4の10「お風呂とギラついた少女」
「むぅ~~~~~~~っ!」
(声が出せない……!
応援が……出来ないのです……!)
『鼓舞』のスキルを発動すれば、逆境を跳ね返すことも出来る。
そのためには声を出し、応援をする必要が有る。
口をふさがれた現状では、不可能だった。
イーバたちは、クリーンのサブスキルを知らない。
口にタオルを詰め込んだのは、成り行きだった。
彼女たちは偶然に、クリーンを無力化していた。
「ふふっ。無様ね」
イーバは笑みを保ったまま、クリーンの体をじろじろと見た。
クリーンの乳房の体積は、イーバと比べ、軽く3倍は有った。
「それにしても本当に……牛みたいな体ね。
ああいやらしい。
なんていやらしいのかしら」
イーバはそう言って、はぁはぁと息を荒げた。
そんなイーバに、トリーシャが声をかけた。
「あのぉ……イーバ様?」
「何よ? いいところなのに」
「イーバ様は、制裁のために、
このような事をしておられるのですよね?
決してイーバ様が
ゲイのサディストだとか、
そういうことでは無いですよね?」
「そんなの当たり前じゃない」
イーバは断言した。
そしてこう続けた。
「仮に私がレズだったとして、
こんな人外オンナに欲情すると思う?」
「そうよ。あなた、イーバ様に失礼だわ」
そう言って、マギーもトリーシャを責めた。
「……申し訳ありません」
「私だって本当は嫌なのよ?
こんな人外。
ああ気持ち悪い気持ち悪いおぞましい。
けど、誰かがしなくてはいけないことだから。
ふふふふふふっ」
「イーバ様、ご立派です!」
マギーは大声で、イーバを褒め称えた。
「さあ、早くこの淫売を
痛めつけてやりましょう!
早く!
……早く!」
「……………………」
トリーシャは何かを言いたそうな顔をしていたが、結局は何も言わなかった。
イーバは、クリーンの両膝に触れた。
そして、足を強引に開かせると、その間に膝をついた。
「さて……どこから可愛がってあげようかしら?」
イーバは両手の指を、リズミカルに動かした。
「む…………。
んぅ~~~~~~~~~~~っ!」
クリーンは、口にタオルを詰められたまま、声にならない悲鳴を上げた。
そのとき……。
がらがらと、浴室の戸が開いた。
「…………!?」
イーバの体が、びくりと固まった。
イーバたちは、戸の方へ視線を向けた。
「…………」
出入り口から、一人の少女が入ってくるのが見えた。
少女は、イーバたちとは交流が無い。
だが、聖女候補の一人に違いなかった。
彼女は背の高い、赤髪の少女だった。
その赤は、クリーンの鮮やかな赤髪と比べると、少しくすんでいた。
その体は、イーバたちの柔らかそうな体と比べ、筋肉質だった。
まるで、歴戦の戦士のような肉体だった。
「…………?」
少女はイーバたちに、ちらりと視線を向けた。
「…………」
そして何事も無かったかのように、体を洗いはじめた。
クリーンがどうなろうと、特に関心は無いらしかった。
「あ……。
あなた、何なの!?」
イーバは思わず、平然とした少女に声をかけた。
少女はイーバを見返した。
「……俺か?」
「そう! 何のつもり!?」
「風呂に入りに来ただけだが。
……テメェこそ、何のつもりだ?
マーガリート。
俺とやりたいのか?」
少女はそう言うと立ち上がり、好戦的な笑みを浮かべた。
「やるって……何を?」
「決まってんだろ。良いぜ俺は。風呂場でも」
「そんなこと……」
イーバは戸惑った。
イーバは戦いを好むタチでは無い。
剣よりも花や詩を好む、良家のお嬢様だ。
メリットの無い真剣勝負など、御免だった。
対する少女からすれば、イーバの心情など、知ったことではなかった。
少女は一瞬で、イーバへの距離を詰めていた。
「えっ!?」
少女の手が、イーバの首に伸びた。
「ぐっ……!」
イーバは首を掴まれ、宙に吊り上げられた。
「イーバ様!?」
取り巻きの2人は、イーバを助けようと動いた。
遅い。
少女はイーバの背中を、浴室の床に叩きつけた。
「ひぐうっ!?」
衝撃に、イーバが悲鳴を上げた。
床のタイルが砕け、破片が宙を舞った。
少女はイーバから手を放し、背筋を伸ばした。
そして、イーバを上から見下ろした。
「あぐ……」
イーバは呻いた。
反撃に出る元気は無かった。
「……なんだ。ザコかよ。
マーガリートってのは。
殺す価値もねえな。ハハッ」
けらけらと、少女は嘲笑った。
「イーバ様……! 風癒!」
トリーシャは、イーバのそばにしゃがみ込むと、回復呪文を唱えた。
イーバの体が癒やされていった。
「っ……」
イーバは上体を起こすと、じりじりと後ずさった。
そして少女から距離を取り、立ち上がった。
「こんなことして……ただで済むと……」
「お? 奥の手が有るのか?
見せてみろよ。
そうでなきゃ、やりがいがねえ。
来いよ。つまんねぇモン見せたら、殺すぜ?」
「~~っ!
覚えてなさい!」
イーバは壁に背を向けながら、浴室の出口に向かった。
そして、脱衣場へと逃げていった。
「イーバさま!?」
「置いてかないで~!」
取り巻きの二人もイーバを追い、浴室を出て行った。
「チッ……。ヘタレやがったか」
イーバたちが去った出口を見て、少女は舌打ちをした。
「…………」
クリーンが、無言で少女を見た。
浴室には、少女とクリーンの二人が残されていた。
「あの……」
クリーンは立ち上がり、少女に声をかけた。
少女はクリーンを見た。
「何だ? 俺とやるか?」
「やりませんけど」
「チッ」
「……ありがとうございます」
「あ? 何がだ?」
「何って、助けてくれたのでしょう?」
「助けるわけねえだろ」
「えっ?」
「てめぇも聖女候補だろうが」
「はい」
「だったら俺の敵だ。助けるかよ」
「敵……?」
「分かってんのか?
聖女になれるのは、たった一人だ。
だったら……敵だろうがよ」
「敵では無いと思いますけど……」
「あ?」
「敵では無くて、
ライバルだと思うのです」
「腑抜けてんのか?
他の候補どもを、
ギタギタに叩き潰さなきゃ、
聖女にはなれねえ。
……敵だろうが。
本気で聖女になる気、
有んのかよ?」
「なりたいのです」
「なりたいとか、
なりたくないとかじゃねえんだよ。
俺は……聖女になるんだ」
少女はシャワーに向かい、大雑把に体を洗った。
そして、湯船に入った。
「…………」
クリーンも、湯船に入った。
そして、少女の隣に座った。
「死ぬか?」
少女はクリーンを睨みつけた。
「死なないですど」
クリーンは微笑を浮かべ、少女に話しかけた。
「私はクリーン=ノンシルドなのです。
あなたは?」
「敵に名乗る名前はねえ」
「……そうですか。
それなら、名無しちゃんで」
「誰が名無しちゃんだ」
「だって、名前が分からないのです」
「……アシュトーだ」
少女はようやく名乗った。
そしてこう続けた。
「次に変な呼び方したら、殺すぞ」
「そう。アシュトーですね。
アシュトーは、
どうして聖女になりたいのですか?」
「敵に話すと思うか?」
「そうですか。
私はですね、おばあちゃんに、
猫を買ってあげるのです。
頑丈なダガー猫なのです」
「……知るかよ。
つーかおまえ、早く出ろよ。
殺すぞ」
「私はお風呂には、
じっくりつかる方なのです」
「知らねえよ」
アシュトーは立ち上がった。
水面が、ざぶりと揺らいだ。
「……出る」
「そうですか」
アシュトーはざぶざぶと、湯船から出た。
そして、手に持っていたタオルを絞り、ごしごしと体を拭いた。
ある程度の水気を取ると、彼女は浴室の出口へと向かった。
「本当にありがとうなのです」
立ち去るアシュトーに、クリーンは礼を述べた。
「助けてねえっての」
「それでも、助かったのです。
あなたが来なかったら私は、
大変な目にあってたと思うのです。
髪の毛を抜かれたり、
ほっぺたをひっかかれたりしてたと思うのです」
「……ソーダナ」
「負けないのです。
あなたも試練がんばるのですよ」
クリーンは、アシュトーを『鼓舞』した。
「……っ!?」
アシュトーの全身が、緊張に強張った。
「アシュトー?」
様子が変わったアシュトーを見て、クリーンは疑問符を浮かべた。
次の瞬間。
「っ!?」
アシュトーの姿がブレた。
そう思った次の瞬間には、アシュトーの姿は、クリーンの眼前に有った。
「おい……何だこりゃあ……。
俺に何しやがった……! 化け物!」
苛立たしげにそう言うと、アシュトーはクリーンに手を伸ばした。
アシュトーは片手で、クリーンの首を掴んだ。
そして、クリーンをつるし上げた。
「ばけ……もの……?」
クリーンの気管と動脈が、アシュトーの手に圧迫された。
「くる……し……はな……し……。
や……だ……死……たく……」
その剛力は、クリーンの命を脅かすには十分だった。
クリーンの顔色が、みるみると悪くなっていった。
「おばぁ……ちゃ……」
「…………!」
アシュトーは、クリーンを放り投げた。
クリーンの体が、水面を打った。
湯船から、水柱が上がった。
「か……ぁ……ひ……は……」
クリーンは、湯船に仰向けに浮かんだ。
そして、空気を求めて喘いだ。
「甘ったれたこと言ってんじゃねえ!
何なんだよ……てめぇは……。
何なんだ……」
アシュトーは、クリーンに背を向けた。
脚をぐっしょりと濡らしたまま、ふらふらと浴室を出て行った。
浴室には、クリーン一人が残された。
彼女はぷかぷかと、お湯の上で揺らいでいた。
「わたしは……ばけ……もの……?」
クリーンは、腕を天井へ伸ばした。
自身の腕が、視界に入った。
真っ赤な腕だった。
「赤いだけ……でも……。
あの人も……ちょっと青い……
だけだったのに……」
すぐに他の聖女候補が、クリーンを発見した。
クリーンは保護されて、治療を受けた。
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