4の36「レディスとミツキ」



 レディスは槍の先端を、白蜘蛛の眼前に向けた。



 このまま貫かれるわけにはいかない。



 白蜘蛛は、なんとか立ち上がろうとした。



 だがレディスには、それを待つ義理など無い。



 結界の中で立ったのは見事だ。



 レディスは白蜘蛛のことを、そう評価してはいた。



 だが、結局戦えないのでは、お話にならない。



 罠にはまった哀れな弱者。



 レディスにとっての白蜘蛛は、ただそれだけの存在だった。



 戦えないのなら、始末するだけの話だ。



「さようなら。哀れな守護騎士」



 レディスは白蜘蛛に別れを告げた。



「止めてっ!」



 ユリリカは叫んだ。



 だが、無力な者の叫びなど、なんの役にも立たない。



 レディスの槍が、白蜘蛛に襲いかかろうとしていた。



 そのとき。



 爆音が聞こえた。



「…………?」



 レディスは音の方を見た。



 煙が上がっているのが見えた。



 煙はすぐに晴れ、視界が明瞭になった。



 そこにヨークが立っていた。



「立ち上がった……?」



 ヨークの腕輪の魔石が、全て砕け散っていた。



 石はさらさらと風に溶け、消えていった。



「これで枷は無くなった。


 ……って、カラダ重っ!


 手枷無くても重っ!?」



「ふざけてないで、


 私の腕輪もなんとかして下さい」



 ハイテンションなヨークに対して、ミツキが平坦な声で言った。



「ああ。分かった」



 ミツキの手には、魔弾銃が握られていた。



 ヨークはミツキから銃を受け取った。



 そして銃口をミツキに向け、引き金を3回引いた。



 3発の魔弾が、ミツキに直撃した。



 ミツキの腕輪が、ダメージを肩代わりした。



 その代償として、石は粉々になり、風に吹かれて消えた。



「ふぅ……」



 ミツキは立ち上がった。



 そして金属製の腕輪を、素手で引き千切った。



「えっ? 素手で?」



 ヨークが困惑の声を上げた。



「あの、私は?」



 地べたからクリーンが尋ねた。



「温存だ。休んでろ」



「了解!」



 クリーンは、床に這いつくばったまま、元気良く答えた。



「二人も……。


 ですが!」



 レディスは槍を構え、ヨークに突きかかった。



 その間に、ミツキが割って入った。



 大剣が槍を弾いた。



 ミツキはそこから、さらに追撃を試みた。



 ミツキの剣は、レディスの本体に届いた。



 2度、3度。



 繰り返される有効打に、レディスの腕輪の石が、砕け散っていった。



「…………!」



 三つの魔石が、全て破壊された。



 レディスはミツキから、一旦距離を取った。



「初めてですよ。


 結界の中で、私にダメージを与えた方は」



「オオカミですから」



 そう言ってミツキは、自身のフードをめくった。



 そして自分の耳を見せ、フードを被り直した。



「月狼族というのは、


 膂力に優れた種族なのですか?」



「いえ。まったく」



「…………?


 何の冗談か知りませんが……これでっ!」



 レディスの背から、血の翼が出現した。



 魔性の翼が羽ばたいた。



 レディスの体が宙に舞った。



 彼女は上方から、ミツキに襲いかかった。



「宙を舞う私を、


 捉えきれないでしょう!」



「くっ……!」



 ミツキは大剣で、レディスの槍を弾いた。



 だが、地上戦とは違い、それが有効打につながらない。



 地上に居る相手なら、パワーで体勢を崩せば、それが隙になる。



 だが、宙に浮かぶ相手を崩そうとしても、ふわりと逃げられてしまう。



 そして何事も無かったかのように、別の角度から攻撃をしかけてくる。



 レディスの高い機動力に、ミツキは防戦一方になった。



「ふふっ! それが限界ですか!?」



 反撃できないミツキを見て、レディスが笑った。



 そのとき。



「モフミちゃん! 頑張れっ!」



 クリーンの声援が、ミツキの耳に届いた。



「え……!?」



 漲る感覚に、ミツキは戸惑いの声を上げた。



 次の瞬間、レディスの視界からミツキの姿が消えた。



「えっ……!?」



 レディスが驚きを見せた。



 ミツキは、レディスには不可視の速度で、彼女の後方に回り込んでいた。



「パワーがッ!」



「くうっ!?」



 予期せぬパワーと共に、ミツキはレディスを襲った。



 ミツキの大剣を、レディスはなんとか槍で受けた。



 だが、翼の性能にも、限界が有ったらしい。



 レディスはパワーを殺しきれず、空中で体を回転させた。



 今までの、自由な飛行とは違う。



 押し流されるような飛行だった。



 隙が出来た。



 ミツキはその隙に、容赦無く襲いかかった。



「化け物っ……!」



 レディスは呻いた。



 ミツキの剣が、レディスの右肩から入った。



 そして左腰骨までを、袈裟斬りにした。



「あっ……」



 レディスは両断され、2つになって倒れた。



「……あなたに言われたくはありませんね。


 しかし、この力は……」



 ミツキは自身の左手を見た。



 そして、握って開いてを繰り返した。



 通常ではありえない力が、ミツキの体にみなぎっていた。



「……殺したのか?」



 ヨークがミツキに声をかけた。



「申し訳有りません。


 彼女は強く、


 手加減をすることは出来ませんでした」



「そうか。


 いや、良いよ。


 謝るようなことじゃねえ」



「…………はい」



「……待て」



「ヨーク?」



「結界はまだ消えないのか?」



 広間の床一面で、レディスの魔法陣が、赤い輝きを放っていた。



 術者が死んだのなら、結界も消えるものではないのか。



 そう思ったヨークは、レディスの方を見た。



 そのとき。



 両断されたレディスの体、その上半身が飛び上がった。



 傷口から、血液が撒き散らされた。



 飛び散った血液は、縄のようになり、ミツキに襲いかかった。



「ミツキ!」



「ぐうっ……!」



 突然のことに、ミツキは対処ができなかった。



 ミツキの体が、レディスの血によって縛り上げられた。



「ふふふ……」



 レディスの上半身が、後ろからミツキを抱きしめた。



 地面に落ちていた下半身も、空中に浮かび上がった。



 そして上半身の断面と接触した。



 あっという間に体は繋がり、傷跡すら見えなくなった。



 斬られた衣服も、彼女の血液によって修復された。



「知りませんでしたか?」



 レディスは微笑みながら言った。



「吸血鬼というのは、


 体を裂かれたくらいでは死なないのですよ」



「それは不勉強でした」



「……私も。


 この世界に、


 あなたのような化け物が居るなんて、


 想像していませんでした。


 まさか、陣を完成させた私を、


 独力で打破するだなんて」



「言うほど独力でも、ありませんでしたけどね」



「また、良く分からない冗談ですか?


 もう冗談を言う余裕など、


 無いと思いますけどね」



 レディスの血がぎりぎりと、ミツキを締め付けた。



「う……」



 苦痛を受け、ミツキの顔が上を向いた。



 ミツキのフードが外れ、獣耳と、奴隷の首輪が晒された。



 レディスの白い指が、ミツキの首輪を撫でた。



「皮肉ですね。


 あなたのような優れた方が、


 奴隷だなんて……」



 レディスは、ミツキのローブをはだけさけた。



 そして、下に着ていた着物の、襟に手をかけた。



 ミツキの肩が、露出させられた。



 レディスの鋭い犬歯が、ぎらりと光った。



「名残惜しいですが、


 これでお別れです。


 あなたという怪物の血を啜って、


 私はさらなる高みに上る。


 さようなら。ミツキさん」



「…………」



 レディスの勝利宣言を受けても、ミツキは冷静だった。



「さようなら。レディスさん。


 あなたはご存知ないようですが……。


 ご主人様は、


 私より優れているから、


 ご主人様なのですよ」



「え……?」





「冬北流-フユキタル-」





 ヨークは呪文を唱えた。



 ヨークの足元を中心に、周囲を切り裂くような冷気が広がっていった。



 広間の地面が、一瞬で凍結した。



「な……!?」



 レディスが驚きを見せた。



「すごい……」



 ユリリカが感嘆の声を漏らした。



 そして……。



「はっ!」



 ミツキは自身の体に、いつもの力が戻ってくるのを感じた。



 ミツキの膂力が、血の拘束を粉砕した。



 直後、裏拳での一撃が放たれた。



「あぐっ!」



 ミツキの手の甲が、レディスの顔面を打った。



 レディスは弾かれ、地面に倒れた。



 レディスの口端から、血が流れ落ちた。



「いったい何が……!?」



 凍結した地面からは、魔法陣の力が、完全に失われていた。



 魔法陣の作成には、それなりの下準備を必要とした。



 だからこそ彼女の結界は、試練の参加者を全滅させるだけの力を持つことが出来た。



 その結界が、一瞬で破られた。



 信じられないことだった。



 ヨークが口を開いた。



「おまえは循環する流血の力で、


 魔法陣を創った。


 だから凍らせて、


 血が流れないようにした。それだけだ」



「そんな……簡単に……。


 万全を期した私の計画が……


 たった1度の呪文で……。


 あなたはいったいどれほどの魔力を、


 その血に宿しているというのですか!」



「知るかよ。


 おまえが弱かっただけだろ」



「ッ……! まだです!


 来なさい! 我が眷属!」



「…………?」



 レディスの合図の後、広間の奥の通路から、足音が聞こえてきた。



 一つや二つでは無い。



 群れの足音だった。



 ぞろぞろと、魔獣の群れが入室してきた。



 その数は、500は下らない。



 どれも遠距離攻撃を得意とするものばかりだった。



「魔獣がこんなに……!」



 圧倒的な軍勢を前に、イーバが恐れを見せた。



 レディスは勝ち誇って言った。



「見ましたか?


 吸血鬼の力が有れば、


 魔獣を眷属にすることも可能なのですよ!


 いくらあなたがハイレベルでも、


 この数の魔獣に一斉攻撃されれば、


 手も足も出ないでしょう!」



「……………………。


 うん?」



 ヨークは小首を傾げた。



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