4の25「まったりとまっさーじ」


 入室してきた候補の中には、クリーンの姿も有った。



 クリーンは室内を、キョロキョロと見回した。



 ヨークたちを探しているようだ。



 ヨークはそれに気付いていたが、あえて呼ぶこともせず、のんびりと見守った。



「あっ」



 クリーンは、すぐにヨークたちに気付いたらしい。



 聖女教育で仕込まれた、おしとやかな歩き方で近付いてきた。



「ヨーク。モフミちゃん」



「お疲れ様です」



 すぐそばまで来たクリーンに、ミツキが答えた。



「ふぃ~~~~~~~~」



 ヨークはミツキに肩を揉まれ、最高にくつろいでいた。



 至福の時だった。



「ちょっと! 人ががんばってる間に何してるのですか!?」



 だらけきったヨークを見て、クリーンは憤慨した。



 大切な試練の時に、何をやっているのかコイツは。



「スペシャルマッサージだが、何か?」



「スペシャル?」



「うむ」



「ずるいのです! 私も!」



「ムリダナ」



「どうしてですか?」



「券を持たぬ者には……」



 ヨークがクリーンに、券マウントを取ろうとしたそのとき……。



「構いませんよ」



 ミツキがそう言った。



「えっ?」



 スペシャルマッサージは、選ばれし者だけの特権ではなかったのか。



 そう思い、ヨークは間の抜けた声を出した。



「相手が女性の方なら、浮気にもならないと思いますし」



「券のプレミア感が減ったんだが?」



「がんばったんですから、労ってあげましょうよ」



「ふむ。


 ……俺が労ってやろうか?」



 ヨークはそう言って、両手をわきわきと動かした。



「えっ嫌です」



「恐れるな」



「べつに、怖がっては無いですけど」



「よろしい。そこに座りなさい」



「えっ? 確定なのです?」



「うむ」



「ちゃんとスペシャルなのでしょうね?」



「任せよ。そして受け入れよ」



「……はぁ」



 クリーンは椅子に座った。



 ヨークは椅子から立ち、クリーンの背後に立った。



 そして、クリーンの肩を揉みはじめた。



「んんっ……」



 クリーンは声を漏らした。



「どうだ?」



「温かい……」



「テクニック関係ねーな」



 そのときミツキが口を開いた。



「筆記試験の方は、いかがでしたか?」



「いちおう解答欄は、ぜんぶ埋めましたけど……」



「答えられないような、難しい問題は無かったのですね」



「そうですね。


 レディスさんに


 教わったことばかりだったのです」



「結果はいつ出るんだ?」



 ヨークが尋ねた。



「採点には、1時間くらいかかるみたいです」



「……じれったいな」



「あなたが受けたわけではないのに」



「このまま何もせず帰ったら、アホみたいじゃん?」



 ヨークたちは、守護騎士としてここに居る。



 聖女候補を守るため、戦うのが仕事だ。



 一応これまでに、レベリングの手伝いなどはした。



 だが、守護騎士の見せ場といえば、聖女の試練のはずだ。



 その舞台に上がる前に、退場したくは無い。



 ヨークはそう考えていた。



「ふふっ。ねえ、ヨーク」



 クリーンが、心地よさそうに微笑んだ。



「ん?」



「マッサージ、ヘタなのですね」



「えっ」




 ……。




 1時間ほどが経過した。



 控え室に、神官が入ってきた。



 そしてこう言った。



「第1の試練の結果が出ました。


 みなさん、広間に集合して下さい」



 候補たちと守護騎士みんなで、広間に移動した。



 移動が終わって少しすると、神官長サニタが入室してきた。



 サニタは講演台のところに立った。



 そして口を開いた。



「聖女候補の皆さん、


 第1の試練、お疲れ様でした。


 それでは今から、


 試練の合否を


 発表させていただきます」



 神官の一人が、サニタに歩み寄った。



 そして、サニタに紙を手渡した。



 サニタは、顔より少し低い位置まで、その紙を持ち上げた。



「私に名前を読み上げられた方が、


 第1の試練通過ということになります。


 名前を読み上げられなかった方は、


 残念ながら、不合格となります。


 それでは、読み上げさせていただきます。


 ……イーバ=マーガリートさん」



 サニタは最初に、イーバの名前を読み上げた。



(名前の読み上げ順にも、


 序列のようなものが有るのでしょうかね)



 ミツキは内心で、そう考えた。



 イーバは公爵令嬢だ。



 候補たちの中で、いちばん格が高いと言える。



 彼女が最初に呼ばれたのが、偶然だとは思えなかった。



「ふふっ。当然ね」



 イーバは、自信に満ちた笑みを浮かべた。



(あいつ、残ったのか……。


 まあ、次の試練でぶっ倒すだけだ)



 ヨークはミツキのようには考えず、ただ闘志をみなぎらせていた。



(……次も筆記じゃ無けりゃだが)



 サニタは名前の読み上げを続けた。



「アシュトー=ブラッドロードさん」



「ブラッドロード?」



 ヨークはミツキに疑問を投げた。



「王都だと良くある名字みたいですよ」



「そうなのか」



 それからも合格者の名前が、順々に読み上げられていった。



 自分の名を聞いた者たちは、緊張を緩め、安堵や喜びの表情を浮かべた。



 守護騎士の中には、聖女候補を褒め称える者も居た。



「サレン=バウツマーさん」



 サレンの名前も読み上げられた。



 クリーンの名は、まだ読み上げられてはいない。



(まだか……? クリーンの名前は……。


 まさか……こんな所で……?)



 失格になってしまうのだろうか。



 嫌な予感に、ヨークはぎゅっと拳を握りしめた。






「…………。


 クリーン=ノンシルドさん」





「……ふぅ」



 ヨークは、深く息を吐いた。



「やったのです!」



 クリーンの声が広間に響いた。



 今まで、皆が無言だったわけではない。



 小声で話す者たちは居た。



 だが、それらと比べても、クリーンの声は大きかった。



「ごほん」



 サニタが咳払いをした。



 一拍遅れて、クリーンは自身の失策に気付いた。



「あっ……」



 彼女は調子が悪そうに俯いた。



「はしゃぐなよ。通過点だろ?」



 ヨークはクリーンの頭を、ぽんぽんと叩いた、



 クリーンは、ヨークの手を払いのけた。



「分かってるのです」



 合計で、16人の聖女候補の名前が、読み上げられた。



「以上16名が、第1の試練の通過者となります」



「えっ」



 誰かが呻いた。



「そんな……」



「うぅ……」



 膝をつく者や、すすり泣きを始める者も居た。



 それだけ聖女の試練に賭けていたのだろう。



(大変だな……)



 他人事ながら、ヨークは彼女たちに同情した。



「お待ちください!」



 聖女候補の1人、チコという少女が、講演台に駆け寄った。



「何か?」



 サニタがチコに尋ねた。



「私が落ちたなどと、何かの間違いです!


 どうかもう1度、厳正な審判を!」



「あなたは……。


 神に仕える大神殿が、過ちを犯したと。


 そう……言いたいわけですか?」



 サニタはチコを睨みつけた。



「……っ」



「あなた、お名前は?」



「ヒィッ!」



 サニタは大神殿の最高責任者だ。



 そこいらの神官とは、格が違う。



 並の聖女候補が、逆らえる相手では無かった。



 チコは恐れおののき、床に這いつくばった。



「私が間違っておりました……!


 どうか……どうかお許しを……!」



「分かっていただけたようで、なによりです。


 ですが、少々お疲れのご様子。


 彼女を運んでさしあげなさい」



 チコの守護をしていた神殿騎士が、彼女の腕を掴んだ。



「っ……! どうか御慈悲を……!」



「怖がることはありません。


 少し医務室で休んだ方が良い。


 ……そう言っているだけです」



「お許しを……!


 お許しをおおおおぉぉぉっ!」



 チコは神殿騎士に連れられて、広間から退出していった。



「テンション高いな……」



 ヨークは小声でミツキに話しかけた。



「…………そうですね」



 騒ぎが静まると、サニタは聖女候補たちを見回した。



「さて、他に裁定に異議が有る方は、いらっしゃいますか?」



 異議を唱える者は、皆無だった。



 広間には、沈黙だけが有った。



「よろしい」



 サニタは満足げに頷いた。



「それでは、バークス大神官」



 広間の一角に控えていた神官が、講演台に向かった。



 サニタは講演台から離れ、広間から退室していった。



 大神官のバークスが、講演台に立ち、口を開いた。



「多忙な神官長に代わり、


 第2の試練を取り仕切らせていただく、


 バークスです。


 以後、お見知りおきを。


 それでは、試練を受けられる方は、


 私の後についてきて下さい」



 バークスは広間を出た。



 聖女候補たちも、その後に続いた。



 廊下を歩き、別の部屋に入った。



 そこは、さきほどの広間にも劣らぬ、広々とした大部屋だった。



 部屋の中央には、大きな魔法陣が見えた。



 陣の中心には台座が有り、その上部には、魔石が埋め込まれていた。



「これは……?」



 クリーンが、疑問の声を発した。



 それにバークスが答えた。



「これは、転移陣というものです。


 人や物を遠くに運ぶための、


 大型魔導器ですね。


 今からこの陣を使って、


 試験会場に移動していただきます。


 それでは皆さん、陣の上に移動して下さい」



 大勢が脱落しても、まだ参加者の数は多い。



 聖女候補1人に対し、2人の守護騎士がついている。



 16人の候補に、31人の守護騎士。



 それに加え、神官たちの姿も有る。



 50人以上が、陣の上に移動した。



 バークスは、皆が移動したのを確認すると、陣の中央の魔石に触れた。



「行きます。その場から動かないように」



 バークスは、魔石に魔力を流し込んだ。



 陣が輝いた。



 そう思った次の瞬間、ヨークたちの視界が一変していた。



「ここは……」



 ヨークたちは、木壁に囲まれた空間に移動していた。



 ヨークはその空間を見て、既視感を抱いた。



「ラビュリントス……?」


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