4の23の3「緑竜と突進」




(レベル0。黒蜘蛛さんと同じですか)



 ヨークの言葉を受けて、ミツキはそう考えた。



 そしてこう言った。



「逆に強そうですね」



 ミツキはスキルを用い、大剣を取り出した。



 彼女は剣を構えると、ヨークの前に出た。



「ドラゴンだからな」



 ヨークがそう言うと、次にクリーンが口を開いた。



「……なかなか攻撃して来ないですね?」



 ドラゴンの視界は、既に三人をとらえていた。



 だが未だに、攻撃をしかけてはこなかった。



「知性が有るのでしょうか?」



 ミツキが言った。



「んー……。


 おい。俺の言葉が分かるか?」



 ヨークはドラゴンに話しかけた。



「…………」



 緑竜は、何も答えなかった。


 じっとヨークたちを見つめていた。



「言葉は話せないか……?」



「…………」



 緑竜は、先頭に居るミツキに対し、ゆっくりと顔を近づけてきた。



 そしてすんすんと、匂いを嗅ぐような仕草をした。



「…………?」



 ミツキはそれを、じっと見守った。



 敵対行動には見えなかったからだ。



 匂いを嗅ぎ終わると、竜はミツキから顔を遠ざけた。



 そして次に、クリーンに鼻先を近づけた。



「…………」



 クリーンはミツキと同様に、ドラゴンの行動を見守った。



 ……何の因果か。



 平穏には終わらなかった。



「…………!」



「え……?」



「危ない!」



 突然だった。 



 緑竜は、ぶんと首を振った。



 敵意の有る、明確な攻撃だった。



 クリーンが狙われていた。



 ミツキはクリーンを突き飛ばした。



 クリーンの代わりに、ミツキが攻撃を受けた。



 頭部による打撃を受け、ミツキの体が宙を舞った。



 痛烈な1撃は、勢いよくミツキの体を弾いた。



「がふっ……!」



 ミツキの体が、壁に叩きつけられた。



「ミツキ!」



 ヨークが彼女の名を叫んだ。



 ミツキが叩きつけられたのは、川が有る方角とは、逆側の壁だった。



 壁に衝突したミツキは、弾かれて地面に落下した。



「風癒」



 倒れたミツキは、即座に呪文を唱えた。



 自分自身に治癒術を使うと、素早く起き上がった。



「平気です。ヨーク」



 そう言って、ミツキは剣を構えた。



「グルルルルルルッ!」



 緑竜が、喉を鳴らした。



 その敵意は、ミツキに向けられた様子だった。



「何が気に障ったのでしょうか……」



 クリーンが、困り顔でそう言った。



 次にヨークがこう言った。



「臭かったのか?」



「本気で殴るのですよ」



「悪い。おまえは良い匂いだよ」



「本気で殴るのですよ」



「理不尽じゃん?」



「冗談を言っている余裕は有りませんよ」



 ミツキが口を挟んだ。



「強敵です。恐らくはあの黒蜘蛛よりも」



「そうかもな」



「ぐるううっ!」



 緑竜は口を開き、ミツキに首を伸ばした。



 緑竜の牙が、ミツキへと向かった。



「っ!」



 ミツキはなんとか飛び退いて、攻撃を回避した。



 緑竜の頭部が、迷宮の壁を叩いた。



 地響きが起きた。



 岩壁が弾け飛び、凹みが出来た。



 さきほどの攻撃よりも、遥かに威力が高い。



 さらに、連続で攻撃が来た。



 ミツキはギリギリで、緑竜の攻撃を回避していった。



 その攻撃の圧に、ミツキは反撃が出来なかった。



 回避を繰り返すと、緑竜との距離が離れた。



 ミツキは、なんとか体勢を立て直し、緑竜に向かって構えた。



(ミツキが苦戦を……。


 精一杯軽く見積もっても、


 レベル400ってところか……。


 迷宮の魔獣は、レベル100程度のモノしか発見されてない。


 最低でも、その四倍以上。


 次元が違う、神話の生き物ってワケだ。


 魔術師の俺が喰らったら、即死かもしれねーな)



「とっ」



 ヨークは氷狼に飛び乗った。



(頼んだぞ。ワンコ)



 ヨークの意思に沿って、氷狼が走り出した。



(接近戦は危険だ。まずは……)



「氷槍!」



 ヨークは様子見で呪文を放った。



 とはいえ、できる限りの魔力はこめている。



 通常の魔獣であれば、1撃で絶命する代物だった。



 鋭い氷の槍が、緑竜へと飛んだ。



 それを見ても、緑竜は動かなかった。



 緑竜は動じずに、氷槍の着弾を待った。



 氷の槍が、竜の鱗にぶつかった。



 氷槍は、竜に傷一つつけられず、粉々に砕け散った。



(無傷かよ……!)



「風刃! 炎矢! 雷玉!」



 ヨークは、三属性の呪文を、立て続けに放った。



 だが、その全てが、緑竜には手傷を与えられなかった。



(マジか……)



 ヨークが手加減無しで敵を攻撃したのは、久しぶりだった。



 ヨークは強くなりすぎていた。



 だから、半分以下の力しか籠めなくても、魔獣を倒すのはたやすかった。



 だが、今回は違う。



 全力の呪文を命中させたというのに、まったく手応えが得られなかった。



 黒蜘蛛のように、特殊な魔導器を持っているようにも見えない。



 実力で、ヨークは負けていた。



(属性とかじゃない。


 純粋に、


 魔術の威力が足りてないってことかよ)



「はあっ!」



 ヨークの攻撃で、意識が逸れた。



 そう見込んだミツキは、緑竜に斬りかかった。



 だが、緑竜は簡単に斬撃を回避し、前足でミツキへ反撃を放った。



「ぐっ!」



 それは巨体には似合わない、機敏な一撃だった。



 回避しきれず、ミツキは体を打たれた。



 彼女は激痛と共に、地面を転がった。



「風癒……!」



 ミツキは急ぎ、治癒呪文を唱えた。



「グオォォォッ!」



 ミツキ目がけて、追撃の前足が伸びた。



「くうっ!」



 ミツキは転がって、追撃を回避した。



 そして瞬時に立ち、体勢を立て直した。



「炎獄柱!」



 ヨークは攻撃を、火力重視の呪文に切り替えた。



 これでさきほどよりは、威力の有る攻撃が出来たはずだった。



 巨大な炎の柱が、ドラゴンを包み込んだ。



 だが、炎が消えた後には、相変わらずの、無傷の緑竜が残った。



 ヨークの呪文は、通用していない。



 それを見ても、ヨークは諦めなかった。



「呪壊!」



 ヨークは続けて、闇の呪文を放った。



 敵を殺すためだけの、殺傷能力に優れた呪文だ。



 だが、それも緑竜には通用しなかった。



(なんなんだよコイツは……)



 緑竜の涼しげな視線が、ヨークに向かった。



 見下ろされている。



 ヨークはそう感じた。



(蟻でも見てる気分か?)



 全力の呪文が、切り札にならない。



 ヨークには、眼前のドラゴンを倒すだけの手札が無かった。



 一つを除いて。



(魔導抜刀を……いや。


 未完成だ)



 ヨークは、自らの魔導抜刀を思い出した。



 醜い一閃。



 自己流の、自己満足。



 デレーナの足元にも及ばない、出来損ない。



 黒蜘蛛の胴を、断った技だ。



 一瞬脳裏に浮かんだその技を、ヨークは手札から放り投げた。



「…………」



 ヨークは決断した。



「逃げ……」



 ヨークが撤退を告げようとした、そのとき。



「ヨーク、本気でやるのです!」



 クリーンが怒鳴り、ヨークを睨んだ。



(本気なんだが……)



 傷一つ負わせられない無様な様子を、手を抜いていると見られたのか。



 とんだ過大評価をしてくれたものだと、ヨークは内心で呆れた。



 そんなヨークの気持ちなど知らずに、クリーンは言葉を続けた。



「モフミちゃんもがんばってるのです!


 あなたもがんばるのです!」



(いや……)



 自分にはもう、ドラゴンに勝つための手段など無いのだ。



 ヨークはクリーンに、そう言いたくなった。



 だが……。



「っ!?」



 ヨークの感覚に、違和感が生じた。



 なぜか唐突に、体の奥底から、力が湧いてくるのを感じた。



 違和感の正体を探るため、ヨークはまぶたを下ろした。




______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル342+684



______________________________




(は……?)



 ヨークは自身のレベルが、1000を超えていることに気付いた。



 その表記は、いつもとは異なっていた。



 本来のレベルの隣に、謎の+の表示が有った。



(何だこりゃ……? いや……。


 細かいことは後回しだ)



 このパワーが有れば、ドラゴンに勝てるのではないか。



 ヨークはそう考え、剣先を緑竜へと向けた。



「ミツキ! 川に飛び込め!」



「ッ!? はい!」



 一瞬の躊躇の後、ミツキは飛んだ。



 ミツキの体が、水中に没した。



 そして。



 ヨークは呪文を唱えた。



「嵐紅-ラング-!」



 膨大な熱量を持った炎の渦が、緑竜へと向かった。



「グガアアアアアアアァァァッ!」



 緑竜が、悲鳴を上げた。



 その表情から、涼やかさが消えた。



 ヨークの攻撃に、痛がっている様子だった。



(効いた……!)



 ヨークは内心で喜んだ。



 だが……。



「あ……?」



 油断。



 いつの間にか、緑色の巨体が、ヨークに迫っていた。



 敵に有効打を与えた。



 そのことが、ヨークの気を緩ませた。



 緑竜は、炎に苦しみながら、ヨークに突進していた。



 前衛クラスのミツキですら苦しめる、緑竜の圧倒的パワー。



 その突進を、魔術師のヨークは、避けきることが出来なかった。



「が…………ッ!」



 巨岩のような塊が、ヨークの体を打った。



 ヨークの体が舞った。



 ヨークが乗っていた氷狼が、粉々に粉砕された。



 全身の骨が、砕けた。



 それを感じながら、ヨークは地面へと墜落した。





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