは一瞬で、ユーリとの間合いを詰め終わっていた。
「えっ?」
ユーリの表情が、純粋な驚きに満ちた。
ヨークの拳が、ユーリの腹に突き刺さった。
当然、手加減はしてある。
加減が無ければ、ユーリはこの一撃で、肉片に変わっていただろう。
だがそれでも、ユーリにとってはヨークの一撃は重かった。
ユーリの体が宙を舞った。
そして指輪の石が砕けた。
吹き飛んだユーリの体は、決闘用の障壁をぶち破り、さらに向こうまで飛んでいった。
ユーリの体は、ゴロゴロと何十メートルも転がり、ようやく停止した。
「…………」
フルーレは言葉を発することができなかった。
エルも同様だった。
圧巻の勝利に、彼女たちは言葉を失っていた。
ヨークはユーリの様子をうかがった。
ユーリはぴくりとも動かなかった。
「やっべー。やりすぎたか。
……ミツキ!」
「はい」
ヨークとミツキは、ユーリに向かって駆けた。
「……………………」
ヨークの背中を、デレーナの視線が追っていた。
「強さの……底が見えない……。
ふふっ」
デレーナは微笑んだ。
その頬は、艷やかに赤らんでいた。
ヨークたちは、倒れたユーリに駆け寄った。
ユーリは目を閉じていた。
気絶しているようだった。
生きてはいる。
ヨークとしては、そう信じたいところだった。
「だいじょうぶか?」
ヨークはミツキにそう尋ねた。
「生きているのなら、治します」
ミツキはユーリに手を伸ばした。
ミツキの手が、ユーリに触れた。
そのとき……。
「え……?」
ミツキが驚きの声を漏らした。
突然にユーリの体が、光に包まれていた。
それは治癒術の光では無い。
ミツキがまったく意図していない光だった。
やがて光が消えた。
ユーリの姿が変化していた。
男子だったはずのユーリが、胸の大きな女性の姿に変貌していた。
女の姿に変わった後も、彼女が目を覚ますことは無かった。
「なるほど。だからユーリアか」
ヨークは納得した様子を見せた。
「…………?」
ヨークは『戦力評価』のスキルを、ユーリに使用していた。
その時に見えた名前は、ユーリアとなっていた。
女の名前だ。
ヨークはそれを疑問に思いながら、深く考えようとはしなかった。
答えが得られたことで、彼はスッキリとした様子だった。
そんな事情を知らないミツキは、きょとんとした表情を見せた。
「離れなさい!」
女の声が、ヨークたちを怒鳴りつけた。
ヨークは声の方を見た。
ユーリの恋人であるはずのアヤが、ヨークを睨みつけていた。
「離れる? どうして?」
ヨークがアヤに尋ねた。
「私は彼の恋人です! 彼を介抱する権利が有ります!」
アヤは叱るような声音で言った。
最初、ヨークから見た彼女は、おとなしそうに見えた。
だが今の彼女は、とても気が強そうに見える。
「『戦力評価』」
彼女の様子を怪しんだヨークは、スキル名を唱えた。
「…………!」
アヤがぎくりとした様子を見せた。
アヤのクラスとスキルが、ヨークに認識された。
「クラスはニンジャか。治療に向いてるとは思えねえな」
「……無礼ですよ」
「治療はウチのミツキがやる。下がってて貰おうか」
ヨークはアヤを追い払おうとした。
そのとき……。
「ヨーク=ブラッドロード!」
「あ?」
声の方を見ると、ヨークへと剣が飛んできていた。
抜き身では無い。
きちんと鞘に収められた剣だ。
誰かが放り投げたらしい。
ヨークは鞘を掴み、その剣を受け止めた。
ヨークは知らないが、それはエルが運んできた包みの中身だった。
「何だよ? 危ねえな」
ヨークは剣を投げてきたと思われる人物を睨んだ。
「私と決闘して下さいまし!」
赤い顔で、デレーナ=メイルブーケがそう言った。
「…………ナンデ?」
唐突な申し出に、ヨークは混乱を見せた。
「??」
近くに立つミツキも、同様に混乱を見せていた。
「お姉さま……?」
フルーレの表情にも戸惑いが見られた。
だがその想いは、ヨークやミツキが抱いたものとは別のモノのように見えた。
「…………!」
場の空気が緩んだ瞬間、アヤが動いた。
アヤはスッとユーリに駆け寄り、彼女を担ぎ上げた。
そしてヨークたちに背を向け、走り去っていった。
ユーリの取り巻きだった3兄弟も、前庭から離脱していった。
「あれが令嬢の走りかよ」
遠ざかっていくアヤの背中を見て、ヨークが苦笑した。
「追いますか?」
ミツキが尋ねた。
「いや。……木鼠」
ヨークは呪文を唱え、木の鼠を出現させた。
鼠はアヤの去った方角へと駆けていった。
「とりあえずはこれで良いか」
目印をつけたヨークは、アヤの行動を見逃した。
そこへデレーナが声をかけてきた。
「聞いていますの? ヨーク」
「鼓膜に届いちゃいるよ。
脳味噌の方が、ちょっと咀嚼しきれてねえが」
「言っている意味が、良く分かりませんわ。
私はただ、決闘がしたいと言っているだけなのですけど」
「普通はな、決闘なんてのをするには、理由が要るんだよ。
そいつをすっ飛ばさねえでくれるか?」
「理由はあなたが強いからですわ」
「それが理由になんのか?」
「…………?」
デレーナは、首を傾げた。
ヨークが何を言っているのか、理解できない様子だった。
彼女の頬は、ずっと赤らんだままだ。
正気を失っているのかもしれなかった。
「まあ良いや。勝負してやるよ」
「本当ですの?」
「ああ」
決闘などと言われても困るが、ヨークはケンカは嫌いでは無い。
腕試しをすること自体は、嫌だとは思わなかった。
「それで、何を賭けるんだ?
決闘ってのは、何か大切な物を賭けるんだろ?」
「月並みですが……。
負けた方が、勝った方の言うことを聞くというのではいかがでしょうか?」
「何でもか?」
「ほどほどに……という事にいたしましょう」
「そうか」
「エル。指輪と私の剣を、持ってきて下さいな」
「畏まりました」
エルは館の方へと駆けていった。
何分か待つと、彼女は剣と小箱を持って帰ってきた。
「どうぞ」
デレーナは、剣と指輪を受け取った。
「お姉さまが剣を……」
信じられないものを見たかのように、フルーレの声は震えていた。
デレーナは、そんなフルーレには気付かない様子で、鞘を腰に固定した。
「さあ、始めましょう」
「ああ」
ヨークは拳を突き出した。
ユーリとの決闘に使った指輪が、未だ彼の指には有った。
デレーナも拳を突き出した。
ヨークとデレーナは、指輪の石を合わせた。
二人の周囲に、障壁が展開された。
二人だけの世界が出来た。
(剣は……使うまでも無いか……)
デレーナから受け取った剣を見て、ヨークはそう考えた。
神を倒すために、修練を積んできている。
いまさらそこいらのお嬢様に、負けるとは思えない。
……そんな認識が、一瞬後には覆されていた。
「ッ!?」
ヨークの視界から、デレーナが消えた。
戦闘中に人の姿を見失うというのは、ヨークにとって初めてのことだった。
ヨークは左後ろから、僅かな熱を感じた。
殺意だ。
「くうっ!」
殺意を察知したヨークは、それを剣で受け止めた。
抜刀する暇は無かった。
鞘をやった先に、デレーナの剣が有った。
デレーナの剣とヨークの鞘が、激しい火花を散らした。
「あっ……」
デレーナは吐息を漏らし、再び姿を消した。
そしてヨークの正面、少し離れた位置に姿を現した。
間合いの外で、デレーナは笑った。
「朧月を受け止めたのは、あなたが初めてですわ」
「そうかよ」
ヨークは冷や汗をかきながら、心中でスキル名を唱えた。
(『戦力評価』)
デレーナのクラスとスキルが、ヨークの意識下に表示された。
______________________________
デレーナ=メイルブーケ
クラス 暗黒騎士 レベル102
スキル 鷹の目 レベル5
効果 戦況を俯瞰する
ユニークスキル 神速歩法
効果 超高速で歩行する
ユニークスキル 神速抜刀
効果 超高速で抜刀する
ブラッドラインスキル 魔剣化
効果 人としての生を終え、魔剣に転ずる
バッドステート 暗示(小)
SP 180911
______________________________
「…………!
クラスレベル……たった102だと……!?」
ヨークのクラスレベルは、4桁にまで達している。
デレーナとの差は10倍以上だ。
だというのに、デレーナの動きを見失った。
いったい何が起こっているのか。
ヨークは今までにない衝撃に襲われた。
「たった……?
あなたは……どこまでの……」
侮られている。
そう感じたデレーナは、頬がニヤつくのを止められなかった。
「すぅ……」
デレーナは腰を落とし、深く息を吸った。
「二の太刀、八つ月、参ります」
「……!」
デレーナの姿が、またしても消えた。
「ッ!」
ヨークは殺意を読み、なんとか剣を受けた。
受けたと思った次の瞬間には、デレーナは大きく移動し、次の剣をはなってくる。
間断の無い斬撃に、ヨークは反撃のいとまを見出せなかった。
二、三、四、五、六、七、八。
ヨークが八つの斬撃を受けきると、デレーナはまた、ヨークの正面で停止した。
「…………?」
デレーナは、ふしぎそうにヨークを見た。
「反撃はなされないんですの?」
自分と同格以上だとみなしたヨークが、何もしてこないことに疑問を持ったようだ。
「それともまさか……。
そこがあなたの限界なのですか?
ヨーク=ブラッドロード」
デレーナの顔に滲んだ表情には、困惑と、僅かな落胆が見えた。
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