5の5「種族と家族」



「ヨークが……奴隷を……?」



 バニの視線は、ミツキの首に吸い付けられていた。



 そこには奴隷の首輪が有った。



 美人の若い女の奴隷。



 それをヨークが所持している。



 そうみなしたバニの手が、小さく震えた。



「誤解だ」



 奴隷趣味だと思われるなど、冗談では無い。



 そう思ったヨークは、即座に否定をした。



 そしてさらに、弁解の言葉を続けた。



「主人が居ない第3種族は、


 狙われやすいって言うだろ?


 だから主人のフリをしてるだけだ」



「首輪は飾りということか?」



 ドスが尋ねた。



「一応、主人の登録ってのはやってる。


 けど、首輪で命令したことは、一度もねえよ」



「信じよう。


 おまえが嘘をつくのは、人をおちょくる時だけだ」



「それはそれで、どうなんですかね?」



 ミツキが呆れたふうに言った。



「脱線すンな」



 話が脇道に逸れるのが嫌いなバジルが、一行を咎めた。



 そして再び、自身の質問を重ねた。



「どうしてヨークのこと知ってるンだって、


 そう聞いてンだが?」



「私には、ちょっとした予知のようなスキルが有ります。


 私が知る運命において、


 あなた方がヨークの素性を、


 話しているのを聞きました」



「運命……? なンだそりゃ」



 バジルは、胡散臭いものを見る目でミツキを見た。



 次にドスが口を開いた。



「もう少し詳しく話してくれ。おまえのスキルについて」



「分かりました」




 ……。




 ミツキは、自身が持つ力について、ざっと説明した。



 それは完全な真実では無かった。



 だが、要点はおさえていた。



「うーん……。壮大な話だね」



 困ったような表情で、キュレーがそう言った。



 次にバジルが口を開いた。



「信じろってのか? そのヨタを」



 ミツキの話は、バジルたちにとって、スケールが大きすぎた。



 にわかには信じがたい。



 バジルはそう思っているようだった。



「信じにくいというのは分かります。


 だけどあなた、ヨークに負けましたよね?


 ヨークが勝てば、私の話をマジメに聞く。


 そういう約束だったはず。


 なので、信じてくれても良いのでは無いですかね?」



「マジメに聞くというのは、鵜呑みにするということでは無い」



 ドスが言葉を返した。



「証明出来るのか? スキルで運命が分かるということを」



「ヨークが第三種族だと知っているということでは、


 証明になりませんかね?」



「それ」



 ヨークが口を開いた。



「俺はそっちの方を、先に聞きたいんだが」



 自身の種族を知ったことは、ヨークにとっては、衝撃の事実だった。



 だが他の五人は、とっくにそれを知っていたらしい。



 ヨークは驚きと共に、疎外感も抱いていた。



「もう少し待って下さいね」



「むぅ……」



 ミツキになだめるように言われて、ヨークはさびしそうな様子を見せた。



 ドスが話を続けた。



「ヨークの素性は、村の大人であれば、


 皆が知っていることだ。


 運命を知る力など無くても、


 上手く調べれば分かる」



 ミツキは村の人間では無い。



 だが村の人たちが、口を滑らせてしまう可能性も有るだろう。



 そう考えれば、ミツキがヨークの種族を知ることは、不可能だとも言えなかった。



 ミツキのスキルを、証明するほどの情報だとは言えない。



「もっと、決定的な証拠は無いのか?」



「嘘をついても、私にメリットは無い。


 そうは思いませんか?」



「そうかもしれない。だが、大切なことだ。


 おまえがヨークの敵で無いと言うなら、


 話せるだけのことは話してもらう


 何か、近々おきる事件を、言い当てられるか?」



「最初に言ったと思いますけどね。


 このままだと、あなたたちは死にます」



「漠然としてやがるな。悪徳占い師の、脅し文句か?」



 バジルが言った。



「死因も分かりますよ。


 あなたを殺すのは、闇ギルドの連中です」



「知ってるの? 闇ギルドのこと」



 バニが尋ねた。



「はい」



 次にヨークがこう尋ねた。



「闇ギルドって?」



 闇ギルドの存在は、王都の冒険者にとっては常識だ。



 だがヨークにとっては、初めて聞く名前だった。



 音の感じからしても、良いものだとは思えない。



 ヨークの表情が、厳しく引き締まった。



「おまえら、なんかヤバいことに足突っ込んでんのか?」



「俺たちが、とくべつ危ない事をしているわけじゃ無い」



 ヨークの疑問にドスが答えた。



「闇ギルドというのは、裏で冒険者を牛耳る、非合法組織だ」



「冒険者を?」



「ああ。……連中は冒険者に、上納金を要求する。


 みかじめ料というやつだな。


 払わなければ、何かしらの制裁を受けることになる。


 逆に、上納金を納めてさえいれば、


 身の安全は保証される。


 冒険者である以上、多かれ少なかれ、


 闇ギルドとは関わっているということだ」



「おまえらも、上納金を納めてんのか?」



 プライドの高いバジルが、そんな連中と関わっているのか。



 ヨークは意外そうに、バジルを見た。



「……チッ」



 バジルはヨークから目をそらし、舌打ちをした。



「分かってンだよ。なさけねえってことは。


 ……レベルだ。


 レベルさえ上げりゃあ、


 連中だって手ェ出せなくなる。


 それまでの辛抱だ」



「ですが……」



 ミツキが口を開いた。



「あなた方は、ただ上納金を納めているだけではありませんね?」



「…………!」



 余裕の有ったドスの表情が、初めて揺らいだ。



「ある目的のため、


 闇ギルドを利用している……つもりになっている。


 そうでしょう?」



「目的……?」



 ヨークが疑問を口にした。



「あなたたちの目的は、ヨークの肉親を探すこと」



「…………!?」



 ヨークはまたしても驚愕に襲われた。



 次にバジルが、ミツキにこう尋ねた。



「つもりってのは何だよ?」



「見つけているのですよ。既に。


 闇ギルドは、王都に居る黒翼族の存在を知りながら、


 それを黙秘している。


 あなた方は、払う必要の無い依頼量を、


 ただ搾取されているのです」



「テメェ……闇ギルドのメンバーか?」



 ミツキは、自分たちの内情に詳しすぎる。



 もしスキルの話が嘘なら、闇ギルドの仲間だと考えた方が自然だ。



 バジルはそう考え、ミツキを強く睨んだ。



「違いますけど」



 ミツキには、バジルの威嚇は通用しない。



 なので、平然とそう返した。



「スキルでそこまで分かるものなのか?」



 ドスが尋ねた。



「はい」



「その黒翼族というのは誰だ? どこに居る?」



「私が話さなくても、すぐに出会えると思いますよ」



「はぐらかさないでくれ」



「黒翼族の少女は、


 メイルブーケ迷宮伯家に居ます」



「少女?」



「はい」



「彼女はおそらく、ヨークの妹です」



「えっ?」



 ヨークがまたしても驚きの声を漏らした。



「母親は?」



「それは私にも分かりません。


 あなた方は、冒険者ギルドから、


 特別な依頼を受けるはずです。


 依頼主は、メイルブーケの御令嬢。


 その依頼の席で、あなた方は、


 黒翼族の少女とも出会うはずです」



「待てよ。待ってくれ」



 ヨークは皆の話を止めた。



 自分が第三種族だというだけでも驚きだ。



 それなのに、妹まで居るだなんて。



 混乱したヨークの頭が、休憩を求めていた。



「はい」



「俺は、黒翼族って種族なのか?」



「はい。そうですよね?」



「……ええ」



 バニが答えた。



「実際には、黒翼族と魔族とのハーフだけどね」



「俺には獣の耳も、尻尾も無いぞ?」



 第三種族と人族魔族の違いは、野の獣の特徴を持っているがどうかだ。



 今のヨークには、獣の特徴は一切無い。



 普通のハーフのように見えた。



「黒翼族は、名前の通り、


 黒い羽を持った種族なの。


 その羽を……ヨークが産まれてすぐに切り取った。


 そう聞いてる」



 ヨークの背中には、肩甲骨の位置に、小さな傷跡が有る。



 ヨークと仲が良い者であれば、皆がそれを知っていた。



「奴隷商人への対策ですか?」



 ミツキがバニに尋ねた。



「ええ。多分」



 ヨークたちの村は、辺鄙な田舎に有る。



 だが、まったく周囲と交流が無いわけでは無い。



 目立つ黒翼族が居れば、隠し通すのは難しいだろう。



 そして、第三種族は奴隷商人に狙われる。



 なんとかして、ヨークの存在を隠す必要が有る。



 そう考えた村の大人が、ヨークの羽を切り取った。



 そういうことらしかった。



「知らなかった……」



「ヨークには、結婚したら話そうって思ってたの。


 赤ちゃんが産まれたら、分かってしまうことだから」



「そうか」



 バニは当然のように、ヨークの子供を産むつもりだったようだ。



 そんなバニの発言を、ヨークは軽く流した。



 家が隣だからだ。



「俺が第三種族だから置いて行ったっていうのは……?」



「この国だと、第三種族には、人権が無いから」



 キュレーがヨークに答えた。



「村の大人たちは、ヨークくんのことが好きで、


 秘密を隠してくれてる。


 だけど、王都でも同じようにいくかは分からなかった。


 万が一、ヨークくんが第三種族だってバレたら、


 どうなるか……。


 だから、まずは私たちだけで、


 王都が安全な所なのか、確かめようとしたの。


 ヨークくんが傷つくのは分かってたけど、


 キミを奴隷なんかにさせるわけにはいかないから。


 だけど……」



「王都は安全では無かった」



 キュレーの代わりに、ミツキが答えを口にした。



「……うん」



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