4の15「捕縛と守護騎士」


 ニトロは机の上から、呼び鈴を手に取った。



 そして左右に振って鳴らした。



 すると、神殿騎士たちがやってきて、ケーンとリナリを拘束した。



 二人には、抵抗する気力は無かった。



 戦ったところで、大神殿という組織に敵うはずも無い。



 二人は無抵抗のまま、どこかへと連れ去られていった。



 室内には、ニトロだけが残された。



 ヨークたち三人は、廊下に立っていた。



 部屋の扉は、開けっ放しになっていた。



「…………」



 ヨークは廊下から、室内に入った。



 ミツキもヨークに続いた。



 それでなんとなく、クリーンも部屋に入った。



 ヨークはニトロに声をかけた。



「ニトロさん。


 あいつらは、どうなるんでしょうか?」



「彼らの罪は、殺人未遂だ。


 それもかなり悪質なね。


 さらには、迷宮に関する法律にも触れている。


 もし狙ったのが聖女候補で無くても、


 厳罰は免れ得ないよ」



 迷宮では、人を始末するのが簡単だ。



 そう言われている。



 危険な場所であり、人の死が不自然では無いからだ。



 さらに、死体を始末する方法も多い。



 死人に口なし。



 生き残った側の証言を、覆すのは難しい。



 だからこそ、迷宮での殺傷は、地上よりも重罪となる。



 殺人未遂であっても、地上における殺人と、同等以上に扱われるだろう。



「そうですか……」



 ヨークの表情が、少し陰った。



 悪党の末路を、想像してしまったのかもしれない。



 ヨークは苦い顔で言葉を続けた。



「あいつらを唆したっていう、貴族のお嬢様は?」



「……難しいね。


 彼女が関わっているという証拠が、


 あの二人の証言しか無い。


 平民を絞るなら、それでも十分だ。


 けど、相手は公爵令嬢だからね。


 下手につつくと、


 大神殿と公爵家との間に、


 軋轢が出来る可能性が有る」



「……そんなに大事ですか?


 公爵家との関係ってやつが」



「私の理想とは違うね」



「理想?」



「神に仕える大神殿は、


 王侯よりも上の存在であるべきだ。


 貴族に尻尾を振るような有り様は、


 大神殿にとって、


 本来あるべき姿では無い」



「現実は?」



「私に、神官長の意向を


 覆すほどのパワーは無いよ」



「……そうですか。


 首謀者は、お咎めなしってことですね」



「あまり私を責めないでくれよ」



「別に……責めてはいません。


 また面倒臭いもん見ちまったなって、


 思うだけですよ」



「……すまないね。


 ノンシルドさん」



 ニトロは、クリーンに視線を向けた。



「…………」



 クリーンは俯いていた。



 彼女の両手は、ぎゅっと握られていた。



「聞いての通りだ。


 私の権力では、


 キミを殺そうとした聖女候補を、


 排除できない。


 キミが聖女を目指すなら、


 今後も理不尽は続くだろう。


 理不尽に耐えても、


 聖女になれるという保証も無い。


 理不尽を避け、


 平穏を選ぶのも、


 一つの選択肢だ。


 どうする? 君はどうしたい?」



「私は……」



 クリーンは、顔を上げた。



 そしてまっすぐに、ニトロの瞳を見た。



「負けたくないのです。


 ここで逃げたら、


 簡単に人を殺そうとする酷い人たちに、


 負けたことになるのです。


 ……勝ちたい。


 私はあいつらに、勝ちたいのです!」



「……そうか。


 しかし、困ったな」



「何がですか?」



 クリーンが尋ねると、ニトロはこう言った。



「守護騎士のことだ」



 聞き慣れない言葉に、ヨークが疑問符を浮かべた。



「何ですか? 守護騎士って」



「聖女の試練で


 聖女候補を守る者。


 言わば、聖女候補の盾だ。


 予定ではケーンたちが、


 ノンシルドさんの騎士になる予定だった。


 けど、彼らがあんなことになってしまったからね……」



 それを聞いて、ヨークがこう尋ねた。



「神殿騎士ってのは、そんなに人手不足なんですか?」



「聖女の試練は


 過酷だからね。


 力の無い新米騎士を宛がっても、


 とても試練を乗り越えることなど、


 できないだろうねえ」



 ニトロの言葉に対し、クリーンは強いやる気を見せた。



「私はやるのです!


 守護騎士なんか居なくても!」



「そうは言ってもねえ……。


 う~ん。困った。


 どこかに、戦い慣れしてレベルも高い、


 信頼の出来る戦士が居たらなあ」



 ニトロは、演技臭い口調でそう言った。



 そのときミツキが口を開いた。



「私たちに守護騎士をやれと。


 そう言いたいわけですね?」



「え? そう聞こえちゃった?」



「そりゃあ……」



 ヨークがそう言った。



 ニトロの演技臭さは、ヨークでも分かるレベルだった。



 意図を察するなと言う方が、困難だった。



「っ……! 勝手に決めないで欲しいのです!」



 ヨークと仲の悪いクリーンは、ニトロの意向に反発を見せた。



「俺も嫌です」



 ヨークがずばりと言うと、クリーンが呻いた。



「むぎっ!?」



 次にニトロが口を開いた。



「ノンシルドさん。


 彼らは君の、命の恩人だろう?」



「っ……助けてくれたのはモフモフちゃんなのです!


 この男じゃないのです!」



「同じことさ。彼らはチームだ。


 命の恩人にその態度、


 果たして聖女としてふさわしいものなのかな?」



「う……」



「少年を拒む君は、


 聖女としては不適格だ。


 ……そう見なさざるをえないねえ。


 残念だが、仕方がない。


 ああ、安心してくれたまえ。


 故郷までの旅費は、


 我々が出すからね」



「ぐぬぬ……! 分かったのです……!


 一緒に居れば良いのですよね……? その男と……」



 心底不服そうに、クリーンはニトロの提案を受け入れた。



「良かった」



 話がまとまりを見せると、ニトロがそう言った。



 それを見て、ヨークが尋ねた。



「俺は、受けるのは確定ですか?」



「う~ん。記憶違いかなぁ。


 私は以前、


 死にかけていた少年の命を、


 救ったような記憶が有るんだけど……」



「……受けます」



「本当かい? いやあ。恩に着るよ」



 ふてぶてしいニトロを見て、ミツキがこう言った。



「ヨーク。えらいのに借りを作りましたね」



「はっはっは。


 それじゃ、ノンシルドさんの護衛は頼むよ。


 3ヵ月後の試練までに、


 パワーレベリングもしておくように」



「つきっきりですか」



 ヨークがそう尋ねた。



「いや。細かい判断は


 キミたちに任せるよ。


 ただ、彼女は大神殿に来てから、


 2度死にかけている。


 そんな彼女を、


 野放しにしてもだいじょうぶだと感じるのなら、


 好きにすると良い」



「……はぁ」



 ヨークはため息をついた。



(試練とやらが終わるまで、


 迷宮探索はお預けかな……)



「さすがに、タダじゃないですよね?」



「ベテランの神殿騎士と


 同程度の報酬は、


 保証しよう」



「もう1個、頼んでも良いですかね?」



「何かな?」



「あ~。二人の時に言います」



「えっちなやつかな?」



「違います」



「そう。それじゃ、頼んだよ」



「はい」



 ヨークはニトロの部屋を出た。



 ミツキとクリーンも、後に続いた。



 ミツキは、開けっぱなしだった扉を閉じた。



 廊下に立ったヨークは、クリーンの方を見た。



「今からどうするんだ?」



「…………」



 クリーンは仏頂面で、ヨークには答えなかった。



「今日の予定を聞いたんだが」



「あなたとは、話したくないのです」



「……はぁ」



 面倒だなと、ヨークは思った。



 クリーンに対し、わざと嫌われようと振る舞った。



 もう会うことは無い。



 そう思ったからだ。



 だがまさか、こんなことになるとは。



 3ヶ月は、短くは無い。



 ヨークは少し後悔していた。



「ミツキ、頼む」



 いまさら仲良くするのも面倒だ。



 ヨークはクリーンに対する諸々を、ミツキに丸投げすることにした。



「はい」



 ミツキはヨークの意図を汲んだ。



 穏やかな口調で、クリーンに話しかけた。



「クリーンさん。今日のこれからの予定は?」



 クリーンはミツキに対しては、ずっと好印象を抱いている。



 表情を変えてこう答えてきた。



「モフモフちゃん。あのですね……。


 今日はパワーレベリングが目的だったので、


 後は休むだけなのです」



「らしいですよ」



 クリーンは歩き出した。



 ミツキもその後に続いた。



 ヨークも。



「……どうしてついてくるのです?」



 ついてくるヨークに対し、クリーンは振り向いた。



「どうしてって、一緒に居なきゃ、


 しゅごれねェだろが」



「まさか……部屋にまで


 ついてくるつもりなのですか?」



「そのつもりだが」



「私はもう休むだけなのです。


 大げさな護衛なんて、


 必要無いのです」



「おまえの命を狙った首謀者が、


 まだ居るんだろ?」



「それはそうですけど……。


 あなたに付け回されるのなんて、


 嫌なのです」



「俺だって嫌だ。


 けど、仕事なんだから、仕方ねーだろ?」



「へ……変なことしないで欲しいのです」



「俺を何だと思ってんだ」



「私のこと、勝手に、だだ、だっこしたのです!」



「あれは……。


 もうしない。だから、一緒に居て良いか?」



「無理なのです」



「おまえなぁ……」



 こんなワガママ娘に、付き合っていられるか。



 もう全部、ミツキに任せてしまおうか。



 ヨークがそう考え始めた、そのとき……。



「あら」



 ヨークたちの進行方向から、少女の声が聞こえてきた。



 三人は、声の方を見た。



「ごきげんよう。クリーン=ノンシルド」



 イーバ=マーガリートが、近付いてくるのが見えた。



「…………」



「…………」



 その隣には、二人の取り巻きの姿も見えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る