4の14「帰還と弁明」



「どういうことだ?」



「私の肌、ちょっと赤っぽいでしょう? それで……」



 何か思う所が有ったのか、クリーンは黙った。



 ヨークは言葉の続きを待った。



「……まあ、ありがとうございました。


 それでは」



 クリーンは、ヨークたちから離れようとした。



 孤独な背中を見て、ヨークは彼女を呼び止めた。



「一人で行く気かよ」



「私は、一人でここに来ました。


 だから、一人で帰るのです」



「送る」



「そこまでしてもらう理由、


 無いと思うのですけど」



「殊勝になってんじゃねえよ。


 最初の頃の


 えらっそうな態度はどうした?」



「悪かったですね。えらっそうで。


 ……それと、勘違いしないで欲しいのですけど。


 別に、遠慮してるわけじゃないのです。


 あなたと一緒に居たくないだけなのですから」



「そうかよ」



 クリーンは、再び歩き始めた。



 ヨークはクリーンのことが心配だった。



 だが、素直にそう言ってみせるのは、どうにも嫌だった。



「道、間違ってるぞ」



 ヨークはからかうような口調で、そう言った。



「っ! 知ってるのです!」



 ヨークに指摘され、クリーンは逆側に歩き始めた。



「ちなみに。


 道が間違ってるってのは嘘だ」



「えっ?」



「最初の道が正解だ。


 ……それで


 何を知ってるって?」



 クリーンは、赤い顔をさらに赤くして、ヨークを睨んだ。



「あなたは……本当に最ッ低なのです!」



「穢れた魔族だからな」



 ヨークがそう返すと、クリーンの怒りが薄まった。



「まだ……怒ってるのですか?」



 クリーンは、うかがうような目でヨークを見た。



「それはもう。たっぷりと」



「…………」



 何か思うところが有ったのだろう。



 クリーンは黙り、動かなくなった。



 ヨークはクリーンに近付いた。



 そして彼女を、強引に抱え上げた。



「あっ……! 何するのです!? 離すのです!」



 クリーンは、ヨークから逃れようと、もがいた。



 だが、力に差がありすぎた。



 ヨークの腕から抜け出すことは、クリーンには不可能だった。



「嫌がらせだ。


 おまえはこうされるのが、一番嫌なんだろ?」



「~~~~~っ!


 最低! 変態! 痴漢!」



 腕力で敵わないクリーンは、口でヨークを攻撃した。



 だがヨークには、特にダメージを受けた様子は無かった。



「仰るとおりでございます。


 ……氷狼」



 ヨークは氷狼を出現させ、その背に飛び乗った。



 そして、ミツキに声をかけた。



「ミツキ。乗れよ」



「痴漢の背中はちょっと……」



「置いてくぞコラ」



「今回は走っていきます」



「なんで?」



「とっとと行きましょう。ヨーク」



「分かった」



 ヨークを乗せたまま、氷狼が走り出した。



 ミツキもそのすぐ後に続いた。



「あううううっ……!」



 クリーンは、悲鳴のようなうめき声を上げた。




 ……。




 氷狼はぐんぐんと、地上へと近付いていった。



 その途中、迷宮の上層。



 帰還途中のケーンたちの傍を、ヨークたちが通過した。



「今……何か通らなかった?」



 リナリは自分の近くを、何かが通過するのを感じた。



 だが早すぎて、その正体までは掴めなかった。



 ケーンの方も、似たようなものだった。



「そう見えたが。魔獣か?」



「魔獣がそんなに早く動ける?」



 ケーンもリナリも、鍛えられた神殿騎士だ。



 そのレベルは、50を超えている。



 猛者だ。



 だからこそ、パワーレベリングという重要な任務にも選ばれた。



 そこいらの魔獣の動きを、見逃すはずが無かった。



 それに、魔獣であれば、人を襲うはずだ。



 二人が見逃される理由は無かった。



 ならば、人だったと見た方が、自然だろう。



 リナリはそう考えた。



 それに対し、ケーンはこう推測した。



「それなら、メイルブーケの連中かもな」



「迷宮伯?」



「ああ。今年は跡継ぎが、迷宮に潜ってるらしい」



「そう……。もし戦いになったら、勝ち目は無いわね」



 さっき通った何かは、速すぎた。



 アレに殺意が有れば、防御すら許されなかったに違いない。



 リナリはそう感じ、体を震わせた。



「怖いわ。エリートって」




 ……。




 ヨークを乗せた氷狼が、地上へと到達した。



 ヨークは氷狼から飛び降り、広場の地面を踏んだ。



 そして氷狼を消滅させ、腕の中のクリーンを見た。



「だいじょうぶか? 顔色悪いぞ」



「あ、あああ、あなたのせいでしょうが!?」



 クリーンの声は震えていたが、か細くは無かった。



 生命力に溢れていた。



 そんな彼女の様子を見て、ヨークは少し安心した。



「元気そうだな。


 ……おまえ、家は?」



「ししし、知らないのです!」



 無礼なヨークの質問に、素直に答えるのは嫌なのか。



 クリーンは、そっぽを向いてそう答えた。



「大神殿まで送れば良いのでは?」



 横から見ていたミツキが、そう提案した。



「そうか」



 ヨークは、クリーンを腕に収めたまま、歩き始めた。



「ちょ……ちょっと……!」



「ん~?」



「このまま大神殿まで行くつもりなのですか!?」



「どうだ? 恥ずかしいだろう?」



「当たり前でしょう!? 離すのです!」



「や~なこった」



「この……! 犯罪者! 人さらい!」



「おい。あんまり騒ぐと……」



「えっ?」



 ヨークは周囲を見た。



 クリーンも、つられて周りを見た。



 剣を持った衛兵たちが、駆けて来るのが見えた。



 人さらいの悪漢を、成敗しようというのだろう。



「あっ」



 しまったと、クリーンは声を漏らした。



「……ダッシュ」



 ヨークは全力で、広場から逃げ去った。




 ……。




 それから少しして、ケーンたちが大神殿に帰還した。



 ケーンたちは、ニトロの部屋に直行した。



 聖女候補の護衛は、重要任務だ。



 それをしくじった。



 大切な護衛対象を、死なせてしまった。



 そのことを、大神官に知らせる必要が有った。



 一応の言い訳は、考えてあった。



 たとえ申し開きしても、罰則からは逃れられないだろうが。



 失うよりも多くのものを、既に受け取っている。



 ケーンはそう考えながら、執務室の前に立った。



「失礼します」



 二人は大神官の執務室に、入室した。



 後から入ったリナリが、部屋の出入り口を閉めた。



「うん。いらっしゃい」



 室内には、大神官ニトロの姿が有った。



 彼は、部屋の奥側の椅子に、腰をかけていた。



 ニトロの視線は、ケーンたち二人に向けられていた。



「それで……」



 ニトロは口を開いた。



「いったいどんな言い訳を、聞かせてくれるのかな?」



「え……?」



「…………?」



 ケーンは固まってしまった。



 リナリも同様だった。



 ニトロの口から漏れた言葉が、予想外のものだったからだ。



 二人が動けないでいると、出入り口の扉が開いた。



 二人は振り返った。



 扉の向こうに、クリーンとヨークたちの姿が見えた。



「…………」



 殺したはずの女が、固い表情で、ケーンたちを見ていた。



「っ!?」



「どうして……!?」



 リナリは驚きの声を上げた。



 ニトロは淡々とした声で告げた。



「聖女候補は、


 迷宮を探索していた冒険者によって、


 保護された。


 さて……


 聖女候補の殺害未遂容疑に関して、


 申し開きを聞こうか?」



「ケーン……」



 計画とは、完全に違ってしまっていた。



 リナリは不安げな瞳を、ケーンへと向けた。



 自分がなんとかするしかない。



 そう感じたケーンは、大きく口を開けた。



「誤解です!


 神殿騎士である自分が、


 聖女候補様を殺めるはずがありません!」



「そうかな? だけど、本人の証言が有る」



「その女は嘘つきです!


 迷宮なんて嫌だと言って、


 出会った冒険者を口説き、


 さっさと帰ってしまったのですよ!


 その責任を、


 俺たちに押し付けようとして……!


 その赤い女は、聖女ならぬ魔女です!」



「なるほどなるほど。


 キミはそこの冒険者たちも、


 彼女と共犯だと言うんだね?」



「はい。分かってもらえましたか」



「はぁ~……」



 ニトロは、深くため息をついた。



 彼の動作は、実に芝居がかっていた。



「大神官さま……?」



 自分の思っていた反応とは違う。



 ケーンは不安になり、ニトロを役職名で呼んだ。



「ケーン=ペライくん……。


 そこの少年は、私の友人だ」



「えっ!?」



「ついでに言えば、


 私は彼の、命の恩人でも有る。


 彼は私に、


 深い恩義を感じているということだ。


 そんな彼が、


 私を騙そうとしている……。


 そういう侮辱だと


 受け取っても良いのかな?」



「そんな……」



 リナリの体が、ぶるぶると震えた。



「お許し下さい!」



 もう、罪を隠蔽することは出来ない。



 そう考えたケーンは、深く頭を下げた。



「このことは……私たちの意思では無いのです!」



「それでは、誰の意思だと言うのかな?」



「マーガリート聖女候補です。


 彼女に命令され、仕方なく……」



「そう。


 けどそれって、


 罪を許す理由になるかな?」



「え……!?」



「たしかに、マーガリート聖女候補は、


 ある程度のワガママを許されている。


 神官長と仲が良いからね。


 マーガリート家は。


 神官長は、


 マーガリート家が作るクッキーが、


 お気に入りだから。


 それで……。


 それがキミが、


 聖女候補を殺して良い理由になるのかな?」



「私は……神官長の意思を汲んで……!」



「つまり、ノンシルド聖女候補を


 殺害することが、


 神官長の意思だと?」



「それは……。


 いえ……」



「神殿騎士は、


 マーガリート家の下僕じゃない。


 それが分からなかったとは、残念だよ」




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