4の9「夕食とお風呂」



「そうですね」



 クリーンは、俯いてそう言った。



「ひょっとして、


 肌の色のことで


 何か言われましたか?」



 サレンがそう言うと、クリーンは顔を上げ、サレンの瞳を見た。



「分かるのですか?」



「なんとなく、そんな感じかなと」



「……そうですか。


 サレンには、


 私が何族に見えますか?」



「人族だと思いますよ」



 サレンは即答した。



 慰めの言葉などでは無い。



 それが正解だと、確信している様子だった。



「どうしてですか?」



 自信に満ちたサレンを見て、クリーンが尋ねた。



 サレンはすぐにクリーンに答えた。



「この世には、


 三つの種族が居ると言われています。


 人族と魔族


 そして、第三種族ですね。


 じっさいには第三種族とは、


 多数の少数民族の


 総称ですけどね。


 第三種族はケモノ族とも言われ、


 体のどこかに、


 野の獣の特徴を有しています。


 そして、魔族は人族と違い、


 青い肌と、


 尖った耳を持っています。


 クリーンさんは、


 獣の特徴も、


 尖った耳も持っていない。


 つまり人族か、


 あるいはハーフということになります。


 ハーフの肌色は、


 魔族よりも少し薄い青となります。


 クリーンさんは


 青い肌でも無いのですから、


 人族以外にはありえません。


 これは、聖典に記されている、確かな教義です。


 神官として、


 正規の教育を受けた者なら、


 みんなあなたを


 人族だと言うと思いますよ」



「そうですか……。良かったのです。


 ……けど、イーバちゃんは、


 私が人族じゃないって言ったのです」



「お嬢様ですからね。彼女は」



「どういうことですか?」



「……食べ終わってから、


 部屋で話しましょうか」



「えっ? はい」



 クリーンは、話の続きが気になっていた。



 だが話の続きを、無理強いできるような雰囲気でも無かった。



 彼女は仕方なく、食事を再開した。



「…………」



「…………」



 二人は黙ったまま、食べ物を口に運んでいった。



 沈黙にむずむずして、クリーンは口を開いた。



「黙ってないとダメですか?」



「他の話題なら、構いませんよ」



「良かったのです」



「ですが、テーブルマナーには気をつけて下さい」



「マナー?」



「細かいことは、


 教師から教わることになるでしょう。


 今は、なるべく音を立てないように、


 上品に食べて下さい」



「む……。


 聖女候補って、大変なのですね」



「はい。大変ですよ」




 ……。




 クリーンは、料理を食べ終えた。



 それから少しして、サレンも食事を終えた。



 二人は椅子から立ち上がった。



 そして、並んで食堂を出た。



 そのまま廊下を歩き、クリーンの部屋へと向かった。



 クリーンとサレンは、いっしょに寝室に入った。



 寝室には、木の丸いテーブルが有った。



 テーブルの周囲には、椅子が配置されていた。



 これらも木製だった。



 その椅子に、二人は座った。



 二人はテーブルを挟み、向かい合った。



 クリーンが口を開いた。



「それでは、イーバちゃんの話を、


 聞いても良いですか?」



「そうですね。


 彼女は基本的な教義すら、


 しっかりとは分かっていない。


 つまり……


 普通の神官ほど真剣に、


 聖職者としての訓練を、


 積んでいないということです」



「…………?


 聖女候補なのですよね? あの子も」



「はい。ですが……。


 彼女の家は、公爵家なのです」



「公爵……?」



「富と権力を持った


 貴族の家で、


 大神殿にも、


 多くの寄付を納めています。


 マジメに聖女教育を受けなくても、


 大神殿を追い出されないのは、


 それが理由です」



「聖女の地位って、


 お金で買えるのですかね」



「……本番の試練は、そうはいかない。


 そう思いたいところなのですがね……」



「なにか?」



「たとえば、財力が有れば、


 有力な守護騎士を


 雇うことも出来ます。


 試験本番においても、お金はものを言う。


 そうなってしまっているのが、


 現状のようです」



「……そうなのですか。


 それはちょっと、困ったのです。


 私、お金はあまり


 持っていないのですよ」



「がんばりましょう。正々堂々と」



「はい。あの」



「はい」



「サレンはお勉強をしてるから、


 私が人族だって分かるのですよね?」



「そうなりますかね」



「それなら……


 お勉強をしていない人たちは皆、


 私が人族ではないと


 思うのでしょうか?」



「そんなことは、無いと思いますけど……」



「サレンは、ハーフに会ったことはありますか?」



「はい。それが?」



「人族と魔族の子供というのは、


 本当でしょうか?」



「それはそうでしょう?」



「ハーフというのは、人間なのですか?


 魔族なのですか?」



「どちらでもあり、どちらでもない……。


 そんな感じなのではないでしょうか?」



「初めてハーフに会った時、


 どう思いました?」



「どう……というのは?」



「そこに魔族が居る。


 ……そうは思いませんでしたか?」



「それは……そうかもしれませんね。


 魔族ほどでは無いにしろ、


 彼らは青い肌をしていますから。


 魔族が居る。


 そう思ったかもしれませんね」



「私は今日、


 ハーフの人に会ったのです。


 魔族だとしか思えませんでした。


 半分は私たちと同じなんて、


 思いもしなかったのです。それで……


 魔族の人がハーフを見たら、


 なんと思うのでしょうか?


 人族が居る。


 そう思うのでしょうか?」



「そうかもしれませんね。


 人族がハーフにそう思うなら、


 魔族も同じふうに思うのかもしれません。


 ……どうしてそのようなことを?」



「私は自分のことを、


 ずっと人族だと思っていたので……。


 人じゃないなんて初めて言われて、


 びっくりして……


 それで色々と、考えてしまったのだと思います」



「あなたは人族です」



 食堂で話した時と同様に、サレンはそう断言した。



「……はい。


 そうですけど……」




 ……。




 雑談をして、サレンは去った。



 クリーンは再び、一人の時間を過ごすことになった。



 楽しくはなかったが、彼女は我慢した。



 やがて、お風呂の時間になった。



 メイドがクリーンに、それを知らせに来た。



 クリーンは、入浴グッズを持って、大浴場へと向かった。



 そして脱衣場に入った。



 脱衣場には、衣服を収めるための棚や、休憩用の椅子などが有った。



 クリーンは衣服を脱ぎ、棚に収納した。



 そしてタオルと液体石鹸を持ち、浴室の方へと足を向けた。



 彼女は、ガラス張りの戸を開き、浴室に入っていった。



(あれ? 私が一番乗りなのでしょうか?)



 浴室に、クリーン以外の姿は無かった。



 浴室内には、広い湯船が有った。



 そして左右には、シャワーと椅子が備え付けられていた。



 出入り口の近くには、桶が積まれていた。



(ええと……)



 クリーンは、シャワーの方へ向かった。



 それを使って、まずは体を洗うことにした。



 クリーンは、シャワーのレバーを持ち上げた。



 するとお湯が、シャワーヘッドから流れ出した。



 湯は魔導器によって、適温に温められていた。



 クリーンはお湯を浴びて、赤い肌を湿らせた。



 そして、手持ちのタオルにも、お湯を染み込ませた。



 タオルがぐちょぐちょに濡れると、クリーンはシャワーを止めた。



 彼女は、きめ細やかなタオルに、液体せっけんを垂らした。



 ごしごしとこすり合わせ、泡立てていった。



 タオルが泡だらけになると、それを体にこすりつけた。



 クリーンが家から持ってきたせっけんは、泡立ちが良かった。



 クリーンの全身が、あわあわになっていった。



 夏の盛りは終わっているが、浴室は十分に温かい。



 クリーンは、上機嫌になった。



(こんな大きなお風呂を一人占めなんて、


 とっても贅沢なのです)



「ふんふんふ~んふふ~ん」



 クリーンは楽しそうに、鼻歌を歌った。



 そのとき、がらりと音が聞こえた。



 浴室の戸が、開く音だった。



「あっ」



 クリーンは、気まずくなって、鼻歌を止めた。



 そしてシャワーを使って、体の泡を流した。



「あら」



 少女の声が聞こえた。



「あなた、どうしてここに居るの?」



 問われ、クリーンは振り返った。



 そこに、イーバ=マーガリートが立っていた。



 夕食前に、クリーンを責めた少女だった。



 その後ろには、二人の取り巻きの姿も有った。



 イーバは白いタオルを持って、体の前を隠していた。



「……イバちゃん?」



「誰がイバちゃんよ。


 それよりあなた……。


 聖女候補を、辞退しろと言ったの、


 聞こえなかったのかしら?」



「だってそれは……」



「何? 口答えするのかしら?」



「辞退しろと言うのは、


 私が人族じゃないと


 思っているからでしょう?


 けど、私は人族なのです。


 サレンがそう言ってくれたのです。


 だから、私が辞退する理由なんて


 無いのですよ」



 クリーンは堂々と、巨大な胸を張って言った。



 心の中では、外見ほどは、堂々としていなかった。



 人に責められることには、それほど慣れてはいない。



 だが、怖がってはいけないと思った。



「トリーシャ、マギー」



 イーバは、さらけ出されたクリーンの体を見ながら、取り巻きに声をかけた。



「「はい」」



 具体的な指示も無いのに、二人の取り巻きは、同様に動いた。



 イーバよりも前に出て、クリーンの方へと向かってきた。



「えっ……!?」



 クリーンは、驚きの声を漏らした。



 二人がクリーンに、掴みかかってきていたからだ。



 二人はそのまま、クリーンを地面に押し倒した。



 二人の方が、クリーンよりも、力が強かった。



 クリーンのレベルは、たった4だ。



 対する二人のレベルは、2桁は確実だろう。



 レベルの差が、そのまま力の差になっていた。



 クリーンは抗えず、風呂場の床に転がった。



「止めてください……!」



 力で勝てないクリーンは、言葉で抗議をした。



 だが、それが聞き入れられることは、無かった。



「黙りなさい」



 イーバの言葉を聞いて、取り巻きが動いた。



「むぐっ……!」



 クリーンの口に、布が突っ込まれた。



 その質感は、滑らかだった。



 体を洗うためのタオルのようだった。



「口で言って分からないのなら、


 体で分からせてあげるわ」



 イーバはそう言うと、口の端をつりあげた。



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