5の6「兄と妹」


「王都だと差別が当たり前みたいにあって、


 闇ギルドみたいな連中も居た。


 優しいヨークくんを、王都が傷つけると思った。


 だからヨークくんが、


 王都に来たいと思わないようにしようと思ったの」



「それで俺をボコったのか?」



「バジルくんはね、純粋にヨークくんに勝ちたかったんだと思うよ」



 キュレーはそう言って、バジルを見た。



「…………」



 バジルは無言のまま、ヨークのそっぽを向いていた。



 バジルが実際に何を思っているのか、ヨークにはわからなかった。



「…………? まあ良いや」



 ヨークはそう言って済ませることにした。



「良いのかよ」



 バジルが顔を、ヨークの方へ向けた。



「済んだことだしな。俺もやり返したし。


 ワンパン入れたらスッキリしたよ」



「ふふ。ヨークらしいね」



 バニが微笑ましげに笑った。



 どれだけ強くなっても、彼の性根は田舎の悪ガキのままだ。



 その事が嬉しいらしかった。



「ん」



 バニの笑顔を見ると、ヨークは少しむず痒い気分になった。



 それで話を切り替えることにした。



「で……俺の家族を探してたのか?」



「ええ」



 バニがヨークに答えた。



「あなたのお母さんは、


 死んだってことになってるけど、違うの。


 本当は、あなたが産まれたばかりの頃、


 村から居なくなってしまった。


 理由は分からない。


 何にせよ、良い理由じゃない可能性の方が高かった。


 それで、死んだってことにしようって……」



「蚊帳の外かよ。俺は」



 大事なことを、幼馴染たちは、ずっと黙っていた。



 彼らなりに、考えが有るというのはわかる。



 村の大人たちの意向も関係しているのだろう。



 だがそれでも、ヨークは不満だった。



「ごめん」



 バニの方も、秘密を黙っていたことが、完全に良いことだとは思っていない。



 後ろ暗い気持ちは有る。



 だから、素直に謝ってみせた。



「……どうして今になって、話そうって思ったんだ?」



「おまえが強くなったからだ。俺たちの想像を遥かに超えて」



 ドスが口を開いた。



「どうやら、俺たちは過保護だった。


 強者であるおまえには、


 自分の過去と向き合う権利が有る」



「弱くても話せよって思うんだが。


 俺自身のことなんだから」



「わがままだったんだ。俺たちは」



「…………。


 妹が居るのか? ここ、王都に」



「おそらくは」



 ミツキが言った。



「ですが彼女は、


 魔族と黒翼族とのハーフではありません。


 おそらくは、人族と黒翼族のハーフです」



「チッ……。種違いかよ」



 ミツキの言葉を聞いて、バジルの眉間に大きなシワができた。



「……ヨークは妹さんに会いたいですか?」



 ミツキがヨークに尋ねた。



「妹は……元気にやってんのか?」



「奴隷としてはありえないほどの好待遇で、


 良家に仕えています。


 王都の第三種族としては、


 幸福な部類だと言えるでしょう」



「そうか。


 幸せにやってるなら、わざわざ名乗り出ることもねーかな」



「……それで良いのですね?」



「ああ。


 ポッと出の俺に、兄貴だなんて言われても困るだろうし。


 それに、父親も違うんじゃあな。


 気まずくなるかもしれねえしさ。


 けど……。


 ひとめくらい、見てみたいかもしれねえ」



「それなら、会いに行きましょう。


 それが彼らの命を救うことにも、繋がりますから」



「俺たちが、殺されるという話だったな?」



 ドスが尋ねた。



「はい」



 次にキュレーが、ミツキにこう尋ねた。



「相手は闇ギルド?」



「はい」



 ミツキはキュレーの疑問を肯定した。



「冒険者ギルドからの依頼がきっかけで、


 あなたがたは闇ギルドと敵対します。


 そして、殺されてしまう」



 次にバニがこう言った。



「それなら、その依頼を受けなかったら良いのかしら?」



「どうでしょうね。


 あなたがたは少々、


 目立ちすぎてしまったようですから。


 目障りに思った闇ギルドが、


 あなたがたを除こうとする可能性も有ります。


 まあ、これは推測ですけどね。


 ……とにかく、依頼は絶対に受けて下さい」



「どうして?」



「依頼の場には、ヨークの妹も来る。そうだったな?」



 バニの疑問にドスが答えた。



「あっ、そっか」



「はい。そして……。


 依頼には、私たちも同行させて下さい。


 あなたがたは、我々が守ります」




 ……。




 後日。


 ヨークはバジルたちと共に、冒険者ギルドへと向かった。


 すると……。



「バニ」



 ギルド内で、ギルド長のザンボが、バニに声をかけてきた。



「ギルド長」



「ちょっと奥で話いいか?」



「私だけですか?」



「全員だ……と言いたかったんだがな。


 その二人は何者だ?」



 ザンボはそう言って、バニたちの後ろに視線を向けた。



 そこにヨークとミツキが立っていた。



 ミツキはフードを被っていたため、容姿がはっきりとしなかった。



「…………」



 何か言うべきか。



 ヨークが迷っていると、バニがザンボに答えた。



「新しい仲間です」



「信用できるのか?」



「はい。同じ村の出身ですから」



 ザンボはバニの事を信用しているらしい。



 バニがヨークたちの素性を保証すると、それ以上の疑いは見せなかった。



「分かった。一緒に来てくれ」



 一行は、ギルドの応接室へと向かった。



 部屋に入ると、バジルたちはソファに座った。



 ヨークとミツキはソファの後ろに立ち、彼らの様子を見守った。



「それで?」



 バジルがザンボに用件を尋ねた。



「今が貴族連中の、社交シーズンだってのは知ってるか?」



「いや。それが?」



「今、国中の貴族が、この国の王都に集まって来てる。


 加えて、今は成人式の季節だ」



「で?」



「せんじつ成人式を終えた貴族が、


 迷宮に潜りたいという話でな。


 おまえたちには、その護衛を頼みたい」



「良いぜ」



 バジルは快諾した。



 普段なら、面倒だと断ったかもしれない。



 だが、ミツキの話を聞いていれば、断ることなどできなかった。



「引き受けてくれるか」



「ギルド長直々の頼みだからな。断れねえだろ」



「すまんな」



 思ったよりも簡単に話がまとまり、ザンボはほっとした様子を見せた。



 そのとき。




「いけません! お嬢様!」




 応接室の外から、若い女性の声が聞こえた。



 それからすぐ、扉が開いた。



 軽装の金属鎧を身にまとった少女が、部屋に入ってきた。



 彼女の名がフルーレ=メイルブーケだということを、ミツキは知っていた。



 フルーレの後ろには、銀髪の少女の姿も見えた。



 銀髪の少女は、メイド服姿で、背にはコウモリのような翼が生えていた。



「まだかギルド長! 待ちくたびれたぞ!」



 フルーレはそう言ってから、バジルたちを見た。



 そして感動した様子でこう言った。



「おお……! おまえたちが仲間か。よろしく頼む」



「おう」



 空気を読まない女は、バジルは嫌いだ。



 だが今は平然として、フルーレに答えてみせた。



「……バジル、平気か?」



 バジルの性分を知っているザンボが、気遣うように尋ねた。



「何がだ? 問題ねえよ」



「……そいつは良かった。彼女がくだんの依頼人だ」



「私はフルーレ=メイルブーケ。メイルブーケ迷宮伯家の次女だ」



「メイルブーケ。大物じゃねえか」



「大物か。父をそう言ってもらえるとは、誇らしいな」



「それで、彼女は専属メイドのエルだ」



「はじめまして」



 エルはバジルたちに向かい、ぺこりと頭を下げた。



「ああ」



「……………………」



 ヨークはエルを、じっと見てしまっていた。



 どうしてか、目をはなせなかった。



「あの……?」



 エルはヨークの視線に気付いたようだ。



 ふしぎそうな顔になった。



「っ……。悪い」



 不自然なことをしてしまった。



 そう思ったヨークは、慌てて視線を逸らした。



「あの、何か粗相をいたしましたでしょうか?」



 エルがヨークに尋ねた。



 ヨークの代わりに、バジルがエルにこう答えた。



「いや。おまえは何も悪くねぇ。


 どうやらコイツは、


 アンタに見惚れちまったらしい」



「えっ……!?」



 バジルの言葉を受けて、エルの耳が赤くなった。



 恋愛慣れしていないのか。



 それともまんざらでもないのか。



 初対面であるヨークたちには、分からないことだった。



「いや、俺は……」



 妹に、気が有ると思われるのはまずい。



 そう思ったヨークは、弁解をしようとした。



「照れンなよ」



 ヨークが何か言おうとしたのを、バジルが笑って遮った。



 悪い笑みだった。



「ふざけんなよ」



 ヨークはバジルを睨みつけたが、バジルは楽しそうだった。



「ハハッ」



「むぅ……」



 話の主役が、エルに移ってしまった。



 そう思ったフルーレは、不満そうな様子を見せた。



「あっ……」



 エルはそんなフルーレの様子を、素早く察知した。



 そして、大声で言った。



「私なんかより、お嬢様の方が綺麗ですから!


 お嬢様に見惚れて下さい!


 私は奴隷ですから……


 あなたさまのような素敵なお方とは


 釣り合いませんし……」



「んなことねえよ。エルは綺麗だ」



 ヨークは断言した。



 妹を褒めるのは、兄の義務だ。



 そう思っているのかもしれなかった。



「あぅ……」



 褒められ慣れていないのか。



 エルは真っ赤になり、うつむいてしまった。



「……依頼人は私なんだが」



 むすっとしたフルーレを見て、バジルが口を開いた。



「そうだな。話してくれ。


 特に報酬の話なら、大歓迎だ」



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