4の34「サレンとアシュトー」



「らあああっ!」



 アシュトーは、崩れた体勢から、力任せの2撃目を放った。



 剣の理から外れた、強引な一撃だった。



 サレンは冷静に、アシュトーの攻撃を受け流した。



 アシュトーに、大きな隙が出来た。



 その好機を、サレンは見逃さなかった。



「はあっ!」



 アシュトーの腕を、サレンの剣閃が襲った。



「くっ!?」



 腕に浅い一撃を受け、アシュトーは後退した。



 彼女の腕輪の魔石に、小さくヒビが入った。



「随分と、動きが違うじゃねえか。


 手の内を隠していやがったのか?」



「いえ。あの時は、あれが私の全力でした。


 あなたとのレベル差に圧倒され、


 手も足も出ませんでした。


 だから……。


 少し心身を、鍛えてきたのです」



「試練の最中にレベル上げかよ」



「おかげで今は、


 あなたの剣が良く見えます」



「そうかよ。


 優等生が、


 コツコツとやって来ましたってワケだ。


 ……無駄な努力を」



「無駄な努力ではありません」



「無駄さ。


 努力ってのは、


 最後に勝つから意味が有るんだよ。


 勝てねえ努力には、何の意味もねえ。


 てめぇも同じだ。


 サレン=バウツマー」



「そうですか?


 意外と楽しいですよ。


 地道な努力というのも」



「知るかよ。


 俺はてめえに勝つ。


 ここに居る全員に勝つ。


 行くぜ……。


 『暴化』」



 アシュトーが、スキル名を口にした。



 アシュトーの体から、黒いオーラが立ち上った。



「サブスキル……!」



 聖女候補であるならば、メインのスキルは、当然に『聖域』スキルだ。



 それ以外のスキルは、サブスキルだと考えるのが妥当だ。



 そして、効果を知られていないサブスキルは、切り札になり得る。



 アシュトーはようやく、自身の切り札を見せたのだった。



「レアスキルを隠していたか……」



 ニトロがそう呟いた。



「『護壁』!」



 アシュトーに応じて、サレンもスキル名を口にした。



 サレンの体が、黄金の光に包まれた。



 光は障壁となり、使用者を守る。



 典型的な防御スキルだった。



「ぐるああああああああぁぁぁっ!」



 アシュトーは咆哮と共に、剣を放り投げた。



 自ら武器を手放す、リスキーな戦術だった。



 だがそれゆえに、相手は意表を突かれる。



 予想外の攻撃に、サレンの動きが鈍った。



 サレンの回避は間に合わない。



 大剣がサレンに迫り、光の壁にぶつかった。



 スキルの壁が、一撃で粉砕された。



 壁のおかげで、サレン自身は無傷だった。



 だが衝撃は有った。



 サレンの体勢が、少し崩れていた。



 それは微かな隙だった。



「ぐおおぉっ!」



 その隙を見逃さず、アシュトーが迫っていた。



 彼女の手中には、大剣は無い。



 素手での突進だった。



「っ……!」



 サレンは向かってくるアシュトーを、剣で迎え撃とうとした。



 相手は素手だ。



 多少素早くても、自分が有利だ。



 サレンはそう考えて、長剣をふるった。



 だが、長剣が届く寸前、アシュトーは急激に、自身の軌道を変えた。



 ふっと剣を回避し、サレンの側面に回り込んでいた。



 回避を可能にした要因は、アシュトーの速さだけでは無い。



 サレンの剣に、甘さが有った。



 ニトロであれば、同じ状況であっても、アシュトーを逃すことは無かっただろう。



 剣士としての完成度が、サレンの明暗を決した。



「ぐるああっ!」



「かっ……!?」



 サレンの脇腹に、アシュトーの拳が突き刺さった。



 腰の回転が乗った、重い1撃だった。



 サレンの体は宙に舞い、そして地面に落ちた。



 サレンの腕輪の魔石が、一つ砕けた。



「勝者、アシュトー=ブラッドロード……ッ!?」



 勝敗を告げたバークスの語尾が、動揺で震えた。



 勝負はついた。



 戦いは終わった。



 だというのに、アシュトーが止まらなかったからだ。



 アシュトーは、黒いオーラを撒き散らしたまま、サレンに飛びかかった。



 そして、倒れたサレンにのしかかった。



 馬乗りの形になった。



「ぐるるるるっ……!」



「っ……!?」



 最も動揺したのは、襲いかかられたサレンだった。



 本来であれば、応戦するべき状況だった。



 だが、サレンは動けなかった。



 混乱が、彼女から闘志を奪っていた。



 無防備なサレンに対し、アシュトーは拳を振り下ろした。



「ぐっ……!」



 アシュトーは1発2発と、サレンの顔面に拳を叩き込んだ。



 サレンの腕輪の魔石が、全て砕けた。



 もう身代わりは存在しない。



 これからの攻撃は、サレンが生身で受けることになる。



 それでも変わらずに、アシュトーは拳を落とした。



「ふぐっ……!」



 3発、4発と、攻撃は続いた。



 4発目の打撃が、サレンの鼻を砕いた。



 サレンの鼻腔から、鼻血が吹き出した。



「…………」



 ニトロが剣を抜いた。



 ニトロの腰には、剣が2本有る。



 抜いたのは、普段は使わない方の剣だった。



 そして……。



「水牢」



 ニトロがアシュトーを殺すより前に、ヨークの呪文が完成していた。



 アシュトーの体が、水の球に包まれた。



「が……っ!」



 アシュトーは、すぐに水球から離脱した。



 そしてヨークを睨みつけた。



「そう睨むなよ。


 俺はおまえを助けてやったんだぜ?」



 ヨークはそう言って、サレンの方に視線を移した。



 サレンの体を、ニトロが抱きかかえていた。



 ニトロは顔がぐしゃぐしゃになったサレンを、治癒術で治療していた。



「ぐるるぅっ!」



 水をさされた事を怒っているのか。



 アシュトーは、ヨークに飛びかかった。



「氷壁」



 ヨークはアシュトーとの間に、氷の壁を出現させた。



 アシュトーは壁を殴り、砕いた。



 ヨークは壁が破壊されている間に、アシュトーから距離を取った。



「氷狼5連」



 5体の氷狼が、ヨークの前に出現した。



 ヨークは、そのうちの1頭に飛び乗った。



 狼の上から、ヨークはバークスに声をかけた。



「バークス大神官。


 2回戦を、始めても構いませんかね?


 どうにも、


 向こうはもう


 我慢が出来そうにない」



「仕方ありませんね」



「どうも」



 ヨークはバークスに礼を言うと、アシュトーに視線を戻した。



 そしてこう言った。



「それとさ、おまえ……。


 狂ったフリすんの止めろよ」



「…………」



「おまえが狂戦士なんてガラじゃねえってことは、


 もうバレてんだよ。


 冷徹に、聖女の試練を勝ちに来た。


 そうだろ?


 そんな奴が、


 自分で手綱を握れないスキルなんか、


 使うわけねえ。


 おまえは理性が有って、


 わざとサレンを傷つけた。


 そうだろ?」



「……………………」



 少しの沈黙の後、アシュトーは鼻を鳴らした。



「フン……」



 アシュトーは、獣のようだった表情や仕草を、あっさりと鎮めてみせた。



 アシュトーの体からは、未だに黒いオーラが発生していた。



 スキルは継続中のようだ。



 スキルの発動は、彼女の理性に、影響を及ぼさないようだった。



 ならば、獣のようにふるまったのは、威圧のためか。



 それとも、理性を失ったと見せて、油断させるためか。



 何にせよ、獰猛な彼女のふるまいは、ただの演技だった。



 アシュトーは、投げ捨てた大剣に歩み寄った。



 そして剣を拾い上げ、ヨークに向き直った。



「気に食わなかったのさ。


 負けても次が有るなんて思ってる甘ちゃんに、


 本当の負けってやつを


 教えてやりたかった。


 ……取り返しがつかねえんだよ。


 負けたら」



「そういうことも有るかもな」



 ヨークもこの王都で、多くの敗者を見てきた。



 彼らの敗北の先に、明るい栄光が有るなどとは、とても思えなかった。



 敗れて、終わったのだ。



 彼らは。



 暗いドブの底に沈んだ。



 本当の敗北に、全てを奪われた。



 その先は無い。



 サレンが甘いというのも、事実なのかもしれない。



「けど、おまえは潰すぞ」



「やってみろよ! おらあっ!」



 アシュトーが、駆けた。



 圧倒的な俊敏性で、ヨークの氷狼に迫った。



 鋭い突進から、逃げ切ることは不可能だった。



「くっ……!」



 ヨークは眉をひそめた。



 アシュトーが、大剣を振った。



 ヨークは魔剣を用い、なんとか剣を受け止めた。



 アシュトーのパワーが、ヨークを上回った。



 衝撃を殺しきれず、ヨークの体が宙に舞った。



「悪霧!」



 ヨークは空中で呪文を唱えた。



 アシュトーの周囲に、濃霧が展開された。



「チッ……!」



「どうした? こっちだ!」



 霧の向こうから、アシュトーの耳にヨークの声が届いた。



「誘ってんじゃねえ!」



 アシュトーは、全力で大剣を振った。



 剣圧が、霧を吹き飛ばした。



 霧が晴れ、視界がクリアになった。



 さきほど声がした方角に、巨大な水牢が展開されていた。



 水牢の手前には、遠話箱が置かれていた。



 罠に嵌めるための、誘いだった。



「舐められたもんだぜ。


 同じ手が、


 2回も通用すると思ったのかよ」



 アシュトーは、声とは正反対へと視線を向けた。



 下り階段が有る方角に、ヨークの姿が有った。



「っ……!」



 罠を見破られ、ヨークは狼狽した様子を見せた。



「小細工はこれで終わりか?


 ……なら死ね」



「うわあああああっ!」



 ヨークはなさけない声を上げ、走った。



 階段の方へと逃げていった。



「逃がすかよ!」



 アシュトーはヨークを追った。



 ヨークが階段の入り口に辿り着いたとき、アシュトーは、その背後に迫っていた。



 アシュトーの眼前に、無防備な背中が有った。



 それを仕留めるべく、アシュトーは剣を振り上げた。



 全力で。



「っ……!?」



 その隙を、穿ったモノが有った。



 氷狼の群れだった。



 階段から、何体もの氷狼が、飛び出してきていた。



 最初の数体を、アシュトーはなんとか撃退した。



 だが、20、30、40と、氷狼は数を増した。



「展開が……早……」



 捌ききれなかった狼が、アシュトーに食らいついた。



 脚に、腕に、首筋に。



 あっという間に、腕輪の魔石は砕かれた。



 予備の魔石まで。



 狼の牙が、アシュトーの肌を貫いた。



 乙女の柔肌から、血が流れ出した。



「うあああああああっ!」



 アシュトーは、悲鳴を上げて倒れた。



「展開?


 氷狼は最初から居たんだ。


 階段下にな」



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