4の23の2「横穴と大部屋」



 迷宮下層に有る、滝の地層。



 ベテランの上級冒険者、キュリアスが、川底に光る物を見つけた。



「今、何か光らなかったか?」



 キュリアスは、相方のネコモに声をかけた。



「何かって?」



 ネコモがキュリアスに尋ね返した。



 するとキュリアスは、川の方を指さした。



「あそこだ。川底。何かが有る」



 ネコモは指さされた方を見た。



 するとたしかに、光る何かが見えるようだった。



「んー。そうだな。何か有るが……。


 ほっとかねえか?」



「……気になる」



 キュリアスはそう言うと、身にまとっていた装備を、外し始めた。



「潜る気かよ……」



「ああ」



「魔獣に襲われたらどうすんだよ?」



「そん時は頼む」



「死んでも知らねえからな」



 普通の人間は、水中で戦えるようには出来ていない。



 一方で、川の中には、水棲の魔獣が住んでいる。



 水中で戦闘になれば、明らかに人間が不利だ。



 キュリアスは、そのリスクを無視し、川に飛び込んだ。



 そして、川底を目指して泳いだ。



 川の深さは、5メートルほどだった。



 ハイレベルの冒険者は、泳ぎも上手い。



 難なく川底にたどり着いた。



(これは……!)



 キュリアスの視界が、あるモノをとらえた。



 キュリアスは、川底に落ちていた物を拾い上げた。



 そして水面に顔を出した。



「どうだった?」



 川から上がったキュリアスに、ネコモが声をかけた。



「別に」



 キュリアスは、手に持った物を、ネコモに見せた。



「杖だった。物は悪く無さそうだが……」



 キュリアスが見せたのは、魔術の杖だった。



 ケーンに襲われたとき、クリーンが落としたものだ。



 重さで水没し、放置されていた。



 安物では無いが、キュリアスたちにとっては、お宝というほどでも無い。



 ネコモは杖に対し、特に興味も持たなかった。



 彼は魔術師では無いし、その気になれば、もっと良い杖を買うことも出来る。



「ふーん? とっとと行くぞ」



「待て」



 立ち去ろうとするネコモを、キュリアスは呼び止めた。



「何だよ?」



「川底に、横穴が見えた。


 向こう側、壁の有る方だ」



「それが?」



「奥までは見えなかったが、


 結構な深さに見えた。


 ひょっとすると、未発見エリアかもしれない」



「マジか?」



 迷宮の下層までは、探索しつくされた。



 深層を除けば、迷宮に存在する物は、全てが既知だ。



 王都に居る人々は、そのように認識していた。



 もし未知のエリアが有るなら、大発見だと言えるだろう。



「ちょっと行ってみないか?」



「嫌だよ。


 なんで迷宮で、わざわざ装備外して、


 無防備にならなきゃいけないんだよ」



 危険な迷宮で、装備を外すなどありえない。



 ネコモはそう考えていた。



 気が乗らないのは、ただ危険だからというだけでは無い。



 きっと実入りは無いだろう。



 ネコモには、そう思えてならなかった。



 この世界の迷宮は、ただ魔獣が湧くだけの所だ。



 勝手に宝箱が出現するような場所では無い。



 隠し部屋が有るからと言って、金銀財宝が有ったりはしない。



 面白いことにはならないだろう。



 そんなネコモの気持ちを、キュリアスは察した。



「……一人で行くよ」



 キュリアスはそう言って、川の方を向いた。



「行くのは確定なんな。


 ……ま、気をつけろよ」



「ああ。行ってくる」



 キュリアスは、再び川に飛び込んだ。



 そして川底まで潜り、見つけた横穴に入っていった。



(やっぱり……。


 ただの穴じゃない。


 明確な通路……。いや、水路だ)



 キュリアスは、横穴を泳いでいった。



 しばらく泳ぐと、上方に出口が見えた。



(良かった。一息つける)



 キュリアスは、水面に出た。



 彼は水から顔を出し、周囲を見回した。



 そこは、閉ざされた大部屋のようだった。



 室内には、ただ岩が転がってる。



 そのように見えた。



 大したものは見つからなかった。



 地味で、特徴の無い部屋だった。



 いま彼が居る池が、1番の特徴と言えるほどに。



(何も無しか……?)



 キュリアスは池を出て、地上へと上がった。



(別にお宝を期待してたわけじゃ無いが、殺風景だな……)



 広さだけは、それなりに有った。



 彼はうろうろと、室内を歩き回った。



 だがやはり、何も見つからなかった。



「はぁ。こんなもんか」



 キュリアスは落胆し、脱力した。



 彼の手が、大岩の上に乗せられた。



 その時……。



「グルル……」



 吠え声のようなものが聞こえた。



(魔獣? どこだ……?)



 キュリアスは、大部屋を見回した。



 だがどこにも、魔獣らしき姿は見当たらなかった。



「…………?」



 そのとき……。



 キュリアスが手を置いていた大岩が、動いた。



「…………!」



 キュリアスは全速で、大岩から離れた。



 大岩と思われていたモノが、ぶるぶると体を震わせた。



 すると、その体にかかっていた土や埃が、ふるい落とされていった。



 土が除かれたことで、それは真の姿を現した。



「ドラゴン!?」



 それは、緑色の鱗を持った幻獣だった。



 その額からは、白い角が生えていた。



 英雄譚の中にのみ存在するはずの、伝説の存在。



 最強のモンスター。



 ドラゴンが、キュリアスの眼前に立った。



「岩じゃなかったのかよ!?」



 ドラゴンの視線が、キュリアスに向けられた。



 その眼差しは、とても友好的なものだとは思えなかった。



 このままでは、まずい。



「うおおおおおおおおおぉぉっ!」



 キュリアスは、ドラゴンに背を向けた。



 そして全速力で池へと駆けた。



 水中へと飛び込み、水路を突き進んだ。




 ……。




(何やってるんだ……?)



 迷宮深層からの帰り道。



 滝の地層で、ヨークは氷狼から下りた。



 冒険者らしき男が、川を覗き込んでいるのが見えたからだ。



 男の傍には、服や武器防具などが、散乱していた。



「あの杖……」



 クリーンが呟いた。



 それを聞いて、ヨークが尋ねた。



「どうした?」



「あの杖は、私が落とした杖だと思うのです」



 クリーンはそう言って、地面に落ちている杖を指差した。



「話つけてくるか?」



「別に良いのです。


 神殿から、新しい杖を貰いましたから」



「じゃ、行くか」



 ヨークたちは、ネコモを無視し、通り過ぎようとした。



 ネコモの方は、ヨークたちに気付いてはいた。



 だが、警戒の意識を向けるだけで、ヨークと話そうとはしなかった。



 三人が、ネコモの背後を通り過ぎようとした、そのとき……。



「ぷはっ……!」



 水面から、男の姿が現れた。



「……………?」



 迷宮の下層は、水泳を楽しむような場所では無い。



 異様な光景に、ヨークの足が止まった。



 キュリアスは、水面から陸へと上がった。



「……そいつらは?」



 キュリアスがネコモにそう尋ねた。



 それを聞いて、ヨークが口を開いた。



「別に、通りすがっただけだ。


 そっちこそ、迷宮でスイミングか?」



「それは……」



 そのとき、ずんと迷宮が揺れた。



「何だ……!?」



 ネコモは、キュリアスが見たものを知らない。



 疑問と驚きの声を上げた。



「ドラゴンだ!」



 キュリアスが叫ぶように言った。



 それに対し、ネコモも叫ぶように疑問符を飛ばした。



「はぁ!?」



「水路の先、ドラゴンが居た! 緑の!」



「マジで言ってんのかよ?」



「嘘ついてどうすんだよ!?」



「そりゃ……」



「まあ、閉じ込められてたから、


 だいじょうぶだとは思うが……」



 そのとき。



 川向こうの壁が、赤色に染まった。



 そして……。



「うおおっ!?」



 壁を貫く熱線が、ネコモの隣をかすめた。



 頑丈なはずの迷宮の壁に、大穴が開いた。



 穴の向こうから、緑の巨体が姿を現した。



 そのドラゴンの体高は、5メートルを超えていた。



「本物……!?」



 ヨークが目を見開いた。



「くそっ! 逃げるぞ!」



 キュリアスは、装備を抱え上げ、走り出した。



「おまえらもとっとと逃げろよ!」



 ネコモもキュリアスの後ろについて、走った。



 二人の姿が見えなくなった。



 ミツキはヨークを見た。



 逃げるべきか、戦うべきか。



 その判断を、ヨークに委ねていた。



 ヨークはその場に留まった。



 ドラゴンは対岸から跳躍し、ヨークたちの居る通路までたどり着いた。



「どうするのです……!?」



 クリーンの疑問を受けて、ヨークはこう言った。



「あのさ……。


 あいつと戦っちゃダメか?」



「ご随意に」



 ミツキがそう言った。



 それを見たクリーンが驚きを見せた。



「本気なのですか!?」



「ごめん」



 ヨークは謝罪した。



 危険だということは、分かっていた。



 だが、放置して良い相手だとも思えなかった。



 こいつを放置すれば、大勢の人が死ぬかもしれない。



 そんな考えも有った。



 ……それは、ただの言い訳だったのかもしれない。



 神話の怪物と、戦える。



 それは男子にとって、大きなロマンだと言えた。



 ヨークはドラゴンに、魅入られたのかもしれなかった。



「ヤバいと思ったら逃げてくれ」



「そうさせていただきます」



 ヨークは魔剣を抜刀した。



(ドラゴンのレベルは……?)



「『戦力評価』!」



 相手は神話の生き物だ。



 ただの魔獣では無い。



 ヨークは気合をこめて、スキル名を叫んだ。



______________________________




サンゾウ=フウマ



クラス なし レベル0



スキル なし レベル0



ユニークスキル 忍法



SP 203042


______________________________





「…………!


 こいつは……!?」



「どうしたのですか?」



 ミツキがヨークに尋ねた。



「魔獣じゃない……?


 こいつにはレベルが無い……!」



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