5の3「目標と再会」



「ですが、まだ余裕は有りましたよね?」



「そうだな」



 ヨークは同意した。



 さきほどのスライムは、レベルだけ見れば、遥かに格上だった。



 だが、死闘をこなしたという感覚は無かった。



 処理に近かった。



 もっとレベルを上げていても、楽に戦えたかもしれない。



「レベルは……」



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ヨーク=ブラッドロード



クラス 暗黒騎士 レベル187



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「やば……」



「本日のノルマまで、あと半分ですね」



「ノルマとか有ったのかよ」



「1日に、100は上げたいと思っていました」



「それじゃ、あと2体くらいは狩るか」



「はい」



「しかし……これだけ効率が良いのに、


 前の俺は思いつかなかったんかな」



「思いつかなかったわけでは無いと思いますよ」



「うん?」



「これは私の想像ですけど……。


 ヨークは、強くなりすぎるのが


 嫌だったのではないでしょうか?」



「どういうことだ?」



「あなたの成長速度は、早すぎました。


 魔術師だというのに、


 斬り合いで戦士を圧倒するほどに。


 命懸けの迷宮探索も、


 あなたにとっては散歩でしか無かった。


 あのまま行けば、あなたの隣に立てるものは、


 誰も居なくなってしまう。


 だから暗黒騎士になるという選択肢も、


 選ばなかったのかもしれません。


 聖女の試練で、手枷を嵌められた時……。


 あなたは少し、楽しそうだったらしいですよ」



「聖女?」



 聞き慣れない言葉に、ヨークは疑問符を浮かべた。



「それはまた、今度お話しますね。


 とにかく、あなたは成長が早すぎる自分に、


 孤独を感じていたのだと思います」



「……そういうもんかな」



「ですが今生のあなたは、


 人を突き放し、孤高の存在であらねばなりません。


 そうしなくては、神には届かないのですから」



「……楽しみだったんだけどな。ラビュリントス」



 ヨークは薄く微笑み、視線を下げた。



「申し訳ありません。


 ……ですがきっと、良い出会いも有りますよ」



「そうか。


 そうだな」




 ……。




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ヨーク=ブラッドロード



クラス 暗黒騎士 レベル425



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 あっという間に、ヨークのレベルは400にまで上昇した。



 レベル上げは、このまま順調に行くかと思われた。



 だが……。



「『敵強化』」



 立ち寄った森の中で、ヨークはスキル名を唱えた。



 ヨークの手のひらは、スライムへと向けられていた。



 いつものとおりに、スライムは強化される。



 そのはずだった。



 だが……。



「えっ!?」



 ヨークは驚きの声を上げた。



 眼前のスライムが、粉々に砕け散ったのだった。



 後にはただ、ちっぽけな魔石だけが残されていた。



「ヨーク? これはいったい……」



 予想外の出来事に、ミツキは戸惑いの表情を見せた。



「俺にもわからん……」



「もう1度、試してみてはいかがですか?」



「……ああ。『敵強化』『戦力評価』」



 ヨークの前方には、まだ2体のスライムが残っていた。



 ヨークは再びスキルを発動させた。



 だがやはり、スライムは粉々に砕け散ってしまった。



 残るスライムは1体になった。



「…………? 『敵強化』『戦力評価』」



 ヨークは、前よりもレベルが低くなるように意識して、スライムを強化した。



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レッドスライム レベル340


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 今度はスライムは無事だった。



 レベルもしっかりと強化されていることが、『戦力評価』のスキルでわかった。



「レベルを抑えたらだいじょうぶっぽいか……?」



「『敵強化』には、


 レベル上限が有るということですか?」



「これが俺の限界ってことなのか……?」



「あの、スライム以外の魔獣にも試してみませんか?」



「……分かった」



 ヨークたちは、森の中をうろついた。



 そして、ウサギ型の魔獣を発見した。



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ファングラビット レベル3


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「『敵強化』『戦力評価』」



 鋭い牙を持つ魔獣に向かい、ヨークはスキル名を唱えた。



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ファングラビット レベル637


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「行けた……!」



 レベル上げの道が閉ざされたわけでは無かった。



 その事実が、ヨークに安堵の息を吐かせた。



 そのとき。



 強化された魔獣が、ヨークに飛びかかってきた。



 魔獣の速度は、スライムの比では無かった。



 このままではまずい。



 殺される。



「っ! 『強化解除』!」



 ヨークは慌て、魔獣の強化を解除した。



 元の強さに戻った魔獣は、ミツキに斬り捨てられた。



「だいじょうぶですか?」



「……ああ。


 強化の上限は、魔獣によって違うみたいだな」



「スライムによるレベル上げは、


 ここまでということですね」



「しんどくなるな。


 スライム以外は1対1だと、


 同じくらいのレベルでもキツいんだよな……」



「これからは、1対1ではありませんよ。


 二人でやり遂げましょう」



「そうだな」




 ……。




 二人は王都への旅を続けた。



 これまでとはうって変わり、死闘の旅路になった。



 二人は傷つきながらも、お互い助け合い、腕を磨いていった。



 やがて二人の視界に、巨大な樹木が映った。



 比肩する物の無い、世界一の大樹だ。



 王都の世界樹だった。



「見えたな。世界樹が」



 村を出たことが無かったヨークにとっては、初めて見る立派なランドマークだ。



 ヨークは少しだけ、感慨深そうな様子を見せた。



「大きいですね」



「あの樹の頂上に、神が居るのか?」



「はい。枯れてしまえば良いのに」



「枯葉剤でも撒くか?」



「良いですね。是非やりましょう」



 物騒なことを、楽しそうに言い合いながら、二人は王都へと歩いていった。



 外壁を越え、王都に入った。



 そして串焼きを食べながら、ぶらぶらと街を歩いた。



「うん。それにしてもこの串焼き美味いな」



「まだまだ有りますよ」



 ミツキの手中には紙袋が有った。



 袋の中には、たっぷりの串焼きが詰められていた。



「買いすぎじゃね?」



「ホントに?」



 ミツキはからかうように笑った。




 ……。




 いつの間にか、ヨークは串焼きを、全て食べ終わっていた。



「ほら、完食したでしょう?」



「そうだな。美味かった。ところでおまえ……」



 ヨークはミツキの手を取った。



 そして彼女の指を舐めた。



「ふふふ。何ですか?」



 ミツキは愛おしげに微笑みながら、ヨークに尋ねた。



 ヨークはミツキの手から口をはなした。



「タレがついてた」



「はい。ありがとうございます」



「ヨークにもついてますよ」



 ミツキはヨークの手を取った。



 そして彼の指を舐めた。



「あむ……ぺろ……」



 丹念に、丁寧に。



 ミツキはヨークの指についたタレを、舐め取っていった。



「…………」



 ヨークはきまずそうに顔を横に向けていた。



「ん……んむ……」



「……もう良いだろ?」



「すいません。


 舐めるの、好きです」



「…………。


 ほどほどにな」



「はい。ほどほどにします」



 ミツキは再び、ヨークの指をくわえた。




 ……。




 5分後。



 ミツキはヨークの指から口をはなした。



「これからどうするんだ?」



「まずは、宿を取りましょう」



「あれ宿屋じゃないか?」



 ヨークはそう言って、目についた建物を指差した。



「あれはダメです」



 ミツキは即座に断言した。



「どうして?」



「店主が魔族差別主義者なので、


 ハーフのヨークは、宿泊を拒否されることになります」



「魔族差別? そんなのが有るのか?」



「はい。残念ですが」



「それじゃあどうしたら良いんだよ?」



「良い宿を知っています。お任せ下さい」



 そう言って、ミツキはヨークの前を歩いた。



 ヨークはミツキとはぐれないように、黙って彼女のあとに続いた。




 ……。




 ミツキは、サトーズの宿の扉をくぐった。



「いらっしゃいませ」



 店主のサトーズが、来客を出迎えた。



 ミツキはフードを外し、狼の耳を見せた。



 そしてこう尋ねた。



「二人部屋を、お願い出来ますか?


 冒険者志望で、


 長期で利用させていただきたいのですが」



「承りました。


 前金で5泊分、銀貨5枚をいただきますが、


 よろしいですか?」



「5泊?」



 ヨークが疑問を浮かべた。



「あまり多く払われても、


 途中で宿を替える方もいらっしゃいますからね。


 それに、冒険者を続けられなくなる方も」



「そういうもんか」



「どうぞ。お確かめ下さい」



 ミツキはスキルで財布を出現させ、中から銀貨を取り出した。



 そして、カウンターテーブルの上に置いた。



「はい。確かに。


 こちらの宿帳に、記名をお願いします」



「分かった」



 ヨークとミツキは、宿帳に名前を記した。



「それでは、お部屋にご案内しましょう。


 私は店主のサトーズと申します。


 以後、お見知りおきを」



「ミツキです。主人の名はヨークです」



(主人……。まあ、そういうことになるのか?)



 ヨークは内心でそう考えてから、サトーズに軽く頭を下げた。



「よろしくお願いします」



「はい。よろしくお願いいたします」



 三人は、宿の階段を上った。



 そして、サトーズを先頭にして、2階の部屋に入った。



「こちらの部屋をどうぞ」



「どうも」



「それでは失礼します」



 ヨークとミツキを残し、サトーズは部屋を出ていった。



「さて、ラビュリントスに行くか」



 ヨークが口を開いた。



「その前に、冒険者ギルドに行かなくてはなりません」



「ギルド?」



「はい。迷宮に入るには、


 ギルドで通行証を発行してもらう必要が有るのですよ」



「んじゃ、行くか。場所は分かるか?」



「はい。ですが……」



「…………?」



「冒険者ギルドに、あなたの幼馴染が訪れます。


 そして……放っておくと、


 彼らは殺されてしまいます」



「は……?」



 衝撃の事実を突然に告げられ、ヨークは固まってしまった。



「彼らを救いましょう。ヨーク」




 ……。




 ミツキに促されるまま、ヨークは冒険者ギルドに向かった。



 ギルドの建物の前で、ヨークは立ち止まった。



 そして建物を見上げた。



「ここが冒険者ギルド……」



「緊張してますか?」



「ちょっとな」



「レベル10000の冒険者とかは、居ないんだよな?」



「10000のヤツは、世界樹に居ますからね」



「よし。行くぞ」



「ちょっと待って下さい」



 ミツキはそう言ってから、大げさな呼吸を始めた。



「すぅ~はぁ~」



「おまえも緊張してるのか?」



「戦闘力が上がる、謎の呼吸法です」



「謎かよ」



 正面口の扉を開き、二人はギルド内に移動した。



「失礼しま~す」



 アイサツは大切だ。



 そう思ったヨークは、中の人たちに声をかけた。



 するとテーブルの面々から、ヨークに視線が飛んできた。



「っ……視線めっちゃ来るな」



「だいじょうぶです。ヨークの方が強いですよ」



「そうか? えっと……」



「あちらのカウンターへ行きましょう」



「なるほど。カウンターね? うん……」



 若干挙動不審に、ヨークはカウンターに向かった。



 ヨークはカウンターに居る女性に、声をかけた。



「すいませ~ん」



「はい。ご用件は?」



「迷宮に行きたいんですけど、通行証って貰えますかね?」



「はい。通行証だけでよろしいですか?」



「だけ……というのは?」



「冒険者ギルドに入会いただけると、


 フリーの冒険者には無い、お得なサービスが受けられます。


 今なら年会費、銀貨6枚となっております。


 いかがですか」



「えっと、それじゃあお願いします」



 おのぼりさんのヨークは、なんとなく入会を決めた。



「……二言は有りませんね?」



「はい」



「よっしゃあああああああぁぁぁっ! ノルマ! 達成ッ!」



「ノルマ?」



「気にしない方が良いですよ」



 ミツキがそう言った。



「そっか」



 それから受付の女性は、ウキウキと書類を差し出してきた。



「それではこちらに、御記名をお願いしま~す」



「分かりました」



 少しの手続きを経て、ギルド証が発行された。



「おぉ……!」



 田舎者のヨークにとっては、物珍しいものだ。



 ヨークは嬉しそうに、ギルド証を手に取った。



「ギルド証は、迷宮の通行証も兼ねております。


 入り口でギルド証を提示すれば、


 入場が可能となります」



「ありがと。


 そうだ。ミツキは……」



「私は第三種族なので」



「…………」



 ウキウキとしていたヨークの表情が陰った。



「あなたが気にすることではありませんよ。


 それより、彼らが来ます」



「あぁ……」



 ヨークはギルドの入り口を見た。



 そのとき、入り口の扉が開いた。



 一つのパーティが入ってきた。



 ヨークは立ち止まったまま、四人が近づいてくるのを待った。



「……よう」



 距離が縮まると、ヨークの方から四人に声をかけた。



「ヨーク?」



 バニがヨークの名を口にした。



 次にドスが口を開いた。



「来たか」



 それを見て、キュレーがこう尋ねた。



「ドスくん、知ってたの?」



「いや」



「てめぇ……」



 バジルはヨークを睨みつけた。



「どうしてここに居ンだ?」



「それは……」



 なんと言ったものか。



 ヨークが言葉に悩んでいると、ミツキが口を開いた。



「単刀直入に言いましょう。


 このままだと、あなたがたは死にます」



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