4の37「決着と信仰」



「ふふふ。何ですか?


 その反応は。


 恐怖のあまり、


 まともに言葉を発することも


 できませんか?」



 勘違いと共に、レディスは笑った。



 だが実際はヨークには、一片の恐怖も無かった。



 彼は平然とした顔で、クリーンに声をかけた。



「クリーン。範囲は前のままか?」



 対するクリーンも、のんびりとした声で答えた。



「はい。そうですけど」



 二人のやり取りに疑問を抱くことも無く、レディスは号令をはなった。


 

「魔獣よ! 射殺しなさい!」



 広間に居た多くの者が、自身の死を予感した。



 火、氷、雷。



 魔獣たちの遠距離攻撃が、一斉に放たれた。



 へろへろと。



 力ない攻撃は、ヨークたちに届くこと無く地面に落ちた。



「…………へ?」



 レディスのすまし顔が、呆けたマヌケ面に変わった。



 実に優雅さに欠ける。



 そんな彼女に、ヨークが声をかけた。



「おまえ、アホなのか?


 聖女のスキルは、


 魔獣を無力化するんだろうが。


 俺が失格者の救助に行った時に、


 クリーンには、


 聖域の範囲を広げてもらってる。


 魔獣を呼んできたところで、


 役に立つわけが無いんだが……。


 聖女候補のくせに……何やってんだ?」



 そう言うヨークの表情には、戸惑いと呆れが有った。



「っ……そんな……。


 聖杖の力も無しに……


 こんな広範囲の魔獣を、


 無力化出来るはずが……」



「いや。出来てんじゃん」



「あの、あれは倒してしまっても良いのですか?」



 クリーンが、魔獣の群れを指さして言った。



「ああ。任せた」



「任されました!」



 クリーンは、杖を持って前に出た。



 そして魔獣に殴りかかっていった。



 今のクリーンは、自身を『鼓舞』していない。



 腕輪の効果のせいで、レベルは1だ。



 見るからに弱い。



 だが、たいして威力があるわけでも無い一撃で、魔獣が蹴散らされていった。



 それは見る人によっては、奇跡の光景のようにも見えた。



「聖女様……」



 誰かが呟いた。



「あ……ああ……あ…。


 ああああああああああああああぁぁぁっ!」



 こんな光景を、認めることはできない。



 レディスは羽を使い、宙へと飛び上がった。



 彼女の怒気が、クリーンに向けられた。



 そして鋭く尖った爪を、クリーンへと……。



「おいっち……」



「!?」



 大地を蹴った白蜘蛛が、一瞬でレディスに肉薄していた。



 結界さえ無ければ、白蜘蛛の身体能力は、レディスに劣らない。



「にー!」



「へぶっ!?」



 レディスは白蜘蛛の、全力の跳び蹴りを受けた。



 そして壁面まで吹き飛ばされた。



 轟音と共に、壁には大きなクレーターが出来た。



 レディスは壁にめりこんでしまっていた。



 それを見て、ユリリカが口を開いた。



「根に持つタイプなの。ごめんなさい」



「……………………」



 レディスは白目を剥いて、動かなくなった。



 気絶してしまったようだ。



「あ~あ。気品と教養に溢れた姿だこと」



 ヨークが苦笑して言った。



「大神官さんを治療してきますね」



「ああ」



 ミツキはバークスの所へ向かった。



 彼の手は、レディスによってズタズタにされていた。



「風癒」



 ミツキはバークスの手に触れると、回復呪文を唱えた。



 ミツキの力によって、彼の手が癒やされていった。



「ふぅ……」



 クリーンが息を吐いた。



 彼女は魔獣の討伐を終えていた。



 レディスは平静を取り戻した神官たちによって、連行されていった。



「さて……」



 治療が終わると、バークスが口を開いた。



「多少のトラブルは有りましたが、


 聖女の試練を続行させていただきます」



(たくましいな)



 ヨークは内心で苦笑した。



 バークスは言葉を続けた。



「ベイトレッド候補が不正を働いたため、


 サザーランド候補の勝利とします。


 よって、ノンシルド候補とサザーランド候補による


 決勝戦を行わせていただきます。


 両チームの代表者、前へ」



「えっと……」



 決勝は、誰が戦うべきか。



 クリーンはそう思い、ヨークの方を見た。



「オマエだオマエ」



 ヨークがクリーンを見ながら言った。



「白蜘蛛ちゃんと戦わなくて良いのですか?」



「仕方ないだろ」



 ヨークはそう言って、自身の腕輪を見せた。



 腕輪の魔石は全て砕けていた。



 レディスと戦うための代償だった。



「私たちの腕輪は、


 砕いてしまいましたからね」



「いや。俺の腕輪は無事だが。


 砕けたのは魔石であって」



「えいっ」



 ミツキはヨークの腕輪に手を伸ばした。



 そして握り潰してしまった。



 腕輪の破片が、地面へと落ちた。



「私たちの腕輪は、砕けてしまいましたね」



「そうですね」



「それでは、行ってきます」



「おう。行ってらっしゃい」



「がんばって下さい」



 クリーンは広間中央に立った。



 少し遅れてユリリカがやって来た。



 彼女の表情は穏やかだった。



「…………」



 黙って立つユリリカに、クリーンが声をかけた。



「白蜘蛛ちゃんは?」



 クリーンの見立てでは、ユリリカは白蜘蛛より弱い。



 勝ちたいのなら白蜘蛛を出すべきだろう。



 そう思っていた。



 だからユリリカがやって来たことは、クリーンにとって意外だった。



「もう良いの」



 ユリリカは、微笑んで言った。



「お姉ちゃんがヨークを憎めなかった理由、


 少しだけ分かったような気がしたから」



「ええと……?」



「正直に言うとね、


 私、聖女に興味なんて無かったの。


 お姉ちゃんと一緒に、


 研究者の道を行きたかった。


 だけど……最後までがんばるって約束したから。


 ……だから、戦いましょうか」



「分かったのです」



 クリーンは杖を、ユリリカは剣を構えた。



「試合開始」



 大神官が、試合の開始を告げた。



 クリーンとユリリカの試合が始まった。



「がんばれ私」



 クリーンは、自身を『鼓舞』した。



 そして前に出た。



「っ……!」



 その試合は、長くは続かなかった。



 クリーンは、終始ユリリカを圧倒し、試合を終わらせた。



「勝者、クリーン=ノンシルド」



 バークスが、試合の勝者の名を告げた。



 敗者であるユリリカは、地面に倒れ伏していた。



「……完敗ね。私の」



 彼女の表情は爽やかだった。



 クリーンが、トーナメントを制した。



 第3の試練は、ここに終了した。




 ……。




 聖女候補たちはバークスの前に集合した。



「それでは、大神殿に帰還しましょうか」



 ヨークたちは、神官たちの後について、10層を移動した。



 広間から出て、少し直進した所に、左への分岐点が有った。



 そこを曲がった先の部屋に、転移陣が有った。



 一行は転移陣を使い、大神殿に帰還した。



 行きで使ったのとは別の部屋に、ヨークたちは転移した。



 それから一行は部屋を出た。



 バークスの後について、大神殿の広間に移動した。



 そこは一番最初に、ヨークたちが集まった広間だった。



 以前は無かった八つのテーブルが、そこに置かれていた。



(何のテーブルだ……?)



 ヨークが戸惑っていると、神官長のサニタが入室してきた。



 サニタは講演台まで移動すると、口を開いた。



「聖女候補及び、


 守護騎士の皆様。


 第2、および第3の試練、お疲れ様でした。


 それでは……。


 これより、最終試練を始めさせていただきます」



「え……?」



 静まった広間に、ヨークの声が響いた。



「何か?」



「…………。


 第3の試練でクリーンが勝って……


 それで終わりじゃ……無いんですか?」



「第3の試練の順位は、


 聖女選定の参考にさせていただきます。


 選定に関しましては、


 全ての試練の結果を総合し、


 判断させていただくことになります。


 ……他に何か疑問はございますか?」



「いえ……」



 ヨークはミツキを見た。



 フードの下の彼女の顔に、驚いている様子は無かった。



 この展開を、予想していたらしい。



 自分だけか。



 クリーンが聖女になったと思っていたのは、自分だけか。



 ヨークはそう思い、ショックを受けた。



「勝ったと思い込んでしまっていたのです……」



 クリーンは、小声でそう呟いた。



 ヨークとミツキにだけ聞こえる、小さな声音だった。



 ヨークは同士の頭を撫でようとした。



 払いのけられた。



 サニタは話を続けた。



「最終試練では、


 皆様の信仰を、試させていただきます。


 そちらに八つのテーブルを、


 用意させていただきました。


 テーブルにはそれぞれ、


 聖女候補の名札を、


 置かせていただいております。


 そのテーブルの上に、


 皆様の少なからぬ信仰を、


 示していただきたい」



「信仰って?」



 クリーンが疑問符を浮かべた。



「カネですよ」



 ミツキが簡潔に断言した。



「えっ?」



「おほん」



 サニタが咳払いをした。



「信仰は信仰です。


 より深い信仰を示せた者を、


 最終試練の勝者とします。


 それでは、始めて下さい」



「えっ? えっ?」



 戸惑っているのは、ヨークたちだけでは無かったらしい。



 イーバもまた、困惑をオモテに見せていた。



 そんな彼女に、トリーシャが声をかけた。



「だから言ったでしょう。


 だいじょうぶだと。


 敵はブラッドロード商会のみ。


 さあ、これを」



 スキルでも使ったのか。



 いつの間にかトリーシャの手に、大きな袋が抱えられていた。



 その中身は、もはや言うまでも無いだろう。



 トリーシャは、袋をイーバに手渡した。



「だから言っただろ。勝ったと思うなって」



 アシュトーが、ヨークに声をかけた。



 その手中にはやはり、ぎっしりと中身が詰まった袋が有った。



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