4の20「『聖域』スキルとレベリング」



「……そうなのか?」



「そうなのです」



 ヨークの問いに対し、クリーンは断言で返した。



 そしてこう続けた。



「『聖域』スキルで


 迷宮の魔獣を鎮めるのが、


 聖女のお役目なのですから」



「……はぁ。そういうことか」



 ヨークはため息をついた。



 安堵が半分。



 常識を知らない自分への呆れが、もう半分だった。



(焦った……)



「しかし、どうするかな」



「どうしたのですか?」



「レベルってのは、


 自分より強い魔獣を倒さないと、


 なかなか上がらないんだよ。


 そういうワケだから、


 スキルを使うのは止めてもらって良いか?」



「えっ? 無理なのですよ?」



「はぁ?」



「『聖域』は、


 私の周囲を


 自動的に守るスキルなのです。


 意識して範囲を広げることは出来ても、


 縮めることは出来ないのです」



「『聖域』の範囲は?」



「最小で、半径30メートルくらいですね」



「ちなみに、最大だと?」



「さあ? 測ったことが無いのです。


 半径1キロくらいまで広げたら、


 村を守るには十分だったので」



「マジか?」



「どうして嘘つく必要が有るのですか?」



「趣味で」



「嫌な趣味なのですね」



「…………」



「……あの、『聖域』スキルが有ると、


 レベル上げが出来ないのでしょうか?」



「いや、それは無い」



 ヨークは自信を持ってそう言った。



「本当に?」



「考えてみろ。


 聖女候補っていうのは、


 全員が『聖域』スキルを持ってるんだろ?


 けど、他の聖女候補はちゃんと


 パワーレベリングが出来ている。


 『聖域』持ちだからって、


 レベルを上げられないわけが無い」



「それではどうするのですか?」



「要は、聖域の距離外で


 敵を倒せば良いんだ」



 そう言うと、ヨークは指輪を操作した。



 そしてEXPが外へ漏れないよう、結界を張った。



 半径300メートルを超える、大規模な結界だった。



「えっ? 何をしたのですか?」



「この指輪で、


 周囲のEXPが漏れないようにした。


 まあ、他の冒険者が居たら


 吸われるだろうが、


 それは仕方ない」



「どうするのです?」



「それはな。……氷狼、10連」



 ヨークは呪文を唱え、10頭の狼を出現させた。



「こいつらにがんばってもらう」



「この前のワンちゃん」



 クリーンは前に、ヨークの氷狼に襲われている。



 だが彼女は氷狼に対し、特に恐怖心などは抱いていないようだった。



 彼女は10頭の内の1頭に駆け寄った。



 そして手を伸ばし、頭を撫でてみた。



「ちめた」



 その感触は、氷そのものだった。



 クリーンは、不満そうに手を離した。



「全然モフモフしないのです」



「そりゃ、氷だからな。


 さあ、散れ」



 ヨークが狼たちに命じた。



 狼は獲物を求め、迷宮に散っていった。



「わあっ! 青い狼!?」



「うわああっ!?」



 遠くから、冒険者の声が聞こえてきた。



「やっぱりこの階層だと、普通に人居るよな」



 散会した狼たちは、個々に魔獣を仕留めていった。



 敵を倒した狼は、魔石を咥えて帰ってきた。



 氷狼は、咥えた魔石をヨークに渡した。



「あら、お利口なのですね」



「まあな。


 ……魔石食うか?」



 ヨークは手にした魔石を、クリーンへと差し出した。



「えっ?」



「EXPになるぞ」



「地面に落ちたモノでしょう? 汚いのです」



「意外と育ちが良いんだな」



 ヨークはポケットから、ハンカチを取り出した。



 それで魔石を拭くと、口に入れ、ボリボリと噛んだ。



「信じられないのです……」



 クリーンは、ヨークに白い目を向けた。



(村だと普通だったんだがな……)



 ヨークは内心でちょっと傷つきつつ、魔石を飲み込んだ。



 そして気持ちを切り替えると、クリーンにこう尋ねた。



「レベルの方はどうだ?」



「えっ? ええと……」



 クリーンは目を閉じた。



 そうしてレベルを確認した。



「あっ、レベル5になったのです」



「今のやり方で


 正解だったみたいだな。


 それでこれから、


 もっと下の階層まで降りるぞ」



「7層に行くのでは無いのですね?」



「目立つみたいだからな。


 俺のやり方は。


 一気に人が居ない階層まで行く」



「はい。20層くらいですか?」



「いや。60層まで降りる」



「えっ? だいじょうぶでしょうか?」



「普通の冒険者なら、危険な階層だ。


 けど、だいじょうぶだ。


 俺が守ってやる」



「止めておきましょう」



「俺が守ってやる」



「止めておきましょう」



「守ってやるって言ってんだろ!?」



「信用できないって言ってるのです!」



「知るか。だいたいおまえ、


 もっと深い階層で迷ってただろ」



「そういえばそうでしたが……」



「行くぞ」



 ヨークはクリーンを、強引に抱え上げた。



「ひゃああっ!」



 クリーンの悲鳴を見て、ヨークは少し、傷ついた様子を見せた。



「…………。


 そんなに汚いと思うか?」



 魔族は穢れている。



 そう言われたことを、ヨークは覚えていた。



「あっ……。


 べべ、別に……。


 い、いきなり変なこと、するからなのですよ?」



「変って」



「こここんな……お姫様……抱っこなんて……」



「それじゃ、おんぶにするか?」



「……そっちの方が良いかもしれないのです」



「分かった」



 ヨークはクリーンを下ろした。



 そして彼女に背中を向けた。



「ほら」



「はい」



 クリーンは、素直にヨークにおぶさった。



 そのとき。



「あっ……」



 彼女は何かに気付いたかのように、短く声を上げた。



「どうした?」



 ヨークは平然と、クリーンにそう尋ねた。



「どうって……。


 き、気にならないんのですか?」



「何を言ってるのか分からんが……。


 背中に当たる、


 柔らかい二つの膨らみのことなら、


 1ミリも気にならんな」



「おおお思いっきり気になってるのです!?」



「気のせいだ。行くぞ」



 ヨークはクリーンを背負ったまま、氷狼に飛び乗った。



 ヨークが念じると、氷狼は走り出した。



「びやあああああああああぁぁぁぁっ!?」



 以前と同じように、クリーンは悲鳴を上げた。




 ……。




 二人は、61層に到達した。



 その階層では通路が、ふわふわの雲で形作られていた。



 床は有るが、壁は無い。



 もし通路から落ちれば、70層まで真っ逆さまだ。



 遠方には、偽りの空が見えた。



 ここは屋内であり、広さには限界が有る。



 実際は、空など見えるはずが無い。



 だが、ヨークの目では、本物の空との区別はつかなかった。



 メルヘンチックな階層だが、ここは深層のはじまりだ。



 魔獣の強さは増し、凡人には踏破困難だと言われている。



 危険な階層だった。




「クケーッ!」



 上方から、鳥の魔獣が襲いかかってきた。



「…………」



 ヨークは上段回し蹴りで、魔獣を蹴り殺した。



 そして、大した危機感も見せず、背中のクリーンに声をかけた。



「おい、着いたぞ」



「……………………」



 クリーンは、ぐったりとして答えなかった。



「なんだ。寝てるのか」



 仕方のない奴だと言わんばかりに、ヨークはそう言った。



「起きてますけど!?」



「起きてるなら、返事くらいしろ」



「……………………」



「下ろすぞ?」



「ころすぞ?」



「急に何? こわっ」



 クリーンは、ヨークの背から降りた。



 ヨークは指輪を操作した。



 そしてEXPの結界を広げていった。



(ここまで来たら、他の冒険者は少ないはずだ)



「さあ、行ってこい」



 ヨークは61層に、氷狼の群れを放った。



 ……30分後。



「ロイヤルビッチストレートフラッシュ」



 二人はカード遊びに興じていた。



「うう……また負けたのです……」



 クリーンは肩を落とした。



 ゲームはヨークの方が優勢のようだった。



「精進せよ」



「あなた強すぎないですか!?


 ズルしてるのではないのですか!?」



「はっはっは。そんなこと……。


 してるに決まってるだろ?」



「えっ?」



 ゲームに一区切りついたので、ヨークは周囲を見回した。



「おっ」



 ヨークの隣にこんもりと、魔石の山が出来ているのが見えた。



 氷狼たちの戦果だった。



 ヨークは魔石の一つを手に取り、ハンカチで拭いてからかじった。



「うましうまし」



「えぇ……」



 うまそうに魔石を食べるヨークに、クリーンは引いた様子を見せた。



「大分狩れてるな。レベルは?」



「えっと……」



 クリーンは目を閉じ、レベルを確認した。



「62なのです」



「まあまあだな。


 ……それじゃ、帰るか」



「えっ? もうなのですか?」



 クリーンは、ちらりとカードを見た。



 まだ遊び足りない様子だった。



「十分だろ。60も有れば」



「……そういうものなのでしょうか?」



「そういうものなのです」



「意外と簡単なのですね。


 レベル上げって。


 ……移動の方が大変だったのです」



「行くぞ。


 おんぶか抱っこか選べ」



「…………おんぶ」



「ほれ」



「はい」



 クリーンは、ヨークにおぶさった。



 そしていつものように、氷狼で移動した。



「あれ……?」



 クリーンが、意外そうな声を上げた。



「どうした?」



「前みたいに怖くないのです」



「声震えてんぞ」



「えっ!? 嘘なのです!?」



「まあ嘘だが」



「…………」



「レベルが上がったから、


 スピードに耐性がついたんだろうな」



「……そうですか。


 大きいですね。背中」



「そりゃ、男だからな」



「……はい」



 二人は迷宮を出た。



 ヨークは広場でクリーンを下ろし、太陽を見上げた。



 日は高い。



 時刻は正午に近かった。



「昼飯時だな」



「はい」



「どこで食う?」



「私、王都のお店は詳しくないのです。


 どこかオススメのお店を、紹介するのです」



「分かった。


 おまえ、バッタとか好きだよな?」



「いきなり何言ってるのです!?」



「ちなみに俺は嫌いだ」



「殴って良いですか?


 というか、結局どこで食べるのですか」



「好きな店なら有る」



「だったら行きましょうよ。とっとと」



「一つ問題が有る」



「何なのです?」



「他の客が、イモムシとか食ってる」



「……そんなお店の、


 どこがオススメなのですか?」



「俺とミツキが、


 同じテーブルでご飯を食べられる」



 王都の人間は、意外と第三種族に優しい。



 だがそれは、愛玩動物に向ける感情に近い。



 対等に扱ってくれるという意味では無かった。



 レストランで食事をしようとすると、難色を示されることが有った。



 さらに言えば、魔族が立ち入り禁止な店も有る。



 門前払いにされるのは、気持ちの良いものでは無い。



 ヨークはサトーズに聞いて、安心して食事出来る店を見つけてあった。



「……そうですか。


 そこに行きましょう」



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