4の27「第2の試練とその初動」



「……何でしょう?」



 神官がミツキに尋ねた。



「この腕輪について


 お話をしたいのですが」



「何もおかしくは無いですね」



「え……?」



 その神官、コーゼンは、ミツキの手首を掴んだ。



 そして、腕輪に顔を近付けて言った。



「実に正しく、問題無く動作している。


 他の騎士や神官も、


 そう言うに違いありません」



「…………」



 ミツキは、コーゼンの手を振り払った。



 そしてこう言った。



「良いから、替えの腕輪を用意しなさい」



「予備の腕輪は、


 保管庫に厳重にしまわれています。


 正当な根拠も無しに、


 保管庫を開けることは出来ませんね」



「それで済むと思っているのですか?


 腕輪を調べたら、


 あなたのしたことなど……」



「調べる? 腕輪を?


 この迷宮に、魔導技師など居ませんよ。


 どうやって調べるおつもりですか?」



「戻って調べれば、済むことです」



「もうすぐ試練が始まるというのに?


 大神殿は、


 あなた方1組のために、


 試練を遅らせるつもりなど無い。


 技師を手配している時間など、ありません。


 ゴネて問題を起こせば、


 あなた方は失格となります。


 ……埋め合わせなど、期待しないことです。


 大神殿は、あの赤い肌の女に、


 関心など抱いていないのですから」



 コーゼンは、まったく悪びれた様子を見せなかった。



 あまりにも堂々としている。



 糾弾するミツキの方が、困惑させられるほどだった。



 なんとかして切り崩したい。



 ミツキはそう思い、言葉を継いだ。



「……不正が判明すれば、あなたも裁かれる。


 そうでしょう?」



「構いませんよ。


 上手く言い逃れれば、


 微罪で済むでしょう。


 それに見合うだけの報酬は、


 既に受け取っています。


 どちらにせよ、私の勝ちで、あなた方の負けです」



「…………!」



「さあ、どうします?


 失格と引き換えに、


 私を道連れにでもしてみますか?」



「……………………」



 ミツキは言葉に詰まった。



 ここは神官たちの舞台だ。



 ミツキは部外者だ。



 神官の言葉の真偽を、見極めることすら難しい。



 コーゼンを即座に言いくるめるだけの知識が、彼女には足りていなかった。



「話が無いのであれば、


 これで失礼させていただきますよ。


 ふふっ」



 コーゼンは、嫌味な笑みを浮かべた。



 そしてミツキから離れていった。



 ミツキには、彼を呼び止めることができなかった。



 ミツキはとぼとぼと、ヨークの所へ戻った。



「……………………」



 がっくりした様子のミツキを、ヨークは抱きしめた。



 そして優しい口調で、労りの言葉をかけた。



「お疲れ」



「何も出来ませんでした……」



「罠なんだな? これは」



「はい。ですが……。


 騒ぎ立てるようなら……私たちは失格になると……。


 あの男を追い詰めることが……出来ませんでした……」



「そうか」



「……ニトロさんに相談してみましょうか?」



「それで行けると思うか?」



「……いえ」



 クリーンを候補に選んだのは、ニトロだ。



 それくらい、コーゼンも知っているはずだ。



 その状況で、こうも堂々と仕掛けてきた。



 ニトロが介入してきても、問題は無いと考えているのだろう。



 ミツキには、そのように思われた。



「そうか。


 まあ、これはこれで面白そうだ」



 窮状に追い込まれたにも関わらず、ヨークは落ち込んではいないようだった。



 それどころか、楽しそうですらあった。



「このまま試練を受けるつもりですか?」



「これで勝ち抜いたら、


 汚い罠を考えた連中が、


 ビックリするだろ?


 それに、俺一人だったら、


 これが罠だってことにも気付かなかったしな。


 普通に何事も無かったかのように、


 試練を受けてたと思うぞ」



 それを聞いて、ミツキはくすりと笑った。



「それはお人好しが過ぎますね」



「うるせ」



 そんな二人の近くで、クリーンが動揺した様子を見せていた。



「どどどどうするのです?


 私、レベル1なのですけど?」



「俺とミツキで守るしかねえだろ」



 ヨークはそう言うと、魔剣を抜刀した。



 そして、呪文を唱えた。



「氷狼、2連」



 ヨークの眼前に、2体の狼が出現した。



 ヨークは狼を走り回らせた。



「やっぱ、いつもより動きが鈍いな……」



 ヨークの表情が、少し苦くなった。



 レベルが落ちれば、魔術の力も落ちる。



 氷狼の動きのキレが、いつもより悪くなっていた。



「杖無しと同じくらいか。


 とにかく、こいつで俺とクリーンを守る」



「私は?」



 ミツキがそう尋ねた。



「前衛だろ」



「そうですけど?」



「氷狼」



 ヨークは再び呪文を唱えた。



 3体目の狼が出現した。



 狼は、ミツキの周囲を駆け回った。



「ありがとうございます。がんばります」



「おう」





「おいあの狼、呪文だよな?」



「そりゃそうだろ?」



「なんか生き物っぽく無いか?」



「言われてみれば……っていうか、あれ、魔剣だよな?」



「メイルブーケか。道理で……」





 神殿騎士たちの会話が、ヨークたちの耳に届いた。



(メイルブーケじゃないんだが……)



 ヨークは内心でそう考えた。



 だが、わざわざ訂正するのも面倒で、何も言わなかった。



「皆さん」



 大神官のバークスが、口を開いた。



 その場に居たみんなが、バークスの方へと意識を向けた。



「ただいまをもって、


 第2の試練を開始とさせていただきます。


 それでは、10層でお会いしましょう」



 バークスはそう言うと、広間を出て行った。



 ヨークが口を開いた。



「始まった……みたいだな」



「ヨーク。急ぎましょう」



「ん? ああ」



「早く」



「分かった。クリーンを頼む」



「はい」



 素早く移動するために、ヨークが氷狼に飛び乗った、そのとき……。



「オラアッ!」



 アシュトーが動いた。



「えっ!?」



 突然のことに、アシュトーの近くに居た聖女候補サチホは、対応することができなかった。



 そして。



「きゃあっ!」



 アシュトーの大剣が、サチホの体を吹き飛ばしていた。



 サチホの体が地面に転がった。



 サチホの守護騎士たちが、慌てて彼女に駆け寄った。



「う……」



 倒れたサチホが上体を起こした。



 身につけた腕輪のおかげで、怪我はしていないようだった。



 だが……。



「あっ……」



 サチホが声を漏らした



 ぱりんと。



 サチホの腕輪の魔石が、一つ砕けていた。



 腕輪には、魔石があと二つ有る。



 だがそれらは、身を守るための予備だ。



 一つ石が砕けた時点で、サチホの失格は確定した。



 彼女の試練は、ここで終わりだった。



「これで1組脱落だ」



 アシュトーがにやりと笑った。



「そんな……」



 あっけない幕切れだった。



 サチホはがっくりと肩を落とした。



「次ィ!」



 一人を失格にしても、アシュトーは満足しなかったらしい。



 次の獲物を求め、彼女は動いた。



「っ……!」



 アシュトーは、マギーに襲い掛かろうとした。



 マギーには、戦闘の準備が出来てはいなかった。



 アシュトーの剣が、無防備なマギーに向かった。



 金属同士が、ぶつかり合う音がした。



「…………」



 アシュトーの大剣を、サレンの長剣が受け止めていた。



 サレンはアシュトーを睨みつけた。



 そして叱るように言った。



「何のつもりですか!?」



「ルールを聞いてなかったのかよ?


 第3の試練は、


 無事に10層に辿り着いたパーティだけで行う。


 つまり……


 この場で全員ブチのめしたら、


 俺が聖女ってことだ」



「乱暴な……!」



「俺が乱暴? テメェは軟弱だなァ!」



 アシュトーは剣の標的を、マギーからサレンへと切り替えた。



 アシュトーは、いったんサレンから距離を取り、そして襲いかかった。



 サレンは自身の長剣で、アシュトーの攻撃を防御した。



 だが、アシュトーの剣は重い。



 平均的な聖女候補のパワーを、遥かに超えていた。



 圧倒的なパワーは、小手先の技巧を押し流す。



「っ……!」



 アシュトーの剣戟に、サレンは押されていった。



 反撃を許されず、防御に徹することしか出来なかった。



「助けますか?」



 事態を傍観していたミツキが、ヨークに尋ねた。



「いや」



「見捨てるというのですか?」



 クリーンがそう尋ねた。



 それに対し、ヨークはこう答えた。



「タイマンだろ。あれは。


 完全な実力勝負。


 卑怯なことは、何もしてねえ」



 ヨークは村の悪ガキだ。



 喧嘩という行為自体を、悪だとは思っていない。



 それに水を差す方が、野暮だと考えていた。



「そうですけど……」



 ヨークの言い分を理解しつつも、クリーンはもどかしそうな表情を見せた。



 そうしている間にも、二人の戦いは続いていた。



 そして戦いは、終始アシュトー有利で進んでいた。



 そのような戦いは、あまり長くは続かない。



「くっ……!」



 サレンの体勢が、大きく崩れた。



「貰ったァ!」



 必勝を確信し、アシュトーは縦振りをはなった。



 だが……。



 アシュトーの剣は、第3者によって受け止められていた。



「あァ……?」



「お父様……!」



「悪いけど……。


 可愛いサレンを傷つけさせるわけには、


 いかないんでね」



 割って入ったのは、サレンの父であるニトロだった。



「かわ……!?」



 ニトロの言葉を受けて、サレンの頬が赤く染まった。



「なんだァ? てめェ……」



 必勝の機会を、ふいにされた。



 アシュトーは怒りを隠さず、ニトロを睨みつけた。



 アシュトーの怒気を受けても、ニトロの表情は涼やかだった。



 彼は堂々と、自身の名を告げた。



「ニトロ=バウツマー。


 サレン=バウツマーの守護騎士さ」





「えっ? そうだったの?」



「あの人、なんで居るんだろって思ってたんだよな」



「会場を警備してたんじゃ無かったのかよ」



「親バカすぎへん?」



「親バカニトロ様推せる……」





 まさか大神官が、試練に参加していたとは。



 しかも、娘の守護騎士をしているとは。



 過保護ではないのか。



 予想外の事実に、神殿騎士たちがざわめいた。



「…………」



 さすがに少し、ニトロは居心地悪そうな様子を見せた。



「言われてんぞ」



「……家庭に無関心よりは良くない?」



「知るかよっ!」



 アシュトーは、ニトロに斬りかかった。



 ニトロは巧みな剣技で、アシュトーの剣をさばいてみせた。



 何合か切り結んで、アシュトーは剣を止めた。



 ニトロは神殿騎士団のトップだ。



 その技量は、並の神殿騎士とは比較にならない。



 そんな彼を、この場でしとめるのは、簡単では無い。



 そう考えたようだ。



「チッ……!


 作戦変更だ! 行くぞ!」



 アシュトーは、守護騎士に声をかけ、走りだした。



 守護騎士が二人、アシュトーの後を追った。



 三人の姿が、広間から消えた。



「ふぅ……。


 なんとか引き下がってくれたか」



 ニトロは長剣を、鞘に収めた。



 そしてサレンへと向き直った。



「だいじょうぶかい? サレン」


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