4の16「男湯と女湯」



「…………っ!」



 黒幕の登場に、クリーンの体が強張った。



 ヨークはイーバとは、初対面だ。



 なんとなく察しつつも、クリーンにこう尋ねた。



「こいつは?」



「……件のお嬢様なのです」



「こいつが……」



 二人が話していると、イーバが口を開いた。



「人が声をかけているのに、何をコソコソしているの?」



「何か……用なのですか……?」



 硬い声音で、クリーンはそう尋ねた。



「いえ。別に大したことでは無いけど」



 イーバは笑った。



「迷宮はどうだった?


 何か楽しいことでも有ったかしら? ふふっ」



「っ……」



「こいつ……!」



 悪びれないイーバを見て、ヨークは怒りを露わにした。



 コソコソと人を陥れるような奴は、ヨークが1番嫌いなタイプだった。



 ヨークはクリーンより前に出て、イーバを睨みつけた。



「舐めてんじゃねえぞ……!」



 田舎の不良少年の眼光が、イーバへと向けられた。



「えっ?」



 突然の行動に出たヨークを見て、クリーンが驚きを見せた。



「……っ」



 ヨークに睨まれたことで、イーバは少しだけ怯んだ様子を見せた。



 だが、なるべく表情を崩さないようにして、ヨークに問うた。



「……何? あなたは」



「俺は、こいつの守護騎士だ。


 こいつを守るのが、俺の仕事だ。


 今後こいつに何か有ったら、


 タダじゃおかねえからな。覚えとけよ」



「どうしてあなたがキレてるのですか!?」



「は? 別にキレてねえし」



 ヨークはクリーンに対しても、不機嫌な顔を見せた。



 どちらの敵で、どちらの味方なのか、分からないくらいだった。



「そ、そう。そうですよね」



 それからクリーンは、何かを考える様子を見せた。



 そして……。



「がんばれ私」



 クリーンは、自らを『鼓舞』した。



 そして前に出て、イーバの正面に立った。



 まっすぐに、胸を張って、イーバの瞳を見た。



「……何よ?」



「私、負けないですから。


 あなたたちみたいな、


 汚い手を使う連中には、


 絶対に負けない。


 ……それでは」



 クリーンは、イーバとすれ違うように歩いた。



 ヨークたちも、それに続いた。



 イーバは振り返り、クリーンたちが去っていくのを見た。



 やがて、イーバの視界から、クリーンたちの姿が消えた。



 後にはイーバたち三人が残された。



「あの魔族の人、かっこよかったですね」



 マギーがイーバに話しかけた。



「どうでも良いわ。


 ちょっと顔が良かったからって、


 しょせんは魔族でしょう?」



「……はい」



 イーバはすまし顔を崩し、怒りの感情をあらわにした。



「それより、


 まったく懲りてないじゃない……!


 どういうことなの……!?」



 そう言って、イーバはトリーシャを睨んだ。



「トリーシャ、


 あなた、ちゃんと言ったんでしょうね?


 護衛の騎士に」



「はい。ちゃんと伝えました。


 あの女が、


 試練を受けられないようにして欲しいって。


 なのに、どうして……」



 トリーシャがそう答えると、マギーがこう言った。



「何もされていないということは


 無いと思いますが。


 何かされたからこそ、


 あのようなことを言ったのでしょうし」



「だったら、どうして平気にしているの?」



「さあ?


 実際に彼女が何をされたのかまでは、


 分からないわけですし……。


 辱めを受けても


 動じないほどに、


 彼女が厚顔無恥なのかもしれません」



「厄介ね。


 恥を知らない田舎娘っていうのは」



「いかがしましょう?」



 マギーが尋ねた。



「もう、小細工は止めよ」



「それでは……」



「聖女の試練でボコボコに負かして、


 ビービー泣かせてあげるわ」




 ……。




 ヨークたちは、クリーンの寝室に向かって歩いていた。



 先頭を歩くクリーンに、ヨークが声をかけた。



「良いのか?


 真正面から喧嘩売るようなことして」



 嫌がらせが、激しくなるのではないか。



 ヨークはそれを危惧していた。



「……逃げたくなかったのです」



「どうする?


 殺し屋とか送られてきたら」



「…………。


 あなたが守ってくれるのでしょう?」



 そう言って、クリーンは微笑んだ。



 素直な笑みだ。



 それがヨークに向けられるのは、初めてかもしれなかった。



「え……」



 ヨークは戸惑い、少し目を見開いた。



「そうですよね? モフモフちゃん」



 クリーンは微笑んだまま、ミツキに向き直った。



「へ?」



 ヨークの顔が、間の抜けた表情で固まった。



 ミツキは少し笑いをこらえ、それから口を開いた。



「……まあ、最低限の仕事はしますけどね」



「可愛いあなたが居れば、


 百人力なのです。


 さ、お部屋に案内するのです」



 クリーンは、ミツキの手を引いた。



 そのまま少し歩いた。



 それから足を止め、ヨークの方へ振り返った。



「何してるのですか?


 早く来るのです」



「良いのか?」



「仕方ないから、


 後ろについてくるくらいは、


 許してあげるのです」



「へいへい」



 ヨークは苦笑した。



 三人は、クリーンの部屋へと入っていった。




 ……。




 夕食を済ませ、お風呂の時間になった。



「お風呂に行きましょう。モフモフちゃん」



 寝室で、クリーンはミツキをお風呂に誘った。



「ミツキです」



「そう。行きましょう。モフミちゃん」



「はぁ」



 二人は椅子から立ち上がった。



 少し遅れて、ヨークも腰を上げた。



「俺も行くか」



「『ちょい青』あなた、


 男湯の場所は分かっているのですか?」



「ヨークです。知らんけど」



「案内してあげるのです。来るのです」



「ドーモ」



 三人は、大神殿の廊下を歩いた。



 そして、男湯の前へとたどり着いた。



 クリーンは、男湯の入り口を背に、ヨークに話しかけた。



「ここが男湯なのです。


 それでは、私たちは行くのです」



「ああ」



 クリーンはミツキを連れ、去っていった。



 男湯と女湯の間には、それなりの距離が有るようだった。



 二人を見送ると、ヨークは脱衣所へと入っていった。



 脱衣所に、人の姿は無かった。



 棚に一揃え、脱ぎ捨てられた衣服が有った。



(先客が居るのかな)



 1番風呂でないのは、残念だ。



 ヨークはうっすらとそう考えながら、服を脱いだ。



 服を棚に置くと、浴室へと入っていった。



「あ」



 湯船には、見慣れた男の姿が有った。



「やあ。少年」



 ニトロ=バウツマーだった。



「……どうも」



 ヨークは軽く頭を下げた。



「ニトロさんも、


 ここのお風呂を使ってるんですね」



「聖女の試練が終わるまでだけどね」



「はあ」



「どうかしたかな? ちょっと固くなっているように見えるが」



「こういう広いお風呂って、馴染みが無いんで」



「そうかい」



「なんか気まずくないですか?


 他の人とお風呂に入るって」



「慣れだよ。慣れ」



「そうですか」



(まあ、ミツキとは一緒に入ってるけどさ……)



「湯船につかる前に、体を洗うんだよ?


 それが礼儀だ」



「はい」



 ヨークはシャワーに向かった。



 ヨークの背中が、ニトロの方へと向いた。



 ニトロはヨークの背中を見た。



「キミ、背中に傷が有るね」



 ヨークの背中には、肩甲骨のあたりに、小さな傷が有った。



「そうみたいですね」



「みたい?」



「身に覚えが無いんで。


 小さい頃に出来たみたいなんですけど。


 背中って、あんまり見ないですしね」



「そう。


 その傷は、あまり人に見せない方が良いよ」



「ミツキにも、同じこと言われました。


 ……やっぱ見苦しいですかね?」



「……少しね」



「それじゃ、隅っこの方へ」



 ヨークは1番端のシャワーへ移動した。



 背中が見えないような位置取りで、全身を洗った。



 そして体を洗い終わると、湯船に入った。



「広い……」



 ヨークは湯船の広さに感心した。



 宿の風呂とは、比べ物にならなかった。



 あそこは、ミツキと二人で入ると、ぎゅうぎゅうになってしまう。



「たまには良いものだろう? こういうお風呂も」



「そうですね。けど、ここだと券が……」



「券?」



「……いえ」



「そう言えば、追加報酬が欲しいという話だったけど」



「ああ、はい。


 ニトロさんって、


 冠婚葬祭とかに詳しいですよね?」



「神官だからね。こう見えても」



「結婚式について、色々教えて欲しいんですけど……」




 ……。




 一方のミツキたちは、女湯の脱衣所に居た。



 クリーンは、衣服を脱ぎ終わると、ミツキの方を見た。



 ミツキも既に、全裸になっていた。



 ミツキは体の前側を、申し訳程度に、タオルで隠していた。



「あなた、それ……」



 クリーンの視線が、ミツキの首に引き寄せられた。



 そこに、金属製の首輪が有った。



 ミツキはクリーンと行動するとき、フードを被っていることが多い。



 首輪をはっきりと見るのは、これが初めてだった。



「奴隷の首輪……ですよね?」



「はい。それが何か?」



「何かって……!」



 クリーンは衝動に駆られ、ミツキの首輪に手を伸ばした。



 ミツキは手首を掴み、クリーンを止めた。



 ぎりぎりと。



 ミツキの手が、クリーンの手首を締め付けた。



 骨が砕けても構わない。



 それほどの強い力だった。



「痛っ……!」



 クリーンは呻いた。



「失礼」



 ミツキは冷めた顔で、クリーンから手を離した。



「ご主人様以外の方に、


 首輪に触らせるつもりは無いのです」



「ご主人様って、ちょい青のことなのですか?」



「確かに、ご主人様はちょっと青いですけどね」



「あいつの奴隷だったのですね」



「はい。


 私はあのお方の所有物です」



「奴隷を買うような奴だったのですね……。


 酷いことされてないのですか?


 あいつに」



「酷いこととは?」



「乱暴されたり、エッチなこととか……」



「ご主人様は、


 奴隷に暴力をふるうような方ではありません。


 ……性生活に関しては、


 人に話すようなことでは無いと思います」



 ミツキはそう言うと、軽く下腹を撫でた。



「っ……!」



 クリーンは、顔がかあっと赤くなるのを感じた。



 自分の恩人が、奴隷として、男に抱かれているかもしれない。



 その想像は、強い衝撃を伴った。



 だが、どこか遠くの出来事のようにも思えた。



 クリーンの瞳に映るミツキは、とても美しい。



 神秘的ですらある。



 清らかな存在にしか見えなかった。



 下衆な男に良いようにされているとは、信じられなかった。



 だが、それを明確に否定する材料も無い。



「モフミちゃん……!」



「はい?」



「何でも言って下さいね!


 力になりますから!」



「はぁ。ありがとうございます」



 ヨークとの関係に関して、何か勘違いされているようだ。



 ミツキはそう気付いていたが、あえて釈明はしなかった。



 そのとき。



「あっ、そういえば……」



 ミツキは何かに気付いた様子を見せた。



「1度だけ、酷いことをされましたね」



「何をされたのですか……!?」



「ご主人様は、勝手に剣を捨てたのです」



「剣……? 良く分からないですけど……。


 やっぱり酷いやつなのですね」




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