4の26「身代わりの腕輪と違和感」




 その空間は、ラビュリントスの1層から10層に、よく似ていた。



 でこぼことした木々が、壁や天井を形作っていた。



 この空間とラビュリントスで、いったい何が違うのか。



 少なくともヨークには、まるで区別はつかなかった。



 大神殿とつながる転移陣だけが、ラビュリントスには無いものだった。



 大神官のバークスが、最初に転移陣から出た。



 部下の神官や神殿騎士も、それに続いた。



 バークスは、聖女候補たちに向き直り、口を開いた。



「ここは、皆様が知るラビュリントスとは、別の被造物です」



「つまり、どこなのかしら? ここは」



 イーバが尋ねた。



「神による試しの場。


 試練の迷宮です。


 皆様には、この迷宮の第10層を


 目指していただくことになります」



(……つまり、ラビュリントスの攻略と同じか?)



 自分たちが、いつもやっていることだ。



 有利な課題かもしれない。



 ヨークは内心で、そう考えた。



 とはいえ実際は、神殿騎士たちも、よく迷宮に潜っている。



 鍛錬のためだ。



 下手な冒険者よりも、神殿騎士たちは、迷宮のことを熟知している。



 冒険者だからといって、神殿騎士より有利だとは言えない。



 玉石混交な冒険者に比べ、神殿騎士は、鍛え抜かれたエリートだ。



 平均的な冒険者と、平均的な神殿騎士では、神殿騎士の方が遥かに強い。



 もっともヨークは、平均的な冒険者などでは無いのだが。



「合格となるのは、


 先に目的地に辿り着いた


 8組までとします」



 バークスは説明を続けた。



「忠告しておきますが、


 この迷宮の魔獣は、


 ラビュリントスのものよりも


 遥かに強い。


 たかが10層と甘くみていては、


 命を落とすことになるでしょう。


 聖女に足る実力の無い方は、


 ここで棄権することをおすすめします。


 ……さて、腕輪を出して下さい」



 バークスは、近くに立つ神官に命じた。



「はい」



(腕輪?)



 神官は、何も無いところから、テーブルを取り出した。



 さらにその上に、木箱を出現させた。



 ミツキの『収納』スキルと同じだ。



 ヨークには、そのように見えた。



 神官は、木箱に手を伸ばした。



 木箱は底面が1平方メートル以上。



 高さは60センチ以上有った。



 その上部は、箱と同じ素材の蓋で塞がれていた。



 神官の手が、木箱の蓋に触れた。



 蓋が持ち上げられ、木箱が開かれた。



 その中には、金属製の腕輪が見えた。



 腕輪には、赤い石がはめられていた。



 魔石だ。



 その腕輪は、魔導器のようだった。



 バークスは、腕輪の一つを手に取った。



 そして、それを候補者に見せながら、口を開いた。

 


「参加者のかたがた全員に、


 この腕輪を装備していただきます。


 この腕輪には、


 装着者が受ける『ダメージ』を、


 『肩代わり』する効果が有ります。


 ダメージを受けると、


 魔石が消耗し、


 最終的には砕けてしまう仕組みです。


 一つの腕輪に、同様の魔石が、


 三つはめられています。


 そのうちの一つでも砕ければ、


 その方は失格ということになります。


 残り二つの石は、


 参加者の生存率を


 上げるためのものと考えて下さい。


 聖女候補の石が砕けた場合、


 そのチームは即座に失格。


 一方、


 守護騎士の石が砕けた場合、


 第2の試練の続行は


 可能です。


 ですが、失格になった守護騎士は、


 第3の試練には、


 参加不可となります。


 ……さて、何か質問は?」



 バークスが、参加者たちに問いかけた。



 するとアシュトーが口を開いた。



「先着した8組が合格。そう言ったよな?」



「はい」



「もし8組辿り着けなかったら、


 その時はどうなるんだ?」



「その時は、辿り着けた候補だけで、


 第3の試練を行うことになります」



「そうか」



「他には?」



「あの……」



 聖女候補の一人、ビヨールが、おずおずと挙手した。



「はい。何でしょう?」



「危険な魔獣が居るとのことですが……。


 もし危なくなったら……


 神殿の方が助けてくださるんでしょうか……?」



「いいえ」



 バークスは断言した。



「広い迷宮に、


 監視の目を行き渡らせるのは、


 不可能です。


 また、試練の迷宮の魔獣は、


 神殿騎士でも、1対1では倒せないほどに強い。


 申し訳有りませんが、


 皆様の安全を保証することは


 できません」



 試練に失敗した者は、死ぬ。



 バークスの言葉は、それと同義だった。



「そう……ですか……」



 ビヨールは俯いた。



「良いですか?」



 次に、サチホという聖女候補が手を上げた。



「どうぞ」



「聖女の適性を計るのに、


 このような危険な試練が


 必要なのでしょうか?


 もっと安全に、聖女を選別する方法は、


 無いのでしょうか?」



「その通りですね」



「…………?」



「誰が1番つよい力を持っているのか。


 ただそれを測るのであれば、


 命まで賭ける必要は、ありません」



「つまり?」



「これは選別ではなく、


 文字通りの試練だということです。


 神はこの試練を通じ、


 あなた方が更なる飛躍を遂げることを、


 望んでおられます」



(飛躍って……迷宮でレベルを上げろってことか?)



 バークスの答えを聞いて、ヨークの中では疑問が増えた。



 試練と言われても、何のための試練なのか。



 飛躍とは、具体的に何を指すのか。



 何のための飛躍なのか。



 良くわからない。



 だがヨークは、あえて黙っていた。



 ヨークは聖女というモノに対し、しょせんは部外者だ。



 答えを聞く必要も、無いと思っていた。



 他の聖女候補たちも、バークスの答えに対し、質問を重ねることは無かった。



 聖女候補なら、分かることなのかもしれない。



 ヨークはそう考えた。



「他には?」



 もう質問は無いのかと、バークスは問いかけた。



「…………」



 サチホは沈黙した。



 他の聖女候補たちも、口を開かなかった。



 それを見て、バークスがこう言った。



「それでは、質問を締め切らせていただきます。


 ……腕輪の配布に移ります。


 テーブルの前に、並んでお待ち下さい」



 聖女候補と守護騎士は、テーブルの前に並んだ。



 テーブルの前に、長い1つの列が出来た。



 神官が、参加者の手首に、腕輪を装着していった。



 やがてヨークたちの出番が来た。



「…………」



 神官が、ヨークの手首に、腕輪を装着した。



「う……?」



 ヨークは軽く呻いた。



「ヨーク?」



 疑問に感じたミツキが、ヨークに声をかけた。



「いや……。なんか、妙な感じが……」



「あの、次の方」



 ヨークの言葉は、神官に遮られた。



「はい」



 ヨークは列からずれて、ミツキに順番を譲った。



 神官は、ミツキとクリーンにも腕輪をはめた。



 腕輪をもらったヨークたちは、列から離れた。



「……ククッ」



 ヨークたちに腕輪をはめた神官が、にやりと笑った。



「…………」



 ミツキは腕輪をじっと見た。



 次にクリーンが口を開いた。



「確かに……なんだか変な感じがしますね?」



「手枷……」



「えっ?」



 ミツキの呟きを聞いて、ヨークが疑問符を発した。



 ミツキは言葉を続けた。



「クラスの力を封じる手枷に、感覚が似ています」



「……ちょっと待て」



 ヨークは目を閉じた。



 そして、自身のクラスレベルを確認した。




______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル93



______________________________





 ヨークのレベルは明らかに、普段より低くなっていた。



「今、レベル93だ。お前たちは?」



「…………」



 ミツキも目を閉じ、レベルを確認した。



「似たようなものですね」



 次にクリーンがこう言った。



「えっ? 私はレベル1なのですけど?」



「どういうことだ?」



「私たちは、クリーンさんより高レベルですから。


 手枷で抑えられる限界を、


 超えてしまったのかもしれません」



 手枷は魔導器だ。



 魔石という動力に、依存した機械だ。



 そのエネルギーには限界が有る。



 どんなレベルでも、無条件に抑えられるというわけでは、無いのかもしれなかった。



「えっ。ずるいのです」



「まさか、レベルを抑えたまま戦う試練だとはな」



「まさかまさか」



「えっ?」



「レベルが激減しているのなら、


 もっと他の候補者たちが、


 焦っていなくてはおかしい。


 ……平然としすぎています」



「レベルが下がってるのは、


 私たちだけということですか?」



「ん……。


 ちょっと行ってきますね」



 そう言って、ミツキはサレンの方へ向かった。



 そして、サレンに声をかけた。



「サレンさん」



「モフミさん」



「はい。モフミです。


 ……一つ、頼みたいことが有るのですが」



「何でしょう?」



「クラスレベルに異常が無いか、


 確認してもらえますか?」



「クラスレベル?」



「はい」



「私の……ですか?」



「はい。どうかお願いします」



「…………」



 サレンは目を閉じた。



 そして言われた通り、クラスのレベルを確認した。



「べつに、いつも通りですけど」



「ありがとうございます」



「はい……?」



 ミツキは頭を下げ、サレンから離れていった。



 サレンはミツキを見送った。



 サレンの頭上からは、疑問符が消えなかった。



 ミツキは神官の方へと向かった。



 ミツキたちに、腕輪を渡した神官の所へ。



 テーブルの前の長い列は、無くなっていた。



 腕輪は配り終わったらしい。



「話が有ります」



 ミツキは神官に話しかけた。





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