4の12「草原と育児のお話」



「ミツキも……


 強いし可愛いし、温かいぞ?」



 すぐ傍にミツキの温もりを感じながら、ヨークはそう言った。



「体温の話では無いのですけどね。


 私の力は、


 あなたに下賜された物ですし。


 可愛いだけがとりえです。やれやれ」



 ミツキがそう言うと、ヨークはさらにミツキを褒めた。



「耳はふさふさだし、


 尻尾はもふもふしてる。


 それにかしこい」



「もう止めませんか?」



 ミツキは居心地悪そうに言った。



「むずむずして来ました」



「あんまり俺らっぽく無いな?」



「そうですよ。


 ヨークはもっと、


 アホっぽいこと言って下さい」



「善処しよう。


 隠した知性が


 あふれ出ないように」



「がんばって下さい」



「迷宮行くか」



「はい」



 ミツキはヨークから、体を離した。



「ちなみに、手ぇつなぐのは俺らっぽい?」



「ぽくはないです」



「じゃあ止めるか」



「いえ」



 ミツキは自身の右手を、ヨークに伸ばした。



 手は、ヨークの左手に触れた。



 ミツキはヨークの手を、ぎゅっと握った。



「たまには進化も必要です」



「レヴォリューションだな」



「革命していきましょう」



 ヨークたちは、手をつないだまま、神殿を出た。



 そして、ラビュリントスへと向かった。



 広場に着くと、大階段を下り、迷宮の1層へと入った。



「氷狼」



 周囲にひとけが無いのを確認し、ヨークは氷狼を出現させた。



 そして、ミツキをだっこすると、氷狼に跳び乗った。



 ヨークが念じると、氷狼は走り出した。



 階段へと駆け、下へ、下へ。



 どんどんと、迷宮を下っていった。



 途中で二人は、草原の階層を通った。



 そこでは背の高い草が、壁のようになり、通路を形成していた。



 草壁の通路を抜けると、大広間が有った。



「あっ」



 ヨークは、何かに気付いたかのように、氷狼の足を止めた。



 そして、ミツキを抱きかかえたまま、狼から飛び降りた。



「ヨーク?」



 ミツキはヨークの腕の中から、彼の表情をうかがった。



 ミツキの瞳に映るヨークは、微笑を浮かべていた。



「ここ、良いな」



「それは綺麗ですけど……」



 ヨークはミツキを抱えたまま、地面に座り込んだ。



 そして、ミツキに微笑を向けた。



「ここでするのはどうだ?」



「えっ? 変態」



「えっ? 何考えてんだ?」



「…………。


 何も考えてませんが?」



「ここで、結婚式をしたらどうかって話だよ。


 地下なのに、


 なんか青空出てるしな」



「無駄に良い天気ですね。


 ですけど……。


 列席者が、ここまで来られませんよ。


 危険です」



「べつに、人呼ぶっつってもなぁ。


 村のみんなを、


 王都まで呼ぶのは不安だし。


 バジルたちは、


 薄情で顔見せねえし。


 リホくらいか。俺が呼ぶのは。


 ……そっちは?」



「私の家族は、


 この国には呼べませんよ。


 一網打尽にされてしまいます」



「まあ、そりゃそうだな。


 ……他に仲間とかは?」



「そんな信頼のおける人が居たら、


 奴隷になんかなっていませんよ」



「マジかよぼっちじゃん」



「止めな?


 現実を突きつけるのは」



「ごめんな?


 現実を突きつけてしまって」



「このやろ~」



 ミツキはヨークの頬をつまんだ。



 そして、ぐにぐにと引っ張った。



「あっ、エボンさんが居るじゃん」



「私が呼べるの、あの人だけですか?」



「リホは俺がもらった」



「ずるいです。


 交換して下さい」



「え~? リホが良い」



「エボンさんに加えて、


 肩もみ券もつけましょう」



「別にエボンさんはいらんけど。


 お風呂で背中ながし券もつけてくれたら、


 考えんでもないぞ」



「仕方ないですね。


 譲歩しましょう」



「どんだけエボンさん嫌なの?」



「別に嫌っているわけでは無いですよ?


 ただ……。


 華が無い」



「まあな」



 ヨークはミツキに賛同した。



「ヨーク。券が欲しく無いのですか?」



「欲しいです」



「では、交渉成立ということで」



「仕方の無いやつだ」



「券を発行しますね」



 ミツキはスキルを用い、紙とペンとハサミを取り出した。



 彼女はハサミを使い、紙をチョキチョキとカットした。



 そして、そこに文字を書き込んでいった。



「どうぞ。アイアム券です」



 ミツキはそう言って、ヨークに券を差し出した。



「まいどあり」



 ヨークは券を受け取って、ミツキにこう言った。



「この券、何回使える?」



「それでは100回で」



「100?」



「少なかったでしょうか?」



「いや。試しに一回使ってみようかな」



「はい」



 ミツキはヨークの腕から下り、彼の後ろに移動した。



 そして自身の両手を、ヨークの両肩に乗せた。



 ミツキはぐにぐにと、ヨークの肩をほぐしていった。



「こってますねお客さん」



「えっ? そうなの?」



「言ってみたかっただけです。


 そもそも、肩こるような生活、


 してないと思いますけど」



「それもそうか」



 二人はそのまま、のんびりと過ごした。



 たまに近付いてきた魔獣は、氷狼が始末した。



 ミツキはひたすらに、ヨークの肩を揉み続けていた。



 そんなミツキに対し、ヨークはこう尋ねた。



「手、疲れないか?」



「我レベル300ぞ?」



「それもそうか。


 逆に俺の肩だいじょうぶ?


 粉々になってない?」



「まだだいじょうぶですよ」



「良かった」



「ヨーク」



「ん~?」



「大事な話が有るのですが」



「何だ?」



「結婚生活……主に育児方針の話です」



「気が早いな」



「早くは無いです。


 子供が生まれるのなんて、


 あっという間ですよ」



「そうかも。で?」



「赤ちゃんが出来たら、


 私は自分の国へ帰りたいと思っています」



「まあ……。


 こんな国で、育てたく無いわな」



「はい。絶対に」



 この国では、第三種族のハーフが暮らすことは、許されない。



 子供のためを思うのであれば、こんな国に居るべきでは無い。



 深く考えなくとも、それは明らかだった。



「ですから、赤ちゃんの顔が見たいのであれば、


 ヨークにもこの国を


 捨ててもらうことになります」



「良いよ」



「あっさりしてますね」



「もう言ったけど、


 身内とかほとんど居ねーし。


 多少の心残りは有るぜ?


 村のこととか、リホのこととか。


 けど……。


 ずっと一緒に居てくれるんだろ?」



「はい。


 ヨークが、他の女性と家庭を築くのであれば、


 国から出なくても良いですけどね」



「もう遅い」



「はい」



「……聞いてなかったけどさ。


 おまえ、どうしてこの国に居たんだ?」



「特におもしろい話でもありませんが……」



 ミツキが身の上話をはじめようとした、そのとき。



 ミツキの獣耳が、ピクリと動いた。



「ヨーク」



「ん?」



「誰か来ます」



 ミツキは、広間の出入り口の1つへ、視線を向けた。



 ヨークもつられ、そちらを見た。



「…………」



 そこに、クリーンたちの姿が見えた。



「あいつ……」



 ヨークはクリーンに、警戒するような視線を向けた。



「先日の女性ですね。


 隣に居るのは、


 神殿騎士でしょうか?」



 ミツキはそう言って、クリーンの左右を見た。



 クリーンは、銀の鎧を着た戦士を、ふたり引き連れていた。



「……聖女って言ったか。


 面倒が起きる前に行くか」



「はい」



「…………」



 クリーンは、ヨークに気付いていない様子だった。



 二人は彼女に気付かれる前に、すっと広間から離脱した。



 広間を出ると、ヨークはミツキを抱き上げた。



 そして再び、氷狼に跳び乗った。



 氷狼は、最短で階段に向かい、深層を目指した。




 ……。




 クリーンたちは順調に、下の階層へと進んでいった。



 そして、下層の始まりである、41層にまでたどり着いた。



 そこは滝の地層と呼ばれ、そこらに滝が有り、川が流れていた。



「ねえ」



 クリーンの護衛であるリナリが、相方のケーンに話しかけた。



 リナリは栗色の髪を持つ女騎士で、ケーンは黒髪の男だった。



 二人とも、平均を上回る体格をしていた。



 背が高く、がっしりとしている。



 戦士の体つきだった。



「どうした?」



 ケーンはリナリに近付いた。



 するとリナリは、ケーンに質問をした。



 彼にだけ聞こえるくらいの、小さな声で。



「今日、なんだか敵が弱くない?」



 二人はクリーンを守り、多くの魔獣と戦ってきた。



 だが、こなした戦闘量のわりには、二人には余裕が有った。



 リナリはそれを、不気味に思っていた。



「言われてみれば、そんな気もするが……」



「嫌な感じがするわ」



「待てよ。


 だから止める……


 なんて言い出すんじゃ無いだろうな?」



「それは……」



「いまさら許されると思うなよ?」



「……分かってるわ」



「あの、何を話しているのですか?」



 ぼそぼそと話す二人に、クリーンが声をかけた。



 ケーンは作り笑顔を浮かべ、クリーンに答えた。



「仕事の話ですよ。聖女候補サマ」



「そうですか……」



 ケーンの言葉に対し、クリーンは疑う様子を見せなかった。



 ちょろい女だ。



 ケーンはそう思いながら、別の話題をクリーンに振った。



「ところで、聖女候補様のレベルは、


 いくつまで上がりましたか?」



「えっと、ちょっと待ってくださいね」



 クリーンは、目を閉じた。



 加護を授かった者は、こうすることで、自身のレベルを確認出来る。



「…………」



 クリーンは、自身のクラスレベルを見た。



 そして、ケーンたちに告げた。



「変わらないですね。4のままなのです」



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