4の8「赤い肌とレッテル」



 次にニトロが口を開いた。



「個別授業は、


 明日から受けられるように


 手配しておく。


 今日はゆっくりと、


 旅の疲れを癒すと良い」



「はい」



 クリーンは頷いた。



 ニトロは言葉を続けた。



「食事とか、お風呂の時間になったら、


 メイドさんが呼びに来ることになってる。


 他にわからないことが有ったら、


 サレンを頼ると良い」



「わかりました。


 ありがとうなのです。サレンパパ」



「パパか……」



 クリーンのお礼を受けて、ニトロはにんまりと微笑んだ。



「良いね」



「何が!?」



 サレンが思わずツッコミを入れた。



「はははっ。


 仕事が有るからこれで失礼するよ」



 ニトロは部屋の出口に足を向けた。



 そんな彼の背中に、クリーンは声をかけた。



「がんばってください」



「うん。それじゃ」



 ニトロはクリーンの寝室を出た。



 そして廊下を歩き、自身の仕事部屋へと向かった。



 部屋に戻ると、椅子に腰かけ、書類に向き合った。



 大神官としての雑務を、こなさねばならなかった。



(ん……?)



 仕事を再開してすぐに、ニトロは違和感に襲われた。



(今日はなんだか、仕事が捗るな)



 妙に頭が冴えた。



 てきぱきと、手先が動いた。



 ニトロは凄い勢いで、書類を処理していった。



 一方……。



 クリーンの寝室で、サレンが口を開いた。



「それでは私も失礼します」



「えっ? 行ってしまうのですか?」



 クリーンの表情が、曇った。



 サレンはこれまでずっと、付き添ってくれていた。



 そんな彼女が去ることに、心細さを感じたようだ。



「すいません」



 サレンは申し訳無さそうに言った。



「ですが私には、


 私のするべきことが有りますから」



 サレンが去る理由は、実にまっとうだった。



 そう言われてしまえば、呼び止めることは出来ない。



「……それなら仕方ないですね。


 がんばってください」



 クリーンはしぶしぶ、サレンを見送ることにした。



「はい。


 クリーンさんも、


 試練に向けてがんばってください」



「うぅ……お勉強するのですよね」



 村出身であるクリーンは、高度な教育を受けた経験が無い。



 どんな難しいことを、勉強しなくてはならないのか。



 少し気が重かった。



 眉根がきゅっと締まってしまう。



 そんなクリーンを可愛らしく思い、サレンは微笑んだ。



「ふふっ。ファイトですよ。それでは」



「はい。また」



 サレンはクリーンに背を向けた。



 そして扉の方へ歩き、寝室から退出していった。



(一人になってしまったのです……)



 クリーンは、ベッドの方へ歩いた。



 そして、跳び乗った。



「う~ごろごろ。む~ごろごろ」



 彼女は妙に呻きながら、ベッドの上を転がった。



(……暇なのです。


 お勉強も嫌ですけど、


 何もしないのも退屈なのです。


 食事の時間まで、


 外で遊んではダメなのでしょうか?)



 クリーンがそんなふうに考えていると……。



 こんこんと。



 部屋の扉がノックされた。



「はぁい。どうぞ」



 クリーンは、寝転がったままノックに答えた。



 すると、すぐに扉が開いた。



 寝室に、女子が入ってきた。



 三人。



 全員が、クリーンとは初対面だった。



 中央の少女は、さらさらとした金髪を持ち、質の良いドレスを身にまとっていた。



 少女は、ベッドのクリーンを見て、口を開いた。



「あなたが、新しく来た聖女候補ね?」



「そうですけど、どちら様でしょう?」



 クリーンは、ベッドを転がりながら尋ねた。



「私はイーバ=マーガリート……って、


 何をゴロゴロしてるのよ!?


 失礼でしょ!?」



「そうなのですか?


 ごめんなさいです」



 クリーンは、転がるのを止めた。



 非常識な態度のクリーンを見て、イーバは顔をしかめた。



「あなた……!


 本当に聖女候補なの……!?」



 クリーンは、ベッドから立ち、少女たちと向き合った。



「はい。クリーン=ノンシルドといいます。


 よろしくなのです」



 それでようやく、イーバはクリーンの容貌を見た。



 イーバの表情が、驚きに染まった。



「どうして……!?


 どうして魔族が聖女候補に……!?」



「えっ? 魔族?


 どこなのですか?」



 クリーンは、周囲を見回した。



 だが、魔族らしき人物は、見当たらなかった。



 イーバはクリーンを睨みつけた。



「なにをとぼけているの。


 魔族はあなたしか居ないでしょう」



「……私?」



「当然じゃない。


 何言ってるの? この子」



 イーバは苦い顔をした。



 苛立ちと困惑が、入り混じっていた。



 そのとき、取り巻きたちが口を開いた。



「頭が弱いんじゃないですか? 魔族だから」



 まずは、取り巻きの一人、トリーシャがそう言った。



 次に、マギーという少女が口を開いた。



「聖女候補だなんて、


 何かの間違いじゃないですか?」



 イーバの取り巻きは、二人とも、クリーンを見下した様子を見せた。



 マギーは、ふわふわとしたピンク髪で、可愛らしい容貌をしていた。



 身にまとうドレスも、彼女の容貌に似合うように仕立てられていた。



 トリーシャは茶色のショートヘアで、赤い縁の眼鏡をかけていた。



 服装はきっちりとしていて、上はジャケット、下はトラウザーズだった。



「本当に……」



 イーバは改めて、クリーンの全身を観察した。



 つま先から、両目まで。



 イーバの視線が、クリーンの瞳へと吸い込まれた。



「まあ……見た目だけは、


 ちょっとは可愛いみたいだけど」



 イーバの頬が、少し赤らんだ。



 だが、すぐに表情を硬くして、クリーンを睨みつけた。



「ひょっとして、


 そのいやらしい体で、


 大神官様に取り入ったのかしら?」



「待って下さい」



 クリーンは、戸惑った様子で口を開いた。



「私が魔族って、


 何を言ってるのですか?


 私は人間なのです」



「人間……?


 そんなのおかしいわ。


 あなたの肌、色が強くて、


 魔族みたいじゃない」



 イーバに対し、クリーンは、心外そうに反論した。



「魔族の肌は、青いでしょう?


 私の赤と、


 一緒にしないで欲しいのです」



「たしかに……普通の魔族は……


 青い肌をしているけど……。


 ひょっとして、ハーフ?」



「えっ?」



「人族と魔族の子供なら、


 赤い肌になることが有るんじゃないの?」



「なるほど」



 トリーシャが頷いた。



「そういうことだったのですね」



 マギーもイーバの言葉に、納得した様子を見せた。



「違うのです!」



「だったらどうして、あなたの肌は赤いの?」



「それは……生まれつきで……」



「普通は人の肌は、


 生まれつき赤かったりはしないものよ。


 理由も無く


 肌が赤いのなら、


 あなたは人ではないということよ」



「そんなこと無いのです……!」



「それとも、あなた……。


 もしかして、第3種族なの?」



「え……?」



「人族でも魔族でも無いのなら、


 第3種族としか言いようが無いでしょう?」



「私は人族です!」



「それを証明出来る?


 私は出来るわ。


 このゴールデンパールの肌が、


 私の人としての証明よ。


 それで、あなたは?


 その赤々とした肌の色。


 あなたのどこが、人族だというのかしら」



「だって……おばあちゃんが言ってたのです……」



「馬鹿なの?


 それが根拠だなんて、本気で思っているの?」



「私の村の人たちは……皆この肌の色で……」



「語るに落ちたわね。


 あなたは、


 人で無い者が住む所から来た、


 人で無い種族。


 あなたなんかに、聖女になる資格は無いわ。


 ううん……。


 聖女候補になる資格すら無い。


 潔く、候補を辞退しなさい。


 分かったわね?」



 そう吐き捨てると、イーバは寝室を出ていった。



 二人の取り巻きも、彼女に続いた。



 クリーン一人だけが、部屋に残された。



 独りになった彼女の表情は、決して明るくは無かった。



「…………」



 少しの沈黙の後、クリーンは口を開いた。



「おばあちゃん……。


 みんな……みんなが……


 変なこと……言うのです……。


 私たち……人ですよね?


 私……聖女になれますよね……?」



 クリーンの呟きに答える者は、誰もいなかった。




 ……。




 しばらくの間、クリーンは孤独に過ごした。



 やがて、夕食時になった。



 神殿に仕えるメイドが、クリーンを呼びに来た。



「失礼します」



 メイドは丁寧な物腰で、クリーンに話しかけた。



「クリーン=ノンシルド様ですね?」



「はい。そうなのです」



「夕食の時間となります。


 食堂までいらして下さい」



「分かったのです」



 クリーンはメイドの後について、寝室を出た。



 そのままメイドの後ろを歩き、食堂に移動した。



 食堂は広かった。



 長テーブルが、何列も並べられていた。



 席は既に、何割かが埋まっていた。



「お好きな席へどうぞ」



「っはい」



 クリーンは、人が少ない方の席に座った。



「それでは、少々お待ち下さい」



「はい」



 腰を下ろして待っていると、メイドがお盆を運んできた。



 お盆には、3皿の料理と、飲み物も乗せられていた。



「ごゆっくりとお召し上がりください」



 メイドは頭を下げると、クリーンから離れていった。



 立派な食堂で食事を取るのは、クリーンにとって、初めての経験だった。



 クリーンは、居心地の悪さを感じつつ、食器に手を伸ばした。



 そして、料理を口に含んだ。



(おいしいのです……)



 料理の味が、クリーンの舌に染みていった。



 そのおかげで、クリーンの肩から、力が少し抜けた。



 すると周囲のことが、意識に入ってくるようになった。



(見られてるのです……)



 何人かの少女が、クリーンの方を見ていた。



 クリーンに、好奇の視線が向けられていた。



 視線を意識してしまい、クリーンは硬直した。



 そのとき、サレンが話しかけてきた。



「クリーンさん、隣良いですか?」



「はい。はい。もちろんなのです」



 クリーンは、大げさな身振りで、サレンを歓迎した。



「けど、そちらこそ、よろしいのですか?」



「はい? 何がですか?」



「……いえ」



 サレンは、クリーンの隣に座った。



 すぐにメイドが、サレンの分の料理を運んできた。



「…………」



 クリーンは、料理を口に運び、弱々しく咀嚼した。



「クリーンさん?」



「何でしょう?」



「お顔の色が優れないようなので、


 何かあったのかと思いまして」



「色……。


 私、赤いのです」



「え? はい。そうですね」



「サレンには、私が何に見えますか?」



「何って……。


 クリーンさんでしょう?」




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