5の4「再戦とあっさりとした決着」
「…………はぁ?
つーか、誰だよテメェは」
バジルはミツキに対し、いきなり現れて好き放題言ってんじゃねーぞという顔をした。
バジルは小柄だが、顔は少し怖い。
気弱な者であれば、彼に睨まれただけで萎縮してしまうことも有る。
だが、ミツキは一切の怯え無く、堂々とバジルに答えた。
「私はミツキ。
ヨークのパートナーです」
「えっ? えっ?」
バニが混乱した様子を見せた。
戸惑いを見せたのは、バニだけでは無かった。
キュレーがヨークに疑問の声を向けた。
「えっ? どういうこと?
ヨークくんは、バニちゃんと結婚するんじゃないの?」
「えっ? 初耳だけど」
ヨークがそう答えた。
「えっ?」
バニが絶望的な表情を見せた。
キュレーが言葉を続けた。
「だって、ヨークくんとバニちゃんは、家となりでしょ?」
「言われてみれば、そうだな」
「えっ? 納得するんですか? それで」
ミツキが口を挟んだ。
ヨークはそれを無視して、キュレーに対してこう言った。
「そういえば、おまえとバジルも家となりだよな」
「ふふっ。そうだよ」
キュレーは嬉しそうに笑った。
「ゴチャゴチャうるせえっ!」
馴れ合いが始まり、本題が進まない。
業を煮やしたバジルが、一行を怒鳴りつけた。
「うう……鼓膜が……」
隣で大声を出されたキュレーは、顔をしかめ、手のひらで片耳を押さえてみせた。
場が静まったのを見ると、バジルはミツキを見て、目を細めた。
「……結局何なんだよ。その女は」
「込み入った話になります。
ひとけの無い所で、お話出来ませんか?」
「…………」
バジルは、ギルドの出入り口に向き直った。
「ついてこい」
「換金は?」
キュレーが尋ねた。
「後で良いだろ」
バジルを先頭に、一行は冒険者ギルドを出た。
そして、大きな家屋の庭に移動した。
その家の外見は、見るからに古びていた。
廃屋のように見えた。
「ここは……」
その廃屋には、井戸が有った。
ミツキはその井戸を、じっと見つめた。
その様子を見て、ヨークが尋ねた。
「来たこと有るのか?」
「いえ。直接はありませんが」
「おまえ……」
バジルが怪しむような視線をミツキに向けた。
「何か?」
「入れよ」
ヨークたちは、廃屋の中へと入っていった。
中は埃っぽかった。
まともに手入れはされていないようだ。
ヨークたちは、応接室へ移動した。
その部屋だけは、なぜか小綺麗だった。
きちんと掃除がされているようだ。
部屋の中には、四人掛けの大きなソファが、二つ有った。
二つのソファは、向かい合うように置かれていた。
その間に、ローテーブルが置かれていた。
テーブルの上には、中身入りの酒瓶が見えた。
バジルたちは、ソファの片方に腰かけた。
ヨークとミツキは、その向かいに座った。
六人が着席すると、バジルがまっさきに口を開いた。
「俺が話す。おまえらは黙ってろよ。うるせェから」
「分かった」
ドスがそう答えた。
「…………で?」
バジルはヨークを睨んだ。
喧嘩に負けた直後のヨークなら、萎縮してしまっていたかもしれない。
今、ヨークは揺るがなかった。
落ち着いた顔で、まっすぐにバジルを見返していた。
バジルは言葉を続けた。
「ヨーク。どうして王都に来た?
前に……分からせてやったはずだがな?
分からなかったか?
それとも、忘れっちまったのか?」
「ミツキの話を、聞いて欲しいんだが」
「知るかよ。
……答えろヨーク。どうして王都に来た」
「自分の道を、見つけたからだ。
俺は強くなった。
だからここに来た」
「強くなっただと?
もう1回、分からせてやろうか?」
そう言って、バジルはソファから立ち上がった。
「ちょっと……! バジル……!」
血の気の多いバジルを、バニが止めようとした。
だが……。
「良いぞ」
肝心のヨークが、そう発言した。
「は?」
「えっ?」
バジルとバニは、呆気にとられた様子だった。
ヨークはバニに微笑みかけた。
「バニ。心配しないでくれ」
「そんなこと言ったって……」
以前バニは、ヨークが叩きのめされるのを、間近で見ている。
心配を隠せない様子だった。
「だいじょうぶ。
俺は強くなった。それと……。
俺が勝ったら、ミツキの話をマジメに聞いて欲しい」
「本気か?」
「本気だ」
「表に出ろ」
「ああ」
六人は、庭へと移動した。
他の四人に見守られる形で、ヨークとバジルは向かい合った。
二人は剣を構えた。
「村のナマクラじゃねえな」
ヨークの剣を見て、バジルはそう言った。
村に有る剣は、古いものばかりだ。
ヨークの剣は新品で、それなりの物に見えた。
「折れそうだったんでな。買い換えた」
「装備は一人前かよ。……行くぞオラァ!」
短期なバジルは、かけ声を試合開始の合図にして、ヨークに斬りかかった。
人によっては、これを不意打ちだと思ったかもしれない。
だが、ヨークは気にしなかった。
「…………」
「ガァ……ッ!?」
バジルの剣が、ヨークに届くことはなかった。
バジルの腹に、ヨークの拳が突き刺さっていた。
剣を持った相手に、拳を叩き込むのは楽では無い。
今の二人の間には、大きな実力差が有る。
この光景は、それを証明していた。
ヨークの拳は、威力も並では無かった。
「……………………」
バジルは意識を失い、その場で崩れ落ちた。
……。
「…………」
少しして、バジルは目を覚ました。
その視線の先に、キュレーの顔が有った。
「おはよう」
そこは、応接間のソファの上だった。
バジルはキュレーに膝枕をされていた。
「俺は……」
「おまえは負けた」
ドスがそう言った。
ドスはソファの隣に立っていた。
バジルは首を回し、向かいのソファを見た。
そこにヨークが座っていた。
その両隣には、ミツキとバニの姿も有った。
「そうか。
……また、俺の負けかよ」
バジルは上体を持ち上げた。
バジルの後頭部から、キュレーの太腿の感触が消えた。
バジルはソファに座りなおした。
そして、ヨークに声をかけた。
「レベルは?」
「1500くらいだ」
「1500!?」
その数値は、王都の冒険者の常識から、大きく外れている。
バニは素直な驚きを見せた。
「『敵強化』の力か?」
冷静な口調で、ドスが尋ねた。
彼はあまり、驚いていないように見えた。
「そうだ」
ヨークは簡潔に答えた。
「どういうこと?」
二人だけで納得されても困る。
バニがドスに説明を求めた。
「敵を強化すると、
入手できるEXPも上昇する。
……違うか?」
「そこまで分かるのか」
今までヨークは、バジルたちを驚かせる側だった。
そんなヨークが、初めて小さな驚きを見せた。
ドスは言葉を続けた。
「ずっと考えていた。
おまえほどの男が、どうして、
何の役にも立ちそうにないスキルを授かったのか。
スキルとは、持ち主を助けるものだ。
デメリットしか無いスキルが存在するなど、考え難かった。
デメリットが存在するのなら、
それにふさわしいメリットが有ると思った。
そう考えたとき、EXP上昇という効果は、
最もそれらしいように思えた」
「ちなみに、他のアイデアは?」
「たとえば、敵を強化することで、
ドロップアイテムが手に入るとか……。
あるいは、敵が急激な強化に耐えられず、
自壊するとかだな」
「鋭い……」
ミツキが声を漏らした。
次にバニが口を開いた。
「ヨークは、ずっと危険な敵と戦ってきたってこと?」
「危険っつーか、
レベルが上の相手とは、戦ってきたな。
けど、今はミツキが居てくれるし、
本当に死にかけたのは、最初の方だけだ」
「死……?」
「っ…………」
バニとキュレーが息を呑んだ。
「…………」
「…………」
ドスとバジルも、表情を固くした。
四人の空気が暗く沈んだ。
心配させてしまったかもしれない。
そう思ったヨークは、苦笑いを浮かべた。
「ちょっと、やり方を間違えてな」
「ごめんなさい……私のせいで……ごめんなさい……」
ヨークの予想より大きく、バニは傷ついているように見えた。
自分が危険な目にあったのは、自分自身の選択の結果だ。
バニが傷つくようなことでは無い。
ヨークはそう思って、バニに声をかけた。
「別におまえのせいじゃないと思うぞ」
「いや。俺たちのせいだ」
ドスが言った。
「…………?」
ドスの断言に対し、ヨークの頭上に疑問符が浮かんだ。
「俺たちのエゴで、おまえを追い詰めた」
「エゴって……。
使えないと思ったやつを置いてくなんて、
普通のことだろ?」
「違うの!」
ヨークの言葉を、バニは大声で否定した。
「私たちは……ヨークが足手まといだから置いて行ったんじゃないの……」
「…………?」
「バジル。話しても良いな?」
ドスがバジルに声をかけた。
「ヨークはもう、俺たちよりも遥かに強い。
これ以上秘密にしても、
自己満足にしかならないだろう」
「……好きにしろ」
「心して聞いてくれ。ヨーク、おまえは……」
「第三種族」
ドスの言葉を遮って、ミツキが口を開いた。
「えっ?」
ヨークが驚きの声を上げた。
「っ……!」
バニが緊張した様子を見せた。
「テメェ……!」
バジルは勢いよく、ソファから立ち上がった。
そして剣を抜き、ミツキに殺意を向けた。
「そう睨まないで下さい。
私はあなた方の敵ではありません」
「いつ知った? ヨークのことを」
返答次第では、今ここでこの女を殺す。
バジルの問いからは、そんな気迫が感じられた。
「最初から」
ミツキはフードを外した。
狼の耳が露になった。
「えっ……?」
バニが驚きを見せた。
ミツキが第三種族だとは予想していなかったのだろう。
ミツキは言葉を続けた。
「それが私のスキルですから」
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