4の42の1「最下層と巨人」



 そのとき。



 突然にヨークたちの前に、人影が出現した。



「!」



 ヨークは一瞬身構えた。



 だが、すぐに警戒を緩めた。



「あんたは……」



 ヨークは眼前に現れた人物に、見覚えが有った。



 フード付きのローブと仮面、そして手袋。



 ドラゴンと出会った日、ヨークを助けた人物だ。



 突進するドラゴンを停止させ、焼き払った。



 恐るべき力を持った、猛者だった。



「……ヨーグラウ」



 仮面の人物、リーンは呟いた。



「だから、何だよそれ?」



「少年。大賢者様と知り合いなのかい?」



 ニトロがヨークに尋ねた。



(こいつが大賢者?)



「迷宮で会っただけですよ。1回だけ」



「そう」



 次にニトロは、リーンに言葉をかけた。



「……用は済んだのかな?」



「決まってるでしょう? だから来たのよ」



「……決まっていたことだ」



「分かってるわよ。そんなことは。


 もう……どうでも良いわ。


 ……とっとと行きましょう。最期の仕事に」



 リーンは気だるげに言った。



 酷く疲れたような声音だった。



 とてもこれから戦いに行く者のテンションには見えなかった。



「……どうかしたんですか?」



 彼女の異様な様子を見て、ヨークがニトロに尋ねた。



「色々とね。


 けど、今考えるべきは、邪神のことだ。


 ……サッツル」



「はい」



 サッツルはリュックから、首飾りを取り出した。



 そしてそれを、ニトロに手渡した。



 ニトロは首飾りをヨークたちに見せた。



「これがあの門の鍵だ」



 その首飾りは、複雑と言って良いほどに、デザインが凝られていた。



 封印の鍵としては、優美すぎるのではないか。



 ヨークにはそう思えた。



「鍵を台座にはめこむことで、門は開く。


 門の奥には、


 邪悪なるものが待ち構えているだろう。


 皆、心の準備は良いかな?」



 ニトロが仲間たちに意気を問うた。



「…………」



 リーンはひたすらに、やる気なさそうにしていた。



「おう!」



「覚悟は出来ています」



「がんばります」



 リドカイン、サッツル、トトノールの三人は、それぞれに気合を見せた。



 ヨークはミツキを見た。



「ミツキ、行けるか?」



「はい。あなたがそれを望むのであれば」



「それじゃあ行くよ」



 ニトロは門の隣の、台座の前に立った。



 そして台座上部のくぼみに、首飾りをはめた。



 すると門が、ひとりでに動き出した。



 門はヨークたちの側に、大開きになった。



 開け放たれた門の奥には、下りの階段が見えた。



「……少年」



「はい」



「これを」



 ニトロは背中から剣を下ろした。



 そしてヨークへと差し出してきた。



「これは?」



 鞘を眺めながら、ヨークは尋ねた。



「これは特別な魔剣だ。


 この剣はきっと、


 邪悪なるものに効果が有る。


 だから、キミに持っていて欲しい」



「良いんですか? 俺が使って」



「大賢者様を除けば、


 この中ではキミが一番強い。


 適任だよ」



「俺は力だと、ミツキにも勝てないんですけどね」



「それじゃあ、彼女はキミよりも強いのかい?」



「……いえ」



 ミツキよりも、自分の方が強い。



 ヨークはなんとなく、そう確信していた。



 その確信をニトロが共有しているということは、ヨークにとっては意外だった。



「さあ、受け取って」



「……ありがとうございます」



 ヨークは剣を受け取り、抜刀してみた。



 赤く輝く刀身が見えた。



 ニトロの言葉通り、それは魔剣だった。



「是非、使わせてもらいます」



 ヨークは剣を鞘に納めると、それを腰に結びつけた。



「うん。行こうか」



 ニトロが歩き出した。



 一行も後に続いた。



 階段に踏み入れ、くだっていった。



 緊張が有るのか、誰も口を開かなかった。



 無言のまま、皆は階段を降りていった。



 やがて階段は終わりを迎えた。



 階段を降りると、そこには広大な空間が広がっていた。



 円形の広間だった。



 中央には、岩の足場が有った。



 そして、足場を丸く囲むように、周囲を溶岩が流れていた。



 広間の直径は、世界樹の幹にも匹敵した。



 階段の終点は、広間の中央辺りに有った。



 ヨークたちは、広間の中央に立っていた。



「あれが……」



 ヨークが呟いた。



 ヨークの視界が、巨人を捉えていた。



 階段から200メートルほどの距離。



 青肌の巨人が、木製の椅子に腰掛けていた。



 巨人の身長は、18メートルは有る。



 巨人は左手に頬を預け、目を閉じていた。



 その体は、黒い甲冑に包まれていた。



「人……?」



「あんなでけぇ人間が居るかよ」



 リドカインがそう言った。



「眠っているのでしょうか?」



 ミツキが疑問をはなった。



 次にニトロがこう提案した。



「近付いてみよう」



 ヨークたちは、巨人の玉座へと近付いていった。



 そして、巨人の爪先から、30メートルほどの距離になったとき……。



「ひれ伏せ。下郎が」



 巨人が目を開いた。



 巨人の全身から、威圧感が放たれた。



「あうっ……!?」



 トトノールが気圧され、膝をついてしまった。



 他の面々は、心を揺さぶられながらも、なんとか武器を構えた。



 それを見て、巨人がこう言った。



「我の威圧に耐えたか。


 精鋭というわけじゃな。しかし……。


 我の首を、そう簡単に取れると思うな!」



 巨人は右手を、体の横側に伸ばした。



 手のひらの位置に、黒い剣が出現した。



 巨人は剣を握り、構えた。



 そして大上段から振り下ろした。



 剣先から、衝撃波のようなものが発生した。



 それは地面を走り、一行を襲った。



「ぐあっ!?」



 リドカインが、攻撃を受けた。



 宙へと浮かされ、地面を転がっていった。



「っ……! 風癒! 青霧守-セイムス-!」



 トトノールは、慌てて呪文を唱えた。



 リドカインを、治癒の風が包みこんだ。



 さらに一行を、青い霧が包んだ。



 防御用の補助呪文だった。



「あの巨人……人の言葉が通じる……?」



 ミツキが呟いた。



「そんなこと考えてる場合じゃないよ! 来る!」



 ニトロが注意を呼びかけた。



 巨人が再び、剣を振り上げていた。



「…………」



 最後尾に居たリーンが両手を上げた。



 そして巨人へと手のひらを向けた。



「む……!?」



 巨人が唸った



 彼女の剣が鈍っていた。



 さきほどよりもゆっくりと、剣が振り下ろされた。



 衝撃の波が、ミツキへと向かった。



 地響きが起こり、砂埃が巻き起こった。



 ヨークの視界から、ミツキの姿が消えた。



「ミツキ!」



「……だいじょうぶです。問題ありません」



 砂煙が消え、ミツキの姿が現れた。



 少し砂で汚れているが、傷は無い様子だった。



「彼女の援護のおかげでしょうか……」



 ミツキはリーンへと視線を向けた。



「貴様……カナタの仲間だった女か……」



 巨人がリーンを見て、呟くように言った。



 巨人にとっては小声だったが、その声は、大広間によく響いた。



「仲間……?


 あの裏切り者が?


 あいつが聖剣を砕いたから……私は……」



 リーンは片手を巨人に向けたまま、仮面を外した。



 巨人の大きな瞳に、リーンの素顔が映し出された。



「懐かしい顔じゃな」



「……久しぶりね。ガイザーク」



「あの時の小娘が、生きていたとはな」



「気分が悪いの。とっとと死んでちょうだい」



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