4の45「願いと運命」



「あなたを強く想っていたヨーグラウは、


 死んだあなたの魂を喰らい、


 体内へと取り入れました」



「……はあ」



 ミツキは気のない口調で言った。



 クリーンの言葉に対し、ピンと来ていない様子だった。



「私以外にも、二人ほど居るようなのですが?」



 ミツキはそう言って、ちらりとフルーレとカナタを見た。



 二人とも、ヨークと縁深い人物には見えない。



 場違いのように思えた。



「そいつらはオマケなのです」



「オマケ!?」



 オマケ扱いされ、思わずフルーレが声を上げた。



「…………」



 カナタは黙ってどこか遠くを見ていた。



「オマケは黙っているのです」



 クリーンは辛辣に言った。



「うぅ……」



「それで、私に何をしろと?」



「術を託します」



「術? どのような?」



「運命に、干渉する術です。


 この術は、ほんの僅か、


 過去に影響を及ぼすことが出来ます。


 道具一つ、送り届ける程度。


 本当に僅かな力なのです」



「過去を変える?


 そのようなことが、本当に可能なのですか?」



「条件付きですけどね。


 とにかく、この術を使って、人々を救うのです。


 良いですね?」



「どうして私なのですか?」



「最初はヨーグラウに、


 術を託そうかとも思ったのです。


 ですが彼の魂には、既に複数回、


 術を発動した形跡が有りました。


 ヨーグラウは、世界を救うことに、


 何度も失敗しているということです。


 まったく、役に立たない奴なのです」



 クリーンは、呆れたような顔を見せた。



 ヨークと軽口を叩いているときに、たまに見せる表情だった。



「なので、ヨーグラウの傍らに居たあなたに、


 この術を託すことにしたのです」



「…………。


 どうすれば、人々を救えるのでしょうか?」



「ヨーグラウを救う。


 その事を考えるのです。


 それが結果として、人々の生存にも繋がるはずです。


 たとえそのせいで……


 神を殺めることになったとしても……」



「神を?」



「おそらくは、そうなることでしょう。


 今生のヨーグラウが


 魔族の血を引いている以上は、


 仕方のないことなのです」



「……はぁ。


 神殺しとは、大仰ですね。


 そもそも……アレは本当に、神なのですか?」



「そうですね。


 とは言っても、おまえたち第三種族の神では無いのですが」



「どういうことでしょうか?」



「元々は、この世界の神は、1柱でした。


 ですがある日、他の世界の神々が、


 この世界にやって来たのです」



「どうしてですか?」



「自身の世界を失ったためです」



「世界というのは、失われるものなのですか?」



「そうですね。


 神々の世界は、ダハーカという龍によって、


 滅ぼされてしまいました。


 世界を失った神々は、


 この世界を盗ることに決めました。


 そして結託し、第三種族の神を、


 死に追いやりました。


 その第三種族の神が、ヨーグラウ。


 ヨーク=ブラッドロードの前世なのです」



「他の神は、侵略者だということですか」



「おまえたちから見れば、そうなるのです」



「迷宮の、最下層に居た存在は?」



「アレの名はガイザーク。魔族の神なのです」



「すると、トルソーラというのは……」



「人族の神ですね」



「なるほど……。


 トルソーラは、魔族の根絶を望んでいる様子でしたね。


 つまり、侵略者同士で潰し合っていたということですか」



「そういうことになるのです」



「なんて不毛な……」



「…………」



 何か思うところが有る。



 クリーンはミツキの言葉に対して、そんな反応を見せた。



 だが、具体的に何かを言うことは無く、話を先に進めた。



「さて、話は飲み込めたのですか?」



「それなりには」



「それでは、私から術を受け取り、


 人々のために戦ってくれますね?」



「これって、選択肢は無いやつですかね?」



「おまえはヨーグラウのことを


 愛しているはず。


 世界の破滅は、ヨーグラウの破滅と同義なのです。


 それでも構わないと言うのなら、


 断ってみると良いのです」



「……承りましょう。


 それが御主人様の


 幸福につながるのなら」



「それでは、おまえに術を託すのです」



「どうぞ」



 クリーンは、ミツキに手を伸ばした。



 クリーンの手が、ミツキの心臓の位置に触れた。



「行くのです」



「…………。


 ……くうっ!」



 ミツキは自身の中に、力強い何かが、流れ込んでくるのを感じた。



 その熱さを前に、ミツキは声を抑えられなくなった。



「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 ミツキは叫んだ。



 叫びながら、恐るべき力の奔流に耐えた。



 事が済んだとき、ミツキは思わず膝をついてしまった。



「耐えたようですね」



 クリーンは、淡々とした口調で言った。



「さすがは、ヨーグラウが選んだつがいなのです」



「えっ? 耐えられない可能性も有ったんですか?」



「細かいことは良いのです」



「…………」



「術の譲渡は成ったのです。


 さあ、その術を使い、人の未来を救うのです」



「どうしたら?」



「運命を変えたいと、強く望むのです」



「分かりました」



 ミツキは目を閉じた。



 そして運命を改変するために念じてみた。



「…………?」



 ミツキが念じても、何も起こらなかった。



 ミツキは疑問を感じ、目を開き、クリーンの方を見た。



 するとクリーンはこう答えた。



「……念が弱いのです。


 気持ちが強くなくては、


 運命は変えられないのですよ。


 もっと本気で念じるのです」



「……はい」



 ミツキは再び目を閉じた。



 そして念じたが、特に変化は見られなかった。



「マジメにやっているのですか?」



「申し訳ありません。


 ……私は自分の人生に、


 満足してしまっているのかもしれません。


 御主人様と出会えたことは、


 私にとっては過分でしたから。


 過去を思い返しても、


 温かいものばかりが浮かんでくるのです」



「~っ!」



 今まで激情を見せなかったクリーンが、表情を苛立ちに染めた。



「勝手に満足している場合では


 無いのですよ!?


 このままでは世界は……!」



「そう言われましても……」



「私は……人選を間違えたのですか……!?」



 そのとき……。



 ふよふよと、小さな光が、ミツキに近付いていった。



「あなたは……?」



 ミツキは光に問いかけた。



 光は何も答えなかった。



 ミツキは水をすくうような仕草で、その光に触れた。



「……そうですか。


 あなたは……私と御主人様の……。


 ごめんなさい」



 満ち足りていたはずのミツキの目から、涙がこぼれた。



 悔恨が、強い念を成した。



 暗かったその世界は、真っ白に染まっていった




 ……。




「夢を叶えてこい」



「はい。行って来ます。


 本当に……お世話になりました」



 その日、ハインスという小さな村から、一人の少年が旅立った。



 少年の名は、ヨーク=ブラッドロード。



 運命はまた繰り返す。



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