4の38「実弾と援護射撃」



 ヨークは不機嫌さを隠さずに、アシュトーを見た。



 勝ち誇ってやがるのか。



 バカにしに来やがったのか。



 そう思ったが、アシュトーの表情は、案外マジメだった。



 ヨークは不機嫌さを少し減じて、アシュトーに声をかけた。



「知ってたのかよ。こうなるってこと」



「当たり前だ。


 聖女の試練の内容は、


 ここ数百年、ほとんど変わってねえ。


 知らねえヤツがマヌケなのさ」



「……そうかよ」



 ヨークたちは、試練の内容を聞かされてはいなかった。



 公平のため、内容を明かすことはできない。



 そういう事なのだろうと思っていた。



 だがそれは、ヨークの思い違いだったらしい。



 アシュトーには、何らかの後ろ盾が有る。



 クリーンは、飛び入り参加の小娘だ。



 その違いが出た。



 そういうことなのだろう。



「ついでに言えば、


 あのレディスってババア。


 50年前の、


 第3の試練の優勝者だ」



「そういうことか」



 レディスは聖女の試練に、恨みを持っているようだった。



 浅からぬ恨みのようだった。



 当時何が起きたのかは、想像に難くない。



「おまえらの勝ち筋は、


 第2の試練にしか無かった」



 アシュトーは、言葉を続けた。



「第2の試練で脱落した候補は、


 最終試練まで辿り着けねえ。


 俺とマーガリートを、


 潰しておくべきだったんだ。


 おまえなら、それが出来たはずだ」



「…………」



 ヨークはやるせない顔で、クリーンを見た。



「悪い。クリーン。


 おまえを勝たせてやれなかった」



「いいえ」



 ヨークを見返したクリーンに、負の感情は無かった。



「私を守ってくれて、


 ありがとうございます」



 彼女にとって、試練の主役は自分自身だ。



 ヨークは守護騎士の役割を、十二分に果たした。



 ならば後は、自分の問題だ。



 試練に敗れたとしても、自分がダメだったという話でしかない。



 ヨークやミツキを恨むなど、ありえない事だった。



「チッ。


 傷の舐め合いなら、勝手にやってろ」



 アシュトーは舌打ちをして、袋を手に、テーブルの方へと歩いた。



 イーバも前に出た。



 そして……。



「私は……」



「俺は……」



 二人は何かを言いかけた。



 イーバの方が、口を開くのが、少しだけ早かった。



「クリーン=ノンシルド候補を支持するわ!」



 イーバは金貨の入った袋を、クリーンのテーブルにのせた。



 そして袋を開け、中の金貨をテーブルに積み上げた。



「……………………。


 は?」



 アシュトーは固まってイーバを見た。



 信じられないモノを見るような目をしていた。



「イーバさま!?」



 トリーシャが驚きの声を上げた。



 アシュトーは、イーバを睨んでこう言った。



「マーガリート……何を考えてやがる?」



「別に……」



 イーバはクリーンの方に振り返り、彼女を指差した。



「借りは返したわ!


 これで貸し借り無しだからね!


 クリーン=ノンシルド!」



「ええと……。


 私、あなたに何か貸していたのですか?」



「えっ?


 …………。


 とにかく、返したから!」



「アッハイ」



「……そうか。


 そうかよ。だが……」



 アシュトーは、自分のテーブルに向かった。



 そして袋を開け、金貨を積み上げた。



 その金貨の量は、イーバが積み上げた金貨の量を、少し上回っていた。



「俺の実弾の方が、


 ちいと多いぜ。マーガリート」



「っ……!」



 イーバの表情が強張った。



 このままでは、イーバの加勢にも関わらず、クリーンは敗北してしまう。



 アシュトーはニヤリと笑った。



 この状況を楽しんでいるかのような笑みだった。



「さあ、どうしてくれるんだ?」



「トリーシャ、追加のお金を!」



 イーバはトリーシャに指図した。



 だが……。



「いけません」



 トリーシャは、イーバに背いてみせた。



 普段、トリーシャはイーバに従順だ。



 このように逆らうのは、珍しいことだった。



「えっ?」



「本日持参したお金は、


 イーバさまを聖女にするために、


 あなたのお父様から預かったもの。


 イーバさまの気まぐれに用いるのであれば、


 これ以上をお出しするわけにはいきません」



 イーバが積み上げたカネは、子供の小遣いでは無い。



 大金だ。



 公爵家の威信のため、絞り出されたカネだ。



 それをクリーンに投資するというのは、イーバのワガママでしかない。



 トリーシャとマギーは、公爵家から、イーバの世話を命じられている。



 イーバの暴走を、許すことはできなかった。



「けど……! このままじゃ……!」



「聖女になる者は、


 それにふさわしい力を、


 身に付けていなければなりません。


 彼女には力が無かった。それだけのことです」



「そんな……」





「あの、良いですか?」





 澄んだ声が聞こえた。



 サレンが手を上げていた。



「何でしょう?」



 サニタがサレンに尋ねた。



「私も……クリーンさんを支持します」



 サレンはそう言って、テーブルの上に、少量の金貨を積み上げた。



 サレンの家は、大神官の家系だ。



 かなりの財力が有る。



 だが、サレン自身は修行中の身だ。



 家の金を動かすことなど、許されてはいなかった。



 自分自身の、神殿騎士としての稼ぎ。



 サレンに使えるお金は、それだけだった。



 サレンはそのうちの一部を、クリーンのために積んだ。



 それを見たアシュトーは、ニヤついてこう言った。



「涙ぐましい友情だな。


 だが、まだ届かねえ」



 彼女の言葉通り。



 アシュトーのテーブルのカネは、まだクリーンの側を上回っていた。



「…………あの」



 ヨークが口を開いた。



「はい」



 ヨークはサニタにこう尋ねた。



「信仰というのは……金貨で無くてはいけませんかね?」



「いえ。信仰の重さを示すものであれば、


 何でも構いませんよ」



「それは例えば、


 お金以外の貴重品でも?」



「ええ」



「そうですか」



「ヨーク?」



 クリーンがヨークの名を読んだ。



 ヨークはクリーンのテーブルへと歩いた。



 そして腰から、魔剣の鞘を取り外した。



「これはメイルブーケの魔剣です。


 しかるべき場所で売れば、


 大金貨1000枚は下らないでしょう。


 これを信仰の証として、


 積み上げても構いませんか?」



「どうぞ」



「それは大事な物ではないのですか!?」



 クリーンが声を荒げて尋ねた。



「別に。ただの貰い物だ。


 どうせ冒険者は止めるつもりだったしな。


 丁度良い」



「けど……」



「良いんだ」



 そのときミツキが口を開いた。



「私に隠れて夜中にコソコソやってた


 魔導抜刀の練習も出来なくなるけど


 良いのですか?」



「えっ。おまえ、気付いて……」



「逆に、気付かれていないと思っていたのですか?」



「……………………。


 武器よさらば」



 ヨークは魔剣を、テーブルに置こうとした。



 そのとき。



 華奢な手が、ヨークの腕を掴んでいた。



「待って」



 ヨークの腕を掴んだのは、ユリリカだった。



「え?」



 どうして彼女が。



 ヨークは意外そうにユリリカを見た。



 ユリリカは、テーブルに金貨を積み上げた。



 ユリリカの家は、それなりに金持ちらしい。



 かなりの分量が有った。



「私、ユリリカ=サザーランドは、


 クリーン=ノンシルド候補を支持します」



「どうして……」



「お姉ちゃんくらいの才能が有れば、


 お金くらいどうにでもなるのよ」



「俺を憎んでたんじゃないのか?」



「そうね。


 白蜘蛛が、いつかあなたを倒すわ。


 だから、勝手に剣を捨てるなんて、


 私が許さないから」



「勝手に決めやがって」



「黒蜘蛛をたおしたアナタに、


 拒否権なんて無いのよ」



「分かったよ」



 ヨークは魔剣を腰に戻した。



 クリーンのテーブルに積まれた金貨は、アシュトーのそれを上回っていた。



「アシュトー」



 ヨークはアシュトーを見た。



「…………」



「どうやら俺たちが優勢だ。どうする?」



「……………………」



 アシュトーは大げさに、両てのひらを天井に向け、首を左右に振った。



「弾切れだ。


 俺の負けだ。メイルブーケ」



(違うんだが)



 次にサニタが口を開いた。



「最終試練を、


 締め切らせていただいてよろしいですか?」



「ああ」



「はい」



「異存ありません」



「はい」



 アシュトー、イーバ、サレン、ユリリカ。



 四人の聖女候補が、神官長に答えた。



 トリーシャとマギーは無言だった。



 彼女たちはイーバの支持者だ。



 イーバの選択であるとしても、彼女の敗北に、うんとは言えなかった。



 だが、異議を唱えることも無かった。



「それでは、四つの試練の結果を、


 総合的に精査した結果……。


 クリーン=ノンシルド候補が、


 次代の聖女に相応しいと判断します」



「あっ……。


 ありがとうございます」



 クリーンは、ぺこりと頭を下げた。



「新聖女には、あさってから、


 聖女交代の儀式を行っていただきます。


 また、新聖女誕生の記念として、


 あしたの晩、パーティを開催する予定です。


 よろしければ、皆さんご出席下さい」



 ……聖女の試練が終わった。



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