4の28「聖女候補と正体」



「…………」



「サレン?」



 ぼうっとした様子のサレンに、ニトロは再び声をかけた。



「あ……はい……」



 サレンは父の勇姿に見惚れていた。



 だが、ニトロの声に気付くと姿勢を正した。



 そして反省した様子を見せた。



「申し訳ありません……。


 みっともないところを、


 お見せしてしまって……」



 同年代の相手に、一方的に押された。



 サレンはその事を恥じている様子だった。



「うん。


 相手の子は、


 かなり高レベルだったみたいだね。


 だけど、剣は荒削りだった。


 レベルに技量が追いついていなかった。


 無茶なパワーレベリングをしてきた証拠だ。


 冷静に対処できていれば、


 相手のサブスキルを切らせるくらいは出来たはずだ。


 精進しなさい」



「はい……」



「行こうか」



 ニトロはサレンと共に歩きだした。



 もう一人の守護騎士も、それに続いた。



「ニトロさん」



 歩くニトロを、ヨークが呼び止めた。



「うん?」



 ニトロは足を止め、ヨークに顔を向けた。



「黙ってましたね? 守護騎士だって」



「はっはっは」



 ニトロはわざとらしく笑った。



 そしてこう言った。



「聞かれなかったからね」



「…………」



 ヨークは顔をしかめたが、すぐにマジメな顔に戻った。



「手加減はしませんよ」



「うん。少年はそういう子だ」



「それじゃ、お先に」



「うん」



 ヨークたちは、ニトロよりも先に広間から出た。



「私たちも行くよ」



「はい」



 ニトロたちは、ヨークたちから少し遅れて、広間の出口へと向かった。



 広間を出る寸前、ニトロは振り返った。



「お父様?」



「ちょっと急いだ方が良さそうだ」



 ニトロは少し早足になり、広間から消えた。



 それから、様子見をしていたチームも、次々に広間を出て行った。



「残念ですが、大神殿に戻りましょう」



 サチホの守護騎士が、失格になったサチホに声をかけた。



「そう……ですね……」



 沈んだ顔で、サチホが守護騎士に答えた。



「申し訳ありません。


 せっかく……守護騎士になっていただけたのに……」



「いえ。油断してあなたを守りきれなかったのは、


 我々の不手際です。


 こちらこそ、申し訳ないと思っています」



「……行きましょう」



「はい」



 サチホたちは、転移陣の中央へ移動した。



 守護騎士が、陣の魔石に触れた。



 陣が輝き、サチホたちは転移された。



 そのとき広間には、2組の候補が残されていた。



「あの……」



 残った聖女候補の片割れ、地味な容姿の少女が、もう1人の聖女候補に声をかけた。



 話しかけられた方の聖女候補は、仮面をつけていた。



 おかげでその顔は見えなかった。



「何かしら?」



 仮面の聖女候補は、もう片方の聖女候補に向き直った。



 そして、落ち着いた声音でそう尋ねた。



 すると地味な容姿の聖女候補がこう言った。



「その、驚きましたね」



「何が?」



「えっと、いきなり聖女候補同士で、


 戦いが始まるなんて」



「そう? 予想は出来たと思うけど」



「そうなんですか? 私はとてもびっくりしちゃいました」






「まさか、同じ考えの人が居たなんて」






 そのとき、地味な少女の後ろに控えていた騎士が倒れた。



 二人とも。



 倒れた騎士の背中に、短剣が突き刺さっているのが見えた。



「っ……!?」



 仮面の下から、動揺の声が漏れた。



「邪魔だったので、


 排除させていただきました。


 腕輪が身代わりになると言っても、


 上手く連撃を叩き込めば、たやすいものですね」



 地味な少女が排除したと言っているのは、彼女自身の守護騎士だ。



 居なくなれば、戦力を減ずるだけだ。



 仮面の聖女候補には、相手が何を言っているのか、理解出来なかった。



「邪魔って……あなたはいったい……!?」



「別に……ただの聖女候補ですよ」



「迷宮の殺人鬼、


 吸血ジャックとも呼ばれていますがね」



 地味な少女、吸血ジャックは、自身の顔に触れた。



 すると彼女の顔が、まったく別の容姿へと変貌した。



 平凡だった容姿が、絶世の美貌へと。



(どこかで見たような……?)



 仮面の聖女候補は、眼前の女の美貌に、既視感を抱いた。



 だが、いったいどこで見たというのだろうか。



 答えにたどり着くことは出来なかった。



「これが私の能力です」



 吸血ジャックは、自身の頬を撫でた。



 すると彼女は、元の地味な顔に戻った。



「こうして、誰にでもなりすませるわけです。


 そういうわけでして、


 この迷宮は、今から私の庭です。


 さあ……あなたの血をいただきましょう!」



 吸血ジャックは、仮面の聖女候補のパーティに襲いかかった。



「ヒイイイイイイイイイイッ!?」



 仮面の聖女候補の悲鳴が、広間に響き渡った。




 ……。




「ほっ!」



 炎鼠と呼ばれる魔獣に対し、ヨークは魔剣で斬りかかった。



「ギッ!?」



 魔剣は1撃で、魔獣を二つに裂いた。



 魔獣は絶命し、消滅した。



「楽だな」



 戦闘を終えたヨークの表情には、はっきりとした余裕が有った。



「そうですね」



 ミツキがヨークに同意した。



 次にヨークがこう言った。



「『聖域』スキルが有れば、


 高レベルの魔獣も、赤狼と大差ない」



 ヨークとミツキは、クリーンと距離を取らずに戦っていた。



 クリーンの『聖域』は、最小でも半径30メートルを超える。



 ヨークたちと戦う魔獣は、すべて弱体化された。



 スキルで弱った魔獣を倒すのは、実に簡単だった。



「思ったより、大したこと無いのですね。聖女の試練って」



 クリーンがそう言った。



「これからだろ。


 他の候補と出くわしてからが本番だ。


 おまえ、今レベル1だって分かってんのか?」



「分かってるのです。


 いざとなったら、


 あなたを盾にするから


 だいじょうぶなのですよ」



「じゃあ俺は、おまえを剣にしてやるよ」



「何するつもりなのです!?」



 次にミツキが口を開いた。



「……なるべく戦いを避けられたら良いのですが」



「そうだな……。


 木鼠、100連」



 ヨークは呪文を唱えた。



 ヨークの足元に、小さな木の鼠が、大量に出現した。



「あらかわいい」



 クリーンが感想を漏らした。



「こいつで正解の道を、探らせよう」



 ヨークが念じると、木鼠たちは、あちこちへと散っていった。



「最短で行けば、


 他の候補と戦うリスクを


 減らせるはずだ」




 ……。




 一方。



「じゅーっ!」



 サレンたちは、ハリネズミの魔獣と対峙していた。



「サレン。『聖域』を広げるんだ。


 最低でも、半径5メートルまで」



 サレンにニトロの指示が飛んだ。



「はい……!」



 サレンは意識して、自身の『聖域』を広げた。



 その半径は、およそ6メートルほど。



「くっ……」



 サレンを苦痛が襲った。



 『聖域』を広げるという行為には、大きな負担が伴う。



 だが、魔獣に勝利するためには、必要なことだった。



「つらくても、


 半径5メートル以上を維持出来ないと、


 集団戦闘の役には立たない。


 サッツルも、


 サレンから5メートルの距離を意識して戦うように」



「はい!」



 もう一人の守護騎士が、元気よくニトロに答えた。



 彼の名前はサッツル。



 薄紫の髪を持ち、目の細い男だ。



 神殿騎士らしく、銀の鎧を身につけている。



 彼は剣を構えたまま、魔獣の出方を待った。



 少しずつ、お互いの距離が縮まっていった。



 そして……。



「はあっ!」



 十分に『聖域』に誘い込んで、サッツルがしかけた。



 この迷宮の魔獣は、ラビュリントスよりも屈強だ。



 だが、『聖域』スキルのおかげで、魔獣の強さは、並にまで落ち込んでいた。



 並とは言っても、神殿騎士の基準での並だ。



 平均的な冒険者の基準で見れば、強敵には変わりは無い。



 だがサッツルは、鍛えられた神殿騎士だ。



 その戦闘力は、平均的な冒険者を、遥かに凌駕する。



 サッツルの鋭い斬撃が、魔獣を裂いた。



「じゅっ!?」



 魔獣は深手を負った。



 だが、致命傷では無かった。



 魔獣は後ろに跳び、サッツルから距離を取った。



「サレン」



「……はい!」



 ニトロの言葉を受け、サレンは追撃をしかけた。



 サレンの剣が、魔獣に致命傷を負わせた。



 魔獣は絶命し、魔石が落ちた。



「はぁ……はぁ……」



 1度剣を振っただけだが、サレンは疲労していた。



 『聖域』を拡張した影響だった。



「格上の魔獣を、


 見事に『聖域』で抑え込んだ。


 よくやったね」



「はいっ!」



 サレンは疲労を忘れ、ニコニコと笑った。



 そのとき……。



「何か来ます!」



 サッツルが剣を構え、進行方向を見た。



 何か小さいものが、駆け寄ってくるのが見えた。



「……!?」



 サレンは体を緊張させた。



「だいじょうぶ。無害だよ。あれは」



 ニトロにそう言われ、サッツルとサレンは警戒を解いた。



 鼠たちが、三人の足元を走り去っていった。



「鼠……?」



 サッツルが疑問符を浮かべた。



 それに対し、ニトロがこう言った。



「木鼠。


 魔術師の初歩的な呪文だよ。


 きちんと勉強しておきなさい」



「すいません……」



「斥候でしょうか?」



 サレンがそう推測した。



「だろうね。


 とは言っても、普通の木鼠には、


 遠くの情報を伝える力は無いと思うけど」



「どういうことですか?」



 サッツルが尋ねた。



「これを放ったのは、


 相当高レベルの術師ということさ」



「あのメイルブーケの少年でしょうか? 魔族の」



「ハーフだよ。魔族じゃない」



「そうなのですか?」



「耳を見れば、誰でも分かる。


 きちんと周囲を観察しなさい」



「……はい」



「それに、彼はメイルブーケじゃない」



「そうなのですか?」



「ブラッドロードと聞きました」



 サレンが口を挟んだ。



 次にサッツルがこう言った。



「……ブラッドロードが2組?


 本気で聖女の地位を狙ってきている。


 そういうことでしょうか?」



「そうでも無いと思うけどね。


 少年に関しては」



「…………?」



 ニトロの言葉に、サッツルは困惑した様子を見せた。



「少年は甘い。


 善良な田舎の子供だ。


 少年が本気になれば、


 もっとえげつないことも出来ると思うんだけどね。


 まったく……。


 実に純朴だよ。彼は」



 ニトロはそう言うと、苦笑いを浮かべた。



 だが、すぐに笑みを引っ込め、後ろに視線をやった。



「……む」



「お父様?」



「追いつかれたか」



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