4の35「シデルと白蜘蛛」



 アシュトーを見下ろしたまま、ヨークは言葉を続けた。



「失格者を探すのに、魔力を多く使った。


 せっかく作った氷狼を


 無駄に砕くほど、


 今の俺には余裕が無いんでな。


 何かに使えると思って、


 待機させてもらったわけだ」



「あの魔導器は……俺を油断させるためかよ……」



「どっちでも良かった。


 水牢に引っかかるような馬鹿なら、


 そのまま仕留めさせてもらったさ」



「チッ……。


 男のくせに……


 なさけねぇ悲鳴上げやがって……」



「正面から殴り合ってやりたかったんだがな」



 ヨークは腕輪を見た。



 その魔石には、少しだけヒビが入っていた。



 白蜘蛛との戦いで出来たものだ。



「負けたら終わりだ。そうだろ?」



「ハッ。ちげえねぇ。


 ……けどな。


 これで勝ったと思うなよ」



「また勝負するか?」



「ちげえよ。聖女の試練の話だ」



「ああ。まだ決勝が有るからな」



 神官の一人が、アシュトーに駆け寄ってきた。



 アシュトーは負傷している。



 その治癒が目的のようだった。



「傷、治してもらえよ」



 ヨークはアシュトーに背を向けた。



 そして彼女から離れていった。



「……決勝?


 ちげぇよ」



 アシュトーは、小さく呟いた。



 ヨークの耳には届かなかった。



「勝者、クリーン=ノンシルドチーム!」



 審判のバークスが、ヨークたちの勝利を告げた。



 ヨークは勝ち判定を受けると、ミツキたちの所へ戻った。



「勝ち申した」



「悲鳴を上げて逃げ始めた時は、


 どうなることかと思ったのです」



 クリーンが言った。



 次にミツキが口を開いた。



「私は心配はしていませんでしたけど……。


 本音を言えば、


 ヨークのあんな無様な姿は、


 見たくなかったですね」



「がんばった俺にこの仕打ち、ひどない?」




 ……。




 突発的に始まった2回戦が終わった。



 試合の進行は、本来の流れに戻った。



 後回しにされていたBブロックの試合が始まった。



 第1試合は、ユリリカ対マギー。



 白蜘蛛の圧倒的パワーで、ユリリカチームが勝った。



 第2試合は、トリーシャ対シデル。



 守護騎士を失ったシデルに対し、トリーシャも自力で闘いを挑んだ。



 地味な戦いになったが、接戦の末、シデルが勝利した。



 イーバの取り巻き二人が、1回戦で敗退した。



 イーバ自身、クリーンに敗れ、既に敗退している。



 これでイーバ一行は、全員が敗退することになった。



 本来ならば、次はAブロックの第2試合だ。



 だが、アシュトーの暴走により、その試合は既に終了している。



 よって次は、Bブロックの第2試合となる。



 第2試合は、ブロックの最終試合でもある。



 これに勝った方が、決勝に駒を進めることになる。



 ユリリカは、白蜘蛛を代表に選んだ。



 対して、シデルの守護騎士は、既に脱落している。



 シデル本人が戦うしかなかった。



 試合開始のため、白蜘蛛とシデルが、広間の中央に立った。



「白蜘蛛が上がってくるかな」



 ヨークがミツキに言った。



「……そうでしょうか?」



「どうしたのですか?」



 クリーンがそう尋ねた。



「あのシデルという方、怪我をしています」



 言われてヨークとクリーンは、シデルの方を見た。



 シデルの手から、ポタポタと血が垂れているのが見えた。



「そりゃ、これだけドンパチやってりゃ怪我くらい。


 ……待て。


 怪我……?」



「えっ? 怪我が何か?」



 クリーンが疑問符を浮かべた。



「忘れたのか? 俺たちの腕には……」



 何かがおかしい。


 ヨークたちが、そう気付いたとき……。





「頃合ですか」





 シデルは呟いた。




「血の結界よ」




「えっ!?」



 クリーンが驚きの声を上げた。



 シデルの足元から、赤く光る線が走った。



 線は八方に、部屋の端まで伸びた。



 赤い線によって、部屋全体を囲む魔法陣らしきものが形成された。



 そして赤い魔法陣は、すぐに驚異を発揮した。



「…………!」



 まず、白蜘蛛が倒れた。



「白蜘蛛……!? くぅ……!?」



 次にユリリカが倒れ、広間に居る皆が、バタバタと倒れていった。



 例外は無かった。



 神官や、ヨークたちすらも、体勢を保ってはいられなかった。



「っ……」



「何……が……?」



 ミツキとクリーンがうめき声を上げた。



 ヨークは地に伏しながら、シデルを睨んだ。



 そしてスキル名を唱えた。



「『戦力評価』……!」




______________________________




クラス 暗黒騎士 レベル238



スキル 聖域 レベル5



サブスキル 変化 レベル9



ユニークスキル 吸血鬼



SP 108793



______________________________





(レベル200……!?)



 シデルのレベルは、普段のヨークよりは低い。



 だが、今のヨークから見れば、倍以上のレベルが有った。



 彼女のステータスには、ユニークスキルという項目も有った。



 しかし、ヨークのスキルレベルでは、それを認識することは出来なかった。



「立てませんか。誰一人」



 シデルは周囲を見回し、そして見下した。



 皆が動けなかった。



 シデルに立ち向かってくる者は、一人も居なかった。



「あまりにも脆い」



「なんのつもりですか……!」



 バークスがシデルを非難した。



「こんなことをして、ただで済むと……」



「済みますよ。


 皆様は今日、


 この場でお亡くなりになられるのですから」



「は……?


 何を……言って……」



 突然の死刑宣告に、バークスはあぜんとした。



 シデルはそれを見下ろしたまま、淡々と言葉を続けた。



「金と権力に目が眩んだ神官。


 力も教養も無い、


 出来損ないの聖女候補。


 全て、


 必要が有りません。


 腐敗しきった、


 偽りの聖女の試練を、


 この場で断罪します。


 はしたない言葉を使うのであれば、


 皆殺しにさせていただくということです」



「そんな……。


 どうしてこんなことを……」



「分かりませんか?


 ……これでも?」



 シデルは自身の顔を撫でた。



 すると瞬く間に、彼女の容姿が変貌した。



 バークスの動揺が増した。



 彼女の顔が、バークスにとって、見覚えの有るものだったからだ。



「レディスさん……!?」



「その通り。


 ようやく理解していただけましたか?」



 シデルの顔は、クリーンの教育係だったレディスのものに変化していた。



 ただしその外見年齢は、クリーンが知るレディスとは異なっていた。



「けど……その若さは……?」



 教育係のレディスは、老女だったはずだ。



 今、彼女の肌は、みずみずしくも美しかった。



 若き女の美貌が、そこには有った。



(だいぶ、化粧に気合を入れてきたらしいな)



 ヨークは地面に倒れたまま、ミツキに声をかけた。



「ミツキ、動けるか?」



「多少は。


 戦闘できるほどでは無いですが」



 完全にダウンしたヨークに対し、ミツキの体には、多少の自由が有るようだった。



 ヨークは後衛クラスで、ミツキは前衛クラスだ。



 身体能力の差が、二人の状況に、差異を与えているようだった。



「こっちは指一本動かせねえ」



「人をゴリラみたいに言うの、


 止めてもらえます?」



「言ってねえ。


 ……『収納』スキルは使えるか?」



「……はい」



「よし。


 ……魔弾銃を出せ」




 ……。




 ヨークとミツキのやり取りと平行し、レディスはバークスに語りかけていた。



「50年前……。


 聖女の試練で敗れた私は、


 ヤケになって、迷宮へと潜りました。


 死地を求め、


 ひたすらに深く、深くへ。


 肌を裂かれ、骨を砕かれ、目を潰され。


 望んでいたはずの死を目前にして、


 私は強烈に生を求めました。


 そして、目覚めたのです。


 新たなる力、ユニークスキルに。


 私のスキルは血を操り、


 そして血を奪う技。


 血とは命。


 私のスキルは、


 人から命を奪うものなのですよ」



「若さの理由は分かりました。


 ですが……。


 この蛮行の理由は、


 聖女の試練に敗れたから?


 あなたは逆恨みで、


 ここに居る皆を


 殺そうと言うのですか」



「逆恨み……?」



 レディスはバークスに歩み寄った。



 そして彼の手のひらを踏みつけた。



「ぐ……!」



 手を圧迫される痛みに、バークスは呻いた。



 足に力をこめたまま、レディスは言葉を続けた。



「そうですか。そうですか。逆恨みですか。


 私の守護騎士だったあなたが言うのであれば、


 きっとそうなのでしょうね?」





「死ね」





「ぎゃっ!」



 レディスはバークスの手を踏み潰した。



 皮膚は裂け、骨は砕け、血管は破れた。



 バークスの手から、どくどくと血が流れていった。



「があぁぁ……!」



「ヒッ……!」



 近くで倒れていたユリリカが、短い悲鳴を上げた。



 レディスの視線が、ユリリカへと移った。



 レディスは次に白蜘蛛を見た。



「…………」



 彼女もユリリカと同様に、地面に倒れ伏していた。



「そういえば……あなたがたが、


 私の対戦相手でしたね。


 手始めに、あなたがたから、


 血祭りに上げてさしあげましょう」



 レディスは右手を天井へと向けた。



 彼女の手のひらから、血液が放たれた。



 血液は凝固し、真紅の槍を形成した。



「…………」



 白蜘蛛は動けず、レディスを見上げることしかできなかった。



 槍を持ったレディスが、倒れた白蜘蛛の前に立った。



 次にレディスが何をするのかは、火を見るよりも明らかだった。



「っ……! リミッター解除!」



 ユリリカは、とっさにそう叫んだ。



 すると、白蜘蛛の甲冑の隙間から、赤い光が漏れ出した。



 血よりも鮮やかな赤と共に、白蜘蛛は立ち上がった。



 そして、ユリリカとレディスの間に立った。



「…………」



「ほう……。立ちましたか。


 ……ですが」



 レディスは槍をふるった。



 白蜘蛛は、それを防ぐことが出来なかった。



「白蜘蛛っ!」



 ユリリカが叫んだ。



 槍で殴られた白蜘蛛は、吹き飛ばされ、地面に転がった。



「ここは私の結界の中。


 ただ立てるというだけでは、


 勝負にはなりませんね」



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