4の17「女風呂と宿への帰還」



 そのとき、更衣室の入り口の方から、足音が聞こえてきた。



 二人は、入り口に続く通路を見た。



 すると……。



「げっ」



 クリーンは呻いた。



「あっ」



 イーバが声を漏らした。



「…………」



「…………」



「…………」



 ミツキ、マギー、トリーシャの三人は、黙って様子をうかがった。



 足音の正体は、イーバ一行だった。



 クリーンは、イーバを睨みつけた。



 全裸で。



 そしてこう言った。



「また何かしようというのですか?」



「言いがかりは


 止めてもらえるかしら?


 私たちはただ、


 お風呂に入りに来ただけよ」



「そうですか。


 お風呂くらい、ゆっくり入らせて欲しいのです」



「好きにしなさい。……あら?」



 イーバは、クリーンの後ろに立つミツキを見た。



「何か?」



 イーバの視線に対し、ミツキは言葉を返した。



 するとイーバがこう言った。



「どうして大神殿に、奴隷が居るのかしら?」



 イーバとミツキは、初対面ではない。



 だが、前はフードを被っていた。



 以前のミツキと今のミツキが、同一人物だと分からない様子だった。



「彼女は私の、守護騎士なのです」



 ミツキの代わりに、クリーンがそう答えた。



「ぷっ」



 予想外の言葉に、イーバはふきだしてしまった。



 そして、馬鹿にするような笑みを浮かべて言った。



「奴隷が守護騎士だなんて、


 聞いたことが無いわ。


 まともな守護騎士のなり手が居ないなんて、


 よっぽど人望が無いのね。あなた」



「羨ましいのですか?」



「えっ?」



「こんな可愛くてふさふさでもふもふな守護騎士なんて、


 他には居ないのです。


 まあ、あなたが羨ましがるのも


 無理は無いのです」



「ちっとも羨ましくなんか無いわ!」



「そうなのですか?」



「そうよ!


 家にだって、


 同じ耳と尻尾の奴隷が居るんだから!」



 イーバがそう言うと、ミツキの目が見開かれた。



「え……?」



 クリーンはミツキの様子に気付かず、イーバへの問いを重ねた。



「本当でしょうか?」



「本当よ!


 その子よりもっと小さくて可愛い、


 男の子なんだから!」



「その子の名前は?」



 ミツキが尋ねた。



 割って入ってきたミツキを、イーバが睨みつけた。



「何よ。奴隷が口を挟まないでくれる?」



「…………」



 ミツキは、丁寧に頭を下げた。



「お願いします。


 その子の名前を教えて下さい」



「モフミちゃん?」



 イーバに対して下手に出たミツキを、クリーンはふしぎそうに見た。



「あら? そんなに知りたいの?」



 イーバはにやりと笑った。



 人の弱みを見つけることに、快楽を感じているらしい。



「……はい」



「どうしようかしらね~?」



 イーバはもったいぶって、左手を上げた。



 そして人差し指を、自分の頬に這わせた。



「そうだ。一つ条件を呑むのなら、教えてあげても良いわ」



「条件とは?」



「その耳をモフモフさせなさい!」



「はい?」



「そんな……! 駄目なのです!」



 それは決して許されないことだ。



 そう思ったクリーンは、真剣にイーバに抗議した。



 だがミツキは、平然とこう言った。



「別に駄目とかでは無いですけど」



「えっ? だったら私も」



 クリーンは、ミツキに飛びかかった。



「タダじゃないですよ」



 ミツキの肘が、クリーンの頬に突き刺さった。



 クリーンヒットだった。



「へごおっ!?」



 クリーンは、床に崩れ落ちた。



「それ、あなたの護衛対象よね?」



 イーバは失神したクリーンを見て、眉をひそめた。



「まあ、多少は。


 それで、あなたの奴隷の名前は?」



「え? ユウヅキだけど」



「ありがとうございます。


 それではモフモフタイムをどうぞ」



「……殴らない?」



「対価は頂きましたので。


 制限時間は30秒です」



「えっ短い」




 ……。




 30秒後。



「ふああぁぁぁ……」



 ミツキの体を弄んだイーバは、ご満悦のようだった。



 頬を赤らめ、涙ぐみ、にやにやと笑っていた。



 淑女が、人前で見せて良い表情ではなかった。



「それでは」



 取り引きが終わったミツキは、クリーンの方へと向かった。



「クリーンさん。起きて下さい」



 ミツキはクリーンの隣にしゃがみ、彼女の頬をぺちぺちと叩いた。



「う……」



 クリーンは呻き、目を開いた。



「知らない人が、


 川の向こうでおいでおいでしてたのです……」



「……普通は知ってる人が


 見えるのでは無いですかね。


 早くお風呂に入りましょう。


 風邪をひきますよ」



「えっ? はい。そうですね」



 クリーンは、浴室に向かった。



 ミツキもその後に続いた。



 浴室への戸を通る瞬間、ミツキはイーバへと振り返った。



「見つけた」



 ミツキはイーバの間抜けヅラを見ながら、小さく呟いた。




 ……。




 ヨークは男湯を出た。



 そしてまっすぐに、クリーンの寝室に向かった。



 部屋に、クリーンたちの姿は無かった。



(まだ風呂か。


 まあ、そうだよな)



 ヨークは椅子に腰かけ、クリーンとミツキを待った。



 やがて、出入り口の扉が開いた。



 湯上がり姿の二人が、部屋に入ってきた。



「おかえり~」



 ヨークは二人に声をかけた。



 ヨークの声に、ミツキが答えた。



「はい。ただいま」



 次にヨークは、クリーンに話しかけた。



「それとさ、ちょい赤」



「何なのですかその呼び方は!?」



「先に変な呼び方したの、おまえだろうが」



「私には、


 クリーンっていう立派な呼び方が


 有るのです!」



「そうか。俺はヨークだ。


 んで、ニトロさんが、この部屋出てけって」



「えっ!? どうしてなのです!?」



「聖女候補の宿泊施設に、


 騎士でもない男が泊まりこむのは、


 外聞が良くないんだと。


 つーわけで、俺の宿に行くぞ」



「えっ……?


 あなたの部屋に泊まるのですか……?」



「護衛なんだから、しょうがねーだろ」



「私があなたの部屋に泊まるのは、


 外聞悪くは無いのですか?」



「おまえがお嬢様とかだったら


 良くないだろうけど。


 まあ、おまえだし?」



「どういうことなのです!?」



「いいから行こうぜ」



「それは……」



 渋るクリーンを見て、ミツキが口を開いた。



「私も一緒ですから、変なことにはなりませんよ」



「……仕方ないですね。譲歩してやるのです」



「それじゃ、とっとと支度しろ」



「……分かってるのです」



「ところで、ほっぺ腫れてるけどどうした?」



「…………」



 クリーンはそっぽを向いて、回復呪文を唱えた。



「風癒」




 ……。




 クリーンが荷物をまとめると、三人で大神殿を出た。



 とっくに日は沈んでいた。



 街灯が放つ光が、街を照らしていた。



「クリーンさん!」



 若い女の声が、クリーンを呼んだ。



 振り返ると、大神殿の入り口の方に、サレンの姿が有った。



 サレンは、クリーンに向かって駆けてきた。



「サレン」



「……話は聞きました。


 申し訳有りません」



 サレンは、深く頭を下げた。



「ケーンたちが仕出かしたこと……


 同じ神殿騎士として、


 恥ずかしく思います」



「あなたが気にすることじゃないのです。そうでしょう?」



「……ありがとうございます」



「お礼を言うことでも無いと思いますけど」



「…………」



 サレンは少し黙った後、ヨークたちに視線を向けた。



「あの……その方々は?」



「私の守護騎士です。不本意ながら」



「騎士……? 冒険者のように見えますが」



 神殿騎士であれば、職務中は、金属鎧を身にまとっているものだ。



 ヨークの服装は、ラフな冒険者スタイルだった。



「冒険者で悪かったな。


 言っとくが、ニトロ大神官のお墨付きだぞ」



「お父様が? ……失礼しました」



「そんな畏まらんでも」



「あれ……?」



 そのときサレンは、何かに気付いた様子を見せた。



「うん?」



「あなた……どこかで見たような……」



(この前、顔を見られた? まずいか?)



「ヨーク=ブラッドロードだ。


 別にどこにでもある顔をしている」



「ミツキです。


 別にどこにでもある顔をしています」



「はい。サレン=バウツマーです。それで……」



 サレンはヨークの顔を、じっと観察した。



「う……」



 遠慮の無い視線を受け、ヨークはしりぞいた。



「そうだ!」



 サレンはついに結論へと到ったようだ。



「……!」



 ヨークの全身が、ぎくりと固まった。



「家にある石像に似てるんですね!」



「…………」



 ヨークは脱力した。



「そう?」



「はい。お綺麗ですね」



「えっ? ありがと」



「……すいません。


 気の利いた会話は苦手でして」



「別に良いけど。


 ……聖女の試練で戦うんだろ?


 敵同士なら、


 そんなに馴れ合わんでも良いだろう」



「敵……それは……はい……」



「それじゃ、試練で会おうぜ」



「はい。またお会いしましょう」



 三人は、サレンと別れた。



 そして宿屋へと移動した。



 正面口から中に入ると、サトーズの姿が見えた。



「お帰りなさいませ。お客様」



「ただいま。サトーズさん。


 今日からこいつも泊まることになったから」



 ヨークはクリーンを、雑に指さしてそう言った。



「はい。承りました」



「クリーンなのです。


 よろしくお願いするのです」



「私めはサトーズと申します」



「それじゃ」



 ヨークたちは、階段へ向かい、2階へと上がっていった。



「…………」



 サトーズは1階に残った。



 彼はヨークたちが消えた階段を見て、こう呟いた。



「お盛んですな」




 ……。




 ヨークたちは、2階の寝室に入った。



 風呂も食事も済ませてある。



 あとはダラダラするだけだった。



 休むためのベッドは、二つ有る。



 今、ヨークたちは三人だ。



 三人のうち二人は、同じベッドを使う必要が有った。



「それじゃ、おまえは左のベッドを……」



 ヨークはそう言いかけて、途中で言葉を止めた。



「…………。


 ミツキと一緒に使ってくれ」



「何なのですか? 今の間は」



「別に?


 それと、明日は俺たちと、


 パワーレベリングをしろってさ」



「……また迷宮に行くのですか?」



「怖いか?」



「っ! 怖いわけが無いのです!」



「それなら良かった」



 三人はベッドでゆったりと過ごし、そして眠った。



 翌日。



 三人は起床し、宿の食堂で朝食を済ませ、寝室に戻った。



 そこでミツキが口を開いた。



「ヨーク」



「何だ?」



「実は、急用が出来まして。


 迷宮へは、クリーンさんとお二人で、


 行っていただけませんか?」



「良いけど。


 珍しいな? ミツキがそんなこと言い出すのは」



「すいません」



 ミツキは申し訳なさそうに俯いた。



「良いって」



 ヨークがそう言うと、クリーンが抗議をしてきた。



「えっ!? 私は良くないですけど!?」



「我慢しろ。俺も我慢する」



「私と居るのに、


 我慢が必要だって言うのですか!?」



「多少」



「多少!?」



「で、何なんだ? 用事って」



「それは……。


 ヨークになら、お話しても良いのですが……」



 ミツキはちらりとクリーンを見た。



 クリーンには、あまり話したくない。



 そう言っているようだった。



「むぅ……」



 クリーンは、仲間はずれにされた気がして、なんとなく嫌な顔をした。



「まあ、無理に言わなくても良いよ」



「ありがとうございます。それでは」



「もう行くのか?」



「すいません。心が逸ってしまって……」



「ん。危ないことはすんなよ」



「それは……」



「もし危なくなったら、俺を呼べ」



 ヨークはポケットから、遠話箱を出してみせた。



 リホの置き土産だった。



「はい。


 ……行ってきます」



 ミツキはぺこりと頭を下げ、出入り口に向かった。



「行ってらっしゃい」



 ミツキは扉を開け、寝室を出た。



 廊下を歩き、階段を下り、外へ。



 既に通りには、人々の姿が有った。



 少し混雑していた。



 ミツキは地面を蹴り、宿の屋根に飛び乗った。



 そして、スキルで地図を取り出した。



 地図を手に取ると、開いたままにして、屋根上を駆けていった。




 ……。




 やがて辿り着いたのは、マーガリート公爵邸だった。



 ミツキは警備の目を盗み、庭に侵入した。



 隠れながら庭を抜け、屋敷の壁面へとたどり着いた。



 ミツキは窓をちらりとのぞきこんで、部屋の中を確認していった。



 そして……。



「…………!」




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